西川善司の3Dゲームファンのための「E3 2011」グラフィックス講座
マシンスペックを追い越した現行機の完熟ゲームグラフィックスに乾杯!


6月7日~9日開催(現地時間)

会場:Los Angeles Convention Center




 今年のE3は、SCEの「PS Vita」に、任天堂の「Wii U」といったハードウェアの話題がホットで、注目は全てそちらに行ってしまった感の強いイベントとなった。

 筆者のE3レポートも「そちら寄り」のものが多かったのも事実だ。ただ、冷静に振り返ってみれば、完全に熟成期に突入した今世代機向けのタイトル達の中には映像的に素晴らしいものが少なくなかった。

 本稿では改めてそのあたりをフォローしたいと思う。今回も独断と偏見で、E3会期中にみたゲームグラフィックスの身勝手な批評と解説を行ないたい。

【著者近影】
今、ハマっているハードは「ニンテンドー3DS」。E3の時も3DSを常に携行して「すれ違いMii広場」を楽しんでいたが、1度にバッファできる、すれ違い人数上限が10人であることを知ってびっくり。E3では、こまめにすれ違いMii広場を起動してバッファをクリアしてやらなければならなかった。でも、会期中はスパ4の小野プロデューサーと何度もすれ違ってハッピー。写真はE3会場の通信プロバイダSprintのブースで「ストリートファイターIV アーケードエディション」をプレイしてサボっているところを、Sprintのスタッフにカメラを取り上げられ激写された1枚。バルログで15連勝した瞬間(笑)



■ 「Gears of War 3」~新版UE3の集大成。Xbox 360最高峰グラフィックスはやはりこれか?

取材対応していただいたEPIC GAMES、「Gears of War 3」開発チームのおふたり。左がSenior Gameplay ProgrammerのJosh Markiewicz氏、右がSenior Environment Artistの Mikey Spano氏

 今秋、発売されるXbox 360専用タイトルで最高峰の3Dゲームグラフィックスが楽しめるタイトルといえば、やはり「Gears of War 3」(GOW3)ということになるだろう。

 ゲームエンジン「Unreal Engine 3(UE3)」の開発元Epic Games自身が手がけている作品であり、いうなれば1番UE3をうまく使える集団が開発しているタイトルということだ。期待するなと言う方が無理な相談だ。

 E3会期中、「GOW3」開発チームのSenior Gameplay ProgrammerのJosh Markiewicz氏と、Senior Environment ArtistのMikey Spano氏に取材ができたのでその内容を報告することにしよう。

 彼らによれば、UE3の進化が、直接「GOW3」のグラフィックス品質に貢献した要素として、進化した大局照明(Global Illumination:GI)システムツール「Lightmass」の存在を挙げていた。

 「GOW3」では、このLightmassを駆使し、リアルな環境光の仕組みを積極導入したとのことだ。GI情報はシーン内に適当に配置した位置にて、球面調和関数(Spherical Harmonics:SH)の形で持っており、動的なキャラクタは隣接する最大3つのSHを取得して自分が受けるべき全方位の環境光を算出している。


【Lightmass】
UE3のGI支援ツール「Lightmass」。赤いカーテンの反射光が柱を赤く照らしている様に注目。こうした間接照明の導入を支援するツールがLightmassだ

「Gears of War 3」はキャラクターの肌の質感や演技にも注目

 影に関しては、ソフトシャドウ表現に対応したカスケードシャドウマップ技法を採用している。ただし、高負荷な動的影生成は近景のみで、遠景については事前に算出した静的な影描画に留めている。近景のシャドウマップは1,024×1,024テクセルということだった。

 キャラクターの部位の動きにもブラーが掛かる「オブジェクト・モーションブラー」、ポスプロセスで環境光による“陰”を付加する「Screen Space Ambient Occlusion」(SSAO)といったポストエフェクト処理は、前作から大きな変化はないが、実装アルゴリズムの改良と最適化により、パフォーマンスが向上している。この作業には、Crytekから移籍してGOW3開発チームに加入した新しいプログラマの力が大きく働いているとのこと。


