【CEDEC 2012】スクウェア・エニックスの2大タイトルを冠したセッションを紹介!
「Agni's Philosophy」メイキングと「ドラゴンクエストX」のマネジメント
「CEDEC2012」1日目には、スクウェア・エニックスが誇る2大タイトルに関するセッションが行なわれた。1つは、スクウェア・エニックスが開発しているゲームエンジン「Luminous Studio(ルミナス・スタジオ)」を使用して制作した、リアルタイム技術デモトレーラー「Agni's Philosophy - FINAL FANTASY REALTIME TECH DEMO」のメイキングを語るセッション「メイキングオブ『Agni's Philosophy - FINAL FANTASY REALTIME TECH DEMO』~リアルタイムCG映像の未来~」。
そしてもう1つが、「ドラゴンクエストX 目覚めし五つの種族 オンライン」の開発について語る「大規模開発のプロジェクト管理~ドラゴンクエストXにおけるマネージメント事例~」。このレポートでは、これらタイトルの名を冠した2つのセッションをまとめて紹介したい。
■ 次世代のゲーム映像開発技術が詰まった「Agni's Philosophy」のメイキング秘話
スクウェア・エニックスのテクノロジー推進部コーポレートエクゼクティブ、橋本善久氏 |
ビジュアルワークスのクリエイティブディレクター野末武志氏 |
テクノロジー推進部のリードアーティスト岩田亮氏 |
「メイキングオブ『Agni's Philosophy - FINAL FANTASY REALTIME TECH DEMO』~リアルタイムCG映像の未来~」は、スクウェア・エニックスが6月に米国で開催されたE3で初公開した次世代ゲームエンジンのための技術デモトレーラー「Agni's Philosophy」のメイキングセッション。演者はテクノロジー推進部コーポレートエクゼクティブ、橋本善久氏、ビジュアルワークスのクリエイティブディレクター野末武志氏、テクノロジー推進部のリードアーティスト岩田亮氏の3人がつとめた。
「Agni's Philosophy」は3分半の映像で、召喚獣を復活させようとしている謎の宗教団体とテロリストとの抗争が描かれている。「FINAL FANTASY」というタイトルが冠されている通り、ただの技術デモというよりも次世代の「FF」世界を一足早く体験できるムービーとして話題を呼んだ。
今回のセッションでは「Agni's Philosophy」の開発過程を2つのレイヤーにわけて紹介した。本作は、まずヴィジュアルワークスによってプリレンダムービーが作成され、出来上がったプリレンダ映像をルミナスエンジンのリアルタイム映像に変換するという行程を経て作られている。製作の目標は、プリレンダCGと同等品質の高品質リアルタイムCGの映像作品制作を行なうというもの。そうすることで、次世代ゲームを作る際に出てくる問題を先行体験し、次世代ゲーム開発に向けたワークフローとノウハウを蓄積することだ。
ビジュアルワークスでは、リアルタイムにするということを意識せずに、新しい技術にも挑戦しながら従来通りのプリレンダムービーを作った。コンセプトワークには約半年程度、制作も半年程度かかった。同時にテクノロジー推進部とのパイプライン構築も約半年がかりで行なわれ、製作と平行して進められた。リアルタイムのワークにコンバートするためのスタッフは以外と少ない。アート面ではBGに1人、キャラクターに1人、プロップスに1人で、残りの1人はそれらをサポートした。他にシェーダーを作るエンジニアが4名と、後はルミナスエンジンの開発部隊だ。
コンセプトワークのテーマは「Believability」。魔法のある世界だが、嘘すぎない。主人公は攻撃されると痛がるし、血も流すという世界観だ。開発期間とは別に「FF」とは何かという議論についてもしっかりと時間を使って行なったそうだ。全体の世界観は、日本人にも外国人にも男性にも女性にもなるべく広く受け入れられるようなものを目指した。
