インタビュー
「攻殻機動隊S.A.C. ONLINE」、ディレクターインタビュー
スタンドプレイから生じるチームワーク、“複合体”へと進化せよ!
2016年11月8日 16:19
ネクソンは11月2日よりWindows版オンラインFPS「攻殻機動隊S.A.C. ONLINE」のオープンβテストをスタートした。今回、OBTスタートに合わせて開発元の韓国ネオプルから来日した。そこで、開発チームディレクターを務めるチェ ジョンイク氏にインタビューを行なった。
今回インタビューをして驚かされたのはチェ氏の“濃さ”である。チェ氏は「攻殻機動隊S.A.C.」の熱烈なファンであり、そしてオンラインFPSの開発者、なおかつコアゲーマーを自認しており、「攻殻機動隊S.A.C. ONLINE」に並々ならぬ思い入れを持っているのである。
「攻殻機動隊S.A.C.」のメインテーマである「S.A.C.(STAND ALONE COMPLEX)」とは何なのか? 作品の中に描かれている電脳社会での新しい人間関係とは? そういった深く濃い原作のテーマを自分なりに咀嚼、分析し、そして大好きなオンラインFPSに活かすべくシステムを考えていったという。ぜひ彼の熱い想いに触れて欲しい。
原作とオンラインFPSのコアファンだからこそ作れた深く斬新なゲーム性
――日本で「攻殻機動隊S.A.C. ONLINE」のサービスをスタートできた感想をお聞かせ下さい。
チェ氏: 私は元々「攻殻機動隊」の大ファンであり、そしてオンラインFPSのファンでありコアゲーマーであった私にとって、「攻殻機動隊S.A.C. ONLINE」を開発し、そして日本でサービスできたのは本当にうれしいですね。私はこれまで、オンラインFPSやMMORPGを開発してきました。その経験を活かし「攻殻機動隊S.A.C. ONLINE」を開発しています。
――チェさんにとって、原作である「攻殻機動隊S.A.C.」の魅力はどこでしょうか。
チェ氏: 私は本当に「攻殻機動隊」シリーズが好きなんです。特にヴィジュアル面よりも作品が訴えかけるメッセージ、テーマ性が気に入ってます。人間の有り様が変わっていく世界、そして原作の表題でもある「S.A.C.(STAND ALONE COMPLEX)」というところに注目し、どうFPSに活かすか、を考えてこのゲームを作りました。私の「攻殻機動隊」への“愛”を感じて欲しいです。
――「攻殻機動隊S.A.C.」で最も好きなキャラクターは誰でしょうか。
チェ氏: ゲームとしては“サイトー”のスキャンの能力が気に入ってます。敵の位置をヒートセンサーで壁越しに知ることができる。原作キャラクターとしては“パズ”が好きです。彼は愛を知っている。彼の女性への接し方はシビれます。残念ながら「攻殻機動隊S.A.C.」において、彼を描くストーリーは多くない。しかしだからこそ彼が描かれた話は印象に残り、好きです。
「攻殻機動隊S.A.C.」が好きなだけに、同じ声優さん達を起用できたのは本当にうれしかったですね。会社からは「本当に原作と同じ声が必要なのか」と聞かれましたが、押し通しました(笑)。「攻殻機動隊S.A.C.」ならば彼らの声がどうしても必要でした。特に日本でサービスするためには必要でしたし、「彼らの声がなければ、ゲームそのものも作れない」と宣言し、実現させました。
声優さんの収録にも私は立ち会ったのですが、荒巻大輔役の阪脩さんの声は本当に素晴らしかった。阪脩さんはお年を召していらっしゃいますし、「攻殻機動隊S.A.C.」は10年以上前のアニメーション作品ですが、アニメの荒巻をそのままの表現して下さって、感動しました。「僕の荒巻が帰ってきた!」そう思いましたね。
そして草薙素子役の田中敦子さんです。素子の声を聞いた時の感激はとても大きかったです。ファンとして、すごく幸せでした。めちゃくちゃよかった。
――その大好きな「攻殻機動隊S.A.C.」の要素を、どのようにゲームに活かしていったんでしょうか。
チェ氏: まずオンラインFPSはとても密度の濃いゲームジャンルだと私は捉えています。新作は様々なタイトルが出ますが、非常に強くユーザーからの批評を受ける。ちょっとした操作1つとっても反応や感触などで意見がある。私自身もコアゲーマーとして思うところは多々あります。
だからこそ、私はこのジャンルにもっともっと発展して欲しい。そこで本作だからこそできる「STAND ALONE COMPLEX」という作品のテーマです。1人1人は個性を持った個人でありながら、それらが複合体として機能していく、作品のテーマをゲームに活かせないかと考えていきました。
――「攻殻機動隊S.A.C.」をテーマにしたゲームとしては、アドベンチャーや、シミュレーションゲームにするという選択肢もあったと思います。なぜオンラインFPSにしたのでしょうか。
チェ氏: 理由をいくつかの要素に分解していきましょう。私は「攻殻機動隊S.A.C. ONLINE」を作っていく中で、ゲームとして求めていくべきいくつかのテーマを上げていきました。その要素は、「親しみやすさ」、「新しさ」、「深さ」、「個性」です。