【Gears of War 3】
「Gears of War 3」はXbox 360の最高峰グラフィックスを提供する

 GDC2011で公開された次世代Unreal Engineテクノロジーのテクニカルデモ「SAMARITAN」ほどではないが、「GOW3」では、前作までと比べて人物表現の品質が各段に向上している。

 まず、人肌表現には疑似的な表面下散乱シミュレーションを適用しており、肌のシェーディングが各段にリアルになったとしている。また、顔面アニメーションに関しては、ハリウッド映画スタジオから移籍してきたアニメーター達が技術指導を行なったそうで、彼らの意見を聞き、顔面に仕込んだボーンやリグ構造をこれまでのEPIC方式から見直し、ハリウッド式にしたという。いわば今作「GOW3」のキャラクター表現はハリウッド仕込みだと言うことらしい。

 広大な戦場で大量の歩兵が入り乱れて戦うシーンがあることから、LOD(Level of Detail)処理の重要度が増したわけだが、「GOW3」では、UE3に統合されたポリゴンモデルの低ポリゴン化ツール「Simplygon」の積極活用により、かなり品質の高いLODシステムの実装が実現できたとMarkiewicz氏とSpano氏は振り返っていた。LODレベルの切換ポイントは、ほとんど気がつかないはずだ、両氏は自信を見せる。

 「GOW3」のキービジュアルとも言える人体切断表現は、前作よりも部位の破損表現がリアルになっただけでなく、受けた衝撃につじつまが合うようにきめ細かな切断面の位置の決定が行なえるようになったとのこと。

【Gears of War 3】

 物理シミュレーションに関しては、UE3に標準で提供される以上のことはやっていないそうだが、今作のウリとなっている4人協力プレイを実現するために、極力、物理シミュレーションのデータが同時参加している各プレーヤーのマシン間でやりとりされない工夫がなされたという。

 具体的には、特定の物理シミュレーション事象が発生したときにも、その影響範囲外は静的オブジェクトとして処理し、その影響範囲内のものだけを動的オブシェクトとする仕組みが実装されている。この静的オブジェクトと動的オブジェクトの切換はUE3側でシームレスに行なわれるとのことだ。映像表現の善し悪しには現われにくい地味な部分だが、実はかなり高度な処理系だといえる。

 なお、空き缶や石ころのようなゲーム進行に関係のないオブジェクトの物理シミュレーションはクライアント側で独立した形で処理される。つまり、各プレーヤーの見る画面ごとに、そうしたオブジェクトの動きや位置には相違が起こりうるということだ。GOW3は日本でも9月22日に発売が予定されている。

【「Gears of War 3」のプロモーション映像】

【Microsoft Media Briefing「Gears of War 3」デモ】




■ 「CRYSIS 2」がDirectX 11対応に生まれ変わる~CE3がついにDirectX 11対応へ乗り出す

 独Crytekは、北米時間6月27日に、同社のゲームエンジン「CRY ENGINE 3」(CE3)をDirectX 11に対応させたことを報告すると共に、この機能を今春発売されたPC版の「CRYSIS 2」にて適用するためのアップグレードパッチを公開した

 筆者は、E3会期中に、このCE3のDirectX 11版(以下CE3DX11)のデモンストレーションを技術解説付きで受けることができたので、その内容を要約してお伝えしよう。現時点ではDirectX 11世代のGPUは、Windows PC環境でしか利用ができないので、「CE3のDirectX 11対応版」は実質的には「CE3のPC版のDirectX 11対応版」と同義であり、その効果は、現状「CRYSIS 2のDirectX 11対応アップグレードパッチ版」(以下、CRYSIS 2DX11)でしか確認できないことになる。以下の解説は、この辺りの状況を踏まえて参考にして欲しい。

【「CRYSIS 2」DirectX 11デモ】
CE3のDirectX 11新フィーチャーをCRYSIS 2で紹介するプロモーション映像

 まず、DirectX 11と言えば、目玉の機能となるのが、ポリゴンの自動分割機構である「テッセレーションステージ」。CE3DX11でも、この機能は活用されている。具体的には、ローポリゴンの3DモデルをそのGPUの性能に応じて多ポリゴンに分割する処理のために利用されている。ただ、そのGPUのテッセレーションのパフォーマンスが低いと判断される場合は、テッセレーションはリアルタイムではなく、事前に行なう実装とした。

