西川善司の3Dゲームファンのためのグラフィックス講座・E3特別編その4
「HEAVY RAIN」のスタッフの次回作「BEYOND:TWO SOULS」は物理ベースレンダリングの採用で現行ゲームグラフィックスをBEYONDする!?
「HEAVY RAIN」の開発元、フランスのQuantic Dreamが仕掛けるPS3専用のアクションアドベンチャーの新作が「BEYOND:TWO SOULS」だ。
■ 「BEYOND:TWO SOULS」は物理ベースレンダリングを採用する
「HEAVY RAIN」もそうだったように、この「BEYOND:TWO SOULS」も、ゲーム世界へのインタラクションを限定化する一方で、PS3のプロセッシングパワーをグラフィックスに大きく割く設計としており、今世代機の標準的なグラフィックスの水準を大きく上回る表現を実践している。
まず、意外に思えることかもしれないが、グラフィックスエンジンは、「HEAVY RAIN」のものを使用しておらず、フルスクラッチでゼロからの再設計を行なったとしている。
Quantic Dreams CEOのDavid Cage氏 |
「最も力が入っているのは新設計の『物理ベースレンダリング』システムだ」とQuantic Dreams CEOのDavid Cage氏。
物理ベースレンダリングシステムは、スクウェア・エニックスの次世代ゲームエンジン「Luminous Studio」やトライエースの「ASKAエンジン」なども実装を進めている手法で、結果だけに着目して言えば、いかなるライティング条件でも、現実世界に近い陰影を見せることができるライティング手法だ。
一般的なゲームグラフィックスでは、そのシーン、そのライティング条件下で「それっぽく見える」ことを重視して、アーティスト達が職人芸的な作り込みをおこなって印象的なビジュアルを作り込んでいく。再生してそのままエンディングを迎える映画のような映像作品を作るだけならば、これはこれで文化的で芸術的で素晴らしい手法なのだが、ゲームの場合は光源も動くし、キャラクター達も動くし、はたまだシーンの破壊が起こればシーンの構図が変化するので、アーティストの「これで良し」とした作り込みの堅牢性は実はそれほど高くはない。
例えば、赤で塗られているオブジェクトがあったとすると、一般的なゲームグラフィックスでは、そのポリゴンをライティングして、拡散反射項と鏡面反射項を適当な割合でミックスして、赤い画素(テクセル)のテクスチャを適用して完成とする。
しかし、現実世界では、そんなに「こと」は単純ではなく、その赤色の塗料の材質の違いによって、ライティング条件によって見た目は異なってくる。無機顔料か有機顔料かによっても違うだろうし、同じ無機顔料だったとしても硫化亜鉛、酸化鉄、酸化クロム、二酸化チタンといった材質の混入割合で、当てた光の方向、視線との位置関係で微妙に色味が変わるかも知れない。それこそ、夜と昼で見た目の感じががらりと変わることだってある。
物理ベースレンダリングは材質の再現を極力現実世界に近づけることを目的としたアプローチであり、この実現にはBRDFは「Bidirectional Reflectance Distribution Function」(双方向反射率分布関数)の概念を導入することが多い。
あらゆるライティング環境下でリアルな陰影を見せるのが物理ベースレンダリングの特徴だ |
BRDFとは、端的に言えば「光がどう反射するかを実際の光学現象に則って一般化したもの」で、実装レベルでは、「視線ベクトル」、「光源ベクトル」、「法線ベクトル」といったライティングパラメータを引数としたときに、陰影処理結果を返す関数……というイメージだ。実際のランタイムでは、そうしたライティングパラメータの組み合わせから、一意的に決定されるデータテーブルをテクスチャとして持っておくことが多い。そして、このBRDFデータテーブルは、専用の測定器を使用して生成する場合や、疑似的なプロシージャル生成を行なう場合もある。
なお、物理ベースレンダリングにおいても、その「陰影特性をチューニングする」という形でアーティストのセンスの介入の余地はある。この手法は、ほぼ間違いなく次世代機では積極導入されていくライティングシステムであり、「BEYOND:TWO SOULS」はそれを先取りしたものといえる。
下は、プレスカンファレンスで公開されたリアルタイムプレイデモ映像になる。とても暗いシーンにおいても、リアルな陰影を見せるビジュアルに要注目だ。