まず大事なのは「ゲームは商品である」という大前提です。これは外してはならない。そのうえで「攻殻機動隊S.A.C.」そのものをゲーム化するには、費用、規模、ゲーム性……様々なところで難しいと判断しました。労力やコストなどを考えても、原作の全ての要素をゲームで表現するのは難しい。何よりも「オンラインゲームには合わない」と私は考えました。
そこで「親しみやすさ」に繋げていきます。韓国をはじめ世界でオンラインFPSはメジャーなジャンルであり、ファンを獲得しています。この形で「攻殻機動隊S.A.C.」を表現しようと判断しました。「警察」対「犯罪者」という図式も親しみやすく、わかりやすい形です。
「新しさ」は、キャラクター表現で実現することにしました。素子やバトー、パズなど個性豊かな公安9課のメンバーを「スキル」で表現することにしました。大衆にわかりやすく親しみやすいオンラインFPSの手法を使ってサイボーグ達の戦いを再現しようと思いました。オンラインFPSの“原型”とも言える「カウンターストライク」にはスキル制はありません。公安9課の要素とスキルシステムを盛り込むことで、これまでのオンラインFPSとは違いが出せると考えました。
「深さ」は、まさに個性を持った個人でありながら、それらが複合体として機能していく「STAND ALONE COMPLEX」というテーマ、そして原作で描かれる“現象”そのものです。電脳空間という新しい情報交換の場を持った「攻殻機動隊S.A.C.」の世界の人々は私達以上に“拡張”した人間関係を持っている。
「攻殻機動隊S.A.C. ONLINE」は“スキルシンク”という機能でこの関係性が表現できないか調整しています。素子の「光学迷彩」、サイトーの「ヒートセンサー」など一部のスキルは他のプレーヤーが使った場合に“共有”できます。個人の能力が複合体として機能するような情報を共有できる。「STAND ALONE COMPLEX」の現象を、プレーヤーが体感できるようにしたのです。
また、自分がスキルを使ったのは確かだけど、外から見ると誰が使ったかわからない。自分がどこにいるかわからないという感覚も「攻殻機動隊S.A.C.」ならではのものといえます。プレーヤーの感覚だけでなく、“現象”としても原作を表現したシステムだと考えています。また、チームの中には素子が複数いる場合もある。誰が素子なのか、それとも皆がそうなのか、ここも原作が内包しているテーマではないでしょうか。
既存のゲームは盾役やアタッカーなど、役割を強制する場合があります。しかし「攻殻機動隊S.A.C. ONLINE」はそうではない。皆が個人としてゲームに参加し、そして複合化していくことで強さを発揮するものの、それは強制されたものではない。集まった中でどう協力して行くかが変わる、というのも原作を感じられる要素と言えるでしょう。
さらに「個性」です。本作のプレーヤーは全て「義体」と呼ばれるサイボーグです。そしてゲームではこのカスタマイズが可能です。チップを埋め込んでいくことでより先鋭化したプレイスタイルを発揮できる。公安9課のキャラクターをモデルとしていますが、ここから自分のキャラクターを磨きかけていくわけです。さらに銃のカスタマイズも可能で自分だけのキャラクターを追求できる。細かいカスタマイズ要素もセールスポイントです。しかも今後の要素ですが、タチコマもカスタマイズできるんです。タチコマには乗り込むこともできます。
――タチコマはチームでの共有キャラクターのような印象ですが、カスタマイズできるんですね。タチコマに乗れるとなると今まで以上に広いマップが必要で、ゲーム性も変わるんじゃないかと思います。「バトルフィールド」シリーズのようなゲーム性になるのではないでしょうか。
チェ氏: やりたいことはあくまでオンラインFPSです。タチコマで広大な場所を走り回るというのはコンセプトも魅力的ですが、そういうゲーム性は「攻殻機動隊S.A.C. ONLINE」では求めないです。
「攻殻機動隊S.A.C. ONLINE」はオンラインFPSという“ビジネスモデル”の上で成り立っている作品です。アイテム課金制の既存のシステムに従っており、持続的なコンテンツのアップデートでお客様にアピールしていく。私はこのシステムに魅力を感じています。このはっきりしたビジネスモデルに沿ってゲームをアップデートしていくことができるのは、コンテンツ開発においての大きな強みだと考えています。
――今後の「攻殻機動隊S.A.C. ONLINE」の核になる部分はどこでしょうか。今後どのように発展していくのでしょうか。
チェ氏: キャラクター性と、戦略性です。キャラクター性といってもコミック的な表現を強める「オーバーウォッチ」のような方向性ではなく、ミリタリー的な傾向を強めていこうと思っています。「レインボーシックス シージ」はハードコアなミリタリーの雰囲気を強調させていますが、「攻殻機動隊S.A.C. ONLINE」はそれと比べるとライトではありますが、方向性としては近いものがあります。ミリタリー的な雰囲気を強調させていきます。
原作のキャラクターは義体により超人的な能力を発揮しますが、「攻殻機動隊S.A.C. ONLINE」ではミリタリーFPSの雰囲気を強調させていきたいと思っています。ただし今後は“PvE”の要素を入れていくので、そこで原作の雰囲気を入れて行ければと思っています。
