Game Developers Conference(GDC) 2010現地レポート

「Civilization」シリーズの生みの親、シド・マイヤー氏による基調講演
「ゲームデザインの心理学」。長年の経験と考察で培われた、シド・マイヤー流ゲームデザイン理論が語られる


3月9~13日 開催(現地時間)

会場:サンフランシスコ Moscone Center


 サンフランシスコで開催されているGame Developers Conference 2010では、現地時間の3月12日、ゲームデザイナー シド・マイヤー氏による基調講演が行なわれた。

 現在Firaxis Gamesに所属するシド・マイヤー氏は、多数の傑作ゲームタイトルやシリーズを生み出したことで知られる米国を代表するゲームデザイナー。代表的な作品としては「Civilization」シリーズ、「Pirates !」シリーズ、「Railroad Tycoon」シリーズなどを挙げることができる。その巨大な業績が讃えられ、2008年のGDC08では生涯功労者賞(Life time award)を受賞した。

 例年のGDCでは2コマの基調講演が2日に分けて2回催されてきたのだが、今回はシド・マイヤー氏による講演のみとなった。そのこともあってか、2,000人ほどが収容可能な専用会場は満員の盛況。来場者は「Civilization」を産み、手がけたゲームすべてが高い評価を受けてきた伝説的ゲームデザイナーの講演に耳を傾けた。




■ 「ゲームプレイは心理的な体験である」
ユーザーを満足させるためにこだわるべきポイントとは?

講演するシド・マイヤー氏。「プレーヤーの頭の中で何が起きているか」に注目してゲームをデザインすることが重要だという

 1時間にわたった講演の題名は「The Psychology of Game Design(Everything You Know is Wrong)」。つまり「ゲームデザイン心理学」という意味になるが、シド・マイヤー氏はこの講演で、自身の持つゲームデザイン論をいくつかのトピックに分けて紹介した。

 大筋では、講演の内容はシド・マイヤー氏自身がこれまで各所で語ってきた事柄に沿っており、筋金入りのシド・マイヤーのファンにとっては少々聴き飽きた話題になっていたかもしれない。とはいえ、手がけるゲームのすべてが「ハズレ無し」という安定感を誇るシド・マイヤー氏のゲームデザイン理論は、多くのゲームデザイナーが心に留めて置く価値のあるものだ。

 シド・マイヤー氏は講演の冒頭にあたり、議論の方向性を定めた。「私は『Civilization』や「Pirates!」など、歴史をテーマとするゲームを数多く作ってきました。そして、はじめは“より正確に”、“より史実的に正しく”、“よりリアルに”などと考え、実行していたのですが、それは全て間違っていました。“プレーヤーの頭の中で何が起こっているか”こそが問題だったからです。その考えを通じて、私のゲームデザイン手法は明確になってきました」。

 シド・マイヤー氏の議論は、セッションの表題の通り、ゲームプレイを心理的な体験として捉え、それをもとにどういったゲームデザインをしていくべきか、という考え方が中心になっている。シド・マイヤー氏はその考えに立つ拠り所として、ゲームデザインの際に考慮すべきゲームプレーヤーの特性を大雑把に規定してみせた。それは「うぬぼれ屋」、「偏執的」、「妄想的」、「自滅的」と、身も蓋もないものだ。

 例えば、「うぬぼれ屋」についてはこんな調子だ。


プレーヤーはうぬぼれ屋で、変質的で、誇大妄想的で、さらには自滅的。そこまで想定しておいて、それでも楽しめるゲームを目指す

ゲームデザイナー:「時の試練に耐えうる文明を作れ」
プレーヤー:「オーケー、そんなの簡単、簡単」

 ゲームデザイナーが想定するほどには、プレーヤーは「困難さ」を想定しないし、期待もしないものである。一部のハードコアゲーマーは別として、プレーヤーは気軽に楽しむためにゲームに取り組むわけだ。

 同様に「偏執的」という特性も、プレーヤーがゲームに何を求めるかがゲームデザイナーの思惑と食い違いがちな点を指している。シド・マイヤー氏はこれを「勝者のパラドックス」と呼ぶ。すなわち、現実の勝負事とは異なり、プレーヤーはゲームで常に勝者となることを期待する。そしてその欲求は原則として叶えられなければならない。

