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台湾の独立系作家集団Friendly Land本社訪問レポート

台湾作家を独自に育成。今後は日本企業と業務提携し、ゲームやアニメなど幅広いメディアミックス展開を開始

2月1日取材

会場:Friendly Land本社

 日本では「絵師が足りない」とよく言われる。理由は昨今のソーシャルカードゲームの大ブームにより、カードのイラストを描ける絵師の需要が急激に増加し、人材が払底してしまったためだ。

 3DCGの分野では、ゲームエンジンやミドルウェアの進化により、少ない工数で多彩な表現が可能になっているが、2DCGの分野、とりわけイラストレーションの分野は、どんなに技術が進化しても作家の手を介して1点ずつ描く必要があり、しかも手を動かせばいいというものではなく、一定以上のクオリティを保ちながら大量の2DCGを短時間で生み出し続けるためには、作家の確保以上に、先の先を見据えた緻密なビジネススキームが必要とされる。

 格好のサンプルとして、これはCGではなく漫画になるが、集英社の週刊少年ジャンプや、講談社の週刊少年マガジンなど、20ページ以上の漫画を毎週ほぼ休みなく連載されるシステムがそれにあたる。有能な漫画家を頂点に、多くのアシスタントのバックアップ、編集者によるネームや進行の管理、出版社やその他協業メーカーによるメディアミックス展開、そしてそれらビジネスを支える膨大な漫画ファンの存在。どれかひとつ欠けても立ちゆかなくなる危なっかしいビジネスだが、日本はそれを実に何十年にも渡って継続している。この精緻なビジネススキームこそが漫画大国日本を支えるコアになっている。

 その一方で、台湾を初めとしたアジア各地では今も絵師が仕事にあぶれている。漫画家やイラストレーターの卵は沢山いるものの、先述した日本のような精緻な週刊誌システムが存在せず、ビジネスの母数となる人口の数も限られるため、絵師や出版社が日本市場と同じ努力をしても、安定して食べられるまでには至らないためだ。天才を見つけるのが先か、スキーム構築が先か。これはコンテンツビジネスにおいてとても難しい問題だが、少なくとも日本は他のアジア地域に比べてとても恵まれた環境にあるということはアジア地域を取材するまでわからなかったことである。

 台湾ではこうした凄まじい逆境の中で、ひとりひとり作家を育てながら、日本や中国の出版社に作家を繋いで連載を持たせ、台湾の作家を筆一本で食べられるようにしている豪腕プロデューサーがいるという。名前は王士豪氏、ペンネームは「ザ・キング・オブ・ファイターズ」のキャラクターの名前をもじった矢吹真豪で、独立系の作家集団Friendly Landの総経理を務める人物である。今回は彼と、彼の元で働いている売れっ子漫画家の皇宇(ZECO)氏を取材した。まずはFriendly Landからご紹介していきたい。

少数精鋭の絵師集団Friendly Land。所属作家の多くは日本で活躍

Friendly Landの入り口
こちらは今回業務提携を発表したGatasia絵師工房のオフィスと、その運営責任者を務める小川哲也氏
Friendly Land総経理の王士豪氏(左)と、Gatasia絵師工房運営責任者の小川哲也氏
Friendly Landの作家が描いた漫画の一部

 今回、Friendly Landを紹介してくれたのは、2013年1月に台北に2DCGの受託専門スタジオ「Gatasia絵師工房」を立ち上げたばかりのGatasiaという日本のコンサルティング会社。Gatasia絵師工房の運営責任者を務める小川哲也氏は、SCETやガマニアデジタルエンターテインメントなど台湾に拠点を置く企業のマーケティングを担当してきた人物で、王氏とは、王氏がかつて台湾でゲームメディアをやっていた頃からの知り合いで、Gatasia絵師工房は2人の信頼関係が生み出したコラボレーションということになるようだ。

 今回、Gatasia絵師工房の設立と同時に業務提携を行ない、Gatasia絵師工房は、Friendly Landの下請けや、業務の一部を担ったり、逆にGatasia絵師工房は、Friendly Landに所属する絵師にイラストをお願いするなどして、両社の利益の極大化を図る。両社が入居するオフィスも同じビルの3Fと4Fにあり、極めて近しい関係で共同でビジネスを行なっていくようだ。ただ、Gatasia絵師工房のほうは、2月に入ってからようやくオフィスを借りて、エアコンを入れたばかりという状況で、イラストレーターの面接もこれからだという。実際に業務が動き出すのは来月以降ということになるようだ。

