インタビュー

【特別企画】「ダンジョンズ&ドラゴンズ」最新ルール日本語版はいかにして実現したか

最新版はどう変わった? ホビージャパン担当者に今回の経緯を聞く

11月収録

11月に公開されたDM(ダンジョン・マスター)用ルールの日本語訳

 「ダンジョンズ&ドラゴンズ(以下、「D&D」)」は、40~30代の人にとってある種の“憧れ”を生むゲーム名である。「D&D」はテーブルトークRPG(TRPG)というジャンルのゲームだ。

 TRPGはコンピューターを使わない、冒険者となる複数の“プレイヤー”と1人のDM(ダンジョン・マスター)が協力してストーリーを作り上げていく。モンスターとの戦闘や、物音に気が付く“聞き耳”の成功率などはルールで設定されており、プレイヤーはキャラクターのスキルとサイコロで様々なことを成功させ、多彩な活躍をして1つの「物語」を紡いでいくのだ。

 「D&D」は実は「ウィザードリィ」や「ウルティマ」を生み出すきっかけとなったゲームだ。ひょっとしたらこれがなかったら「ドラゴンクエスト」も、「ファイナルファンタジー」も生まれなかったかもしれない。そういったコンピューターRPGの始祖ともいえる「D&D」は独自の進化を遂げて、現在もプレイされ続けている。

 今回、最新版の「D&D」が、和訳され、ホビージャパンのサイトで無料で公開された。ファンには喜ぶべき状況であるが、一方でこれはあくまで“ファンの声に応えた”という形でしかなく、新バージョンを製品で楽しめる英語圏の「D&D」プレイヤー達の状況にはほど遠い。どういった経緯で、無料公開が行なわれ、北米の「D&D」はどうなっているのか、弊誌はホビージャパンにインタビューを行なった。

 今回はこの無料公開を手がけたホビージャパン開発課営業担当の上田明氏と、伏見義行氏に話を聞くことができた。上田氏、伏見氏は共に「D&D」のプレーヤーでありTRPGに強い思い入れを持っている。インタビューでは「D&D」の現状と共に、両氏の思いや、ホビージャパンのTRPGへの取り組みなども聞くことができた。

テーブルトークRPGの元祖「D&D」って何? 「D&D」の日本展開の歴史

 「D&D」では、DM(ダンジョン・マスター)がプレイヤー達が遭遇する状況やダンジョンを設定する。プレーヤーはドワーフのファイターやエルフの魔法使いになりきり、DMが設定した状況に対してゲーム内のキャラクターになりきって対応する。

ホビージャパン開発課営業担当の上田明氏。中学生時に「指輪物語」に感動し、友達から「その世界をゲームで遊べるんだぜ」と、「D&D」を紹介されたのが「D&D」との出会いだという
同じく開発課営業担当の伏見義行氏。大学サークルでTRPGに触れ、その時に上田氏に「『D&D』プレーヤーにインタビュー」という企画で知り合ったとのこと。その後「D&D」に関わっていったとのこと
“赤箱”と呼ばれた、新和の「D&D」
新和、メディアワークスを経て、ホビージャパンで「D&D」の日本語版が発売された

 TRPGは即興で物語を作っていく。時には冒険者が王様にいきなり殴りかかるなど突拍子のない行動をすることがある。また、とんでもない低い成功率のものをサイコロ運で成し遂げたりすることもある。コンピューターゲームならばプレーヤーがゲームでできることは限られているが、プレーヤー達との「会話」で成り立つTRPGはその場の“ノリ”が重要視される。

 TRPGの場合、DMとプレーヤーが協力すれば“面白ければ何でもあり”なのだ。皆が意見を出し合った結果、DMが予想もつかない物語が進行したりする。プレーヤー達とDMの相乗効果で楽しくなる空間、それこそがTRPGの醍醐味だ。

 しかし、会話だけではゲームにならない。プレーヤーのステータス、様々な状況での成功率、アイテムやモンスターのデータ、そしてプレーヤー達の想像力を強く刺激する世界観、これらを提示する「ルールブック」があるからこそ、TRPGはゲームとして成立し、普遍性を獲得したのだ。

