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ゲームVRのキーパーソンが語る異分野VR/ARの現況
「Japan VR Summit 2」セッションレポート
2016年11月17日 20:20
既報の通り、11月16日、グリーとVRコンソーシアムは、国内のVR市場の活性化を目的としたカンファレンス「Japan VR Summit 2」 (以下、「JVRS2」)を開催した。第2回となる今回も、5月の第1回と同様、VRビジネスに取り組む各社のキーパーソンによるトークセッションをメインに、セッション会場外では、VRに関連ソフト、ハードのデモブースで構成されていた。
VRビジネスについて、多岐に渡るテーマで開催された「JVRS2」のセッションのうち、本稿では「VR/ARはゲーム/エンタメから各産業へ花開く」と題したセッションの模様をお伝えする。Mogura VR編集長の久保田氏をモデレータに、ユニティ・テクノロジーズ・ジャパンの大前氏、Little Star MediaのMugavero氏、Nianticの野村氏、コロプラの馬場氏の4名がパネリストとして登壇し、セッションの話題は実に多岐に渡った。
異分野での活用が進むゲームエンジン「Unity」
ゲームエンジン「Unity」がコンテンツを具現化する基盤になることから、もっとも広範にVR事例を紹介したのは、ユニティ・テクノロジーズ・ジャパンの大前氏だ。医療分野において、3Dデータとして「Unity」に仮想空間に取り込んだ患者の人体を見ながら手術計画を立てる事例が紹介されたほか、NASAのミッションにおいて、実際には宇宙に行くことができない地質学者を巻き込んで、事前に仮想空間で探査計画を立てたり、遠隔で惑星探査の共同作業を行うようにするテレノーツと呼ばれる事例が紹介された。
手術のような人間の生命に関わるクリティカルな事案に対して、より現実に近い形で事前に周到に準備できることが大きいのは想像に難くない。同様に、莫大なコストがかかる惑星探査に対して、より多くの成果を得るべく、実際に現場に赴く以外の人員をもミッションに参画させる意義は、確かに大きいだろう。NASAのような国家規模の大プロジェクトとまではいかない製造業においても、製品の製造を生産ラインに乗せる前に行うプロトタイプ製作をVRを活用した試作に置き換えたり、プロトタイプ製作の前段階に加えることは、大幅なコストダウンに繋がる。
こうした事例には、高速な3Dレンダリングとインタラクティビティが必要となるため、必然的に「Unity」のようなゲームエンジンを活用することになる。すでにCADデータからのインポーターが実装されていることもあり、以前は手書きのイメージボードやプリレンダのパースのみが用意されていた建築分野においても、3Dの仮想空間をウォークスルーして検証したり、顧客に体験させたりするヴィジュアライゼーションがトレンドになりつつある。
もっとゲームから距離の近い事例としては、映像分野への活用が挙げられていた。大前氏によると、GIをサポートしフォトリアルなリアルタイムレンダリングが可能となった「Unity5」以降、高速で高品質なレンダラーを求めて、ゲームエンジンに関心を寄せる映像関係者は増えているという。「Unity」は、次のアップデートで4K動画や360動画のサポートを予定しており、動画製作を容易にするタイムラインエディタの導入も計画されている。また、VR空間でレベルデザインを行うことができる「Editor VR」は、3D空間でのUIやUXのあり方として、ひとつのリファレンスモデルと言えるだろう。
これらの機能拡充によって、「Unity」は単なるゲームエンジンに留まらず、あらゆるインタラクティブコンテンツの基盤となりつつある。事実、360動画の配信ビジネスを行なうLittle Star MediaのMugavero氏の発言からも、360動画において、リアルタイムレンダリングとプリレンダ動画の双方で、ゲームエンジン「Unity」を活用する事例が増えていることがうかがうことができた。