【プレイデモムービー】 |
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プレスカンファレンスで公開されたリアルタイムプレイデモより |
■ 映画「アバター」と同じパフォーマンスキャプチャーシステムを採用。新開発の人物シェーディングシステムにも刮目せよ
「BEYOND:TWO SOULS」では、主人公の女性ジョディ・ホームズを、SF映画「インセプション」で印象的な演技を見せたカナダ人女優Ellen Pageが演じている。
また、ゲーム中のキャラクターの演技付けには、映画「アバター」でも導入された、パフォーマンスキャプチャーシステムを採用。これは、顔面(表情)の動き、身体の動きを同時にキャプチするだけでなく、同時に台詞の録音まで行なってしまう新世代のキャプチャーシステムで、大型ゲームタイトルでは徐々に導入例を増やしている製作方式である。
顔面の演技はキャプチャーしたデータを再生する形で顔面上のリグを駆動するが、歩行モーションなどは、幾つかの部品/素材となるキャプチャーベースのアニメーションデータを組み合わせて、新しいモーションを発動するプロシージャルアニメーションシステムを導入しているとのこと。デモンストレーションでは、ジョディをジョイパッド操作で操作して森の中を追っ手から逃げ惑うシーンが紹介されたが、このとき、ジョディが生えている木々に触れたり、地面上の障害物を避けるといった、周囲の環境に臨機応変かつ、自発的にインタラクトする様子が示されていた。単なるループする待機モーションの再生や、足が斜面にIKで追従するだけではないぞ、ということを主張したかったと見られる。
思い返せば最近では「アンチャーテッド3」などでも、操作中の主人公キャラがシーン内の手すりや壁に自発的にインタラクトする表現が導入されていた。こうした「自発的プロシージャルアニメーション」的な表現も、欧米スタジオではトレンドとなりつつあるのかもしれない。
David Cage氏は、「BEYOND:TWO SOULS」は本格的なスキンシェーディングの導入も行なっているとのことで、最近にわかに採用が進んできている画面座標系で拡散反射項をブラーさせるような手法を導入しているとみられる。
鼻の穴などもAmbient Occlusionによるシンプルな白黒濃淡ではなく、鼻の穴の陰影も光との位置関係によっては肌色の色味が増したりするため、相当にリアルだ。
顔面の筋肉の動きがとてもリアル。これがリアルタイムレンダリングで実現されるのだから驚きだ | 汗や水の付着は鏡面反射項によって再現。衣服の濡れた感じにも注目 |
目力の再現には、特別な眼球シェーダーが威力を発揮 |
また、眼球にも奥行きがあり、虹彩と瞳孔部分には半透明の厚みの層があるように見える。瞳にでるハイライトも、ただ眼球の表面に乗ってくる一次ハイライトだけでなく、角膜での屈折に配慮してでているような二次ハイライトまでもがでていることから、特別な眼球シェーディングを行なっているようだ。「HEAVY RAIN」にも増して、「BEYOND:TWO SOULS」のキャラクタ達に「目力」が宿っているようにみえるのはそのためだろう。
この他、プレーヤーである幽霊の視点から見た「人間のオーラ」や雨、煙と言ったものは、大量のパーティクルで描かれており、これらの更新にはCELLプロセッサのSPUが活躍していると見られる。
David Cage氏は、全編を通して挿入される印象的な被写界深度表現(DOF:Depth of Field)、各種レンズエフェクトといったポストエフェクトグラフィックスも今作ビジュアルの見どころとして挙げていた。確かにHDR情報を残した形で、レンズの絞り形状のボケが出ている様は、かなり次世代チックだ。
David Cage氏によれば、「BEYOND:TWO SOULS」はまだ開発途中段階であり、そのグラフィックスも、まだまだ進化の幅かあるとのことなので、ここからさらに進化発展した完成形を心待ちにすることにしたい。
今世代機としては圧倒的な物量のパーティクル表現 | |
ポストプロセスによるグレア表現 | 印象的な被写界深度表現 |
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(2012年 6月 9日)
[Reported by トライゼット西川善司]