【連載第3回】開発者が語るiPhoneゲームの最先端

iPhone Spotlight Report

CEDEC 2009でゼペット宮川義之氏が講演
「iNinja」、「iYamato」の取り組みを紹介。新作「iCarShoot」も発表

 世界中でブームを起こし、携帯電話市場を一変させたiPhoneは、新たなゲームプラットフォームとしても注目を集めている。本連載では、iPhoneゲーム開発者へのインタビューから、最新のトレンドや魅力を探っていく。



9月1日~3日 開催

会場:パシフィコ横浜


ゼペット代表取締役の宮川義之氏

 今回は9月1日から3日までパシフィコ横浜で行なわれた日本最大級のゲーム開発者カンファレンス「CESA Developers Conference(CEDEC) 2009」で取材した内容をお伝えする。このカンファレンスは、コンシューマー、アーケード、PC、モバイルなど、ジャンルを問わずゲーム開発者による多数のセッションが開かれた。iPhone/iPod touchのアプリ開発に関連するものもあり、注目度の高さが伺えた。

 その中でも本稿ではセッション丸ごとiPhoneの話題となった、「iNinja」や「iYamato」を開発・プロデュースした株式会社ゼペットの宮川義之氏の講演の模様をお届けする。「セルフプロデュース 独力開発、独力プロデュースの可能性」と題して、個人レベルによるiPhone用ゲームの開発・プロデュースにまつわる実例が示され、宮川氏がiPhone/iPod touchのアプリを開発するきっかけから現在までの経緯を実例や結果、課程等を交えて時系列で紹介された。スライドはまるでAppleの基調講演を見るようで、講演している内容をイメージ化した画像を動かしたりして演出し、非常にわかりやすいものとなっていた。

 宮川氏は、高校時代からソフト開発を独学し、高校卒業後にスクウェア(現スクウェア・エニックス)に入社。「聖剣伝説」シリーズや「ゼノギアス」などで映像技術を開拓し、プレイステーション 2用「ファイナルファンタジー XI」ではメインプログラムに携わった。その後、株式会社イニスに勤めた後、現在はゼペットの代表取締役を務め、自らiPhone/iPod touch用ゲームのプログラミングを行なっている。




■ iPhoneブームに乗って起業し、iMacを購入するところから始まった

 まずゼペットという会社は、宮川氏が昨年末のiPhoneブームに乗じて、iPhone用のゲームアプリ開発会社として2008年12月に設立したばかりのワンマン企業だ。2008年7月にiPhone 3Gが発売されて盛り上がっているのを見て、実際に購入して使ってみて面白いと感じ、さらにiPhoneであれば金をつかめる雰囲気があり、それに乗じて起業したという。

 iPhoneの開発を始める障壁は低く、iMacを買い、Xcodeをインストールして、開発者サイトに登録するだけで開発を始められる。しかし用意されているドキュメントがコンシューマーゲームの開発時よりも多く、しかも英語だったこともあり苦労したという。




■ 第1弾の「iNinja」は荒波に飲まれ、凝って制作した宣伝映像も不発

役者を起用して、プロモーション映像を本格的に制作した

 ゼペットはこれまでに、ゲームを含めたiPhoneアプリを数本出してしている。その中で最初にリリースしたのが、手裏剣を飛ばして忍者をやっつける「iNinja」だ。これは宮川氏が起業してから3カ月間で作り上げられている。「iNinja」は、宮川氏がiPhoneの研究を始めた時にフリック操作が面白いと感じ、それを使ったゲームを作ってみようと思ったことから生まれた。最初はおはじきを弾くようなゲームだったが、その後、忍者を絡めたものになり、それだけでは物足りないと感じて物理計算で落下する緑色のボールの仕掛けを用意したという。

 最初はライブラリなども自作していたが、それらはいったん全て破棄して、iPhoneのアプリ開発で使いやすいと言われているエンジン「COCOS2D」を使用して効率化を図った。「COCOS2D」はオープンソースなので、「改良しながら作成できるのもいい」という。ちなみに「COCOS3D」は、米国のランキングトップ10のうちの3つで使われているそうだ。またスライドでは「iNinja」の制作途中バージョンも公開され、知人にグラフィックス面で協力してもらいながら完成させたことを明かした。

 宮川氏は「これなら行ける」と思って「iNinja」を配信したものの、既に67,000種類のアプリがあると言われるApp Storeの荒波に飲まれてしまう。そこで次の課題として考えたのは、プロモーション展開だ。iPhoneのゲームの多くはYouTubeで紹介されているので、AppleStoreで映像ソフト「FinalCutPro」を学び、友人の役者を使って紹介映像を作成した。しかし売れ行きはあまり変わらなかったという。

 次は地道に、ソフトの紹介文を増やしたり、タイトルを女忍者の絵に変更するなどして、人の注意を引くような工夫をしていった。そうするとユーザーレビューが付き、それに伴って徐々にランキングが上がっていき、最終的にはランキング2位、1万本ほどダウンロードされた。




■ 短期間開発に切り替えた「iYamato」。周知活動も新たな方法で挑む

当初は兵士が戦うゲームだったが、方針が変わって戦艦大和になった

 その後「iNinja」での開発の反省を踏まえつつ、コンシューマーゲーム開発ではセオリー的にやっていたモードの多様化やステージ数の増加によって開発期間がかかっていたものを反省し、2週間の開発期間を目指して作ったのが「iYamato」だ(実際は1カ月で開発)。