Mugavero氏からは、360動画への「Unity」の活用以外にも、同社の360動画が、報道、トラベル、スポーツ、音楽とバリエーション豊富であること、アメリカでは、NBCやCBS、ナショナルジオグラフィクを擁する21世紀FOX、ディスカバリーチャンネルといった既存の大手メディアが、こぞって360動画に対して大規模な予算を投じて360動画の制作に取り組んでいることが紹介された。
Little Star Media同様の360動画配信サービスを「360Channel」(サンロクマルチャンネル)を通じて、日本国内で展開する馬場氏からは、同社独自の取り組みが紹介された。360動画の製作においては、希望者多数のため参加者が限定されてしまうANAの工場見学や、多くの人々が気になる社会的関心事でありながら、実際に現場に赴く人は限定されてしまう熊本の震災の現況といった事象は、360動画と相性が良いことが示された。
また、360動画コンテンツの製作に先立って、高解像度の動画を撮影するには未だ発展途上と言える撮影環境についても、撮影機材やリアルタイムレビュアーといったレベルのものから、自社で開発していることが明らかにされた。これらの開発には、コロプラの3Dゲーム開発出身者が携わっており、コロプラで培ったノウハウが活かされているという。加えて、馬場氏も大前氏と同様に、360動画のUIに対してゲームノウハウが活用できるとしていた。
「ポケモンGO」ディレクターが思い描くARの未来
“人を屋外に連れ出す”ことが、ミッションだとするNianticの野村氏からは、病院での活用事例が紹介された。物理的な治療に際して、患者は、画面に表示される「ポケットモンスター」のキャラクターを捕まえるために、もう少し腕を上げるといった動作によって、自分自身の意思で積極的に楽しみながらリハビリテーションを行なうことになる。また、メンタル面でも、例えば自閉症の患者が、「ポケモンGO」をプレイすることで、必然的に外出することになり、社会との接触機会を増やすことになる。あくまで画面の中ではあるものの、具現化された人気キャラクターを入手したいという強いモチベーションと、人間が物理的に行動しなければキャラクターという報酬が得られないというゲームデザインが融合した結果が導き出した好例だ。
“人を屋外に連れ出す”という意味で同趣旨となる「ポケモンGO」を活用した地域活性化については、現在東北地方で行なわれている“ラプラス”イベントや、業況の良くなかったワシントン州の小さいアイスクリーム屋の建物が風変わりであったため、ポケストップとして登録されており、その結果、来店者増に繋がった事例が紹介された。
このように狙い通りの効果を発揮している「ポケモンGO」ではあるが、実装されているAR機能のゲームデザインそのものは、「ポケモンGO」の本質ではないという。AR、つまり“拡張現実”という言葉から、カメラで撮影している実写画面上に3Dモデルがあって、そこにマーカーが表示されている、というイメージを持ってしまう人が多いだろうが、それはディスプレイ上の表現のひとつに過ぎない。
実際、「ポケモンGO」のゲームプレイには、知り合いが増える、普段行かない場所に行く、新しい発見をするといった意味で“現実を拡張している”側面がある。カメラでキャプチャしている実際の世界と3DCGとの合成は、あくまで“トリック”だと野村氏は説明する。アクティビティの変化こそが、まさに現実を拡張するということであり、プレーヤーの現実がどのように拡張されるのかが、キーポイントだとしていたことが印象的だった。
野村氏のAR観は、非常にポジティブで、「ARの未来は明るい」と断言する。広義にとらえると、スマホのマップアプリですらARで、位置情報を起点に、近隣の情報やその場所至る経路にアクセスできることは、すでに“現実を拡張している”とした。「ポケモンGO」の登場で、ARコンテンツの実現に必ずしもARヘッドセットは必須ではないということに気がついた事業者が、スマホさえあればARコンテンツができるという前提で動きをみせていることにも触れていた。
