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“お布施”課金制度を始めたCrytekは驚くほどゲーム“開発”会社だった

「CryEngine V」ビジネス&開発責任者インタビュー

3月14日〜18日開催



会場:San Francisco Moscone Convention Center

CrytekのEXPOブース

 非常に高品質で美しいグラフィクスで知られるゲームエンジン「CryEngine」がバージョン5となり、既報の通り実質的に無料化された。この“無料”というのには、やや語弊があり、正確には“Pay What You Want ”つまり、“お客様のお決めになった料金をお支払いください”モデルのライセンス料制度になったのだ。使ってみて気に入らなかったり、料金をまったく支払いたくない人にとっては“無料”となるが、支払いたければ、青天井で支払うこともできる。

 キックスターターやインディゲームでのトレンドを受けてのことだろうが、“支払わない”、つまり無料が設定されていることから、まさに日本の“お布施”や寄付に近しいやり方だ。しかも支払った料金は、最大で70%がスタートアップへの支援ファンドの資金に充てられるという。Crytekは最低30%の取り分を確保しているものの、ライセンシーに料金の使途まで決められてしまうという驚愕の料金システムだ。

 昨年のGDCでは、高品位グラフィクスゲームエンジンのもうひとつの雄、Epic Gamesが無料からプロジェクトをスタートすることができ、四半期の売り上げが3,000米ドルを超えた際5%を支払うビジネスモデルを採用し、我々を大いに驚かせた。今回の「CryEngine V」に対するCrytekの決断は、去年のEpic Gamesのそれをはるかに上回る。他人のビジネスながら、果たしてこれでやっていけるのだろうかと心配になるくらいだ。

 今回、2度にわたって、Crytekの責任者に単独でインタビューをする機会を得た。ひとりは、ビジネス部門の責任者George Scotto氏で、もうひとりは技術部門の責任者Frank Vitz氏だ。両日共に、非常に限られた時間でのインタビューとなったが、興味深い話題をすることができたので、ぜひご一読いただきたい。

他社の動向に惑わされることなく「CryEngine V」に注力!【ビジネス編】

CrytekのDirector of Business Development CryEngineのGeorge Scotto氏

 まず現地時間の16日に、同社のビジネス責任者George Scotto氏とミーティングを持つことができた。Scotto氏に対しては、まず今回の“無料”でも良いというビジネスモデルへの転換について聞いてみた。Scotto氏の回答は、実にあっけらかんとしたもので、Crytekがゲームエンジン、ドキュメント、ビデオ、マーケットプレイス等、ゲームの開発と販売に必要なありとあらゆるリソースをコミュニティに供給するという最初の一歩を踏み出す。それにより資金力のない開発者が少額でゲームを作ることができて、その結果、稼ぐことができればそれでいいじゃないか、Crytekは彼らから料金の支払いを求めない、といった実に漢気溢れるコメントが得られた。

 次に、この1年間無料化に踏み切ることもなく、「Unity」や「UnrealEngine」の動向を静観していたようにみえ、特に日本では「Unity」がモバイルを席巻し、コンソールのAAAタイトルが軒並み「UnrealEngine」を採用し始めてることについてどう思うか質問した。Scotto氏は、日本の市場は大きいが、Crytekが日本の、特にモバイル開発者向けの市場を開拓できていないことを認めていた。それに対しては、今回「CryEngine V」の開発言語にC#が使えるようになったことに期待しているとのことだった。また日本のVR市場は、Scotto氏にとっても非常に興味深く魅力的だということだった。

 「Unity」や「UnrealEngine」の動向はまったく気にしておらず、「CryEngine V」が新たにユーザーコミュニティを作り、育てていくことができるはずで、日本においても来年には多くの開発者が「CryEngine V」のことを語り合っているようになるはずだと自信を見せていた。

 日本でビジネスをするためには、ローカライズが重要だという認識もあるが、まずはグローバルに広げていくことが優先で、日本語対応については適切な時期が来れば進めるというものだった。現時点では、日本法人を設立したり、日本に現地事務所を開設する計画もなく、すでにソニーとの間で行っているように、必要に応じてドイツの本社や韓国のスタジオなどが対応するということだった。

 AMAZONに供給した「CryEngine」がベースとなり「Lumberyard」としてサービスされていることについては、「CryEngine V」は、「Lumberyard」とはまったく異なる方向性に向かっており、「CryEngine V」は技術指向が強く、特にVRに対して注力しているため、まったく感知していないとのことだった。AMAZONはライセンシーの一社にすぎず、会社も違えば、そのビジネス戦略も異なる。今後も含めて、ライセンサーとライセンシーというお互いの立場で、それぞれの独立性は保たれており、特にAMAZONから技術的なフィードバックを受けたり、将来の「CryEngine」の開発協力をすることもないと明言した。

 これには少し驚きで、よくあるミドルウェアのケースだと、サポートをしなければならない代わりに、ライセンシーによる利用を通じて自社のミドルウェアの改善点を見つけたり、要望を収集したりするものが常だと思っていたのだが、少なくともCrytekとAMAZONの関係はそういった協力が日常的に行なわれる間柄ではなく、あくまでビジネスとして割り切った関係であることが理解できた。