 テッセレーションステージは、波の表現に関しても利用されている。具体的には、視点に近い位置の水面をテッセレータでなるべく細かく分割し、その分割後の水面に対して波動シミュレーションの結果をドメインシェーダで適用させている。こうすることで視点に近い位置の波の凹凸感は細かく再現されリアリティ度が増すというわけだ。また、「CRYSIS 2 DX11」では、水面が跳ねるほどの波であるWAVE CREST(波頭、波頂)の表現も組み込まれている。

【CRYSIS 2】
テッセレーションのオン時とオフ時の比較映像
従来の水面とDirectX 11版の水面の比較映像

 今回の実装にあたり、Crytekは、現状のハイエンドGPUをもってしてもゲーム世界の全てをテッセレーションステージでリアルタイムに多ポリゴン化するのはパフォーマンス的に辛いという判断を下したという。「CRYSIS 2 DX11」でも動きの少ないものについて極力テッセレーションステージは活用せず、用いても、瓦礫や煉瓦のような背景物のディテール増強などのための利用を中心としている。

 GPUでフォトレタッチ的な処理系を行なうポストプロセスにおいても、CE3DX11は進化を遂げており、地味で分かりにくいが実装面で大きく進化しているのが被写界深度の表現だ。従来のCE3では、ある位置のピクセルをぼかそうとすると、ある半径の範囲内のピクセルを有限個(CE3の仕様では最大128点)サンプリングしてぼかすような実装になっていた。

 これに対して、CE3DX11では、低解像度で抽出した高輝度部分に対して、表現したいボケ味の大きさのポリゴンをジオメトリシェーダで生成して描画している。ボケ味の大きさとは錯乱円の半径に依存し、これはレンズの焦点距離特性と絞り具合、そして合焦している像との奥行き方向のズレの大きさで決定されるが、従来のサンプリング方式ではこの錯乱円が大きくなればなるほどアンダーサンプリング状態となっていた。そうした状況ではボケ味の部分に隙間が空く見栄えの悪い“中抜け”状のボケとなり、おかしくなってしまう。

 本連載で取り扱った「メタルギアソリッド4」では、このアーティファクトを避けるために錯乱円の大きさに最大値を設けるという対策を施していたわけだが、今回のCE3DX11のような実装法では、そうしたアーティファクトは起こりえない。

従来の被写界深度表現のボケ。中抜けを避けるため、ボケの半径を制限していたDirectX 11でのジオメトリシェーダを活用した円形状絞りのボケ。これだけ大きいボケを描いて最中が抜けないDirectX 11でのジオメトリシェーダを活用した5角形状絞りのボケ

 とはいえ、このジオメトリシェーダを用いたボケポリゴンの描画は、それなりに負荷の高い描き込みとなるため、「CRYSIS 2 DX11」では、レンダリング解像度の半分の解像度で実践されているという。

 そして、CE3DX11では、Screen Space Ambient Occlusion(SSAO)も進化し、新たにScreen Space Directional Occlusion(SSDO)と命名された拡張仕様が追加されている。SSAOは実在しない架空の環境光に配慮した“陰”の付加だったわけだが、SSDOはそのシーンに実在する光源からの光に配慮した遮蔽の“陰”を付加する。一言で言ってしまえば、物理的により正確なSSAOという感じだが、デプスシャドウ技法では拾えない、ミクロなセルフシャドウを付加できる手法としては有効だとCrytekは胸を張る。

SSAOオフSSAOオンSSDOオン。左の電気スタンドからの光に配慮した“陰”が付加されている

 筆者が感銘を受けたのが、このSSAOやSSDOをさらに拡張した「Realtime Local Reflections」(RLR)だ。これは低解像度で大ざっぱな局所的なレイトレーシングを画面座標系で行なうポストプロセスだ。

 SSAOやSSDOで行なっていたレンダリング結果への探索処理は、遮蔽具合を判別するために深度バッファに限定し、しかも視線には無関係な全方位方向に行なっていたわけだが、RLRでは、この探索をカラーバッファ(レンダリング結果が収められているフレームバッファ)にも範囲を伸ばし、さらに探索を視線方向に配慮して行なう。