まずは橋本氏らによってシナリオが作られ、そこからコンセプトアートが書き起こされる。主人公アグニのコンセプトアートは岩田氏が担当、途中に登場する老召喚士のデザインは「トゥームレイダー」のスタッフでもあるBrian Horton氏が担当している。コンセプトアートをもとに、キャラクターのモデリングとコンテ、レイアウトが作られ、アニメーション、リグ、小物、シミュレーションなどが最期に統合されて1つのムービーになっていく。
アグニの髪型を作るために、ヘアアーティストに実際に髪型のディティールを作ってもらったり、虫や召喚獣のテクスチャーのために実際の虫やは虫類を撮影したり、3Dスキャンした人物の顔を複数組み合わせてキャラクターのモデルを作ったりといった作業の様子がムービーで紹介された。アグニを襲うハイエナは、シェパードにセンサーをつけてキャプチャーしたモーションを組み合わせて作られている。なかなか思い通りの動きをしてくれずに苦労したが、最期にはジャストなタイミングで身体をぶるるっとふるわせる動作をして、それがハイエナの変身に活かされている。
背景はプリプロダクションを最初に行ない、それをアセットに切り分けている。カメラがFIXした段階でデザイン画を起こしてモデリングしている。また小道具にも手間ひまがかかっており、クリスタルはリアルな雰囲気を出すために、様々な鉱物を混ぜた原石のような雰囲気にしてあったり、テロリストが使う銃は、トリガーを引くと自動的に薬莢と火花がでるような仕組みになっている。他にもトラックや橋など動くものはプロップチームがセットアップする。召喚獣の肉になる虫は約10万匹がパーティクルで動いている。血や回復魔法水はメタボールのパーティクルをブラーで動かすことで“らしく”作っている。
ライティングが終わったデータを、バッチ処理でルミナスエンジン用にコンバートする。このデータは Mayaともリンクしており、Mayaで調整したパラメータをルミナスエンジンでリアルタイムに確認できる。ほとんどの部分で、コンバート処理だけでもプリレンダ映像と遜色ないレベルのリアルタイム映像になるが、唯一リフレクションだけは苦手で、リアルタイム映像独自の工夫が必要だった。
ビジュアルワークスから来たデータは1日あればルミナスエンジンでリアルタイムに表示ができるようになる。あとはじっくりと時間をかけたいVFXやポストプロセスを見ていく。特にヒゲや髪の毛の部分、肌の処理、瞳の屈折、パーティクルなどに力が入っている。リアルタイムで動いているので、自由に角度を変えることができるが、あまりにもプリレンダムービーとの違いがないので、そのことを忘れて逆に新鮮に感じるほどだったという。
おまけとして、テロリストが儀式の場を襲撃した際、アグニの背後にいる魔法使いが両手を組んでトードの魔法をかけようとしている。指の組み合わせでちゃんとカエルのポーズになっているのが「ビジュアルワークスのこだわりなのでぜひ見て欲しい」とのことだ。今回の映像制作を経て、リアルタイムで動く高品質な映像を使ったゲーム制作の準備が着々と進んでいると橋本氏。11月23日、24日には昨年に続き「スクウェア・エニックス オープンカンファレンス 2012」が神田で開催される予定だ。ここではより詳しいリアルタイムのワークフローが紹介されるので、興味があれば参加してみてはどうだろう。
【Agni's Philosophy - FINAL FANTASY REALTIME TECH DEMO】 |
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■ 「ドラゴンクエストX」を支えたアジャイル開発と複数のマネジメント手法
スクウェア・エニックスの「ドラゴンクエストX」デザインセクションマネージャーの荒木竜馬氏 |
「ドラゴンクエストX 目覚し五つの種族 オンライン」 |
この数年来、日本のゲーム業界では大規模なゲーム開発を成功に導くためのマネジメント不足が叫ばれている。そんな事情もあるのか、今年の「CEDEC2012」では、アジャイルやスクラムと言ったマネジメント用語の飛び交うセッションが例年になく多く感じられる。スクウェア・エニックスの「ドラゴンクエストX」デザインセクションマネージャーの荒木竜馬氏によるセッション「大規模開発のプロジェクト管理~ドラゴンクエストXにおけるマネージメント事例~」は、「ドラゴンクエスト」シリーズ初のオンラインゲームとして8月に発売された「ドラゴンクエストX 目覚し五つの種族 オンライン(以下、ドラゴンクエストX)」の開発を事例に開発マネージメントの手法を紹介した。
