5pb.Gamesより2009年にXbox 360で発売された想定科学アドベンチャー「STEINS;GATE(シュタインズ・ゲート)」(以下、本作)。後にPCやPSPにも移植され、スピンオフ作品も発売。2011年にはテレビアニメ放送も開始した人気タイトルが、今度はiPhone/iPod touch/iPadでも遊べるようになった。
容量2GB、価格3,000円という特大タイトルは、Xbox 360版をそのまま移植しており、フルボイスデータはもちろん、Xbox 360版でダウンロードコンテンツとして提供された「演出強化パック」も収録されたオトクな構成。完全クリアまでには優に30時間を超す、超級のボリュームとクォリティが実現している。今回はiPhone/iPod touch版を体験した。
■ テーマはタイムトラベル。過去の改編が問題になる物語
見慣れたアキバを舞台に、岡部たちラボメンが世界の未来をかけて困難に挑む |
主人公の岡部倫太郎は、厨二病(何かの能力に目覚める、特殊な状況に身を置くなど、中学2年生くらいの年代がしそうな空想のこと。またそれを現実世界と混濁させ、妙な言動や行動を取ること)をこじらせてしまった妄想全開の理系大学生。厨二病の症状のひとつとして、「他人とは違う自分」をアピールするため、無意味な設定を作り上げることがある。岡部の場合は自らを「狂気のマッドサイエンティスト・鳳凰院凶真」と称し、世界の陰謀を阻むために「機関」と戦い続けている――という設定を、恥ずかしげもなく周囲の人間たちに日夜アピールしている。
岡部いわく「機関に対抗するため」に、発明サークル「未来ガジェット研究所(通称ラボ)」を主宰し、秋葉原にある小さなビルに部屋を借りて、研究所のメンバー(ラボメン)と共に日夜発明に打ち込んでいる。
ストーリーは、岡部が秋葉原にある「ラジ館」で、天才少女の牧瀬紅莉栖が刺され、血だまりの中に倒れている現場に遭遇したことから動きはじめる。岡部は、ラボメンであり親友でもある橋田至に大事件を知らせるためにメールした直後、めまいに襲われ、気が付くとビルの外にいた。「ラジ館」には人工衛星らしきものが墜落して突き刺さり、周囲は警察が包囲して立ち入り禁止になっている。何が起こったのか理解できないままラボに戻った岡部は、自分の持っている記憶と周囲の人々の記憶に齟齬があることを知る。おまけに牧瀬紅莉栖は生きており、刺された形跡さえもみつからない。さらに不思議なことに、至に送ったメールは1週間前の日付で届いていた。
自分の身に降りかかる不思議はタイムトラベル的な科学の仕業か、それとも自身の勘違いを含む脳の問題か。ラボメンの至と椎名まゆり、興味を持って関わってきた紅莉栖らと共に問題を検証した結果、ラボの発明品のひとつ「電話レンジ(仮)」が何らかのタイムマシン的作用を起こし、メールを過去に送信していることが判明した。過去にメールを送るたびに「世界線の移動」と呼ばれる現象が起こり、岡部以外の人々の記憶や過去が変わってしまったのだ。タイムマシンとなった「電話レンジ(仮)」と、唯一別の世界線での記憶を有する岡部に、地球や人類の未来と平和がのしかかる。
■ 物語分岐は主人公の“携帯電話”がカギ
ゲームの基本は俗に言うノベルゲーム。文章を読み進め、主人公の行動により物語が分岐するマルチエンディング方式だ。アドベンチャーゲームといえば、選択肢を選ぶことによって未来を変えるのが通常の形式。しかし本作には選択肢は存在しない。
選択肢の代わりになるのは、「フォーントリガー」という携帯電話を使ったシステムだ。岡部の持つ携帯電話の送受信メール、通話のタイミングや相手によってストーリーが変化する。1通のメール、1本の電話が、時には文字通り地球の未来さえも変えてしまう。携帯電話という、身近なツールでのやり取りがキーになっているため、“ゲームをさせられている”感は非常に薄く、物語世界にどっぷり浸ることができる。
本作の操作はタッチパネルにて行なう。タップでテキストを読み進めるほか、2本指タップでメニュー表示、下スワイプでテキストログの表示、上スワイプでテキスト表示オフ、右スワイプで既読メッセージスキップ、左スワイプで強制メッセージスキップなど、直感的に遊べるインタフェイスを搭載している。携帯電話を使いたい時は、「Phone」ボタンをタップするか、通常横持ちにしている端末を縦持ちにすると携帯電話画面が表示される。