【Realtime Local Reflections】
RLRの効果のオン/オフ比較

 メリットとしては、キューブ環境マップなどでは実現が難しい局所的な鏡像を比較的正確に再現できることが挙げられる。動的なキューブ環境マップによる反射像の再現は車のボディに外界情景を映り込ませるような、無限遠に近い情景の映り込み表現には利用できるが、屋内シーンでの家具同士や家具への人物の映り込みなどはこの仕組みを用いて実現するのは困難だ。

 この仕組みが強健なのは、視線の反射を鏡像適用先の面(ピクセル)の法線に配慮して行なわれるので平面だけでなく複雑な形状の曲面にも鏡像の映り込みを再現できるところだ。思い返せば、SSAOの発明者、そしてこの技術を実際のタイトルで実用化したのはCrytekだった。斬新な画面座標系ポストプロセスの発明はCrytekの真骨頂と言ったところか。

 なお、今回、発表されたCE3DX11の効果は、現在市販されている「CRYSIS 2」のパッケージに前述したDirectX 11アップグレードパッチを適用すればすぐにその効果を確認できる。本稿で紹介した以外の機能も実装されているので、是非とも実機でそのエフェクトの凄さを堪能して欲しい。

【「RYSE」のプロモーション映像】
Crytekの謎の新作「RYSE」はローマ時代を舞台にしたKINECT専用一人称アクションゲームとなる。こちらも最新版のCE3ベースで開発される



■ 「Call of Duty: Modern Warfare 3」~今世代機のベンチマーク的グラフィックス

 今回のE3において、最初にプレスカンファレンスを開いたのはマイクロソフトだった。マイクロソフトは昨年、Kinectを世に送り出したことで、今年はハードウェア面の新ニュースは殆ど無く、プレスカンファレンスではソフトウェアの紹介に明け暮れた。そのマイクロソフト・プレスカンファレンスのオープニングを飾ったのは「Call of Duty: Modern Warfare 3」だった。

 戦争アクション映画さながらの過激なシーケンスは相変わらずと言ったところで、今冬、最大級の期待作となりそうだ。実際の映像は、プレスカンファレンス中に披露された実機プレイの様子を収めたビデオをご覧頂きたい。

【「Call of Duty: Modern Warfare 3」のプロモーション映像】
マイクロソフトのプレスカンファレンスで公開された「Call of Duty: Modern Warfare 3」の実機プレイの様子

 今作は、ロシア軍とアメリカ軍の軍事緊張がテーマとして描かれるが、今回披露されたシーンは、アメリカ・ニューヨーク市に侵攻してきたロシア軍の潜水艦と退治するところから始まる。と言っても、メカ対メカの戦闘ではない。「Call of Duty」シリーズには「歩兵としての戦いを描く」という一貫したテーマがあるため、今回披露されたシーンも「ほぼ生身で海底を進み行く潜水艦に挑む」……というトンデモ作戦となっていた。シーンとしては、潜水艦外部→潜水艦内部→イーストリバー上の逃走劇という構成で、大興奮の連続だ。

 グラフィックス表現的にも、ジオメトリ量はものすごいし、アニメーションもしっかりしていて、非の打ち所はないのだが、同時に「Call of Duty: Modern Warfare 2」や「Black Ops」から大きく進化したような様子がないことも伝わってくる。

 水面のさざ波はステッカーのようだし、波が船舶に衝突してできる打ち返しの波のパーティクルも紙ペラのようだ。この紙ペラ感に気がつくと、爆炎や炎などもセロハンに描かれたパターンが舞っていることにも気がつくようになる。基本的に、今作ではパーティクルの交差線を消すソフトパーティクル処理をやっていないようだ。総じて、水がらみのシーンや、パーティクルをはじめとしたボリューメトリック表現は、Crytekの「CRYSIS2」などと比べてもまだ及んでいない気がする。

 もちろんこれが完成ではないので、11月8日の発売でこの辺りがどう進化しているかが注目されるし、Xbox 360版とプレイステーション 3(PS3)版とでどのような違いが出るのかが興味深い。今作も、Windows PC版も出るのでそちらにも要注目だ。大ヒットが約束され、さらに多くのゲームグラフィックスファンの目にとまることになるため、今世代ゲームグラフィックスのベンチマーク的存在となるはずだ。


【Call of Duty: Modern Warfare 3】
ゲーム体験的には文句なしの一級品だが、グラフィックス的にはもう少し上が目指せるはず!?



