コーラス大柳の「ためにならないインディゲームレポート」

「まだ日本だけで消耗しているの?」と言えるモバイルインディの現状

ローカライズはプレーヤー人口を増やし、売上拡大をもたらす最も手堅い手段です

 こんにちは、コーラスの大柳です。

 「艦これ」の春イベントが実施されましたね。私は連休中にE-4までは甲で、地獄のようだと話題だったE-5以降は日和って丙でクリアしました。確実にアイオワが欲しかったもので。

【「艦これ」春のイベント結果発表】
あまりダラダラとプレイしたくなかったのでE-5以降の後半は丙提督になりました……

 ところで、App Annieが先日、App Storeの市場動向について面白いレポートを発表しました。平たく言うと今年の第1四半期に入って中国市場が日本を抜いて第2位になったというものです。これは去年から予想されていましたが、いよいよ現実のものとなりました。質的にサブスクリプション課金や買い切り(Pay once)Appも売れている世界No.1の米国市場を抜くには、まだ時間がかかるかもしれませんが、量的(=ダウンロード数)に肉薄してくるのは時間の問題です。

 これは我々モバイルインディで活動している面々にはとても良い話で、欧米や日本、韓国といった国以外にも巨大な市場があることは、それだけ自分たちがリリースするタイトルのチャンスが広がるということです。

 欧米のモバイルインディシーンにおいても、リリースした!→App Storeでフィーチャー取れず!→死亡、享年1週間というゲームは山のようにあります。こういう話は日本だけの事ではありません。もちろんゲームの質は玉石混交ですが、誰も知らないところで埋もれていく良作が多いのも事実です。

 そんな刹那的なモバイルインディ界隈を潤してくれるかもしれない中国市場はゲームを成功させるためのリスク分散要素として、特に体力に乏しいインディスタジオは注目するべき市場と言えます。なにせモバイルゲームはストアが展開している地域であれば、どこの国へもボタン1発で進出できるのですから、自国の市場だけにこだわり続けてじり貧になっていくよりは、複数言語に対応して「どこかの地域で当たればいいなあ」と考えた方が、成功する確率は高くなるはずですから。

 実際、コーラスはパブリッシング単体の収益面だけで考えると日本市場単体では食べていくことができません。中国、台湾、香港、シンガポール、韓国といったアジアの主要地域をカバーすることで、ようやく営業活動が成り立っています。特に中国は圧倒的にシェアが大きく、勢いの強さを肌で実感しています。

 中国というと、なにかと変な偏見にとらわれがちですが、私たちが相手にするのは「海賊版」や「犯罪者」ではなく、あくまで正規のストアでゲームを購入してくれるゲームファンです。これは中華圏だけでなくその他の新興市場に対しても同じ事が言えます。負の面ばかり考えることは捨てて、複数言語ローカライズを最初からサポートすることで積極的に海外のプレーヤーに訴求をしていく時期にきています。

【中国ゲームファンの感想】
中華圏のゲームファンを侮ることなかれ。彼らはゲームに対してとても真摯で、そして母国語でのゲームプレイを望んでいる

 ここで例を挙げると「Punch Club」という格闘家育成ゲームがあります。モバイル以外にもPC向けにSteamでも提供されていていますが、このタイトルの開発元が3月に自前のブログで興味深い記事をポストしていました。いわく「正規販売は30万ダウンロードを記録したがPCとモバイルあわせて160万の違法ダウンロードがあった」ということでした。

 本作はモバイル版は600円、Steam版は980円で販売されており、ブログの記事によるとモバイル:PCの収益比率は約3:7ですから、それぞれのプラットフォームで数千万円ずつ、両方で億を超える売上を出している訳で、インディとしては大成功の部類に入るタイトルです。海賊版の比率も大体モバイルとPCで7:3。海賊版で遊んでいるプレーヤーはブラジル、ロシア、中国の順に多く、実に総プレーヤーの8割が海賊版ユーザーであり、この開発元としてはローカライズするならFIGS(フランス語、イタリア語、ドイツ語、スペイン語)くらいしか考えちゃダメだよ、という結論でしめています。

 私はこの考えには賛同できません。なぜならば海賊版をネット上に流す人物にとってはローカライズの有無はあまり関係ないからです。ほとんどのゲームは世に出せば必ず海賊版が流れます。良いゲームであればなおさらです。であれば、この件で無駄な神経をすり減らすよりも、正規のプレーヤーを囲い込み機会をつかむための努力をしたほうが建設的ですし、結果として海賊版によって得られなかったとされる損失は受けつつも、収益は見込めるようになるはずです。

 ローカライズの醍醐味は海外のゲームファンに直接自分のタイトルを売り込めるということに尽きます。母国語によるプレイを各国のゲームファンは熱望しているのです。また、メディアなどにつながりがない自分の知らない国でタイトルをヒットさせる最大の決め手は口コミです(少なくとも私はそう考えています)。その口コミを得る最低限の条件は、母国語でのプレイ環境を提供することです。でないと、一部例外タイトルを除いて、「洋ゲーマニア」のような尖った層以外にゲームが浸透することはありません。

【ローカライズは重要】
「マッチメーカー」のように会話を楽しむゲームは英語だけだと何がなんだかわからない。しかし母国語であれば雰囲気だけでなくゲームそのものもしっかりと楽しめる。海外のゲームファンに訴求したいのであれば、この環境が最低限必要だ。またApp Storeのエディターズチョイスに選ばれた英国産インディゲーム「Battle Hand」はコーラスが日本語および中国語、韓国語ローカライズのサポートをおこなっている。最初からアジア市場を視野にいれている欧米のインディスタジオは確実に増えている

 国内のインディ(特にモバイル)スタジオや開発者の多くはすでに実感しているのではないかと思いますが、このジャンルは国内需要だけでは食べていくのがなかなか難しいのが現状です。モバイルゲームに最も収益をもたらしてくれているメインのユーザー層が望むものを、多くのインディゲームでは提供できません。タイトル数が圧倒的に違いますが、PS初期からPS2あたりの「洋ゲー」みたいなポジションが今の我々の立ち位置ではないかと考えています。

【「The Room」の場合】
弊社の例として「The Room」は、日本語以外に中国語(繁体・簡体)、韓国語に対応させることでアジア圏の幅広いゲームファンにプレイしてもらえる環境を整えた結果、昨年6月の提供開始以来、現在260万ダウンロードを突破。広告などは一切打たず(打てなかった)プレーヤーの口コミと評価が本作を支えています。日本1国の市場だけでは不可能な数字でした

 私たちの業界は、規模の大小はあれ要するに水商売です。どのタイトルが当たるかなんてハッキリ言ってわかりません。コーラスも3年目に入りましたが「これをやれば売れる」戦略なんてものは全く確立されていません。国内企業は雇用面で手厚い保護があり、首筋の心配はあまりしなくていいかもしれませんが、本来はゲームが売れなければ関わっている人間はつねに職を失う可能性がある、リスクのある商売です。

 そんな環境で「当たる」まで戦い抜くには、少しでも多くのゲームファンの目にとまる機会をつくり出し続ける必要があります。魚のいそうな所なら環境を選ばず貪欲に釣り糸を垂らす、泥臭い生存戦略が特にインディ界隈には求められるでしょう。

(大柳竜児)