佐藤カフジのVR GAMING TODAY!

VRゲーム必須の「快適さ」、その先にある「プレゼンス」

VR利用者を襲う「ベクション」とは何か? VRならではの開発ノウハウ

【著者:佐藤カフジ】

 PC向けVRヘッドセットの「HTC Vive」や「Oculus Rift」の発売まで半年を切った。ゲーマーも、クリエイターも、関心の中心はコンテンツ面へと移りつつある。

 自由な想像の翼をひろげてみるのも一興だが、今、多くのVRコンテンツの開発者がとても気にしているのは、いかにVRゲームの「快適性」を実現するか、だったりする。なにしろ、どんなゲームであれ、HMDを被ってたちまち不快なVR酔いに見舞われるようでは、世界を楽しむどころではない。VRゲームは面白いとか面白くないを語る以前に、まず快適であることが最低ラインなのだ。

 そして、快適さを実現するための開発ノウハウは、ゲーム内容に意外なほど大きな縛りを与える。VRに適するジャンル、適さないジャンル、やっていい表現、ダメな表現、フラットスクリーンのゲームとはほとんど全部が違う。クリエイターだけでなくゲーマーも、これについて知ることで、将来的なVRゲームの方向性をかなりの精度で予想できるようになるはずだ。

始まりは「不快にならない」ためのノウハウ

Oculus VRのスタッフとして開発者向けの技術支援を担当する井口健治氏と近藤義仁氏

 快適なVR体験というベースラインについて、最も整理された知見を持っている組織は、いまのところ間違いなくぶっちぎりでOculus VRだ。VR新時代の火付け役として、ハード・ソフト両面の研究に膨大なマンパワーを注ぎ、そこで得られたノウハウを積極的に公開している。

 国内ではじめてそのあたりの知見が深く共有されたのは、去る8月末に開催されたCEDEC 2015。そこでOculus VRの国内パートナー・エンジニアリング・スペシャリストを務める井口健治氏と近藤義仁氏は、ユーザーに不快感をもたらすVR酔いの正体を「視覚誘導性自己運動感覚(vection、ベクション)」だということを明らかにした。

「視覚誘導性自己運動感覚(ベクション)」

VRはユーザーの視覚をほぼ完全に奪うからこそ、強力な擬似感覚を引き起こす

 ベクションというのは、そのフルネームが示す通り、“視覚が作り出す自己運動の感覚”だ。例えば自分が停車中の電車に乗っている時、同じく停車中だった隣の電車が動き始めるときの感じ。窓から見える隣の電車の風景が横方向に加速を始めると、自分が乗っている電車は微動だにしていないのに、風景が動いているのか、自分が動いているのか、視覚的に区別がつかなくなって、平衡感覚がぐらりと揺さぶられるアレである。

 これがVRでも起きるというのは、HMDが視界のほとんどを奪い、ユーザーの視覚だけ外の(リアルの)世界から遮断するせいだ。何らかのVRデモを体験したことのある人ならもう皆知っていると思うが、HMDを被った状態で視点が予想外に動くと頭がクラクラしたり、立っていれば転けそうになったりするし、水平移動ならまだしも、ロール方向に視点が回転しようものなら一瞬でゲロゲロだ。

 フレームレートが低い環境でも気持の悪さは出てくる。フレームレートが落ちるとヘッドトラッキングへの映像の追従性が下がり、自己感覚との微妙なズレが積み重なるためだ。そこでOculus VRでは以下の条件を「絶対」としている。

・フレームレート90fps堅守
・カメラの主導権をプレーヤーから奪わない

 つまり可変フレームレートは許さないし、ゲームが勝手にカメラを動かすのもNG、ということだ。これは実際、普遍的な話で、同じくCEDEC 2015でVR開発ノウハウについての講演を行なったCrytekも、バンダイナムコゲームスの「サマーレッスン」開発チームも、しつこいほどに同じことを言っている。フラットスクリーンのゲームでは多少のフレーム落ちがゲーム体験を大きく傷つけることはありえないが、VRでは致命傷になるのだ。

 ただ、カメラ移動完全禁止とするとゲーム内容が非常に限られてしまう。どうしてもカメラを動かしたい場合は、Oculus VRのセッションで提示された次のようなガイドラインが役に立つ。

