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担当プログラマーが明かす、「バイオハザード7」VR完全対応への歩み

その間、わずか8カ月。VRタイトル化を果たしたノウハウとは?

8月24日~26日 開催

会場:パシフィコ横浜

カプコン技術研究開発部、技術開発室プログラマの高原和啓氏
高原氏は、RE ENGINEの開発と「バイオ7」のVR対応の双方を担当

 PS4/Xbox One/PCで2017年1月24日に発売を予定するカプコンの「バイオハザード7 レジデントイービル」は、去る6月に開催されたE3 2016に合わせてPlayStation VRへの完全対応を発表し、ゲームファンやVRファンを大いに驚かせた。驚きの内容の最たるものは、VR対応がスピンオフやオプション的なものではなく、フルボリュームのホラーアドベンチャーゲームである本作を、隅々まで全てVRでプレイできるという、まさに完全対応を果たすというところだ。

 CEDEC 2016では「『バイオハザード7 レジデント イービル』におけるVR完全対応までのみちのり、歩みの中の気づき」と題されるセッションが行なわれ、本作のVR完全対応についての内幕が詳らかに語られた。登壇したのはカプコン技術研究開発部、技術開発室プログラマの高原和啓氏。

 カプコン内製の最新ゲームエンジン「RE ENGINE」の開発コアメンバーとして基盤技術を担当する高原氏は、「バイオ7」においてはVR完全対応のサポートも担当し、かたちとしてはエンジンとタイトルを同時並行開発するというハードワークで、本作の開発に貢献している。

 その高原氏によれば、「バイオ7」で謳うVR完全対応という言葉が示す開発のゴールは、「ゲームを最初から最後までPlayStation VRでプレイできること」。とはいえ、「バイオ7」はもともとVR非対応のタイトルとして開発が進められており、途中からVR完全対応を果たすというのは簡単なことではない。しかも、VR対応に向けた作業がスタートしたのは、「バイオ7」自体の開発開始から2年近くを経過してからのことであった。

 開発中のゲーム(しかもAAAクラスのボリュームを持つ完全新作)を、途中からVRに完全対応させるというのは、高原氏が「世界初の試みではないか」というとおり、他に例のないケースだ。多くの場合、VRゲームは、最初からVR向けに設計開発すべきだという考えがこの業界にはあり、リリース後にアップデートやユーザーMODでVR対応を果たしたタイトル(PCでいくつか存在する)も、VRはあくまでオプショナルな位置づけに置かれているケースが多い。

 果たして、高原氏は「バイオ7」のVR完全対応という、他に誰もやったことのないプロジェクトをいかにして形にすることができたのだろうか。そのあたりを本セッションでは詳しく聴くことができた。

「バイオ7」におけるVR完全対応の意味。ゲームの全てをVRでプレイできるようにする

「KITCHEN」をきっかけに始まった「バイオ7」のVR対応プロジェクト

開発開始から既に19ヶ月を経た「バイオ7」を、途中からVR対応することに
VR対応の契機となったVRデモ「KITCHEN」
「KITCHEN」自体は純粋に実験的な意義をもった作品だった

 本作のVR対応について、「誰もやっていないことに挑戦するのは、開発者としてやりがいを感じた」と語る高原氏だが、実際、その試みのユニークぶりを、「実はだれもやりたいくないだけでは?」と表現している。というのも、一般に言って、VRで快適に遊べるゲームを作るには、既存のゲームを途中からVRに対応させるよりも、はじめからVRタイトルとして作ったほうがずっと楽だからだ。

 しかも「バイオ7」そのものは2014年1月から本格的な開発がスタートしており、VR完全対応を決めた2015年10月時点で、すでにゲームシステムのほぼ全てが実装済みであった。ノンVRゲームとして設計された「バイオ7」を後からVRに対応させるには、基本操作、UI、演出、その他の細々とした要素を改めてVR向けに作りこまなければならず、「まるで2つのゲームを同時に作るようなものだった」と、高原氏も語っている。