操作感覚は非常にスマート。しかし携帯電話画面を操作する際は、ボタンが小さいので誤操作が発生しやすいので注意が必要。特にメールや電話をするときの「BACK」ボタンが小さく、何度か誤送信してしまった。反面、ゲームの大部分を占める文章を読み進める操作については快適のひと言だ。
縦持ちにすると、携帯モードの画面に遷移する。iPhoneというハードにマッチした演出だ | 文面にあるどのキーワードを使うかによって、メールの返信内容が変化する |
ストーリーの分岐に関係する重要な着信が入った時は、テキストウインドウに表示される文字送りのマークが変化する。この対応次第で物語が大きく変わっていく |
■ 読み込み時間はほぼゼロ。大容量だが操作は快適
容量2GB、フルボイスの本作。プレイする前は少しばかり動作が重いのではないかと危惧していたが、第4世代のiPod touchで15時間ほどプレイして、ただの1度も重さを感じたことはなかった。読み込みで待たされることはなく、大量の文字を読み進めるのも画面タップで快適。本体も携帯ゲーム機より軽い。iPod touchでのプレイはとても快適だった。
加えて、既読スキップや強制スキップなどの機能が充実している点も挙げておきたい。マルチエンディングであるため、もちろん周回プレイ推奨だ。周回プレイ前提のゲームを遊ぶ場合、2周目以降の快適性が大きな問題になる。全エンディングは見たいが、テキストを何度も読むのは面倒くさい。
そんな人の救世主となるのがスキップ機能だ。各種スキップでテキストを飛ばしても、本作は重要なフォーントリガーで止まってくれる。自動プレイのような感覚でさまざまなエンディングに挑戦できるのだ。自動クイックセーブ(オートセーブ)によって、細かくセーブしてくれているのも嬉しい。選択肢を選び直すこともできるので、この機能も完全クリアの手助けとなってくれる。
■ 知的好奇心をくすぐるテキスト。科学が得意になりそう?
テキストの面白さと、裏付けのある豊富な科学知識が本作の最大の魅力だ。厨二病全開の岡部、ガチオタの至、天然系オタ少女のまゆり、隠していてもネットスラングについ反応してしまう紅莉栖ら、登場人物たちのやり取りは、軽快でテンポよく、声優の演技がさらに笑いを誘う。シリアスなシーンもドラマチックな展開で、ついつい先が気になってしまい、止めどきを失ってしまう。
またタイムマシンの歴史や、現在考えられているタイムマシンのシステム、アインシュタインの相対性理論、哲学的観点で考えられる時間論など、幅広い科学知識が大量に散りばめられ、知的好奇心を刺激すると共にストーリーに説得力も与えている。「タイムトラベル」を扱った従来のゲームは、タイムトラベルを「すること」に重きが置かれていたが、本作はタイムトラベルの「構造」や「理論」にスポットを当てており、クリア後には「タイムマシン通になれた」と勘違いしそうなほどの知識が自然と身に付く。
理系脳でない人にとっては小難しく感じられるかもしれないが、大まかなことを理解できれば物語を楽しむには十分だと思われる。筆者は偶然にも最近、タイムトラベルや時間論に関する原稿を書いていたため、非常に面白く読むことができた。ゲームの攻略や本編のストーリーも魅力的だが、科学読み物としても楽しんでほしい。
ある程度ゲームを進めていけば、非常に重厚で興味深い世界が広がる本作。スピンオフゲームだけでなく、アニメやマンガなどクロスメディア展開が多岐にわたっているのも、本作の世界観にハマった人が多いからだろう。しかし、面白くなるまでに少しばかり時間がかかるのも事実。特に初期の主人公があまりにも厨二病的言動の塊で痛々しく、大量に繰り出される理系の情報もノイズにしか見えない人もいるかもしれない。
そこをグッとこらえて、とにかくもう少し遊んでほしい。物語の中盤、5章あたりからの展開はスピーディーで心地いい。その頃になれば、おそらく岡部のことを、愛情を持って見られるはず。かなり痛々しい岡部の言動が愛おしくなったら、本作の世界に取り込まれた証拠なのだ。
登場する専門用語は「TIPS」で意味を確認できる。科学用語以外にも、ネットスラングや作中の架空アニメなどについても細かく記載されている | 難解な理論を非常にわかりやすく説明してくれるのも本作の魅力 |
(2011年 9月 2日)