VRゲームにおけるカメラ動作のガイドライン

 このガイドラインをもとに考えると、まず、誰もが考える「FPSのVR化」は実は非常に筋が悪いことがわかる。なにせ大半のFPSは移動速度が速いし、地面に近いし、加速度的だし、旋回しまくるからである。もはや原理的に無理だろうというレベルだ。同様に、カメラ動作がFPSに近いタイプのTPSも、このガイドラインの大半に反するためかなりキツイ。

 そこで比較的安牌としてOculus VRが提唱するのがはっきりとした「第三者視点」のゲームだ。例えばOculus Rift製品版のローンチタイトルになる見込みの「AirMech」というゲーム。

 これはプラモサイズのメカとジオラマ的なサイズ感のフィールドで展開するタワーディフェンス系ゲームで、プレーヤーは神の視点でプレイする。カメラは完全にヘッドトラッキングオンリーで、リアルで目の前にゲーム盤を開いてボードゲーム的に遊ぶ感じだ。でもVRだから、ユニットや盤面が縦横無尽に変形したりぶっ壊れたりで大変おもしろい。Oculus Touchでプレイできたらもう、このジャンルとして究極の形になりそうだ。

「AirMech」。リアルでボードゲームをプレイするような感覚で、リアルタイムのタワーディフェンスを遊べるVRゲーム

 第三者視点+カメラ追従のパターンで失敗と成功の両方を見せた面白い例もある。コロプラの「白猫VRプロジェクト」だ。

 これはもともとサード・パーソンアクションの「白猫プロジェクト」をGear VR/Oculus 向けに移植したものだが、初期バージョンではカメラの動きがオリジナルまんまで、カメラが地面に近い、動きが速く加速度的、カメラの旋回が多い、などの地雷を踏みまくってしまい、プレイ即VR酔いという問題を抱えていた。

 そこでVR向けに徹底オーバーホール。キャラクターからカメラをぐっと遠ざけ、カメラが機敏にキャラの動きに追従しないよう、視野中央部分に遊びを設けた。つまりカメラを地面から遠くし、動きを低速にし、なおかつカメラの移動や旋回が予測可能な(範囲外に近づくと追従するので、心の準備ができる)ようにした。その結果、VR酔いはほぼ完全に解決。酔わないVRサード・パーソンアクションゲームの完成だ。同様の工夫はOculus Riftローンチタイトルとなる見込みの「Luckey's Tale」でも試みられている。

「白猫VRプロジェクト」。初期版はカメラがキャラに近く、動きも機敏で、酔いやすいものだった
VR向けのオーバーホールの結果、カメラをぐぐっと引き、反応に余裕を持たせることで酔いを大幅に軽減

 もうひとつの「酔わないため」の方式は、コックピットビュースタイルの主観視点だ。いわゆる乗り物系。FPSと違ってコックピットそのものがプレーヤーに移動状態の基準を提供してくれるため、「EVE Valkyrie」のように上下左右の概念すらない宇宙空間をフラフラ飛び回っても酔いにくい。平らな地面を走る車ゲーも同様に酔いにくい。それでも酔っちゃう人はいるが、しばらくやりこめば慣れてしまうレベルだ。

「EVE Valkyrie」。主観視点でもコックピット内部なら、プレーヤー自身に姿勢の基準がもたらされるため酔いにくくなる

そして、その先にある「プレゼンス」へ

 Oculus VRによるCEDECセッションで披露された基本的なルールをしっかり守れば、VRと現実のズレがもたらす生理学的な不快感はかなり低減できる。快適なVR体験を実現することそのものは、プロの開発者であれ、趣味の開発者であれ、そう難しくない。

 難しいのはその先だ。VRゲームは快適であればそれでいいかというと、それはまた別の話だ。快適であることはベースラインで、VRならではのおもしろさや、ゲームの魅力を引き出すためにはもう1段先の工夫が必要だ。

 それは何か。CEDEC 2015で講演した多くのVR先駆者たちが異口同音に唱えるのは「プレゼンス」。プレゼンスというのは日本語でいうと存在感とか実在感という意味で、「VRの世界が本当にそこにあるように感じられる」、「VRのキャラクターがほんとうにそこに居るように感じられる」という感覚のことだ。

 いくら快適でも、充分なプレゼンスのないVR体験はつまらない。プレゼンスがないというのは、VRを通じて見る世界や、キャラクターが、ただのCGに見えてしまうような感覚だ。「サマーレッスン」の原田勝弘氏はこれを「没入が剥がれる」と独特の言い方で表現している。

 プレゼンスを高める工夫はコンテンツ制作者の独壇場というところで、Oculus VRのセッションよりも、Crytekや「サマーレッスン」チームによる講演のほうが具体的で、的確だった。

