TGS2012 フォーラム「クラウドゲームセッション」レポート

まったく異なる立場の3者が語るクラウドゲーミングの未来とは



9月20日~9月23日 開催(20日、21日はビジネスデー)
会場:幕張メッセ1~8ホール

入場料:前売り1,000円、当日1,200円、小学生以下無料



モデレーターを務めた日経BP社「Tech-On!」の編集長内田泰氏

 「東京ゲームショウ 2012」が開催されている幕張メッセに隣接する国際会議場では、特別セッション「クラウドゲームが切り開く新しいゲームビジネス」が9月21日に開催された。

 本講演では、データセンター事業を行なう株式会社データホテルの三輪芳久氏、クラウドサービスの技術開発を行なうユビタスの春日伸弥氏、IGDA(国際ゲーム開発者協会)日本の代表であり、ゲームジャーナリストの小野憲史氏と、お互い違う立場の3人がそれぞれの視点からクラウドゲーミングの未来について話されていった。モデレーターは日経BP社「Tech-On!」の編集長内田泰氏が務めた。

 本稿ではセッションのレポートをお送りする。





■ データホスティング事業者から見たクラウドゲーミング実現の技術的ポイント

株式会社データホテル アライアンス戦略室 シニアマネージャー/室長 三輪芳久氏

 三輪芳久氏はまず「そもそもクラウドゲーミングとは何か」というところから振り返った。

 クラウドゲーミングとは、インターネット上にあるサーバーの上でゲームを動かし、その画面をストリーミング動画に変換し、クライアントに配信する。クライアントは配信されたストリーミング動画を再生しつつ、ボタン操作などの入力をサーバーに送信する、という技術だ。処理を全てサーバー側で行なうので、ユーザー側はストリーミング動画の再生と、操作を受け入れられれば良い。

 低スペックマシンや、スマートフォン、タブレットなどの端末でも、高価なグラフィックボードが必要なリッチなゲームプレイを楽しめ、ダウンロード不要、インストール不要、ディスクも不要という大きなメリットがある新しいゲームの配信方法だ。

 メリットはユーザー側だけでなく、提供側にもある。まずユーザー側にゲームの実行ファイルがないので、不正コピーやチート行為は不可能になる。ゲームのアップデートもサーバー上のデータを更新すれば全てのユーザーがアップデートされるので、ユーザーにアップデートを促す必要もなくなる。またゲームの実行は全てサーバー側で行なうので、機種ごとに実行ファイルを用意するような手間も不要だ。

 ここで三輪氏はクラウドゲーミングについてよく聞かれる質問の回答をいくつか紹介した。

 やはり最も多いのが「ラグや帯域の問題について」だという。回答として三輪氏は「仕組み上遅延が一切なくなる、ということは残念ながらありませんし、ネットワークの環境にも左右されます。ただほぼ気にならないレベルまで技術が追いついて来ています」という。帯域については「ストリーミング映像のクオリティや配信対象のデバイスによって変わってくるので一概には言えませんが……」と前置きをしたあと、「目安としてスマートフォンなら300~500Kbps、タブレット端末では1Mbps、PCだと2~4Mbps位です」と話した。

 その後実際にクラウドゲーミングでシューティングゲームをプレイするというデモ映像を会場に紹介していたのだが、映像を見ている限りでは大きな遅延も感じさせず、「クラウドゲーミング」と言われなければわからない位スムーズに動作していた。

 しかし技術的に可能でもサービスを提供する上で切っても切り離せないのが「コストの問題」だ。クラウドゲーミングサービスのインフラ部分のコストは大きく「ゲーム用サーバのコスト」と「回線のコスト」の2種類に分けられるという。

 三輪氏はパネルディスカッションでもクラウドゲーミングサービス「OnLive」の経営が破綻した原因としてサーバー、データセンターのコスト増を予測していた。

 特にコストを大きく左右するのがサーバーの方だという。というのもハイスペックなグラフィックボードを使えば同時に起動できるゲームの数が増え、1台のサーバーで処理できるユーザー数は増えるが、その分消費電力が上がり、排熱効率が悪くなったりと一筋縄ではいかない。そこでデータホテルでは検証を行ないバランスを見ながら、より低コストで利用しやすい基盤の開発に努めていくという。そして「クラウドゲーミングをより簡単に使える技術に持って行きたい」と話した。

 

クラウドゲーミング技術の解説。パッケージメディアにはない特徴がいくつもある
クラウドゲーミングのデモ映像の様子。シューティングゲームのプレイでは動画を見ている限り遅延を感じないサーバー上で複数のゲームが動いている様子のデモ映像