 そもそもなぜ、ゲーム本体の開発がかなり進んだ段階でのVR対応を決めたのだろうか。それは、2015年3月のGDC 2015初披露された、およそ3分間のホラーVRデモ「KITCHEN」の存在がある。「KITCHEN」自体は極めて実験的要素の強い作品で、VRにおける恐怖体験の検証、VRタイトル開発の基礎検証、そしてPlayStation VR向けの開発環境の整備、といった目的で作られた。つまりその前の時点では、「バイオ7」のようなタイトルをVR対応させることの価値は明瞭でなく、そのための開発基盤といった体制の部分も、準備が整っていなかったということである。PS VR(当時はProject Morpheus)自体が開発の途上にあったのだから仕方がない。

 そして実際に「KITCHEN」をE3 2015やTGS 2015で披露したところ、非常に強いフィードバックを得られたことが、「バイオ7」のVR完全対応という決断に繋がる。「KITCHEN」の開発によってPS VR向けの開発基盤も整い、VRタイトル開発のノウハウも、多少ながら得られた。それに加えて体験者の反応も上々であったことが、開発陣に「バイオ7」自体をVR化しようというモチベーションを与えた、というわけだ。

 高原氏によれば、もともと、「バイオ7」自体が2014年1月の開発開始当初から、ぼんやりとではあるがVR対応を計画していた、ということも、この決断には有効に作用している。本作は「バイオ」シリーズで初めての主観視点カメラの作品であり、主観視点のゲームは基本的にはVR対応をしやすい。ゲームの設計として、最初からベースになる要素を持っていたわけだ。

「映像をいっさい表に出さないことで、見たいという欲求をくすぐる」というプロモーション戦略をとった「KITCHEN」。会場では貴重なデモ映像が披露された

「VR疲れ」の回避と、快適なプレイのための数々の調整と変更

開発チームのキーワードとなった「VR疲れ」
眼精疲労を生み出す様々な要因
VR疲れはやがてユーザーのゲーム離れを誘発してしまう
ゲームが面白くても、ユーザーがダメージを受けてしまうようではプレイしてもらえないという認識

 VR完全対応への作業がスタートした2015年10月から、ほぼ8カ月後の2016年6月のE3 2016までの間に、本作のVR対応はひとまず、E3デモという形で果たされた。そこでは、通常の画面でプレイするノンVRモードとは異なる点がいくつもある。ただプレイしただけでは気づかない点も多く、今回、高原氏のセッションでそのあたりのノウハウが明らかになったのは多くのゲーム開発者にとって収穫といえるだろう。

 本作のVR対応にあたって、エンジンとゲームの開発チームにとって非常に重要なキーワードとなったのが「VR疲れ」だと高原氏。VR疲れというのはカプコン内部の用語で、VR特有のVR酔いや、HMD装着にともなう眼精疲労といった肉体的・神経的な負担を総称したものだ。経験者なら理解できることと思うが、酔いの激しいVRコンテンツをプレイしたり、そうでなくても長時間HMDを装着したあとに感じる、頭の芯からグッタリしてしまう、あの感じのことである。

 VR疲れの要素のうち、VR酔いについては各所で語られていることなので高原氏は触れなかったが、もう1つの要素、眼精疲労については、その構成要素として「ステレオ違反」、「深度違反」といったものを挙げている。例えば、オブジェクトの影が左右の映像で異なるように表示されたり、左右のカメラでLODレベルが異なるオブジェクトが表示されたりすると、立体視を得る際に齟齬が発生し、オブジェクトのエッジ等がちらちらとブレて見える(ステレオ違反)。また、UI要素など、深度情報を無視して描かれるオブジェクトが、他のオブジェクトに重なって表示される際、ピント合わせが困難になり、ユーザーの視覚におかしな負担をあたえてしまう(深度違反)。

