CESA Developers Conference 2009現地レポート
日本のゲームグラフィックスの最前線「IMAGIRE DAY」レポート
これからゲーム開発者が取り組むべきテーマとは?
CEDEC 2009会期3日目、国内最新ゲームグラフィックスの関連研究を紹介する連続セッション「IMAGIRE DAY」が開催された。バンダイナムコゲームスで先端技術を研究する今給黎(いまぎれ)隆氏の名にちなみ、国内の3Dゲーム開発最前線で活躍するクリエーター、技術者達が様々なテーマで発表を行なうものだ。
CEDEC恒例の人気セッションとなった「IMAGIRE DAY」だが、今年は昨年よりも専門性を増し、多くのセッションで複雑な数式や高度な理論が飛び交った。そんな中で、専門家でなくとも楽しめたのがシリーズの最後に行なわれたトークセッション「3Dゲーム開発マニアックス」だ。このセッションでは当日講演した技術者達が集い、3Dゲーム開発の今と将来について語り合った。
本稿ではその「3Dゲーム開発マニアックス」トークセッションの内容を中心に、「IMAGIRE DAY」関連セッションでどのような講演が行なわれたのか、お伝えしていきたい。
■ 最前線の開発者たちが集ったトークセッション「3Dゲーム開発マニアックス」
収容人数1,000人ほどのメインホールにトップ開発者達が集結。会場はほぼ満員の大入り状態だった |
西川氏がひとつずつテーマを提示することで議論が進行していった |
「IMAGIRE DAY」のフィナーレを飾る形で開催されたトークセッション「3Dゲーム開発マニアックス」。出演したパネリストはバンダイナムコゲームスの今給黎隆氏を筆頭に、トライエースの代表取締役にして第一線の技術者である五反田義治氏、「MTフレームワーク」の中心的開発者であるカプコンの石田智史氏、レイトレーシング研究者にしてライトトランスポートエンタテイメントの藤田将洋氏、シリコンスタジオのトップレンダリストである川瀬正樹氏と田村尚希氏。
トークセッションのモデレーターは、本誌連載「3Dゲームファンのためのグラフィックス講座」でもおなじみのテクニカルライター西川善司氏が担当。「テーブルを囲んでリハーサルをしてみたら、このメンバーで6時間もしゃべってしまった」という西川氏。ひとつずつ「お題」を提示しながら、国内のゲームグラフィックスの将来を占う興味深い話題が進行した。
始めの「お題」は、「グローバルイルミネーション(GI)はゲームグラフィックスに必要か」というもの。GIは「ソニック ワールドアドベンチャー」(セガ)で大々的に使われた技術で、これまでは固定値だった環境光を突き詰めて物理的に正確な、あるいは説得力のあるライティング効果を得ようという試み。効果的に実現するためには膨大な事前計算が必要となっており、「どのレベルまで取り組むべきか」ということが問題になっている。
ここで話を振られたのがトライエースの五反田氏。以前からGIに取り組んできた技術者だ。「必要かといわれると皆さんの感じ方によって変わってくるので難しい質問ですね。PS2のゲームでちょっと実装してみたりもしてきたんですけど、やはり静的なライティングになってしまうと使いづらいので、フルとは言わないまでもかなりダイナミックな形で作るべきと考えています。でもそうなると、負荷が高いので大変なんですよね」と、やはり計算負荷の高さをネックと考えている。
その上で五反田氏は「色々な実装方法があると思いますが、結局は見た目のトータルのバランスが重要ですよね。今日の私のセッションでも少しお話したんですが、やはりライティングが高度になるほどアーティストの方が手動で調整していくのは難しくなってきます。その流れでライティングをある程度自動化しようとしたときに、GIという選択はあると思います」。
これに関連して西川氏は、「MTフレームワーク」の中心的技術者であるカプコンの石田氏に質問を振った。「『バイオハザード5』のときなどは、かなりの部分デザイナーさんが手動で調整していくという方法をとられていたようですが、『MTフレームワーク2.0』ではある程度オートメーション化していく方向も本格的に入れていくつもりでしょうか?」。
これに対して石田氏は、「GIについて言うと、2次反射の効果なんかはとても綺麗ですけれど、『バイオハザード』なんかでは色がないので効果的ではないんですよね。ですのでアンビエントオクルージョン(AO)的な方向がいいのかなあという風に考えています」と、作品性に沿った技術の適用を考えているようだ。