 「D&D」は1970年代に生まれたゲームだが、ゲームが多様化した現在でもゲームの1ジャンルとしてTRPGは生き残り、「D&D」はその一大タイトルとして、現在も何度もモデルチェンジを繰り返し、サービスが行なわれているのである。現在の最新版は「D&D」とのみ呼ばれているが、ファンからは4版の次のバージョンであるから“5版”とも呼ばれている。

 「D&D」は日本では1985年の新和による日本語版の発売から大きなヒットとなる。それまでは“「ウィザードリィ」や「ウルティマ」の元になったゲーム”などで知られていたが、ゲームブックや「ドラゴンクエスト」といった日本製コンピューターRPGの流行の中、「本家」である「D&D」がついに日本語版で登場したのだ。

 世界観の1つを小説化した「ドラゴンランス戦記」なども出版され「D&D」は盛り上がっていく中、「クトゥルフの呼び声」、「ルーンクエスト」など様々な海外TRPGも翻訳されていき、そして「ソード・ワールドRPG」など日本製TRPGも生まれていく。1990年代前半まで、TRPGは多くのファンを獲得していったのだ。

 時代はその後家庭用コンピュータRPGのブーム、トレーディングカードゲームの爆発的ヒットを迎える中、TRPGは一定のファンの心をつかみながら続いていく。「D&D」はメディアワークスによる翻訳版を経て、2003年よりホビージャパンが「D&D」第3版、3.5版、そして4版と翻訳/販売を行なっていった。

 「D&D」そのものは何度も大きな変化をしている。ざっくりまとめればTSR(Tactical Studies Rules)によって「D&D」が販売され、上級者向けの「Advanced Dungeons & Dragons」と2つのシリーズとなる。その後、TSRがウィザーズ・オブ・ザ・コーストに買収され、2つに分かれていた「D&D」を統合し、新たな「D&D」である「Dungeons & Dragons 3rd edition」が出版される。

 ホビージャパンの「D&D」はウィザーズ・オブ・ザ・コーストの「D&D」を翻訳していく形となった。しかし、第5版に当たる最新の「D&D」は、販売の権利が得られず展開できないのが現状である。しかしファンからの要望に応える形で、最新版「D&D」のプレイヤールール、次いでDM用ルールの翻訳版が無料で公開されるようになったのである。

 現在、最新の「D&D」はウィザーズ・オブ・ザ・コーストが英語版のみ展開しており、ヨーロッパでも翻訳版の要望が高まっており、署名活動を行なっているという。他言語版が展開できないのは、北米のウィザーズ・オブ・ザ・コースト本社の判断が大きい。これは後述する店舗やネットワークシステムなど、サービスの規模によるところも大きいようだ。現状では、ファンは北米のウィザーズ・オブ・ザ・コーストに要望を寄せる、というのが日本語版発売への可能性につながるとのことだ。

 こういった状況の中ホビージャパンが今回、プレイヤー/DM用ルールブックを公開できたのは「翻訳チームの熱意」があったと上田氏は語った。権利問題で日本語版の製品が出せない中、これまでの「D&D」を手がけた翻訳チームが“有志”として最新版の翻訳を行ない、「なんとかホビージャパンからダウンロードできるように、ウィザーズ・オブ・ザ・コーストに公開の許可をもらえないか」とホビージャパンにそのテキストを持ち込んできたという。

 最新版の「D&D」のビジネスモデルではゲームの基本となるプレイヤー/DM用ルールブックは無料で公開している。様々なシナリオ(D&Dでは第4版から"アドベンチャー"と呼ぶ)やサプリメント、ミニチュアなどのグッズ、他社からの「D&D」ブランドのボードゲームやパソコンやPS4向けMMOなどのライセンス収入で利益を得る形になっており、こういった背景もあってかウィザーズ・オブ・ザ・コーストからの許可を受け、無料での公開になったという。

 翻訳チームがいくら熱を持っていても、ファンが待ち望んでも、許可を得られない同人活動であったら、それは権利関係で問題が発生してしまう。ウィザーズやホビージャパンが対応してくれなければ、無料公開はできなかった。「D&D」ではプレイをサポートする「コーディネーター」という公認ボランティアスタッフが世界中にいて、日本でも1名のコーディネーターが公認されており、彼を中心とする有志のメンバーの店舗での公式イベント活動への評価も大きかったと、伏見氏は語った。

