Game Developers Conference 2009現地レポート

バンダイナムコ高橋氏、PS3「のびのびBOY」について講演

ゲーム的予定調和を排除し、自分が面白いと思ったものを発信する


3月23~27日 開催(現地時間)

会場:サンフランシスコ Moscone Center



タブレットで画面に手書きしながらプレゼンテーションを行なう

 株式会社バンダイナムコゲームスは、プレイステーション 3用ソフト「のびのびBOY」を2月19日よりPlayStation Storeで配信している。このソフトは弊誌でも何度か取り上げているが、長く伸びるキャラクター「BOY」と呼ばれるキャラクタを操るという程度の情報しか明かされておらず、謎の多いタイトルとなっていた。

 このソフトを企画したのは、「塊魂」シリーズでディレクターを務めた高橋慶太氏。「塊魂」では、あらゆるオブジェクトを雪だるまのごとく転がしてくっつけて大きくしていくという独特なゲームデザインで、日本のみならず世界でも高く評価された。2005年のGDCでは、高橋氏が「塊魂」についての講演も行なっている。

 今回の講演のテーマは、「All About NOBY NOBY BOY」。「のびのびBOY」で何がしたかったのか、またその狙いは何なのかが、高橋氏自身の口から語られた。まるで抑揚のない語り口も高橋氏ならではで、特にGDCにおいては浮いて見えるが、「ドラッグもやってないしお酒も飲んでいないので心配しないでください」と言ったりして、たびたび会場を笑わせてくれた。




■ みんなが電車で下を向いて遊ぶ光景を見たくて作ったんじゃない

電車で下を向いて携帯ゲーム機で遊んでいる人たちに疑問を覚えるという
PS3に決めたのはアナログスティックの位置のため?
公式サイトにあるBOYの数は、そのまま販売数を表示しているようだ

 高橋氏は「のびのびBOY」の開発を始めるにあたり、「時間とお金にとらわれずに作りたかったが、それは無理。ならばせめて自由なゲームを作ろうと思った。ゲーム側で目的やルールを設定したり、飴とムチを用意しなくても面白いものを作れるんじゃないか」ということをスタートラインに置いたという。ソフトの中身も「長いのがクネクネ動いているだけで面白い、これでいけるんじゃないかと思った」と語っており、いわゆるゲーム的な要素については始めから意識していないことがわかる。

 この発想は「塊魂」の開発によって芽生えたという。「『塊魂』は、時間と塊の大きさというルールでゲームになったが、あと1秒で目標のサイズにできたのは素晴らしいレベルデザインだと言われても嬉しくない。ステージが進むごとに難易度が上がっていく予定調和もバカにされたような気がしていた」という。

 そこで制作目標として掲げたのが、「予定調和でないものを作る」ということ。高橋氏は「開発した自分達でさえ何が起こるかわからないようなものを作りたかった」という。このコンセプトは実際にプレイしてもらえれば一瞬で理解できるだろう。ただ、「このときはデバッグのことをかんがえていなくて、デバッガーの人たちに何がバグなのかと聞かれて困った」とも話していた。

 また高橋氏は、電車の中でニンテンドーDSやPSPで遊んでいる人たちの姿にも疑問を感じており、「みんな下を向いてゲームを遊んでいる。子供は親が横にいても遊び続けている。ゲームが売れるのはいいことだが、こういう光景を見たくて作ったんじゃない」と語った。ゲーム自体がいくら面白くても、それが家族や友人の幸せな関係を阻害するものであってほしくない、という気持ちがあるのだろう。

 続いて高橋氏は、「ゲームが売れすぎるのはどうかと思い、『のびのびBOY』はPS3のみで、ダウンロード販売にした。これはなかなか売れないだろうと。発売して1カ月ほど経ったが見事に売れていない」と説明。もちろんこれは冗談だろうが、2005年夏に作られたプロトタイプはXbox 360版だったという。それがPS3になったのは、「アナログスティックが左右対称の位置にあるから。これだけの理由でPS3がいいとずっと言っていた」というのが真相のようだ。