100人を超えるような大規模開発では、スタッフ間の意思疎通やコンセンサスの共有が困難になってくる。そのため開発チームのスケジュールを調整して開発をスムーズに進行させるプロジェクトマネージャーの役割が非常に重要になってくる。今回「ドラゴンクエストX」ではアジャイル開発的な手法を用いながら、それ以外の手法も組み合わせた独自のマネジメントを行なった。
アジャイル開発とは、近年注目されている新たなソフトウェア開発の開発メソッド。アジャイルとは「俊敏な」という意味で、開発行程をいくつかの機関に区切り、その1つ1つの期間(イテレーションと呼ぶ)の中で完成させたものに対して実装、テスト、評価を行なう。この反復を繰り返しながら、その都度見つかった問題をフィードバックして、開発の優先順位を見直していくという開発途中での変更を前提とした開発手法だ。「遊んでみて調整を繰り返すゲーム開発には親和性の高い開発メソッド」だと荒木氏。「ドラゴンクエストX」では2ヶ月という単位が使われたが、最初から決まっていたものではなく経験の中から導きだされた数字なのだそうだ。
大規模開発では初期の段階に不確実性が最大となる。つまり、作り始めたはいいが、本当に企画書に書かれているようなものができあがるのか誰にもわからないというわけだ。開発が進みアセットがそろって形になってくると初めて、自分たちが何を作っているのかが見えてきて、同時に不確実性が小さくなっていく。プロジェクトマネジメントでは、この不確実性が生み出すリスクをいかに最小限にしていくかが問われる。「ドラゴンクエストX」ではそのために4つの手法が使われた。
(1)毎日15分のミーティングで進捗を管理
これにはアジャイル開発手法の1つ、「スクラム」が使われている。スクラムはラグビーのスクラムにちなんだ言葉で、少人数のチームがそれぞれ主体性と責任を持って反復的な開発に携わっていくというもの。開発チームは毎朝15分間、プロジェクターに進捗を映しながらテーブルを囲んでミーティングを行なった。このミーティングで状況を把握して、イタレーションごとに目標を見直すなど変化に対応していく。荒木氏によれば、できればミーティングはスタンディングで行なった方が必要最小限の内容に収まるのでいいかもしれないと語った。
(2)優先度に従ったタスク管理
小さな単位に区切った開発タスクを“狩野モデル”を参考にして優先順位をつける。狩野モデルではタスクを「魅力的(あると魅力的)」、「一元的(なくても良いがあると差別化できる)」、「当たり前(あって当たり前)」、「無関心(どうでもいい)」、「逆行(あったら困る)」という5つに分類する。分類は基本的にはプロジェクトマネージャーが行なうが、時にはディレクターやプロデューサーに判断を仰ぐこともある。タスクは完成までの行程がウェブベースで確認できるインハウスのデータベースで管理されており、無理なものは切るか調整することで、本当に必要なものだけに注力する。
(3)バッファコントロールでリスクヘッジ
クリティカルチェーン・プロジェクトマネジメント(CCPM)というマネジメント手法を応用した手法。スケジュールを最大と最小の2点で見積もり、その差分をバッファとして扱い、そのバッファの増減でリスクマネジメントを行なう。イタレーションごとのバッファを合算して管理しており、3分の2から半分程度の段階で、対策を打つことで問題が発生した時に落ち着いたマネジメントができる。
(4)ロードマップ
プロジェクト全体の大まかなロードマップを作り、こちらもバッファで管理する。ロードマップはスタッフごとに書かれていて、状況に応じて書き換えながら進めていく。大きな問題が起こったときに、安易に人員を移動させることを防ぐことができる。大きな問題が起こった時の調整用という意味合いとともに、どこまでがんばればいいのかというゴールが見えていることでスタッフに安心感が生まれる。
