インタビュー

VRの大本命!? “ワイヤレスVR”を一足先に体験してきた

サントリー「贅沢ラテ」試飲イベントで衝撃デビューを遂げた「Air VR」とは何だ!?

11月12日~15日開催



会場:韓国釜山BEXCO

 2016年いよいよ本格スタートするVRゲームの世界。日進月歩でVR関連テクノロジーが進化し、商用化に向けて準備が進められている。

 その一方でVRは、まだ過渡期の発展途上のエンターテインメントだ。PCをはじめとしたゲームコンソールは、高いハードウェアスペックを活かしたハイクオリティなVRを楽しめるが、行動範囲はケーブルが伸びる範囲内に限定され、興奮してくるりと一回転しようものならたちまちケーブルが巻きつき、コンソールが引っ張られて大惨事になる。

 それならばということで11月下旬に正式ローンチが予定されているGEAR VRをはじめとしたモバイルVRは、確かにケーブルから解き放たれ、より身軽にVRを楽しめるが、ハードウェアをスマートフォンに依存するため、現時点ではスペックが足りず、網目感の強い貧弱なビジュアルしか出力できない上、ポジショントラッキングができなかったり、PlayStation VRにおけるPS MoveやOculus VRにおけるOculus Touchのような可能性を広げるデバイスもないなど、機能的な制限が多い。

 そしてモバイルVRが何と言っても致命的なのは、VRゲームをプレイする際は常にフルパワーでスマホを稼働し続けるためバッテリー持たないことだ。通常使用で10時間程度持つスマホでも、フル3DのVRゲームを稼働し続けると1時間程度しかバッテリーが持たなくなる。だからといって電源ケーブルを接続すれば、モバイルVRのメリットがなくなってしまうし、VRゲームをプレイ中にローバッテリーの警告が出たり、いきなり電源が落ちるようでは没入どころではない。あっちを立てればこちらが立たず、反対もまた然りと、まさに過渡期ならではの悩みがある。

 こういった問題をすべて解決するソリューションとして期待されているのがワイヤレスVRだ。今回G-STARで、ワイヤレスVRに挑む韓国のベンチャー企業Clickedを取材することができたのでお伝えしたい。

「Air VR」が実現した20msの低遅延ワイヤレスVRの世界

GEAR VRを装着しているのがClicked CEOのJung Doucyoung氏、左がCTOのLee Layne氏
Clickedのサイトでは、研究風景や採用事例を見ることができる
現在のランチャーはデモ専用の仮のもので、1人でも操作できるような内容になっている
Air Playを実演するJung氏。PCの映像がそのままGEAR VRに映し出されている
解像度は下がるものの、このクオリティの世界をGEAR VRで堪能することができた

 Clickedが手がけているワイヤレスVR技術「Air VR」は、PC上のリッチなVRコンテンツをスマートフォンにWiFiで飛ばして、GEAR VR等のモバイルVRで視聴するソリューション。

 これだけ聞くと、「ふーん、それで?」という感じだが、頭部の動きやキー操作を読み取り、それをWiFiでPC側に転送し、PC側でレンダリングして画像を作り、それをWiFiでスマホに戻して表示するという手間のかかる作業を超高速で行なうという凄いことをやっている。通常なら70msから100ms掛かるところを、Air VRでは独自のテクノロジーで20ms、つまり0.02秒まで縮めている。これにより、VRでは致命的となる遅延によるVR酔いを軽減しながら、モバイル環境でリッチなVRの提供を可能にしている。

 しかし、本当にそんなことができるのだろうか。論より証拠、さっそく体験させてもらうことにした。デモ環境として用意されたのは、MSIのゲーミングノートPC、家庭用のWiFiルータ、そしてサムスンのGALAXYがはめ込まれたGEAR VR。PCとスマホそれぞれに「Air VR」アプリケーションがインストールされている。まず、PC側でデモを起動すると、すぐGEAR VR側で見られるわけでは無く、同期が取れるようになるまで、数十秒ほどの待ち時間が発生する。