藤田氏が開発したリアルタイム・レイトレーシングの映像。CPUのみの演算で、現在の一般的なPCで十分に動作するという |
続いて、レイトレーシングの分野から意見を求められたライトトランスポートエンタテイメントの藤田氏は、ライティングの自動化の利点に注目してコメントした。「ライティングはオフラインレンダリングの分野でもアーティストさんがものすごい苦労しています。そこで、どんなアーティストさんが使っても、ある程度一定のクオリティが達成できるというのがGIなどオートメーションの利点だと思います。その上でゲームの目指す方向を目指せばいいのかなと思います」。
ポストプロセスのプロフェッショナルであるシリコンスタジオの川瀬氏に対しては、西川氏からSSAO(スクリーン・スペース・アンビエントオクルージョン)について質問が出された。SSAOは、画面空間内の深度値を使って遮蔽部分(込み入った構造の内側部分)を算出し、そこにポストプロセス的に陰をつける技術。
「最近よく話題になるSSAOは『Gears of War 2』なんかでも使われているんですけど、止め絵だと綺麗なんですが、実際動かしてみると影の柔らかい部分が途切れたり、昔のスプライトみたいに、画面の端に行くと消えちゃうみたいな、ちょっと不自然なところがあるんですよね」と西川氏。
川瀬氏は「簡単な解決策としては、視野錐を最初から大きく取っておいて、画面の端からハミ出さないようにするというやりかたもあるんですけど、ゲームで実際使っていく上で、クオリティという面で見ると、どうしてもまだ難しい面があるのかなと思います。逆に、ゲームに直接影響しない、脇役的な使い方としてはありかなと。『Gears of War 2』でも考え方としてはそうなのかなというふうに実感してます」と、全面的に使うためにはまだ改善が必要だと感じているようだ。
【パネリスト】 | ||
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バンダイナムコゲームスの今給黎隆氏 | カプコンの石田智史氏 | ライトトランスポートエンタテイメントの藤田将洋氏 |
シリコンスタジオの川瀬正樹氏 | シリコンスタジオの田村尚希氏 | トライエースの五反田義治氏 |
■ DirectX 11、GPGPU、物理シミュレーション、並列処理
来るべき新世代の技術を、先端開発者たちはどう受け止めているのか?
もうすぐコンシューマーの手に届く新技術「DirectX 11」。GPGPUのAPIであるCopute Shaderをはじめ、先進的な仕様が盛り込まれている |
技術者達の話題は、次の世代に向けたテーマへ移行していく。次なるお題は「DirectX 11」。そこで導入されるGPGPU向けのAPI「Compute Shaer」の登場により、レンダリングパイプラインのありかたが大きく変わるのではないかと期待されているものだ。
「先日のCrytekさんの『Future of Gaming Graphics』というセッションで、『Mix & Match』という考え方が提案されていました。これまで様々な技術を実装されてきた田村さん、これについてどう思いますか?」と西川氏。
質問を振られたシリコンスタジオの田村氏は、むしろ現在の流れであるAPIの複雑化に違和感を感じているようだ。「DirectX 11を見たイメージなんですけど、Domain ShaderとかHAL ShaderとかCompute Shaderとか、なんかすごい、ゴチャゴチャしてきたなあ、というのが正直なところです。自分のイメージではこの流れはそろそろ限界で、近いうちに大幅なアーキテクチャの見直しがあるのかなと思っています。そのときにソフトウェアレンダリングであるとか、レイトレーシングのような手法が注目されるのではないかと思います」。
カプコンの石田氏は「MTフレームワーク」での経験から、また別の視点を提起している。「『MTフレームワーク』の場合はもうDirectX 10ベースに切り替えているんですけれども、すでにDirectX 11でもビルドは通しています。その点は本当に簡単で、1日もあれば移行できました。逆にDirectX 9ベースから10に移行するときは、『ロストプラネット』のときに本当に大変で、1カ月くらいかかりました。そういう意味で、先のアーキテクチャに対応できるAPIの設計というのは大事だと思っています」。