 「このことは全てのエンターテイメントの基本なので、よく気を付けるべき」と前置きしたシド・マイヤー氏。プレーヤーはプレイの結果として満足行く結果を得られることを望むため、ゲーム進行の節々で「ごほうび」を与えるべきだ。だが、ゲームが十分に刺激的であるためには罰を与えることも必要である。

 シド・マイヤー氏は、罰を与えることにはより慎重であるべきで、「なぜそれが起きたのか」を明確にすることと、「次回、それを回避するためにはどうするべきか」をプレーヤーが理解できるようにすることが重要だと語る。それがうまく機能していれば、プレーヤーは別の方法を試そうとする。このあたりは、シド・マイヤー氏が自身の作品で重視するリプレイ性にもつながってくる部分だ。

 また同様にシド・マイヤー氏は、ゲーム開始直後の楽しさも重視すべきだと語っている。「私たちのゲームデザイン・ルールでは、最初の15分にゲームの面白く刺激的な部分を集約し、その後に起こりうるさらに楽しい部分を予見できるようにしています」。この事を以前よりシド・マイヤー氏は「10分ルール」と呼んでいたが、どうやら最近になって15分に延長されたようではある。

 プレーヤーを十分に刺激しつつ気持ちの良い勝利を約束するため、シド・マイヤー氏は「難易度」についても言及している。何年か前、シド・マイヤー氏は「難易度のレベルは4つが最適」と語っていたそうだ。1つは初心者でも簡単に勝てるレベル、2つめはカジュアルプレーヤー向け、3つめは慣れた人向け、そして4つめは達人向けの挑戦。ここまで説明してシド・マイヤー氏は、「間違っていました。結局のところ『Civ4』では9個の難易度レベルを実装するハメになりました」と自虐的に反省。会場の笑いを誘った。

 9個もの難易度レベルを用意した理由は、「プレーヤーにより難しいレベルに挑戦する機会をふんだんに与えること」だ。難易度レベル間の違いがあまりにも大きすぎるとこれがうまくいかず、楽しいプレイ経験を提供できなくなってしまう。ゲームが楽しくあるためには、プレーヤー全員が「平均より上」程度の腕前と感じられるような場を用意することを意識すべきだという。


シド・マイヤー氏は、時折りおどけた調子で寸劇を交えながら、プレーヤーの心理をトレースしてみせた。その上でゲームデザイナーが心得るべき幾多の「教訓」を提示していく。話しぶりはゲーム業界の権威という感じはまったくなく、気さくなおじさんという感じだ



■ ゲームをより楽しくする、ゲームデザイナーとゲームプレイヤーの「歩み寄り」理論

プレーヤーにゲームを楽しんでもらうため、ある程度の歩み寄りも必要だとシド・マイヤー氏
モンゴル文明のチンギス・ハーンは、いかにも悪役顔。とりあえず滅ぼして置いても心が痛まないというキャラクターだ

 ここまで話が進んだところで、スクリーン上に「Unholy Alliance」と題するスライドが表示された。日本語では「癒着」といった意味になるが、シド・マイヤー氏は「このコンセプトはあまりにもクールなので商標登録したいくらいです」と前置き。続いて「ただ、以前から言っている『面白い意思決定』も商標登録していないので」と会場の笑いを誘った。

 「Unholy Alliance」具体的に何を指すかというと、日本的な表現に転置するならば「ユーザーへの歩み寄り、媚び」といったところだ。プレーヤー心理の柔らかいところを刺激して、ゲームを楽しく感じさせるためのノウハウと言い換えることもできる。

 最初の例としてシド・マイヤー氏は「フライトシミュレーターにおける過剰な複雑さ」を挙げた。かつてシド・マイヤー氏はシミュレーター系のゲームも手がけたことがあるが、その手のゲームでは、システムが複雑で、さもリアルであるかのような仕組みに満ちていると、プレーヤーは「こんなシステムを使いこなせるオレって凄い!」と良い気分になる。こういった高揚を維持できるような場を用意することがゲームデザイン上のテクニックとなる。

 そしてこれが歴史をテーマとするゲームになると「虚構を本物のように思わせる」というテクニックにつながる。歴代の「Civilization」シリーズでは、ゲーム的に抽象化された都市や軍隊は現実的に考えれば荒唐無稽なものであるが、世界遺産のムービーや、外交時のセリフ回し、内政補佐官の演出などによって、いかにも自分が支配者であるような雰囲気を味わえる。このような特性は、グラフィックスのリアルさだけでは達成できないものだという。