■ 「Tomb Raider」~スクエニ×Eidosコラボのグラフィックスエンジンの実力に注目

 2009年、スクウェア・エニックス(以下スクエニ)は英Eidosを買収し、スクエニとEidosは兄弟会社になったわけだが、これ以降、両社は資本関係以外に両社の研究開発部門の技術交流を深めており、その成果物は今年から徐々にアウトプットされてくるようだ。まず、今回のE3で、話題になることが多かったのは新作の「Tomb Raider(トゥームレイダー)」だ。

 スピンオフ作品を除けば、前作は2008年に発売された9作目「Tomb Raider: Underworld」ということになる。前作では「Tomb Raider: Legend」から始まった「死亡していたと思われていたシリーズの主人公ララ・クロフトの母親の行方を追う」エピソードが描かれていた。

 今回発表された10作目はサブタイトル無しの「Tomb Raider」となり、なんと21歳の若かりし頃のピチピチのララ・クロフトを描く新シリーズになる。つまり、9作目までに描かれてきた宿敵アマンダとの戦いや母親疾走の謎が完全解明されないまま、新シリーズへ移行するというわけだ。

 思い返せば、こうした仕切り直しは過去にも行なわれたことがあり、Tomb Raiderファンはある意味慣れっこという話もある。殺人容疑を掛けられたララ・クロフトが逃亡者となり、イケメン超能力者と協力して事件の真相解明に挑む「トゥームレイダー:美しき逃亡者」も未完のまま新エピソードへ移行したのだった。

【「Tomb Raider」のプロモーション映像】
マイクロソフトのプレスカンファレンスで公開された新「Tomb Raider」の実機プレイの様子

 さて、今作では、野生動物も無表情で銃殺する逞しい中年冒険女のララ・クロフトから、若く初々しい美女にスイッチしたわけだが、ビジュアル・コンセプトも全く異なっており、興味深い。

 この新「Tomb Raider」は、Eidos傘下の開発スタジオのCrystal Dynamicsで開発されており、使用ゲームエンジンは同社オリジナルのCDCエンジンとされている。ただし、そのレンダリングエンジンはスクエニとEidosの共同開発されたものが使われているといわれており、ビジュアルクオリティは画面ショットや実機プレイ映像を見てもらうとわかるようにウルトラ・リアル系になっている。

 特に素晴らしいのは、アンビエント感溢れるライティングで、どんなに暗いシーンでも淡い光が充満している感じが見て取れる。この効果は、新レンダリングエンジンに搭載されていると言われているLight Pre-Pass Rendering(Deferred Lighting)によるものだろう。このメソッドでは、動的光源数の制限に縛られない特長があるため、間接光表現などを動的光源のスケーラブルな配置で代行することができる。


【新「Tomb Raider」】
淡い明るさ、ほの暗いシーンが美しく描かれる新Tomb Raiderのグラフィックス

 真っ暗なシーンに実線のような輪郭で影が出る「DOOM 3」」的な“二値的な光と影”の表現から、見えるか見えないかのきわどい明るさでぼんやりと描かれるシーン描写が、今作「Tomb Raider」のビジュアルの見どころということになる。こうした暗いシーンでも水面に薄ぼんやりとした鏡像がちゃんとフレネル反射に配慮しながら映り込んでいる点にも注目だ。地味ながらかなり正確なHDRレンダリングが実装されていることをうかがい知ることができる。

 それと、今作のピチピチ・ララ・クロフトはタラコ唇がなくなってしまい、普通の美女になってしまったことが取り沙汰されることが多いが、それだけでなく、今作のララは肌の質感が過去作品中最もリアルになっている。この新「Tomb Raider」の発売は2012年秋と告知されている。今シリーズこそは、是非ともストーリーを完結させて欲しいが……。


【リアルな人肌表現】
美しくそしてリアルな人肌表現に注目。言われなければこれが「Tomb Raider」シリーズの主人公ララ・クロフトだと気がつかない人も多いかも?