今回は2つのバッファー管理で効果を上げることができたが、部署によってロードマップを公開したところとしなかったところがあり、目標がわかりづらかった部門からは不満があがったことが反省点としてあげられた。今後は全員にロードマップを共有していく方針だそうだ。また、バッファ管理についても、バッファが余ってしまい仕事の手が空くことはなかったが足りなくなることはあったので、今後はより精度の高いバッファ管理をしていくかが課題だ。
このように「ドラゴンクエストX」のプロジェクトマネジメントでは、複数のマネジメント手法をレイヤーによって使い分けることで効果を生み出した。2カ月ごとの評価にはプロジェクトに関わっている人間全員を集めて、半日から1日かけたプレイ会を行ない、そこで出た問題点と次のイタレーションで実装される予定のものを含めてその都度優先順位をつける。全員で評価を行なうことはコスト面ではデメリットになるが、自分の担当以外の部署の仕事も把握できるというメリットがある。かなり効果的なので、コストをおしてでも評価の段階での全員プレイをおすすめしたいとのことだ。
タスク管理については、失敗する事例として、余裕を持たせたスケジュールを組むこと。このくらい余裕があればできるだろうと思っていても、たいていはうまくいかない。もう1つは、細かいスケジュールを個人の裁量に任せてしまう方法だが、この方法については少数精鋭で職人気質のチームの場合逆に効果的に働くこともあるのだそうだ。「ドラゴンクエストX」でもアートディレクターやモンスターのモーションチームは自分たちの裁量でスケジュールを動かしたところ、うまくいった。『時には状況に応じて逆の発想で取り組む柔軟さも必要かも」と荒木氏は語っていた。
比較的スケジュール管理がやりにくい部署に背景がある。キャラクターやモーションは仕事を細かく区切ることができるが、背景は数ヶ月という長いスパンで作成されるので、区切りがつけにくい。そこで今回はラフマップ、テンプレートマップ、コリジョンFIX、FIXという4つの段階にわけて管理をしたが、それでも最期まで苦心することになったそうだ。
言われたことをやっているだけの受け身な状態で、流れ作業をこなしているだけではスタッフのモチベーションが落ちて効率が悪くなっていく。そこでどんなパートでもよいので担当をつけることで責任感を生み出す。担当者として他のセクションとやり取りをする必要もでてくるので、自ずと能動的に動くことになる。役割を与えることで責任感を持ってもらうことが何より大切だ。今回は実験的に一部のセクションでそういった試みが行なわれたが、今後はプロジェクト全体でそれぞれ担当を持つようにしていきたいという。
スタッフの中でもプログラマーは効果的だと認めれば積極的に取り入れてくれるが、職人気質なアーティストは説得するか強引にトップダウンで遣って行かなければならないことも多かったそうだ。その点については、荒木氏がアーティスト畑の出身でデザインワークを把握していたので作業のプライオリティを握ることができたのが効果的に働いた。逆にプログラムについてはバッファを見積もる判断力に欠けていたことろがあった。そんな自身の体験から「現場の経験がないとマネージャーという職は難しいのではないかと思う」と語っていた。
限られた予算と期間のなかで、いかに合理的にプロジェクトを進めてくには、リスケジュールをネガティブに捉えるのではなく、最初からスケジュールは組み替えることを前提に作るべきだと言う。たとえメソッドを完璧にこなせなかったとしても、全体の運用がうまく言っているならそれでいい。そういう応用力こそがマネジメント力だと語った。
最期に「無事にリリースできたのはプロフェッショナルなアーティストやゲームデザイナーのセンスがあればこそ。一丸となって協力してきたスタッフに最大の敬意を払いたい」とセッションを締めくくった。
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(C)KOICHI SUGIYAM
(2012年 8月 20日)