 ちなみに販売本数は公式サイトで「BOYの数」として確認でき、講演時には55,768人となっていた。この数字について、「こんなゲームなので大半の人が健闘していると思うはず。しかし『のびのびBOY』には、GIRLが太陽系をつなぐという目標がある」と語った。「のびのびBOY」では、BOYが伸びた距離をGIRLに報告すると、その分GIRLが伸びるという仕組みがある。全てのユーザーが協力してGIRLを伸ばして行くわけだ。結果として、発売から約1カ月でGIRLが月に到着した。ただこのペースで伸び続けても、太陽系をひと続きにするには820年かかるそうだ。途方もない目標となってしまったが、高橋氏は「目標が大きすぎて目標になっていないのも面白い。とても夢がある」と気にしていない様子だった。


高橋氏が最初に用意した企画書。この4枚を見ただけで参加してくれたプログラマーがいたため、企画がスタートしたとか
プロトタイプ版「のびのびBOY」。当時はXbox 360で開発されていたが、既に基本的な要素はできあがっているように見える



■ 家庭内手工業で世界で何かを発信できたら面白いと思った

プレーヤーにプレゼントするつもりだったマフラー。腕まで入る特別仕様

 次に高橋氏は、「のびのびBOY」でできなかったことを紹介した。最初に紹介されたのは、ランキングによってユーザーにプレゼントを贈るというもの。例えばGIRLが地球から月へ、月から火星へ到着した際、1位、10位、100位、1,000位と切りのいい順位のプレーヤーにプレゼントするというものだ。

 このプレゼントというのが、高橋氏が講演冒頭に見せたBOYのマフラーと、全長3mの抱き枕。「マフラーはお母さん、だきまくらはおねえちゃんに作ってもらった。家庭内手工業で世界に発信できる何かを作るというのは、ギャップがあって面白い。この時代にこんなアナログなことを世界のみんなでシェアできるのは、とてもバカらしくて楽しいものになると思った」という。

 またここではもう1つ、「プレゼントが現実世界にあることで、本当にGIRLやBOYがいるように勘違いしたり、GIRLが太陽系をひと続きにすることで世界が平和になる(GIRLは太陽系をひと続きにすれば、宇宙のみんなが仲良くなるのでは?と思っている)と思えるのではないか。だから現物をあげることがとても大きなポイントだった」という狙いもあったそうだ。

 しかしながら、世界各地で個人情報保護の基準が違ったり、確実に送る方法がなかったりで断念したという。企業としてはやむを得ない結論なのだが、高橋氏自身は、「間違えて届いても面白いと思うし、オークションに出されることもある。そのときは私が買ってまたそいつに送ろうと思った。それも含めて面白い世界ができるのでは」とも語っていた。

 また高橋氏は、GIRLのランキングを排除したかったという。「みんなでただGIRLを伸ばしたいだけで、順位は関係なかった。でも順位があるおかげで、必死になる人や途中で諦める人が必ずいる」と、ゲーム的に競わせる要素になったことを悔いていた。合わせて、GIRLの上に乗っている人も「順位に関係なくうろうろしているだけにしたかったが、プログラムの時間的制約でできなかった」という。


マフラーと抱き枕の仕様書。細かいところまで指示があり、ゲームを作るのと同列の本気さが伺える
抱き枕の完成品。3mあり抱くにも長い?マフラーと抱き枕に外れた人にプレゼントする予定だった、高橋氏自作のこけし。「ゲームを作り終わったら、こけしを作り続ける楽しい時間が待っているはずだった」ゲームに入れたかったという検索システム。キャラクターたちが検索結果を持って逃げ回り、それをBOYが食べるとそのページに飛べる、というものも作りたかったらしい



■ これがビデオゲームではないという人には、ビデオゲームとは何だと聞きたい

 高橋氏は「のびのびBOY」でやりたかったこととして、「大元は『塊魂』と一緒。世界中を巻き込んでバカなことをしたかった。そのためのプレゼントであり、そのためのYouTube(プレイ動画を簡単にアップロードできる機能を持っている)。だからこのソフトは太陽系をひと続きにするまでのお祭りに参加するチケット。820年かかる終わらないお祭りになっているが」と述べた。