■ 「Deus EX: Human Revolution」~スクエニ×Eidosコラボ、もう1つの期待作

「Deus EX: Human Revolution」のライティングはLight Pre-Pass Rendering(Deferred Lighting)ベース

 「Deus EX: Human Revolution」(以下、DEHR)も、スクエニとEidosのコラボレーションで開発されている作品だ。

 開発はEidosがモントリオールに設立したEidosモントリオールスタジオで行なわれているが、ゲームエンジンはCrystal DynamicsのCDCエンジンが採用されている。ただ、プロジェクトの開始が、前出の新「Tomb Raider」よりも早いため、世代的には「Tomb Raider: Underworld」世代のものになるようだ。ただし、グラフィックスエンジン部分は、新「Tomb Raider」と同じく、スクエニ×Eidosのコラボ開発のものが用いられているという。

 具体的には、前述したLight Pre-Pass Rendering(Deferred Lighting)ベースのレンダリングエンジンが組み込まれているとのこと。

 ちなみに、トリビア的な補足情報だが、このスクエニとEidosとが共同開発している一連の新レンダリングエンジンの設計には、セガからスクエニに移籍した橋本善久氏が大きく関わっている。橋本善久氏といえば、2年前の本連載でも取り上げたことのある「ソニック・ワールド・アドベンチャー」のゲームエンジン「ヘッジホッグエンジン」のアーキテクトを担当した人物だ。


【「Deus EX: Human Revolution」のプロモーション映像】

 シェーディングのテイストが、新「Tomb Raider」がリアル系なのに対し、DEHRでは、ややアート方向に振った、スタイライスド・レンダリング手法を用いているため、同系のレンダリングエンジンが採用されているようには見えないかも知れないが、まるで大局照明技術をリアルタイム実装したかのような淡い光に満ちあふれたライティングテイストは共通する部分だ。

 これは、もちろん、Light Pre-Pass Renderingの特長である「無制限・動的光源」のアドバンテージを効果的に応用して実現されているものだ。


【「Deus EX: Human Revolution】
昨年の「CEDEC2010」では、この新レンダリングエンジンのLight Pre-Pass Renderingにて用いることのできる動的光源の種類の紹介が行なわれた。背景画像の「DEUS EX 3」は、「Deus EX: Human Revolution」の当時の仮称だ



■ 「Uncharted 3: Drake's Deception」~PS3のスペックを超えた究極グラフィックスはやはりこれ!!

 3Dゲームグラフィックス的な観点において、PS3における今年末最大の注目作は、やはり、「Uncharted 3: Drake's Deception」(以下、「Uncharted 3」)ということになるだろう。SCEAのプレスカンファレンスのオープニングでは、この「Uncharted 3」の実機プレイデモの様子がまず最初に披露された。

【「Uncharted 3: Drake's Deception」のプロモーション映像】
E3のソニーのプレスカンファレンスで公開された実機プレイの様子

 この映像では、「浸水→沈没」という事象を再現すべく、行きと同一セットを用いながらも、天地を逆転させたシーンを描いており、この一連のアクションシーンは、実に「Uncharted」シリーズらしい、ユニークでエキサイティングなものとなっているが、このシーンのキービジュアルはなんと言っても「水」ということになるだろう。

 まず、この冒頭の船舶の揺れについては、動的な波動シミュレーションを用いて、海原の水面表現を動かし、この水面の動きで、船体を摂動させているのだという。この大海のシミュレーションに関しては適当な波動関数の多段合成を周波数領域で行なってこれを逆フーリエ変換(iFFT:Inverse Fast Fourier Transform)して波の凹凸量を得る一般的な手法が用いられている。

 浸水した水がドバーっと流れ込んでくる水の表現は、開発チーム内では「Rushing Water」と呼ばれていたそうだが、こちらは事前に流体物理シミュレーションを行なって生成した水流のアニメーションを用いて表現しているとのことだ。