 さて、王氏は、台湾のメディア人にありがちな、恰幅の良い、非常にパワフルな人物だった。学生時代から出版社で働き、日本のゲームメーカーが台湾に事務所を設置する前から、コンソールゲーム専門の紙メディアを立ち上げ、日本のメーカーに直に連絡を取って情報を集め、台湾最大のゲームメディアに成長させている。これが2005年ぐらいまでの話で、バハムートを始めとしたとしたWebゲームメディアの勃興に伴い、さっさとゲーム雑誌に見切りを付けて退社し、2007年に少数の作家予備軍と共にFriendly Landを立ち上げる。

 作家を集めた会社の立ち上げは昔からやりたかったことのひとつで、売上がゼロに近い状態からのスタートとなったという。なぜそこまで使命感を持って会社を立ち上げたのかというと、台湾では、販売されている漫画の95%近くが日本からのもので、日本のコンテンツが強すぎて台湾オリジナルのものがなかなか生まれないという状況にあるからだという。3~5年先を見据えて若手を育てるぐらいなら、直接日本からコンテンツを持ってきたほうが儲かるため、リスクを取ってまで若手を育成する出版社はなかなか現われないのである。

 当時の王氏の夢は、台湾初の台湾人作家による週刊誌の創刊と、「NARUTO」や「ONE PIECE」に匹敵する台湾オリジナルの人気漫画を生み出すこと。しかし、週刊誌の夢は早くも頓挫することになる。今なお台湾では、週刊誌は日本の翻訳雑誌しか存在せず、すべて月刊誌だけという状況になっている。なぜ週刊誌が存在しないのかというと、作家が絵を描くスピードが遅いわけではなく、収入的にアシスタントを付けられないケースがほとんどであるため、すべて1人で描いていることがその理由だという。

 このため、王氏は台湾初の台湾人作家による週刊誌の創刊を諦め、台湾より遙かに豊かな市場が存在する日本と中国に目を付ける。この戦略が奏功し、現在では6人の作家と、8人のアシスタント、10数人の外注スタッフを抱える独立系の作家集団として成功するに至っている。6人の作家は、それぞれ日本や台湾、中国のコミック雑誌で連載や読み切り作品を持ち、単行本も日本、台湾、中国などで販売されている。

 中でも週刊少年ジャンプで連載を持ったこともある彭傑(PONJEA)氏は、2012年9月に中国政府主催の漫画大賞「金龍賞」の「最佳少年漫画賞」を受賞するなど、日中を舞台に幅広く活動している。日本でも話題となった第二次世界大戦の軍艦を美少女化した漫画「鋼鉄少女」をコミックガムで連載している皇宇(ZECO)氏もFriendly Landの所属作家となる。

【オフィスの様子】
社内は自社のポスターやグッズで溢れている。ひとつひとつが王氏のお気に入りのようで、丁寧に解説してくれた。日本の漫画家や著名人のサインも大事に飾られている。珍しいところでは、手塚治虫を父に持つビジュアリスト手塚眞氏のサイン(ブラックジャックのイラスト付き!)もあった
【珍しいアイテムたち】
これは2005年まで王氏がゲームメディアを担当していた頃の想い出のアイテム
中国のコミック。大通り沿いのブックスタンドで売るために、1ページに4ページ分が掲載され、単価を上げるためにフルカラーになっている
「もえたん」と「少女兵器」がコラボレーションした珍しいサイン色紙
「鋼鉄少女」の推薦コメントを、台湾行政院新聞局局長の楊永明氏が寄せている。よくよく考えていると凄いことだ

今後はゲーム化やアニメ化などのメディアミックス展開を強化

 王氏率いるFriendly Landのユニークなところは、これだけの多くの作家を抱え、わずか5年で大きな実績を挙げながら、今なお編集者は、総経理の王氏ひとりだけというところだ。このため新規の仕事や、新人の作家の募集にはなかなか応じることができないという。実際、王氏を取材した当日も、春節直前、日本でいうところの年末進行のまっただ中という状況下で、オフィスには王氏しかおらず、王氏はランチにも行かず、ひたすら電話を掛け、メールを書きまくっていた。その姿を見ていて、今回、Gatasiaが業務提携を申し入れて手をさしのべたのもよく分かる話だと思った。