■ 文化毎に異なるクラウドゲーミングのトレンドを紹介。ゲームビジネスはどう変わっていくのか

ユビタスの春日伸弥氏
「クラウドゲーミングでパッケージビジネスはなくなるのか」という質問に対する春日氏の答え

 ユビタスの春日伸弥氏は本題の前に、「クラウドゲーミングによってパッケージビジネスはなくなるのか」というよく聞かれるこの質問から講演を開始した。確かに、先ほどの三輪氏の講演にもあったように、パッケージを使った配信方法に比べて、クラウドゲーミングには大きなメリットがある。

 しかしパッケージビジネスが消えるかどうかについては、歴史に学ぶとそんなことはないと言える。音楽も映像メディアも、ストリーミングが流行してもCDやDVDといったパッケージは残っている。もちろん売上のバランスや比率が変わる可能性はあるが、「ゲームメーカーやプラットフォーマーが心配する必要はあまりないと思います」と話した。

 それではここからが本題。「クラウドゲーミング」はゲームビジネスをどの様に変えていくのだろうか。それを読み解く鍵が「お国柄毎に違う現在の配信形態」と「遊び方の変化」だという。

 春日氏は最初に米国のトレンドを紹介した。米国では、売り切りからレンタルへのビジネスモデルの変化が起きているという。レンタルモデルはパッケージを購入するのではなく、1日~1カ月の一定期間ゲームをプレイできるという権利を買うシステムだ。価格帯の目安は1日券で日本円に直すと数10円~100円弱程度だという。

 このモデルでは「価格がパッケージに比べて安いので最初の購入の障壁が下がる」、「長く遊んでもらえれば遊んでもらえるだけメーカーにお金が入る」というメリットが発生する。もちろんクラウドゲーミングならではのメリットもそのままなので、長時間のダウンロードやハイスペックなマシンなども必要ない。春日氏によると「無料のソフトでも50%のユーザーがダウンロード中に離脱するというデータもあるので、長時間のダウンロードが必要ないというのは大きなメリットです」と紹介した。

 次が韓国のトレンドだ。韓国ではマルチデバイス配信が主流になっているという。スマートフォン、タブレット端末、スマートテレビ、PCブラウザなど、どのデバイスでも自由に遊べるというモデルだ。こちらはクラウドゲーミングの「サーバー側の実行ファイルのみを作れば全ての端末で楽しめる」というメリットが発揮され、移植コストの低下や、ゲームを配信するまでのリードタイムを大幅に削減できる。またセーブデータもサーバー側に保存されるので、外出中はスマートフォン、自宅に帰ったらスマートテレビで続きをプレイといった事も可能だ。

 ユニークに感じたのは中国のトレンドだ。弊誌でも紹介したことがあるが、中華圏ではゲームの海賊版が大きく流通しており、ゲームメーカーとしては頭の痛い問題の1つになっている。しかしクラウドゲーミングであればユーザーの手元にゲームの実行ファイルがないので、違法コピーをすることができない。

 他にも中国らしいな、と感じさせられたのが「コンテンツの流通を制御できること」だ。これは政府の意向が強いそうだが、例えばデモなど社会的な問題が起きているときに国民に悪影響を与えそうなコンテンツの配信を一時的に止めたいといった需要があるという。クラウドゲーミングではサーバー側で配信を停止すれば流通は停止するが、パッケージビジネスでは1度流通した商品を完全に回収するのは難しい。環境や状況によってはこれも大きなメリットになりうるだろう。

 最後に日本だ。日本ではアーケードとネットカフェが大きなキーワードになるという。アーケード向けには既存のコンテンツを配信することで、低コストに顧客層の拡大を行い、ネットカフェではクラウドゲーミングを活用することで、ハイスペックPCへの買い替えなどのハードウェアスペック的なコストを下げられるというメリットがある。

 そんなクラウドゲーミングによって遊び方はどう変化するのか。春日氏は、入力インターフェースが拡大することを挙げた。例えば音声入力をインターフェースとして採用したり、カメラからの映像入力を採用することができるという。というのも処理を全てサーバー側で行なえるので、マシンパワーが非力な為できなかったことを入力として使用できるのだ。

 もう1つがストリーミング動画を同時に複数の端末に同時配信することができる点を挙げた。今も既に一部のユーザーがUstreamや、ニコニコ生放送といったストリーミングサイトで配信などを行なっているが、これを標準のサービスして用意することができる。春日市は「個人的にこの部分がもっとも重要と考えています」と話し、「これらを生かした新たな発想のゲームが創造できるのでは」と講演を締めくくった。