googleの「Tango」で実際の空間を取り込んだ仮想空間に、仮想の家具を配置すると、仮想空間のサイズ感に合わせて家具が配置される。ユーザーは、カタログから家具のサイズを読み取って、家具を納めたいスペースをメジャーで測ることなく購入する前にあらかじめ確認できるというわけだ。野村氏のいうように、こういったコンテンツの実現に際して、今まではARに必須とみなされてきたデバイスは必ずしも必要ない。もちろんARヘッドセット、もっと言えばコンタクトレンズ程度のデバイスで実現できるのが理想的だ。野村氏は、こうした近未来のデバイスの登場に期待を込めて、そう遠くない未来に実現するだろうとしていた。
野村氏があらゆる面で肯定的に捉えるARに対して、馬場氏は現状のテクノロジでは100%の精度で具現化することができないという意味でネガティブだとした。ただし、「ポケモンGO」には、“なんとなくプレイしてしまう楽しさ”があり、こうした曖昧さが効果的に作用するコンテンツに関しては、必ずしも否定的ではない。
その言葉の通り、VR/ARとコミュニケーションとは親和性が高く、VR/ARを活用したコミュニケーションによって、人々の幸福感を高めるコンテンツに大きな可能性を感じるとしていた。これは、PCやスマホのネットで変質してしまったコミュニケーションの容態を、これらの登場以前の自然な形に近づけることで、改めて楽しいものにするという意味だと解釈できた。
上述の通り、それぞれのパネリストが活躍する分野での個々の話題については、興味深いコメントが聞かれたものの、限られた時間ということもあり、異分野については総じてさわりの紹介に終始してしまったように思う。主催者側が設定したと思われる本セッションのテーマが壮大すぎて、ディスカッションの内容が散漫になってしまったからだ。パネリスト全員が、報道、医療、教育、建築、製造といった異分野で実現している事例に対して、必ずしも深く精通しているわけではないわけで、話題になったいくつかの事案についても、ゲームや360映像で培われたVR/ARの技術やコンテンツ製作の手法が、異業種でのVR/AR活用と密接な関連性を持っていると納得させるまでは語り切れなかったように思う。
また、パネリスト同士が直接的に意見を交換して進行させる形式ではなく、モデレータが質問を行ない、その問いにそれぞれのパネリストが回答するというスタイルも、密度の濃いディスカッションにならなかった一因だろう。モデレータの久保田氏からは、テーマに沿った質問を用意することに苦慮している様子が感じられた。
結果として、エンターテイメントVRの最大公約数的に、360映像の現況についての話題と、ゲームARの代名詞としての「ポケモンGO」の話題、その他のコンテンツの話題が、それぞれ散発的に語られるに留まり、異分野の話題も多岐に渡ったことから、セッションのテーマ通りに“各産業で花開く”と結論付けるには、やや遠いものとなってしまった。“花開く”が今の話ではなく、近い将来の話であったとしても、本来なら馬場氏や大前氏から、具体的なゲームVRの事例を引用して、その方法論を他分野へ応用したらこうなる、といった未来予測のストーリーがもっと多く語られてもいいはずなのだが、馬場氏はコロプラではなく、360映像メディア「360Channel」の顔としての立ち位置を求められており、大前氏も「Unity」採用事例としては圧倒的に多数のゲームVRの話題をほどほどに、できるだけ多方面の事例を紹介しなければならないということが、足枷となっていたように思われた。
とはいえ、受講者の大多数が、VR/AR関連ビジネスに取り組むべく情報収集をしている段階にあるとするならば、本セッションで得られた情報は決して小さいものではなく、着想のヒントにはなったのではないだろうか。今後は、より具体的な着想のヒントにしてもらうべく、「ポケモンGO」なら「ポケモンGO」といった、登壇者が語りやすいコンテンツ事例に絞り込んで、そのテーマに応じたキーパーソンが深いところまで語るものにした方が、より充実したセッションとなるに違いない。「JVRS」が、まだ2回目ということもあって、こなれていない部分もあるのだろう。VR/ARの浸透に伴って、こうしたイベントも成熟していくことに期待したい。