 例えば現在、「版はなんでもいいから、きちんとそろった『D&D』が遊びたい!」という思いを叶えるのは難しいと上田氏は語った。ホビージャパンでは第4版のサプリメント「クリスタルシャードの影」を2014年10月に刊行したが、第4版のルールブックなどは再版の許諾がおりず、店舗の在庫のみだという。それ以前はもちろん絶版状態となっている。

 もちろんファンの中には「あのルールが好きだ」と、現在でも新和版や、メディアワークス版でセッションを立ち上げている有志もいる。しかし、「これから『D&D』を始めよう」という人には基本ルールが入手できない状況があった。そんな中で、今回の最新版の配布は新ユーザーを獲得するのに大きなチャンスとなり得るが、現在はこのチャンスが活かせない状況にあると言えるだろう。

 今回、公開されたテキストはPDFではあるが、基本的なプレイは楽しめるようになった。DMルールでは多くのモンスターがデータ化されており、想像力を刺激する。「D&D」ファンにはとてもうれしい“贈り物”となったが、だからこそやはり正式な形での日本語製品の提供が待ち遠しくなってしまう。ファンの働きかけや、今後の展開にも注目したい。

データベースに記録され、より深いロールプレイが楽しめる最新「D&D」

 では、最新版の「D&D」とはどのようなものなのだろうか、4版や3版とはどう違うのか? 「一言で言うと遊びやすさが変わりました。ゲームの“方向性”が変わったといえます」と上田氏は語った。

第4版はボードゲームのシミュレーション要素が強くなった
第4版のルールブック。コマを作ってゲームを展開させていく
多彩なミニチュアも発売されている
北米での「D&D」公式ページ。積極的な活動が行なわれている

 伏見氏は4版は“ミニチュア”の使用が大きな特徴だったという。フィールドはマス目で区切られ、プラスチック製のミニチュアを動かして戦闘を展開させていく。TRPGでは戦闘をわかりやすくするためにミニチュアを使うことがあったが、ウィザーズ・オブ・ザ・コーストは「D&D」で、これをきちんとビジネスとして展開していった。関連商品として様々なミニチュアを販売し、さらにトレーディングカードゲームのランダムパックのようなブラインドパッケージでの販売も行なっていた。

 第3版からミニチュアとの連携は行なわれていたが、第4版ではその要素を推し進め、ミニチュアを使ったルールをシミュレーションRPGの様に詳細に規定した。このため、プレーヤーの一部からは「ボードゲームの様になった」という評価も受けた。ステージクリア型のゲームのように、パーティでの連携が求められる緻密な戦闘ルールが大きな魅力となった。一方で従来のTRPGファンにとってはストーリーテリングによる要素が少なくなっているという声もあったとのことだ。

 最新版の「D&D」ではタクティカルな部分は受け継ぎつつも、ストーリー要素を膨らませた原点回帰的な方向性となった。キャラクターの特徴に基づいたロールプレイへの指標として「インスピレーション」というポイントが設定された。

 プレイヤーがキャラクターに合ったロールプレイをするとDMからインスピレーションポイントが与えられる。プレイヤーは積極的に自分のキャラクターの役割を模索するようになるし、DMはプレイヤーのロールプレイを促すシナリオを考えるようになるわけだ。

 インスピレーションはゲーム中、攻撃、抵抗、能力値による判定などに消費することで、有利(ダイスを2個振って、良い目を採用する)を得る。強敵との戦いや、絶体絶命のピンチ、少ないチャンスの時など、どうしても成功したい時インスピレーションを使うことで大活躍がやりやすくなるのだ。普段のプレイでより深いロールプレイを促し、そして大活躍ができる、ドラマチックなゲーム展開をもたらすルールが盛り込まれていると伏見氏は語った。

 もう1つ面白いのが、より密接になった「店舗との連動」だ。第4版でも行なわれていたが、ウィザーズ・オブ・ザ・コーストは店舗を認証し、データベースで管理している。ウィザーズは「マジック・ザ・ギャザリング」でもこの店舗連動システムを大いに利用しており、プレイヤーの戦績などを登録している。