ブースに展示されていたVRコンテンツ「The Climb」と「Sky Harbor」

新ユーザーの「CryEngine V」へのフィードバックに期待!【開発者編】

同じくCreative Director CryEngineのFrank Vitz氏

 翌日の17日には「CryEngine」の技術責任者Frank Vitz氏とアポイントが取れ、「CryEngine V」の現況と今後について、限られた時間ながら多くの情報を聞くことができた。

 インタビューの最初に、前日にScotto氏がわからないといっていた、AMAZONの「Lumberyard」が「CryEngine」のどのバージョンから派生しているのか、確認してみた。ところが、Vitz氏にも正確にはわからないという。というのも、AMAZONに対するライセンス許諾契約が成立したのが1年半前で、契約の内容的に、AMAZONはライセンシーの権利として、2015年の間は、いついかなるバージョンの「CryEngine」でも入手することができ、どこからでもAWSと連動したAMAZON独自のエコシステムを構築できたというのだ。

 “できた”と過去形なのは、「CryEngine V」が、今回の無料化前の開発フェイズで、AMAZONなどライセンシーに対して公開しているバージョンとは完全に別ブランチとして分離して開発されていたためで、AMAZONはソースコード管理上も「CryEngine V」を追いかけることはできなかったのだ。ただ、今回Crytekが「CryEngine V」の無料化とソースコードの公開に踏み切ったため、AMAZONは、また契約上いつでもソースコードにアクセスできることになるわけだが、「CryEngine V」を完全に開放している今となっては、Vitz氏は、その点についてあまり関心を払っていないようだった。

 続いて「CryEngine V」の優位性についての話を聞いてみると、まずはDirectX 12に対応していることを挙げていた。「CryEngine」のレンダラーはもとよりパワフルなものだったが、DirectX 12対応でさらにパワフルに進化したものとなっているという。開発者環境のUIも改良され、わかりやすく、統合的で、チームでの共同作業をしやすいものになった。すでに「CryEngine」を使っている開発者にとってもさらに使いやすいものになり、新規に学習を始めた開発者にとっても学びやすいものになるだろうとしていた。

 Vitz氏は、以後6カ月の間、開発者ユーザーのフィードバックを取り込みながら改善や修正を繰り返していくことになるが、新たに「CryEngine V」のユーザーになった開発者からのフィードバックを受けるのが楽しみだと語っていた。

 上記に加えて、新しくFMOD Studioをサポートしたオーディオシステムも優位性のひとつで、特にVRコンテンツに対して実力を発揮する。今回ブースに出している「Sky Harbor」のVR技術デモは、「CryEngine」の新しいサウンドシステムの実力がよくわかるもので、ぜひ体験して欲しいと勧められた。実際、インタビュー後に体験すると、なるほど確かにサウンドの立体感も非常に高いものであることがよくわかった。

 開発者向けには、新たにC#のフレームワークも導入して、C++のプログラムノウハウに乏しいインディプログラマでも、「CryEngine」での開発を始められるようにしている。C#を使って、より簡単に「CryEngine」のアーキテクチャを学習することができるだろう、としていた。確かに、「Unity」がコンテンツ開発言語として採用し、昨今のモバイル開発でJAVAを学習している開発者にとって、C++よりC#のほうが入りやすいだろう。C#でコーディングできるようになったことで、開発者の裾野が広がるにことは間違いないと思われる。

 ちなみに、今回のブース展示で、あくまで技術デモの形で出展しているVR Editorも、C#フレームワークの動作確認の意味も含めて、わずか2週間の期間でC#によって開発されており、こちらもフィードバックを集めながら機能を拡充していきたいとしていた。開発環境としてのコントローラーの使い方は適切か、VR空間内でオブジェクトを取り扱うには、どういった操作が好ましいか、こういったことを実験的に行いながら「CryEngine」の開発者が理解する目的で製作されているのだ。

 新しいビジネスモデルの導入とともに、技術的な部分で、C#で開発できるようにしたこと、エンジンのソースコードを公開したこと、そして「CryEngine」のライセンス料の最大で70%をスタートアッププロジェクトに投資する取り組みによって、CryEngineの開発コミュニティは、もっともっと盛り上がるはずだ、とVitz氏は考えている。

こちらもブース展示されていた「CryEngine」のサンドボックスとVRエディタ

 「CryEngine V」の次期バージョンについては、先にも触れたように、まずは開発ユーザーのフィードバックを受けながら、現リリースバージョンを改良するという作業を続けていくとのことだ。マーケットプレイスのアセットもより良いものにし、ドキュメントの整備も進めたいとしていた。その先、来年のGDCに向けての新要素としては、まだ具体的なプランを決めてはいないものの、よりパワフルなレンダラーにしていくのは間違いなく、物理演算システム、乗り物やキャラクター移動のシステム等、すでにある改良のアイディアを実装したいとしていた。