 VR疲れは非常に不快な感覚をユーザーに与えるだけでなく、実際に消耗を強いる。高原氏によれば、デバッグのため「バイオ7」のVRモードをプレイするスタッフの中にはひどいVR疲れのためその日は仕事ができなくなるようなケースもあったという。それで、チーム内では「VRのデバッグは定時後にしよう」とか、「バイオ7は金曜にやろう」といった風潮があったとも。未調整のコンテンツをプレイしなければならない開発者勢は大変である。

 VR疲れへの耐性には大きな個人差もあるというが、高原氏自身は、最初は非常にVR疲れを感じやすい体質であったものの、1日何時間もチェックする仕事を続けているうちに、慣れてしまった。無意識にVR疲れをしにくい操作をするといったものだ。この、耐性が養われてしまうというのは開発者にとって痛し痒しなところ。業務効率は上がるが、今度はVR疲れを感じやすい人の気持がわからなくなってしまうという副作用がある。

 というわけで高原氏は、VRタイトルの品質管理について、VR疲れを誘発する表現を知識として蓄えることに加えて、社外の品質管理サービスを用い、VR耐性の少ないスタッフにテストしてもらうことが重要だと語っている。また、快適なVRを作るためのノウハウ共有について、ソニー・インタラクティブ・エンターテインメントノウハウVRコンサルテーションチームに「非常にお世話になっている」と高原氏。

開発者は慣れてしまい、問題を見つけられなくなってしまう恐れがある。そこで、本作では外部の品質管理サービスも活用することでクオリティチェックを進めた

 こういった品質管理体制を得た上で、「バイオ7」のVRバージョンでは、通常モードから数多くの改変が行なわれている。以下に重要なものを挙げてみよう。

・スナップターン

 本作のE3デモ版では、スティックによるカメラ移動操作を採用しており、スティックを倒すと視点が滑らかに回転していた。だがこの表現はVR酔いを感じる人が多いということで、最新のバージョンでは「スナップターン」というテクニックが実装されている。これは、スティックを倒すたび、非常に高速に30度の回転が行われるというものだ。他のVRタイトルでもこの手法を取っている例がいくつかあるが、これによりVR酔いは軽減されるのは確かである。ただし、回転が完全に一瞬であると臨場感の低下や空間識失調を招くことがあるため、本作では数フレームをかけてある程度なめらかに回転する手法をとっている。

・遅延追従する懐中電灯の明かり

VRモードでは、明かりが常に視線中央に張り付くようになっている

 通常モードでは、プレーヤーのカメラ操作に少し遅れる形で、懐中電灯の明かりが追従してくる。これは、視点操作について「まず顔を向けて、それから胴体がついてくる」という動きを反映したものだ。しかしこれをVRでやってしまうと、画面自体が遅延しているように感じられ、VR酔いを誘発してしまうという。そのため、VRモードでは明かりが即時追従するように調整された。

・移動速度、しゃがみモーションなどの調整

本作では狭い通路を歩く事が多く、他のコンテンツよりもベクションが起きやすい

 屋内の狭い空間を動き回ることの多い「バイオ7」をVRでプレイすると、左右に迫る壁面の効果で、等速移動であっても幻視的な加速度を感じられることが多いという。VRでの加速度感は、VR酔いの原因となるベクションを強く引き起こす。これを避けるため、通常モードでは約6.1km/hとなっている移動速度を、VRモードでは約4.2km/hに低速化している。また、通常モードに存在する歩行・走行時のカメラの揺れも、VRモードではカットされている。

 また本作では、しゃがむことによって狭い通路を通るといったアクションも基本要素となっているが、通常モードでは立つ/しゃがむの遷移に0.5秒ほどをかけ、なめらかに動作するように調整されていた。VRではこれが酔いの原因となってしまうため、VRモードでは0秒、つまり1フレームでしゃがみ状態に遷移できるようになっている。

