Game Developers Conference(GDC) 2010現地レポート
グラスホッパー山岡晃氏によるオーディオ基調講演
プレーヤーの感覚をコントロールする音作りを科学的に解説
聴覚は視覚よりも感情に訴えやすい。これが本講演のキーとなる |
オーディオセッションの基調講演として、株式会社グラスホッパー・マニファクチュアのサウンドデザイナーである山岡晃氏が、“As long as the Audio is Fun, the Game Will Be Too(オーディオが面白ければゲームが面白い)”と題して講演した。山岡氏は株式会社コナミデジタルエンタテインメントにおいて、「サイレントヒル」などを手がけてきたクリエイターとして知られているが、現在はグラスホッパーに移籍して活動している。
講演では最初に、自らが音楽に触れたきっかけを紹介。「元々はデザインの学校に行っていた。当時はコンピューターグラフィックスという言葉が出始めた頃で、4,096色が出せるPCが出ると聞いて買った。そこにたまたま音楽を作るソフトが最初から入っていて、遊び半分で作っていたら、CGより面白くなってのめりこんでいった」と語った。
当時は音楽のデータ入力に16進数を使っていたという山岡氏は、そういった経歴もあってか、今回の講演内容は音楽理論ではない。「視覚情報は客観的・論理的で、情感とは程遠い感覚で脳に伝わる。音のほうが情感に訴えやすいといわれる」と述べた上で、音を使った科学的な演出手法を紹介した。
■ 安心感や緊張感を科学的にコントロールする音作り
音を映像とずらすことで、プレーヤーの感覚をコントロールする |
まず、ホラーゲームである「サイレントヒル」を長く手がけてきた中で使ってきた手法として、視覚と聴覚のズレを使った感情のコントロール方法が紹介された。「見ているフレームと、感じているフレームは、音が関わってくることで違ってくる」というもので、例として人物が歩くシーンが紹介された。
普通に考えれば、足の動きに合わせて足音をつけることになるのだが、「何か腑に落ちない気持ち悪さがあった」という山岡氏は、絵と音をずらす表現を使っている。音を絵よりも3~4フレームずらすと、安堵感や納得感を強く与えられる。逆に絵よりも早く音を出すと、緊張感や不安感を与えられるという。山岡氏は「ホラー映画では大抵、先に音を出して驚かせる。それと同様の効果を与えられる」と説明した。
聞かせたい音を効果的に聞かせるため、4,000Hz部分の音を少し上げる |
次は、特定の周波数に注目した音の演出方法。山岡氏によると、人間の可聴領域は、音が高くなるほど大きく聞こえ、ある一定のポイントを超えると高音も聞こえにくくなるという。具体的には、外耳道で最も響くといわれている4,000Hzの音が人間の耳に最もよく聞こえるのだそうだ。
これを使って、ゲームの中で特定の効果音を最も聞かせたいという場面でにおいて、その音の4,000Hz部分を少し上げてやることで、効果音の聞こえがよくなり演出効果が高まるという。山岡氏は「全体の音量を上げるよりも嫌味がなく、印象に残る音作りができるので、ゲームでは効果的なのではないか」と説明している。
同時対比・継時対比を音にも応用する |
3つ目は、映像手法である同時対比・継時対比を音で使うというもの。同時対比とは、2つ以上の色を同時に見せたときに、それぞれが影響し、単色で見たときとは違う色に見せるという手法。音においても同様で、「同時に音を出すことで、それぞれが強調してより鮮明になるといわれている」と説明した。
継時対比は、ある単色の色を見た後で他の色を見ると、前の色の影響を受けて単色で見るときとは違う色に見える現象。これも先程と同様に音でも応用でき、「戦争のシーンなどでピアノの音を入れると、どちらも印象に残る」と語った。
無音部分を脳が補間する聴覚的トリック。無音状態を演出に組み込むことも考えているという |
4つ目は聴覚的トリックの応用。ある音を鳴らして止めるというのを0.5秒ごとに繰り返すと、無音部分のほうが短く感じる。これは音の印象が無音時にも残るためだといわれている。さらにこの無音部分にノイズを入れてやると、無音の時よりも音が繋がって聞こえる。
山岡氏はこの効果を応用し、ホラーゲームの中で効果音を鳴らすべきところで、あえて無音にするという手法を使うことがある。「どんな音を付けるより、無音という状態がその人に強く印象付けられることがある。無音であることがどれほど強力な味付けになるのかということをずっと考えてきた」という。
人間の耳が持つ指向性をゲームに取り入れる |
5つ目は「カクテルパーティー効果」。これは周囲がうるさい場所での会話は、声そのものは相手にはほとんど聞こえていないにもかかわらず、その人の声だけを聞きたいと思えば、表情や口の動きなどから想像して聞けるというもの。山岡氏は「人間の耳には、こういう指向性がある。コントローラーを握ってゲームをやり、絵を見ながら、このシーンでいつ耳に情報が行くのか、といったことを考えることも大事じゃないかと思う。単に絵に音をつけるだけではないということ」と述べた。
■ ディテールにこだわった作品づくりで勝負したい
山岡氏は最初は16進数を書いて音楽を作っていたが、今は様々なツールがあり、誰でも音楽を作れる時代になった |
その中ですべきことは、日本文化のようなディテールにこだわった作品づくりだという |
山岡氏は講演の中で、科学的な内容のほかにも1つのメッセージを残している。実は講演の初めに、山岡氏は芸者や侍といった日本の伝統文化を紹介し、「日本の文化は、見栄えだけではなく、細かいディテールにこだわっている。そういった気遣いが日本の文化だ」と述べていた。
その上で講演の締めとして、建築家ミース・ファン・デル・ローエの「神はディテールに宿る」という言葉を挙げた。「長くビデオゲームを開発する中で、今はいかようなクオリティの音も出せる状況になった。その中で自分が最後にどこまでできるのかと考えた時に、細かいディテールにこだわった作品づくりが大事になってくるのではないかと思っている。私もそういうところで勝負したい。そこにオリジナリティが出てくると思う」と、自らの今後の姿勢を示した。
講演の終了後には質疑応答が行なわれ、その中でも興味深いコメントがあったので紹介したい。「いろんな音を作るときに、どういう発想で作るのか」という問いに対して山岡氏は、「アジアにはヘテロフォニーという、旋律をメロディを軸として考える作り方がある。外国にはシンフォニー、ハーモニーがあるが、私は音楽の理論を勉強していないのであまり考えられない。まずメロディを作って、それを活かすにはどういう音楽がいいのか、ロックやテクノ、トランスなどに置き換えて考えている。メロディありきでジャンルが変わっていく」と答えた。
「音を使って感情に訴えようとしているのか、あるいは感情をもたらすために音を作っているのか」という抽象的な質問には、「感情をもたらすために音を作っている。音楽では、いい音楽だなと言葉で表わせるものもあるが、私が目指してるのはあくまでビデオゲームのオーディオ。ゲームを遊んで、あるいはビジュアルを見て、その人が生きてきた中で感じた悲しさや楽しさが蘇ってくれば1番いいと思う」と述べている。
山岡氏はサウンド作りに、ソフトウェア「MAX/MSP/Jitter」に、OSC(Open Sound Control)を組み合わせて使っている。これを使ってゲームプレイ時の耳の指向性を意識したサウンド作りができないかと実験しているという | 「MAX/MSP/Jitter」を使って音楽を作るデモとして、セッション中にギターを取り出して演奏して見せた |
(2010年 3月 14日)