 開発元のNaughty Dog技術担当のChristophr Balestra氏によれば、「Rushing Waterをリアルタイムでシミュレーションベースで走らせるには、PS3のパワーをもってしてもまだ難しい」とのことであった。


【Rushing Water】
沈没していく船舶内シーンでの見どころは「Rushing Water」

 レンダリングエンジンに関しては、前作「Uncharted 2(アンチャーテッド 黄金刀と消えた船団)」のものをベースに、正統な進化を遂げているという。

 基本的には、アニメーション処理やスキニング処理、そして頂点ベースのライティングに至るまでの、ほぼ全ての頂点シェーダ的な処理をPS3のCPUであるCELLプロセッサ側に内蔵されるSPE(Synergistic Processor Element:128ビットのSIMD型ベクトルRISCプロセッサ)側で代行している。

 ピクセル・ライティングに関しても大ざっぱなものは、SPEで先行して行なわせる部分も多いとのことだ。具体的には、画面をタイル状に区切り、これらをレンダリングスレッドとして複数のSPEに並列実行させるために振り分ける処理系も組み込んでいるとのこと。

 Balestra氏によれば、「Uncharted 3」のレンダリングエンジンは、PS3のGPUのRSXの振る舞いだけでみれば前方レンダリングということになるが、RSXに任せる前の処理系(プリプロセス)やRSXが出力したフレームに対する後処理(ポストプロセス)までをSPEで行なっているため、Deferred RenderingとForward Renderingのハイブリッド型と言うことができると述べていた。

【Uncharted 3: Drake's Deception】
美しいだけでなく、アニメーションもリアルな「Uncharted 3」のグラフィックス。SPEパワーは全開だ

 初代「Uncharted」の時は、SPEは2個程度の活用がほとんどだったが、「Uncharted 2」以降はアプリ側で利用可能な6個が常時レンダリング用途にもフル活用されているそうだ。「Uncharted」の頃と、最新作の今回とでは、PS3全体から引き出せるグラフィックス表現の“基礎力”が全く違っているというわけだ。

 これだけ素晴らしいリアルタイム3Dグラフィックスを表現できるのに、カットシーンだけはプリレンダーとなっている(2周目などで衣装を変えてプレイしていても、カットシーンでは標準の出で立ちになってしまうのはこのため)。これはなぜか。Balestra氏によれば、理由は2つあるという。

 1つは、カットシーンでは、キャラクターのアップなどがあるため、より多くのディテールや表情アニメーションを付加する必要があり、複数のそうしたハイディテールキャラクターを登場させたりすると、リアルタイムレンダリングではやや重荷となることから。2つ目は、回想シーンなどをはじめ、別のロケーションのシーンに瞬間的に切り換えたりするときなどや、複数のハイディテールキャラクターを登場させたりするときなど、全てのリソースをあらかじめオンメモリに準備しておくのが難しいため。

 ちなみに、今作のカットシーンも、前作までと同様のプリレンダー実装らしい。最後に、「Uncharted 3」のグラフィックススペックを記しておこう。レンダリング解像度が1,280×720ドット、フレームレート30fpsだとのこと。同作は3D立体視にも対応しているが、この時には、シェーダを剥がすようなことはせずに、若干レンダリング解像度を下げてパフォーマンスを維持しているという。北米での発売は2011年11月1日を予定。


【イベントシーン】
イベントシーンは今回もプリレンダー。ただし、レンダリングはゲームエンジンで行なわれたものをムービー化したものなので違和感はない。でも、できればリアルタイムで見たかった

【「Uncharted 3: Drake's Deception」カットシーン】

【「Uncharted 3: Drake's Deception」インゲーム】

【「Uncharted 3: Drake's Deception」マルチプレイ】



■ 「Battlefield 3」~Frostbite 2を動かせるプラットフォームで“2番目”に凄いのは誰だ!?