 開発初期の「iYamato」は対空砲のゲームで、地上の兵士が戦闘機を撃墜するものだった。ところが急遽方向転換して、戦艦大和が戦闘機を撃墜するものに変更した。「大人数で開発しているコンシューマーゲームでは、おいそれと仕様変更はできないが、少人数体勢のiPhoneアプリ開発だからこそ簡単にできた」と語り、実感とともに開発のメリットを明かした。また昨今のコンシューマーゲーム開発について、「オーケストラのように、大人数で定番の曲を演奏するような形。ひとりの演奏者が好きな曲を演奏したくてもできなかった。その点iPhoneアプリ開発では、個人で自由に好きな演奏を楽しめるようなものだ」と説明した。

 また「iYamato」が人気になったひとつに、このゲームを多くの人に知ってもらうため、米国で開催されたWWDCでプレゼンテーションを行なったことを挙げた。会場で自動プレイのデモが流れるiPhoneを胸に掲げて、興味を持った人には実際に遊ばせ、その場の反応を見てアプリを修正していった。その結果、発売後の3日間で海外のメディアに取り上げられ、一気に知名度が上がった。宮川氏は、「周知活動においては、生で会って宣伝することも大事だ」と話した。ちなみに「iYamato」は、有料版で2万本、無料版を含めると世界で10万本超ダウンロードされている。




■ 突然の新作発表! 懐かしいスーパーカー消しゴム飛ばしを楽しめる「iCarShoot」

 宮川氏は今後の展開として、11月発売予定の新タイトル「iCarShoot」を発表した。コンセプトは「なぜか知ってる、新型レースゲーム」で、30~40代の世代が子供の頃に流行ったスーパーカー消しゴムを、BOXYのボールペンを使って弾いて走らせたり、ぶつけたりする遊びを再現したものとなっている。もちろんゲーム的にも作りこまれており、サーキットに仕込まれた数々のトラップをくぐり抜ける、新感覚の対戦レースが遊べる。

 車のカスタマイズも可能で、iPhoneのカメラで撮った写真をテクスチャとして車に貼り付けてオリジナルカーを作成できる。さらに勝敗に応じて対戦相手の車を奪えたり、ネット上のユーザー達のオリジナルカーをコレクションして楽しめるようにもなっている。さらにiPhone OS 3.0の時代を睨んで、車やコースなどの追加コンテンツをダウンロードできるサービスも予定しているという。

 ちなみに「iCarShoot」は、iPhoneアプリ創世記のヒット作「NEWTONICA」を開発した有限会社Route24の西健一氏と共同開発しており、「Unity」というゲームエンジンが使われている。

 既に「iCarShoot」のティザーサイトがオープンしており、トレーラーや開発途中の画面写真が紹介されている。

 


ノスタルジックでありながら新感覚なレースゲーム「iCarShoot」懐かしのBOXYボールペンで車を弾いて飛ばす撮った写真を車体に貼り付けてカスタマイズできる



■ iPhoneアプリの開発は、安価で行なえ、さらなる可能性を秘めている

コンシューマーゲームはオーケストラレベル、iPhoneはバンドレベルと開発のイメージを比較

 宮川氏はゲーム開発について、「以前はアイデアがあるのは当然だが、まず資金ありきで、その資金で人を集められるかどうかでゲームができるかどうかが決まっていた。iPhoneアプリの開発の場合は、まずアイデアが重要で、資金はそれほどかからずに作れるのはメリットだ」という。また、「なぁなぁで始めないで、ビジョンや制作の計画、ギャラの分配などもあらかじめしっかりと決めておくことが大切だ」と話した。収益については、「コンシューマーゲームの大規模開発では収益は大きいが、その分人件費も莫大になる。iPhoneの独力開発は、収益が少なくても分配も少なくて済むのでやっていける」と実体験として語った。

 最後に、これまでの開発環境に使われている機材とソフトが紹介された。ハードはiMacで、ソフトは常用ツールに「Pixelmator」(6,000円)、「Blender」、その他として「iWork」(8,000円)、「Dropbox」、「Snapz Pro」、「Final Cut Pro」(11万円)、「Subverion」、「Garageband」。宮川氏は一部のソフトの価格も示しつつ、iPhoneアプリが他と比較して安価に開発できると述べた。

 またiPhoneゲームの開発においては、「いろいろな企画を出していくことから始め、Macを購入して、わからないことがあればAppleStoreで勉強したり、インターネットで調べたりして必要な知識や道具を揃える。そしてゲームを作り、周知活動のために、YouTubeの動画で言いたいことをまとめたりしていけば、何かしら共感してくれる人が見つかり、そこに新しいビジネスチャンスも生まれて、さらなる可能性や実感を味わえる」と語った。

 このほかにもいくつかのセッションでiPhone関連の話題が挙がったが、「iPhone/iPod touchのアプリは、昔は儲かるイメージがあったが、今はアプリが無数に増えてしまっており儲からないのでは?」と心配する声も出ていた。しかし講演を聞く限りでは、それほど悲観的でもないようだ。ゼペットはコンシューマーゲーム開発ではありえない少人数でiPhoneゲームを開発し、いいものを作ってプロモーション活動を工夫していけばやっていけるという一例を見せてくれた。今後もiPhone/iPod touchの普及台数が増していくことを考えると、iPhoneゲームにはまだまだ可能性が広がっているといえそうだ。


(2009年 9月 4日)

[Reported by 川村和弘]