 次に挙げられたのは「モラル(正義感)に訴える」という点。シド・マイヤー氏は「Civilization Revolution」に登場する指導者ジンギス・ハーンを挙げた。彼のように攻撃的で、無慈悲なギャングを思わせるキャラクターは、よくプレーヤーによる「成敗」の対象となる。こういった演出がゲームの展開に刺激を与え、変化をもたらすというわけだ。

 またシド・マイヤー氏は、ゲームデザイナーとプレーヤーとの間に、かつての東西の冷戦構造にも似た「相互確証破壊」の関係があるという。楽しいゲームが成立するためには、2つの面で条件がある。

 まず、プレーヤーがゲームを積極的に楽しむこと。実際のところプレーヤーはいつでも自分のプレイしているゲームをやめたり、チートを使ったりで台無しにできる。つぎに、ゲームデザイナーが適切にゲームをデザインすること。自己満足的な仕様を組み込んでゲームを台なしにするというのはよくあることだ。

 このようにゲームの面白さは簡単に壊れてしまうものなので、ゲームデザイナーは常に慎重であるべきというのがシド・マイヤー氏の主張であるようだ。だからこそ多少の「媚び、歩み寄り」も必要になるということだろう。




■ 「勝率」に関する教訓と、シド・マイヤー氏が反省する「失敗」の数々

「Civilization」シリーズの戦闘は伝統的にランダム性が関与する。それがプレーヤーに与える影響は極めて非論理的なものだといい、ゲームデザイナーはランダム性に大して慎重であるべきだとシド・マイヤー氏
シド・マイヤー氏は自身が犯したといういくつかの過ちについてもエピソードを披露した。「Pirates!」で導入したスニークアクションについても「ゲームと全く噛みあってなかった」とバッサリ切り捨てている

 シド・マイヤー氏の議論は次の話題へ。「プレーヤーの心理を論理的に考えることはナンセンスです」として「Civilization Revolution」の戦闘システムについて触れた。

 コンシューマー機向けの「Civilization Revolution」では、ユニット同士の戦闘の際、わかりやすい数字で戦闘力が表現される。例えば戦士ユニットなら攻撃力1、防御力1だ。これにベテラン属性がつくと50%のボーナス、非文明属性がつく蛮族戦士ならマイナス50%のペナルティ。これによって、戦士と蛮族の戦いは戦闘力1.5対0.5の戦いになる。戦力比は3対1だ。

 この上で、「Civilization Revolution」では多少のランダム性が加えられて戦闘の結果が導き出される。大抵は戦闘力が上回る戦士が勝つのだが、僅かな確率で蛮族が勝つこともある。このランダム性が、プレーヤーの非論理的な心理の動きを引き起こす。

 シド・マイヤー氏はちょっとした寸劇を演じつつ、プレーヤー陣営の戦士がNPCの蛮族に敗北した場合の心理を想定してみせた。「おかしい。3対1だよ? 3は大きい。1は小さい。僕のほうは大きい数字だよ。勝てなきゃおかしいって!」。

 逆に、プレーヤー側ユニットの戦闘力が1でコンピューター側の戦闘力が3であり、プレーヤーが幸運にも勝利した場合。「見た? この華麗な戦術と戦略。実力だよ」と。

 ランダムで物事が決まる場合、統計的には妥当な勝率が与えられるものだ。しかし実際のプレーヤーが見せる反応は、結果が良ければ自分のプレイが良かったと考え、悪く出れば「コンピューターが意図的に自分を不利にしている」と考えてしまい、ついつい気を悪くしてしまうもの。まったく非論理的だが、ランダム性をゲームに導入する場合はこういった心理の動きが避けられない。シド・マイヤー氏はこの点に気を付けるよう指摘している。

 また、シド・マイヤー氏は、かつて自らが犯した失敗にも触れている。ひとつは「リアルタイム版のCivilization」。製品にはなっていないが、かつて製作を試みられた。一見良さそうに見えたこのアイデアも、実際に試してみると「プレーヤーが観戦者になっている」ということに気がついたという。ターンベース進行ではよりしっかりとゲームをコントロールできるところ、リアルタイムでは制御仕切れない部分が多く出て、プレーヤーが受身に回ってしまうからだ。