 なぜそんなことをしたかったかということについては、「ここ数年で窮屈になった。個人的な感覚かもしれないが、何かが世界を包んでいるような気がする。“のびのび”というのは、快適だったりくつろいだりするさま。だからこのソフトは、そんな世界への抵抗であり、それが存在理由。実際はただ面白いだけで十分だし、そんな言葉はたわごとにしかならないが、自分にはそんな理由が必要だった」と語った。ちなみに「“のびのび”にはぐずぐずするという意味もあり、このゲームにぴったり」と、3年以上かかった開発について自虐的なたとえも加えていた。

 講演の終わりに、高橋氏は来場したクリエイターに語りかけた。

 「大半の人は『こんなものはゲームではない』というが、そもそも『塊魂』から、自分にはビデオゲームを作りたいという意識がない。面白い物を作りたい、楽しいことをしたいというだけ。ビデオゲームではないという人には、じゃあビデオゲームって何だと聞きたい。それは調整されたレベルデザインなのか、素晴らしいストーリーや魅力的なキャラクターなのか。GDCのカタログにはその説明はないし、そもそもゲームにそんな定義はない。ゲームが持っている可能性が大きいと思っているからこそ現状に不満がある。もっと言葉にならない何かを表現できるはず。ビデオゲームはずっと発展途上のものだ」。

 「無理を承知で言うが、遊び手や会社のことは考えずに、自分が面白いと思うものを作ってみてもいいのではないか。こういうゲームが売れそうだというように、基準を外に求めず、自分の中で面白いという基準を作ってもいいのでは。批判や結果を恐れず、もっと自由に何もとらわれずにゲームを作ってみてはどうか。その結果は、素晴らしいものか、素晴らしくダメなものになると思う。ダメなものになっても、それによって今までにないものが作れると思うし、生み出さないといけないと思う。新しいものを作るのはゲーム開発者の使命。僕も頑張るのでみんなで頑張りましょう」。

 講演を聞いている中で、高橋氏が何をしたかという話に着目すると、あまりに突拍子もない行動が多く、天才を感じる。しかし、その行動の目的が何かという話を聞くと、結論はいつも非常にシンプルだ。今回の「のびのびBOY」は、「世界中の人が一体感を持って楽しめるものを提供したい」という気持ちが強く伝わってくるし、高橋氏が4年前に「塊魂」の講演で語っていた「世界中の人を楽しませて色々な問題を解決したい」という考えもブレていない。

 高橋氏は自身をゲームクリエイターという立場に縛っていない。だから「世界中の人が楽しめるゲームを作りたい」というのではない。ゲーム機というハードは全てを詰め込むものではなく、あくまで楽しさを伝える行為のための道具の1つに過ぎないという見方が、他のゲームクリエイターとは一線を画している。意識して自由な発想を生み出そうというのではなく、ただ見ている世界が広いだけなのだと思う。もっとも、それができることを天才というのかもしれないが……。

 なお講演では、4月後半に予定しているというアップデートについても語られた。オフラインでマルチプレイができるようになるもので、最大4人が1つの画面で同時にプレイできる。このとき、BOYを伸ばすと前後に千切れてしまい、その一方を他のプレーヤーが操作するBOYが食べると、頭の一方が1P、もう一方が2Pというように、1つのBOYを2人で操作する形にもなっていた。

 さらにiPhone版も公開された。「ここからもGIRLに長さを伝えられたら、400年くらいにはなるのでは。1週間くらい前に作り始めたばかりで、もし出せるなら無料に近い値段で配布したい」と話していた。

セッション終了後、サイン攻めにあう高橋氏。欧米クリエイターからの人気が非常に高いiPhone版の開発もスタート。場所が北米だけに会場からの反応も大きかった
4月後半に実施予定のアップデートを先行公開。オフラインで最大4人同時プレイが可能になる。全員が好き勝手に動いて、画面がすごいことになっていた

(2009年 3月 27日)

[Reported by 石田 賀津男 ]