各国のトレンドの違い。文化や環境により異なる特徴が生かされている

クラウドゲーミング技術による遊び方の変化




■ ゲームジャーナリストとしての視点で語るクラウドゲーミングの未来

IGDA日本代表 小野憲史氏
今後のクラウドゲーミング市場の成長予測。今後右肩上がりの成長を続けることが予想されている

 小野氏はまず今後のクラウドゲーミング市場の成長予測について紹介した。2012年は世界で80億円くらいのマーケットだが、2016年には71,000億円位まで拡大する見込みだという。地域別では半数が米国、3割がヨーロッパ圏、残りがアジア圏といった具合だ。

 小野氏は、今後も更に進化し巨大化していくであろうコンテンツの容量を例に出し、「パッケージモデルは、今後ブルーレイディスクを複数枚に保存するようになるのでしょうか。ではダウンロードモデルはどうでしょう。現時点でもワールド・オブ・ウォークラフトではクライアントからパッチまでADSLでダウンロードすると30時間以上かかります。そんなのは余程のハードゲーマーでないと待てません。ですのでストリーミングのクラウドゲーミングが現実的になってきたのです」とコンテンツ配信が新たな局面に入ろうとしていると話した。

 さらに「とは言えクラウドゲーミングは確かに昔はパッとしなかったのです。やっと技術がビジネス的に整ってきたと感じています」と話し、ここ数年でクラウドゲーミングのホスティング業者が増加していることを紹介した。特にスクウェア・エニックスが自社でクラウドゲーミングのホスティングサービスを開始した事を例に上げ、「コンテンツホルダーも独自にプラットフォームホルダーになれるんです」と述べると、「これによって価格設定が柔軟になります。また在庫、中古、海賊版問題も解決します」と一気にまくし立てた。

 これまでゲームはアーケードで生まれ、PC、コンシューマへと移り変わりながら進化してきた。クラウドゲーミングになってどう変化するかの予測について、小野氏は「全ての入力情報がサーバーに送られてくるので、ユーザーの操作データの収集ができます。セーブデータの解析もできると思います。これにより、どの位のプレーヤーが最後までゲームをプレイしたのかや、どこで苦戦しているのかという分析が可能になります。これによりバランス調整も容易になるでしょう」と話した。

 最後に、小野氏はマーケットの視点から話した。「これまでは動画サイトにどう取り上げてもらうかがマーケティングの重要なポイントでした。クラウドゲーミング技術によりプラットフォーマーがそれを活用できるようになるのです」と語り、コンテンツホルダーと市場の関係の変化にも言及した。

 そして講演の最後にクラウドゲーミング技術について「1ユーザーとして破壊的技術と考えています。誰でもプラットフォーマーになれる。そんな時代が到来していると感じます」と話し、これまでのプラットフォーマーとコンテンツホルダーの関係が大きく変わることを予測していた。


クラウドゲーミング技術によるゲームとゲームビジネスに与える影響

■ 日本でもクラウドゲーミングが広がるか? 「Gクラスタ」技術のクラウドゲーム機がTGS初出展

 会場では、ブロードメディア株式会社によってクラウドゲーミング技術を生かしたクラウドゲーム機「G-cluster」が出展されていた。

 これは画面出力をテレビなどのHDMI端子に行い、通信をWi-Fiで行なうセットトップボックスだ。コントローラにはUSB端子に接続するジョイスティックか、Wi-Fiで接続されているスマートフォン、タブレットが使用できる。

 既にヨーロッパ圏ではサービスが開始しており、会場では「プリンスオブペルシャ忘却の砂」を使ったデモプレイが行われており、高性能なパソコンやコンソール機を用意しなくてもリッチなゲームがプレイでき、他のプレーヤーがプレイしている様子を見ることもできる、といったクラウドゲーミングの特徴がデモプレイでもアピールされていた。

 サービス開始については2013年を予定しているが、価格や配信タイトル数などまだ未定の部分が多いという。

 しかし、これから日本でもクラウドゲーミングが広がっていく可能性を感じさせる展示だった。


【ブロードメディアブースの様子】
「G-cluster」本体と、実際にテレビに接続している様子。映像の出力にHDMIケーブルを使用し、給電はUSBから行なっている。ブースでは他にも「H.A.W.X. 2」などのデモプレイが行われていた
カジュアルゲームからコアゲーマーユーザー向けのタイトルまで幅広く用意されてる。幅広いユーザーがプレイしていたのが印象的だった

(2012年 9月 23日)

[Reported by 八橋亜機]