Frostbite 2エンジンの初期開発段階のテクノロジーデモが公開されたのはRADEON HD4000系の発表会の時のことだった
任天堂のプレスカンファレンスに登壇したJohn Riccitiello氏(Electronic Arts、CEO)は
Riccitiello氏は「Frostbite 2」エンジンがWii Uで動作し、「Battlefield 3」がフルスペックで動作する」と予告した

 UE3やCE3に優るとも劣らぬハイテクゲームエンジンとして注目度を増しているのがスウェーデンのEA DICEスタジオが開発した「Frostbite 2」エンジンだ。

 Deferred系レンダリングテクノロジーの実装に最も早くから取り組んだスタジオで、すでに2009年の時点で、SIGGRAPH2009にて、EA DICEはDirectComputeを使ったDeferred Shadingを実装するアイディアを発表している。

 これはレンダーターゲットフレームをタイル状に分割し、各タイル単位のComputeShaderスレッドを走らせてDeferred Shading特有のフェーズである「光源のレンダリング」を行なわせるという実装形態が注目を集めたが、GDC2011では、これをDirectX 11のレンダリングパイプラインで実装した進化バージョンを発表し、業界を沸かせた。

 ピクセルシェーダーを用いた通常の実装に対する優位点としては、光源リストをComputeShader特有の共有メモリ(ローカルデータストア)に明示的に読み込んでおくことで効率の良いキャッシングができるところにある。これは、パフォーマンス的にかなり優位となる。

 このFrostbite 2エンジンのDeferred Shadingのテクニカルデモは、思い返せば、初公開されたのは、2008年のDirectX 10.1時代のRADEON HD4000シリーズの発表時だった。

 RADEON HD4000系といえば、任天堂のWii Uが、同系のGPUを搭載することが明らかになったばかり。考えすぎだと言われれば、その通り(笑)。ただ、E3会期中の任天堂のプレスカンファレンスで、EAのCEOのJohn Riccitiello氏が登壇し、「Battlefield 3」の映像を出し「Wii Uでは、Frostbite Engine 2が動作し、ドギモを抜く(Jaw Dropping)グラフィックスで『Battlefield 3』が楽しめるはずだ」と述べたことには、なにか不思議な巡り合わせを感じる。

 「Battlefield 3」は、北米地区ではXbox 360、PS3、Windows PC向けに10月25日に発売が予定されている。もちろんDirectComputeを併用したハイブリッドレンダリングパイプラインベースのWindows PC版が最上位の映像体験コースとなるのだろうが、一連の発表を踏まえると、Wii U版(まだ、発売予定リストにWii Uの名はあがってもいないのだが)の出来映えにも期待したくなってしまう。


【Frostbite 2エンジン】
Frostbite 2エンジンのWindows PC版はDirectX 11のDirectComputeに対応。世にも珍しいGPGPUをレンダリングパイプラインに組み込んだハイブレッドレンダリングエンジンが特徴だ

【Battlefield 3】
Frostbite 2エンジンのWindows PC版はDirectX 11のDirectComputeに対応。世にも珍しいGPGPUをレンダリングパイプラインに組み込んだハイブレッドレンダリングエンジンが特徴だ



■ まとめ~2011年後期は完熟ゲームグラフィックスの豊作期?

 今年は今世代プラットフォームがまさに完熟を迎えるという感じで、今年後期はハードウェアスペックを超えた“目に美味しい”3Dゲームグラフィックスが目白押しだ。

 マルチプラットフォームタイトル、各プラットフォームの専用タイトルの両方で、先進テクノロジー系の大作、期待作が一気に出揃う……という状況は今世代プラットフォームでは今までなかったのではないか。

 2011年は、ハイエンドゲームグラフィックスの滅多にない豊作期という感じなので、ゲームグラフィックスファンならば、PS3派、Xbox 360派、PCゲーム派のような派閥を超えて、全プラットフォームのグラフィックスを楽しんで欲しいものだ。

 また、3D立体視ゲーミング対応タイトルにキラータイトルが欲しいなどと言われてきたが、「Uncharted 3」は立体視対応だ。「Uncharted 3」には、「グランツーリスモ5」や、「KILLZONE 3」に続く、3D立体視ゲーミングの価値を高める役割にも期待したい。


(2011年 7月 6日)

[Reported by トライゼット西川善司]