近景の小物、窓から見える遠景との対比が、その中間に位置するキャラクターの実在感を高めている
Crytekの「Dinosaur Island VR Demo」。奥行きのある風景を意識的に設計している

 Crytekの「Dinosaur Island VR Demo」は「ジュラシックパーク」的な恐竜世界体験、「サマーレッスン」は魅力的なキャラクターとの邂逅と、ジャンルは異なるが、プレゼンスを高めるための核となる工夫はいずれにも共通しているのが面白い。特に重要なのは以下の2点だ。

・風景:近景と遠景のメリハリを出す
・キャラクター:プレーヤーに対して的確に反応する

 人間は両眼視差や運動視差によって立体感を得ている。例えば、視差が極小となる遠景に対しては明確な立体感を得ることができない。かといって、窓もない狭い部屋など、近景だけのシーンでも圧迫感が先に立つ。しっかりとしたディティールのある近景と、そこからきちんと目に入る遠景の両方があると、VRの中でもリアルな奥行き感を得られる、という感じだ。なので「サマーレッスン」のファーストバージョン(女子高生の部屋)は、プレーヤー→女子高生→窓という配置。これによって「そこにいる感」が高められている。

キャラクターがプレーヤーをしっかりと“見て”くれる。想像以上にドキリとする瞬間

 2つ目の、キャラクターがプレーヤーに対して的確に反応する、というのはもっと重要だ。

 例えば人間は、「目は口ほどに物を言う」のことわざが示すように、相手の目の動きや表情の動きに対してものすごく敏感な生き物だ。なので、キャラクターがこっちを見てないとか、見てるようで視線が微妙にあさっての方向を向いている、みたいなことがあると、それを人間だとは思えなくなる。つまり「没入が剥がれる」。

 「サマーレッスン」ではこれを避けるため、キャラクターの視線をプレーヤーのカメラ位置に対して厳密に追従させる仕組みを実装している。具体的には、基本となるモーションに対して、垂直・水平方向の差分モーションをブレンドし、プレーヤー位置との角度のズレを埋める方法だ。

 このモーションブレンディングを用いた方法は、キャラクターの本能的・反射的なふるまいにも活用されている。「サマーレッスン」では、プレーヤーがググッと近寄ってくると、キャラクターが反射的に距離をとろうとして、やや仰け反るような動きを見せるのだ。人間は現実でも、目の前の相手がぐぐっとよってきたら、ほぼ無意識的に避けようとするはずである。「サマーレッスン」のキャラクターは、こういう本能的なしぐさを返してくれるからこそ、人によっては“目を合わせるのも恥ずかしい”ほどの存在感を発揮できているわけだ。

こちらはモーションブレンディングなし。ずいっと寄っても微動だにしない
モーションブレンディングを適用。無意識的に適正な距離を保とうとするしぐさが実在感を高める

プレーヤーの動きに反応して睨みつけてくる恐竜。恐怖体験を増幅!

 Crytekの「Dinosaur Island VR Demo」も同様で、デモの山場で登場するティラノサウルスはプレーヤーの動きに合わせて視線を追従し、睨みつけてくる。Oculus Riftのポジショナルトラッキングの範囲でプレーヤーがどこに動こうと、しっかり追従してくる。そのおかげでプレーヤーは、「この生き物には意思がある」と本能レベルで感じ、恐怖する。

 上記のような視線制御や、本能的・反射的なしぐさの部分は、フラットスクリーンゲーミングの時代には滅多に必要ではなかったが、VRゲームにおいては最も基本的で、必ず実装すべき基本要素と言える。なにしろ、バーチャルキャラクターとのインタラクションが存在しないVRゲームはほとんどないだろうし、インタラクションが存在する以上は、最低でも上記のようなふるまいをしてくれないと、うそ臭く、不気味に見えること明白だからだ。

 ここまでの議論を総合してみると、VRゲームならではの開発ハードルの高さに気圧されてしまう人も居るかもしれない。だけど、その一線を超えたVRゲームはフラットスクリーンでは絶対に得られない実在感、存在感を与えてくれ、現実を超えた体験へとプレーヤーを誘ってくれる。

 VRゲームの開発ノウハウはまだまだ多くの研究余地が残されているが、少なくとも上記のような「第1世代」のVRゲームが備えるべき最低ラインを知ることで、よりよくVRゲーミングの将来を見据えることができるに違いない。