 いざ準備が整ったところで、GEAR VRを被って体験してみたところ、本当に目の前のPCに映し出されているファンタジー世界の村のような映像を、GEAR VR上で体験することができた。もちろんインタラクティブで、GEAR VRの右側面のタッチパッドを使って移動できる。若干VR酔いが感じられたが、これはWQHD(2,560×1,440)の映像を出力しているため、ノートPCではGPUパワーが足りず、60FPS出ていないためだと説明してくれた。

 懸念していたネットワークの遅延はほとんど感じられず、それでいて映像のクオリティは、既存のGEAR VRコンテンツを遙かに凌駕するOculusレベルクオリティになっている。モニターはスマホの解像度に依存しているため、VRならではの網目感はどうしても残ってしまうが、その先にある映像は明らかにクオリティが高い。これは凄い!

 少し落ち着いてきたところで改めてVR映像を眺め回すと、視界の周囲が常時黒く、望遠鏡を覗いたときのように丸くマスキングされ、頭の動きにわずかに遅れて追随することに気づいた。このため通常のGEAR VRの視野と比較すると、少し狭くなっている。小刻みに頭を動かすと、マスキングされた部分がそれにつられて、一拍おいてぶよぶよ揺れ動く感じで、どうやらこれがAir VRの技術上のキモであるようだ。

 Clicked CEOのJung Doucyoung氏によると、Air VRは複合的な技術の積み重ねでワイヤレスVRを実現しているということだが、一言で説明すると「フレームバッファの処理に独自の工夫を取り入れ、必要な部分、差分だけをレンダリングすることで、転送量を極力小さくし、それによって低遅延を実現している」という。

 既存の処理技術でワイヤレスVRを実現しようとすると、レーテンシーの壁を越えられず、どんなに縮めても50msは掛かってしまうという。Air VRのテクノロジーはレーテンシーの壁そのものを乗り越える技術では無く、マスキング処理を始めとした独自の工夫により、20msという低遅延を実現しているということだ。

 バッテリーについても、普通にGEAR VRを使うと1時間程度でバッテリーが切れてしまうところ、Air VRなら駆動時間が2時間半まで伸び、かつローパワーモードでも動かせるため、工夫すればもっと駆動時間を伸ばすことができるという。

一般ユーザーも巻き込んで大成功を収めたサントリーのイベントにAir VRが採用

サントリーが実施した「THE EXTREME LATTE試飲会」
イベント会場の様子
Air VRを介して見た風景
現実の風景

 このAir VRは開発途上のテクノロジーながら、すでに一部実用化されており、現在特許申請中だという。しかもすでに商用向けにも利用したことがあるというから驚いた。しかもそれは日本で実施済みというから2度驚かされた。

 サントリーが1日限定で実施した新製品ドリンク「レンジでとろけるほっと ボス 特濃カフェラテ/伊右衛門 贅沢抹茶ラテ」の試飲イベント「THE EXTREME LATTE試飲会」にAir VRのテクノロジーが全面的に採用されていたのだ。具体的な内容は下記トレーラーをご覧頂きたいが、極寒の雪山につり下げられた1本の吊り橋を、左右のロープを頼りに渡り、その奥にある伝説のレンジを目指すという内容。吊り橋を渡りきる時間と、ラテをレンジで温める時間が同じ60秒に設定されており、どきどきのエンターテインメント体験が温かいラテをより美味しくしてくれるという趣向だ。

 実際に体験者が行なうのは、長細い個室の通路をGEAR VRを被った状態で、左右にある平行棒のような手すりを頼りに前に歩き、温かいカフェラテが入っている電子レンジまでたどり着くというもの。言うまでもないが、温かいカフェラテだけが本物であとはすべてフェイクだ。極寒の雪山の映像はAir VRでPCからWiFiで送られ、極寒の雪山の演出は送風することで演出し、被験者の位置の計測はPC版Kinect 2を採用。イベントは特に大きなトラブルもなく、大成功だったという。