 もっとも、王氏には王氏の考え方があり、王氏によれば、人を増やすのは簡単な話だが、6人の作家との間に上下関係は無く、みんな仲間であり、また、雇用契約で縛られた関係では無く、王氏自身との直接的な信頼関係で成り立っているため、このやり方で日本で成功し、考えを理解してくれる会社も増えてきたため、現在のやり方を変えるつもりはないという。

 現在は日本で連載を持つ実力と実績のある作家集団となっているFriendly Landだが、王氏によればまだまだ不満は多いという。たとえば、日本との打ち合わせで、舞台を台北市にしたり、主人公を台湾人にしたりなど、台湾オリジナルの要素を入れようとすると、「それは日本人には受けないから、舞台を変えて日本人の高校生にしよう」と言われたりするという。逆に中国の漫画ファンは、台湾に対して一定のあこがれを持っているため、台北を舞台にするアイデアは受け入れられやすいだけに二重に悔しい思いをしているようだ。

 王氏は「これがもし鳥山明先生の発言なら、『どうぞ、どうぞ』となるはず。そうならないのは僕に力がないからです」と、わかりやすい表現で自らの無力さを示し、「僕らは日本市場で通用し、日本の読者に認知されるところまで来たので、次は出版社に自分の意見をはっきり出せるようにしていきたい」と今後の抱負を述べてくれた。

 今後の目標は、ゲーム化、アニメ化、フィギュア化などのメディアミックス展開。王氏も日本のコンテンツがアニメ化、ゲーム化されたことでブレイクした事例を知り、Friendly Landとしても積極的に展開していくことを考えているという。

 現在、具体的に動いているプロジェクトは、皇宇(ZECO)氏の「少女兵器」のゲーム化で、ブラウザゲーム、モバイルゲーム、そしてコンシューマーゲームの3つのプロジェクトが動いており、このほか、彭傑/PONJEA氏のキャラクターデザインによるオンラインゲームが、Unalisとの共同プロジェクトとして進行しているという。

 また、これまでに参画したタイトルは、スクウェア・エニックスの「エンペラーズサガ」や「ブレイブリーデフォルト プレイングブレージュ」、ガマニアデジタルエンターテインメントの「DIVINA」など。日本のタイトルにもすでに食い込んでいるところが、Friendly Landの凄いところだろう。

 王氏は日本に向けてのメッセージとして、「とにかく頑張って、台湾の作家の実力を見せつけていきたい。次にお互いにメリットがある形で日本のメーカーと手を組んで、中国市場で大きな展開をやっていきたい。いま中国と日本は微妙な関係だが、台湾と日本は非常に仲が良いので、台湾はいい相談相手になれると思います」と述べてくれた。

 取材に同席したGatasia絵師工房の小川氏は、「Friendly Landとの協業を通じて、台湾の絵師が安心して働ける基板を作って行きたい。日本でスマートフォン向けのゲームの需要が高まっているなかで、正規のビジネスとして台湾の絵師さんにお金が入る形で経済基盤を支えつつ、コンテンツを制作していければいいなと考えています。Friendly Landには王さんという優秀なプロデューサーもいるので、日本産ということにこだわらず、台湾産というところでも勝負していけるようになればいいなと思っています」と今後の抱負を述べてくれた。

 ゲームの分野ではなかなか台湾から世界に通用するコンテンツが生まれないのが現状だが、台湾オリジナルのコンテンツ作成を真剣に考えている集団が存在するというのは心強い限りだ。現在はまだ会社として過渡期ということでほとんどが漫画だが、今後メディアミックス展開が進み、漫画を原作とした台湾産IPのゲームやアニメがどんどん生まれてくるようになれば、また台湾デジタルコンテンツ市場も盛り上がるのかもしれない。台湾ウォッチャーとしてはそのときを心待ちにしたいところだ。

【エンペラーズサガ】
「エンペラーズサガ」の追加キャラクターのイラストを台湾作家のPUMP氏が担当している
【少女兵器WEB】
皇宇(ZECO)氏のキャラクター「少女兵器」をモチーフにしたブラウザゲーム「少女兵器WEB」。日本ではパートナーを探しているところだという

(中村聖司)