移動、しゃがみといった基本アクションもVR向けに細かく調整されている

・各種イベントにおけるカメラ制御

VRモードでは手が表示されず、オブジェクトがひとりでに動くように見える

 本作ではドアやピアノ、冷蔵庫、その他の様々なガジェットを操作できる。通常モードでは、インタラクトイベントの発生時に時に主人公の手が表示され、規定のイベントアニメーションが再生される仕組みになっている。しかしVRモードでは、そういった手のアニメーションは全て削除されている。なぜかというと、手のアニメーションに際して、表示の破綻を起こさないため、カメラの制御も行なう必要があるためだ。VRでカメラの強制移動をやらかすと、ユーザーは強く不快な思いをしてしまう、というのがその理由だ。

 通常モードで見られる、オープニング時に主人公が立ち上がるイベント等も同様に、強制カメラ制御を伴うものであるため、VRモードではバッサリ削除されている。このようにVRモードでは、ゲームを通じて、いっさいの強制カメラ制御を取り外すことで、演出性よりも快適さを重視した作りをとった。プレーヤー自身がホラー空間に入り込むVRでは、むしろそういった演出は最初から不要なのかもしれない。

オープニング時に主人公が立ち上がる一連の動き。カメラ強制を避けるため、VRモードではこの部分はバッサリとカットされた

・複雑なリアルタイムイベントは「2DVR」化

 本作では各所のポイントで、複雑かつ長尺のリアルタイムイベントが発生する。複数のキャラクターの動きや、プレーヤーカメラの複雑な制御によって実現するタイプのイベントだ。当然、VRでそのまま見せると非常に不快な思いをしてしまう(カメラ制御を完全に奪ってしまうため)のだが、ストーリー進行上重要な意味を持つこの種のイベントをバッサリカットしてしまうわけにはいかない。

 そこで苦肉の策、最後の手段としてとられたのが、高原氏が「2DVR」と称するテクニックだ。これは、プレーヤーカメラをVR空間内にそのまま置くのをやめて、いったん、表示を2Dの矩形画面に切り替え、VRシアター的にイベントシーンを表示する手法だ。VR的な「その場にいる」感覚は完全になくなってしまうものの、VR酔い等の問題からは切り離される。まさに苦肉の策であるが、これにより「バイオ7」の全シーンをHMDをかぶったまま楽しめるのだから、作品的に効果ありだと言える。

複雑なカメラ制御を伴う長尺のストーリーイベント。カットするわけにもいかないため、仮想のスクリーンに2Dで表示する手法で見せることにした

VR完全対応へのチャレンジは続く

VR専用に作られたフローティングUI
全ての手持ちアイテムについても、VR向けの調整が行われている

 その他にも本作では、インベントリー画面などのUI要素をVR向けに再設計したり、プレーヤーが手にもつアイテムの表示距離を、VRモードでは特別に調整したりといった、細々な工夫を凝らし、VRでのプレイの快適さ、自然さを確保しようとしている。

 高原氏が「2つのゲームを同時に作っているようなもの」と語るのは、まさにそこで、ゲームの全ての要素についてVR向けの検証と改善が必要になるという点だ。本作はいつでもVR/ノンVRでのプレイを切り替えられるようになっているため、VR対応のために通常モードの要素を犠牲にすることができない。初めからVRタイトルとして作ったほうが楽だというのはそこで、既存ゲームのVR対応というものに困難が伴う理由だといえる。

 2017年1月24日に発売を予定している本作は、上記に紹介した以外にも様々なテクニックが試されているとのことで、今後、発売に向けてさらにブラッシュアップが進むことになりそうだ。その中で高原氏は、VR対応のノウハウに正解はなく、タイトル毎に最適な手法も異なってくるし、従来のVR開発ノウハウにおいて非推奨とされているものの中にも正解があることもありえるため、まずは考えるよりも試すことが大事だと語っている。

 「バイオ7」のVR対応は、大型IPの完全VR化という点で業界初めての試みだ。それがどのような形に結実するか、楽しみにしたい。