 Jung氏はもうひとつの実施例を教えてくれた。水戸芸術館で実施されたジョン・ヨンドゥ氏の芸術作品「地上の道のように」のVRコンテンツをClickedが担当したのだという。こちらは今となっては笑い話だが、当時はAir VRは実用化されていなかった上、GEAR VRのようなモバイルVRのソリューションもなかったため、VRデバイスにはOculus Riftを採用し、体験者はノートPCを背負って作品を体験して貰ったいう。位置の計測には超音波を使ったという。今なら、Air VRを使って、より手軽で、より美しいVR作品を提供できると自信を覗かせてくれた。

【レンジでとろけるほっとラテ『THE EXTREME LATTE 試飲会 11月7日開催!』】

【「THE EXTREME LATTE 試飲会」実際の映像】
ネタバレ注意!?

【Blind Perspective (Mito Art Museum )】

将来はワイヤレスVRからクラウドVRへ。Clickedが見せる未来のビジョンとは?

ワイヤレスVRの実用化に自信を覗かせるおふたり

 夢のようなVRソリューションに思えるAir VRだが、当然弱点もある。1つはポジショントラッキングに対応していないこと。もう1つは現時点では音は転送できないことだ。しかしこれらについても解決の目処は着いたということで、現在実装に向けて開発を行なっているという。

 今後、スマートフォンはさらに解像度が高くなり、より高解像度のVR映像も映し出せるようになることは確実だ。高解像度になれば、その分データ量は増え、結局、帯域が足りなくなり処理しきれなくなるのではないかと尋ねたところ、Jung氏は、動画圧縮規格H.265がカギを握ると答えてくれた。スマートフォンでH.265が利用できるようになれば、現在Air VRが処理している150KB/s前後のデータ量で、より美しい映像がやりとりできるようになるという。

 その上で、Jung氏はワイヤレスVRが見せる未来も見せてくれた。1つはマルチプレイ。Air VRなら、現時点で最大2台のスマートフォンにデータ転送できるとしており、これを使えば、同じVR映像を複数人で共有できるようになる。これを推し進めれば、その場にいる全員で同じVR映像を楽しめるようになるというわけだ。

 もうひとつは、VRの低価格化だ。Air VRの本質が、コンソールのVRコンテンツをWiFiで飛ばして手元のVRビューアで視聴するということなら、PCもスマホもなくていい。PCはクラウドでいいし、ストリーミングが再生できればいいためビューアもスマホに限る必要はなくなる。ワイヤレスVRからさらに一歩進んだクラウドVRの世界だ。

 Jung氏はより具体的なビジョンとして、ハイエンドのOculus Riftを約2,000ドル、ミッドレンジのPS4+PSVR、GEAR VR+スマートフォンを約1,000ドルと想定すると、Air VRが実現するクラウドVRの世界は、200~300ドルまで価格を下げられるという。そうなると、VRが一部の好事家向けのエンターテインメントではなく、まさに一般向けの娯楽として爆発的に普及するのではないかと期待を込めて語ってくれた。

 Clickedでは、これらビジョンを実現するために、すでにSamsungと直接交渉を行なっているほか、韓国大手通信会社のSK TelecomともLTE回線を使ってVRを飛ばせないかテストしているという。ただ、Jung氏は生粋の韓国人ながら、日本のことが大好きで、それもあってサントリーや水戸芸術館など、日本での仕事にこだわっているという。Air VRでは日本の企業とも組みたいようで、「ドコモさん連絡をお待ちしています」と悪戯っぽい目で語ってくれた。

 Air VRのローンチ時期は、2016年中を予定。ゲームVRの用途にも使えるようにSDK等を準備しているところということで、気になるデベロッパーはコンタクトを取ってみてはいかがだろうか? ClickedおよびAir VR、来年のVRシーンに欠かせない存在となるかどうか、その動向に注目していきたい。

【AirVR UHD TEST2】
GEAR VRとタブレットへの2画面出力を試しているテスト映像

(中村聖司)