その上で石田氏は、「まだソフトウェアレンダリングの時代はこないんじゃないかなと思います」と、現実的な見方を示している。「次の世代」という単位では、まだまだDirectX 11ベース、あるいはプログラマブルシェーダーの延長線上のグラフィックスパイプラインが続くという理解だ。
一方、トライエースの五反田氏は、複雑化の方向性もある程度仕方なく、その上で様々な機能が柔軟に利用できるようになることを歓迎している。「昔はNVIDIAとかATIとか、自動LODのようなものが独自機能として実装されても誰も使わないような状況でした。それはなぜかというと、製作パイプラインの問題なんですね。それが今回、Compute Shaderのような形で各社が自由に作れるようになったことで、自社のやり方に合った形で導入する、選択する権利が与えられるので、そこは是非やっていきたいと考えています」。
■ GPGPUによって新たなゲームが作れるようになると考える今給黎氏
1時間にわたったトークセッションは、様々な話題を展開しつつ深まっていった |
セッション後半には今給黎氏がマイクを握った。「先日SIGGRAPHに行った際、NVIDIAの『OptiX』というレイトレーシングのライブラリが発表されまして、その話を聞いた際に印象的だったのが『レイトレーシングだけでなく他の目的にも使えるよ、AIにも使えるよ』ということでした」と話を切り出し、「とはいってもAIに使うのは難しくて、なかなかできないよね、というのが正解だと思います。ただ逆に言うと、本当はそういうものにも使っていくべきで、そうすると技術によって新しいゲームが作れるのではないか、という風に考えています」と続ける。
ここでレイトレーシングのアルゴリズムについて簡単な解説を加えた上で、今給黎氏はそれをゲームデザインに応用する方法を検討した。「レイを飛ばすという方法は、たとえばゲームワールドの色々なデータを大量に調べて、何か計算をするというふうに使えます。コリジョン判定であるとか、物理エンジンの分野にも使えるでしょうし、AIの分野でも使える部分があるはずです。例えば100万人対100万人で対戦するような、ストラテジックなゲームと相性がいいでしょう」。
いくつかの想定を挙げながら、「新しいゲームを作るためのいい機会になるのではないか」と話す今給黎氏。ただ、そのためにはゲームデザイナーが新しい技術を積極的に活用するというマインドを持つことが必要だ、という指摘もしている。この点は、日本のゲーム業界に足りないこととして度々言われていることだ。
トークセッションの話題はさらに、「プロシージャル技術について」、「物理シミュレーションについて」、「ミドルウェアについて」、「マルチスレッドプログラミングのための言語について」といった形で、さらにディープな方向へ向かっていた。
各パネリストの全体的な傾向として感じられたのは、技術先行に傾倒することなく、あくまで良質のゲームコンテンツを実現するためのトータルバランスの中でものを考えている、ということである。それを象徴する考え方のひとつが、物理シミュレーションに対する今給黎氏のコメントに現れている。
「方向としては、物理シミュレーションをいかに『制御』するかということが大事になってくると思います。単純に使ってしまうと面白くないゲームができてしまいますので、いかに面白くするか、いかにアーティストなりゲームデザイナーがコントロールできるようにするかということになります。おそらくは、ユーザーインターフェイスの分野に物理シミュレーションを融合させるということが、今後の大事な研究になっていくと思います」。
技術は必要だが、それに頼りすぎてはいけない。あくまで重要なのはゲームの面白さであって、そのために技術は上手にコントロールしていくべきだ。そのような考え方が、今後新たなゲームの形を生み出していくのだろう。技術の最前線に立つ開発者がそう考えているということを知り、ゲームの未来に新たな展望を持つことができた「IMAGIRE DAY」だった。
■ 各セッションは数式が続出。技術者の集う「IMAGIRE DAY」ならではの内容
http://www.cesa.or.jp/
□「CEDEC 2009」のホームページ
http://cedec.cesa.or.jp/
(2009年 9月 4日)