 「D&D」では、このデータベースを使って「冒険者の登録」を行なっている。プレイヤーはウィザーズ公認イベントに参加する際、「DCIナンバーカード」を作り、番号を得る。公認イベントに参加すると、「セッション・トラック・シート」という参加者一覧用紙に、DCIナンバーを含め参加者一覧などにそれらを書いていく。店舗側ではそれを回収し、ウィザーズの店舗向けウェブサービスで開催報告を行なう。

 「D&D」では、参加者はキャラクターシートのほか、「セッション・レコード・シート」を持つ。こちらはセッションが終わった時点で、特殊なアイテムの入手や経験点の経過などを記入し、そのセッションのダンジョン・マスターに承認のサインをもらう。キャラクターはキャラクターシートで、参加者自身はセッション・レコード・シートで公認イベントの参加履歴を管理する。公認イベント参加時や、参加後に記念としてマジック・アイテムなどをもらうこともあるという。

 提供アイテムはカードに記載されていて、シリアルナンバーが入っており、もらった時点でもらった人がそのカードへサインすることになっている。使えるのは入手したプレイヤーだけで、公認イベントでDMに承認を得て使うことができるという。

 TRPGプレーヤーにとって幾多の冒険を繰り広げたキャラクターは“宝物”だ。長く遊んだMMORPGのキャラクターに感覚は近いかもしれない。「D&D」では「セッション・レコード・シート」によって、自分のキャラクターが登録され、冒険の記録を残していくことができる。そしてシリアルナンバーの入った特別なアイテムを使えるのだ。「△△の冒険を成し遂げた××」というように、公式の参加実績を得ることができるのである。

 また、“勢力”という要素もある。公認イベント向けにキャラクターを作成する場合、世界の5つの勢力のどれかに所属することとなる。選択する背景の組織は、その組織のポリシーによってキャラクターの行動方針の後押しをして、プレイしやすくする上、低レベルのうちには、キャラクター死亡時に一度だけは復活してもらえるなどの、支援設定があるという。

 店舗のフォローなどは4版から行なわれていたが、最新「D&D」では店舗の存在とデータベース、レコード・シートが大きな魅力になっている。上田氏は「キャラクターの立ち位置も4版と最新版では異なります。4版は“1人立ちした英雄”を演じる楽しさがありました。最新版は一介の冒険者が世界と密接に繋がっていて、成長していくという過程を楽しむことができます。店舗との連動は成長を実感できる最新版ならではのものとなっています」と語った。

 話を聞いていると、「D&D」は現在のコンピュータゲームの影響を受け、独自に変化しているのがわかる。シートの管理などかなりアナログ要素が強いが、だからこそ手触りのあるキャラクター作成、ロールプレイが楽しめそうだ。現在、日本の一部店舗でもこれらのシステムは導入されているが、日本語版「D&D」が出ていない現状では、あまりキャラクターをアピールできない状態のようだ。

 最新版の「D&D」では、ネットワークを活用し、ゲームの楽しさを膨らませている。ちなみに、店舗のイベントではアドベンチャー(シナリオ)が毎週ウィザーズから配信されるのだが、これらは販売されているサプリメントの序盤部分になっているとのことだ。物語が気に入ったり、自分でマスターをしたい人はそのまま店舗でアドベンチャーを購入してより深く楽しむことになる。ゲームイベントと宣伝をうまく組み合わせた、しっかりしたビジネスとも言えるだろう。

 さらに英語版「D&D」は多彩なサプリメントがある。基本部分も「プレイヤーズハンドブック」、「DMハンドブック」といったより深い内容のルールが北米では販売されている。例えば「プレイヤーズハンドブック」を使うことで、基本ルール以上に凝ったクラスになることができる。魔法を使える魔法剣士や、他のプレイヤーに影響を与えるリーダーや軍師的な役割を持った戦士など、多彩なスキルを持つキャラクターも作れるようになる。北米ではかなりしっかりしたゲームルール、世界観が構築されているとのことだ。

(勝田哲也)