 現状Steamで配布している「CryEngine」の今後については、「CryEngine V」の機能を盛り込んでバージョンアップしていくといった計画はない。「CryEngine V」がSteamを通じて配布されることもなく、そのままの状態の“レガシー”な「CryEngine」として保持される。現在、月額利用料を支払っていて、今後も“レガシー”なバージョンが必要で、Steamでの配布が続くのか心配な開発者は、ローカルに複製を保持するのが良い。「CryEngine V」は、全ソースコードとアップデートの入手がしやすいようにGitHubを通じての配布に移行する。適宜ホットフィックスや新要素を含んだバージョンがリリースされていくため、たとえば、3カ月なら3カ月に1度といった、一定の周期でバージョンアップサイクルを繰り返すといったようなものにはならないとのことだった。

 今回、2つの新しい技術デモを出展していた経緯も教えてくれた。昨年のSiggraphまで出展していたOculusでの「Back to Dinosaur Island Part 2」のデモは、いったん取り消して、新たなゲームタイトルになる可能性を探る、といったステータスになった。ただし、そこから派生した流れは進んでいる。その1つはOculusのローンチタイトルの「The Climb」で、Oculusとの契約に基づいた対話の中で、ロッククライミングのアイディアが出て、それはいいね、という流れで開発を進めることになったということだった。もうひとつは、プレイステーション 4エクスクルーシブの「Robinson: The Journey」で、こちらも「Back to Dinosaur Island Part 2」から派生して、製品としての開発ラインに乗っているということになる。

 Crytekの出展する“技術デモ”は、パブリッシャーやファーストパーティの意思決定に関与するキーパーソンの反応を確かめる目的があり、今回の「Sky Harbor」のデモ出展も同じ方針に基づいたものだそうだ。先に触れたように、筆者も実際に体験してみたのだが、本コンテンツは“操作できない”状態で、360度全周囲見渡せるもののカットシーンの流れを追うものだった。試遊台にアテンドしていたスタッフに対して、ディズニーやユニバーサルのテーマパークにふさわしいコンテンツに感じると率直に感想を言ってみたのだが、案外Crytekもそういったビジネスパートナーの獲得を視野に入れてデモを行なっていたのかもしれない。

 彼らにとって技術デモは、単純なゲームエンジン性能のアピールではなく、興味本位でブース訪れる人に楽しんでもらうためでもなく、開発受託活動の一環なのだ。「Sky Harbor」は、現時点では、「Oculus Rift」「HTC Vive」「Razer OSVR」の3機種向けのVRベンチマークソフトとしてのリリースが決まっているだけだが、ここから派生して新たなゲームやVR映像コンテンツの展開が決まるかもしれない。

 ローカライズに関しては、まずCrytek自身が開発するゲームコンテンツについては、Crytekの拠点がドイツ以外に中国に1カ所、アメリカに1カ所、ヨーロッパに1カ所あり、この3拠点で実施している。「CryEngine」開発環境のローカライズについては、言語リソースのローカライズをもっと容易にする新しい開発環境を用意する必要は認識しているものの、現時点では、ドイツの拠点だけで「CryEngine」の開発を進めているため、世界共通言語である英語のみ対応、ということになっている。実際、日本を始めとして中国、韓国といった東アジア地域では英語話者が他の地域と比較して少なく、「CryEngine」の普及にとっては重要性が高いと思われるが、グローバル展開を進めたい同社にとっては、とにもかくにもまずは英語、ということらしい。

 日本市場は、ゲームマーケットが決して小さいものではなく、多くの「CryEngine」開発ユーザーを獲得する余地がある。この点について、「CryEngine」の開発サイドを代表するVitz氏にもScotto氏と同様、日本市場は大きなポテンシャルを秘めており、ドキュメントの整備が必要だという認識はあるものの、「Unity」や「UnrealEngine」が言語の問題をクリアし始めてから開発ユーザー数が急速に伸びているということには気づいていないようだった。もっとも、開発ユーザーの獲得とローカライズは、どちらが先とも言えない”鶏と卵”の関係ではあるので、Epic Gamesのように“無料化”という起爆剤で開発ユーザー数が増えれば、おのずと日本語化についても、もっと真剣に考えてくれるかもしれない。

 今回、2回のインタビューを通じてわかったことは、Crytekは実はゲームエンジンで大きな収益を上げている会社ではなく、意外なほどに、ゲームエンジンではなく特定プラットフォーム向けゲームタイトルの開発供給で収益を上げている会社だということだ。もちろんAMAZONへの「CryEngine」のライセンス供与のように、大型のライセンス許諾契約もあって、ゲームエンジンが稼ぎ出す額は大きいのだが、どちらかというとゲーム開発に軸足を置いているように感じる。同じようにリアル志向のグラフィクスで、自社ゲームタイトルの副産物からゲームエンジンビジネスを始めたEpic Gamesが、紆余曲折を経て、どちらかというと自社タイトルより他者へのエンジン供給に力を入れているように感じるのと対極的だ。このスタンスの差が、現在の両者のライセンス料金制度の差に如実に表れているように感じられて非常に興味深い。

(谷川ハジメ)