 2つ目の失敗は、ゲームの流れに成長と没落を導入しようとした点。これもプロトタイプ時点の話のようだが、「Civilization」のゲーム展開として、実際の歴史にあるような栄華の頂点とそれに続く衰退のメカニズムを入れてみたところ、プレーヤーにとって耐えられない苦しみとなってしまった。このためシド・マイヤー氏の作品は、「常に右肩上がり」のゲームプレイを持つようになっている。

 目新しいところとして、シド・マイヤー氏が現在開発に取り組んでいるソーシャルゲーム「Civilization Network」についての失敗例も挙げられた。同作はFacebook向けの「Civ」で、プレーヤー同士が同期・非同期を問わずゲームをプレイできるなど様々な新機軸が組み込まれている。

 その中での「失敗」とは、ゲーム内のゴールドをプレーヤー同士で交換できるようにしたことだ。経済的な交換要素を加えることで、ゲーム内の外交取引に刺激を与えることができるのでは、という考えから導入を試みたらしい。しかし結果は「誰ひとり、人にゴールドをあげる人はいなかった」。ゲーム的にゴールドが大事すぎ、期待したシステムとは噛みあわなかったという例になる。



■ プレーヤーの想像力を刺激せよ!

大きなコストをかけずにゲームをより面白く魅せるには、「プレーヤーの想像力」を刺激することが何よりの方法となる
「偉大な冒険のために」。シド・マイヤー氏が長年にわたって主張してきたゲームデザイン上の心得が最後に列挙された

 続いて「僅かな投資で最上級のゲームを実現する方法」として、シド・マイヤー氏ならではのアプローチが挙げられた。そのポイントとなるのは、「プレーヤーの想像力」をうまく刺激するということだ。もし、プレーヤーがゲームの中で何が起きているのか十分に想像することができるのなら、金のかかるムービーや上等なグラフィックスで全てを説明する必要はない。

 例として、「Civilization Revolution」のイベントのひとつとして「遠方の領主が贈り物をしてくる」というものがある。ゲーム中に領主レベルのキャラクターは実際は存在しないし、贈り物もテキストで示されるだけだ。だが、そういったイベントを提示することによって、ゲーム中に構築される文明世界の社会的構造に思いを馳せることができる。

 また、シド・マイヤー氏は「プレーヤーの知識を活用する」ことを挙げている。例として挙げられた「Pirates!」では、カリブの海賊世界というものが一般的に周知されているため、新たに複雑なバックストーリーや舞台装置を考え出す必要なくゲーム世界を提示できる。主人公がわりと無個性な男なのは、それで問題がないからだ。シド・マイヤー氏が「Civilization」シリーズや「Pirates!」のような歴史物をテーマにするのは、そういった考えも影響しているようだ。

 さらにシド・マイヤー氏の議論は続き、「AIの役割」として「ゲーム体験全体を構成するものであり、プレーヤーを楽しませるよう工夫をこらすべき」と指摘したほか、プレーヤーの意見に耳を傾ける際はその人となりもしっかり把握すべきことなど、様々なテーマで持論を展開した。

 その最後に、ゲームを面白いものにするためのシド・マイヤー氏ならではの「鉄則」を挙げている。すなわち、「面白い意思決定を組み込むこと」、「上達や成長を実感できるようにすること」、「リプレイ性を高めること」といったポイントだ。これらの点についてはシド・マイヤー氏自身、公の場で話す度に繰り返し語りつくしてきたことなので、今回は簡単に触れるだけに留めたようだ。

 今回の基調講演で語られた内容は決して新規性があるわけでも、画期的であるわけでもなくいわば「王道」のゲームデザイン論といった感じではある。しかし、ゲームプラットフォームがモバイル、ソーシャルへと広がっていく中で、改めてゲームの基本を確認するという意味で、今年のGDCにふさわしいセッションだったようにも思える。

 こうして講演が終了した後、シド・マイヤー氏の周囲にはサインを求める人々でごった返した。終了後十数分立っても収まる気配が見られなかったほどで、米国でのシド・マイヤー氏の人気の高さが伺えた。日本のファンとしても、新作「Civilization V」、「Civilization Network」の出来栄えに期待したいところだ。

セッション終了後、シド・マイヤー氏の周りには多くのゲーム開発者が訪れ、サインを求めたり、記念写真の撮影を願い出ていた。結構な時間が経っても人だかりが大きくなっていく一方なので、マネージャーと思しきスタッフが割って入るまでその光景が続いた次第。人気の大きさが伺えるシーンだった


(2010年 3月 13日)

[Reported by 佐藤カフジ]