――PvE要素としてはどのようなものが入るのでしょうか。
チェ氏: 「攻殻機動隊S.A.C. ONLINE」はあくまでPvPがメインですが、PvE要素も盛り込む予定です。今考えているのは操られた敵が集団で襲いかかってくるのを協力して倒すような、「攻殻機動隊S.A.C.」ならではの多数の敵と戦う要素です。「攻殻」らしく敵をハッキングしてお互いを争わせるようなこともできれば面白いなと。あくまでこれらは構想で、すぐに実装される要素ではありません。
――今後の実装予定のコンテンツとして決まっている具体的なものとしてはどういったものがあるでしょうか。
チェ氏: 11月16日に新マップを追加予定です。11月末の正式サービス開始時には、2つのマップと武器、タチコマのカスタマイズと乗り込めるシステム、さらにオリジナルキャラクターやスキンの実装も予定しております。またクランシステムも現在開発中です。
作品のテーマを自分なりに分析、FPSの新しい楽しさを実現するシステムに
――新コンテンツも気になるところですが、今回はゲームについてもう少し踏み込んでいきたいと思います。ゲームをプレイしていて面白かったのは、「敵になると見え方が変わる」と言うことです。敵も本来は公安9課のキャラクターのはずなのに原作の敵キャラクターのような外見になる。これは感心しました。敵と味方がわかりやすいのは初心者向けとしてもいいなと思いました。
チェ氏: これはプロダクションI.G.さんとも話したんですが、「素子が素子と戦うのはない」ということです。ですので敵としては見え方が違うようにしました。「攻殻機動隊S.A.C.」では海軍や自衛隊、テロリストなど様々な敵と戦いますが、ハッキングなどの欺瞞情報で敵になることもある。このイメージを膨らまして、「敵対者は違って見える」という意味も入れ込んでいます。
――「攻殻機動隊S.A.C.」をあまり知らない若いユーザーもプレイしているとのことですが、これに関してはどう思われますか。
チェ氏: 「攻殻機動隊S.A.C. ONLINE」は原作を知らなくてもプレイできます。私は原作の熱心なファンであると同時に、オンラインFPSのコアゲーマーでありファンであると自負しています。原作を知らないオンラインFPSファンにも楽しんで欲しいと思っています。FPSユーザーに対しては新しいシステムを盛り込んだ新鮮なゲームとして楽しんで欲しいと思っています。
――私も正直、本作は既存のオンラインFPSのシステムに、「攻殻機動隊S.A.C.」のフレーバーを加えた作品という印象を持っていましたが、お話を聞くとだいぶ違いますね。「攻殻機動隊S.A.C.」のテーマである「STAND ALONE COMPLEX」をゲームで表現しようとしている。プレーヤーはゲームのシステムを通じて、原作が提示した電脳化した人間達の繋がりを擬似的に体験できる。これはかなり濃い「攻殻機動隊S.A.C.」原作のゲームなんだなと、チェさんの原作への挑戦する作品なんだなと思いました。
チェ氏: そう理解していただいてうれしいです。あまり難しい話にするのも良くないですが、「攻殻機動隊S.A.C.」を見ていく中で、自分なりの解釈で原作の要素を再現したつもりです。原作のファンであり、FPSのファンだからこそ作れたゲームだ。ということを知ってもらいたいと思っています。
そして何よりゲーム開発者として新しいゲームシステムに挑戦した。そこが一番感じて欲しいところです。「攻殻機動隊S.A.C.」は、“新しいものを生み出したい”という私の想いに多くのヒントと方向性を提示してくれた作品でした。本作の人の繋がりを生み出すシステムは革新的だと自負しています。「攻殻機動隊S.A.C. ONLINE」を作れるのはとても光栄なことでした。
……もう少し突っ込んだ、少し難しい話をしましょうか(笑)。これは私がゲームの企画を提示するための資料です。「攻殻機動隊S.A.C.」をどのようにFPSで表現するか、それを考えるにあたり、私は原作を構成する要素を自分なりに分解していきました。
あくまで私の分析ですが、作品はいくつもの対比構造が描かれています。まず最初に作品で描かれるのは“個人”と“集団”の対比です。そして物語として“原因”と“結果”がある。そして“観念”と“現実”の対比もあります。個人にあたる「公安9課」、彼らは電脳ネットワーク社会に所属していますが、ハッカー達はハッキングによってその個人を潰そうとしてきます。逆にハッカーという個人をなくそうとする権力の物語でもあります。観念と現実の対比は、サイボーグである肉体と、魂とも言えるゴーストの対比でもあります。
そして「攻殻機動隊S.A.C.」そのものも、私たちのゲームのように“大衆に受ける要素”と、“コアである難解なテーマ”にわけられると思いました。まず「2030年という未来」、「公安9課という個性豊かなキャラクター達」、「サイボーグ、義体というSF要素」、つまり「未来世界のサイボーグ警察の物語」という、非常にわかりやすく魅力的な要素で多くの人を惹きつけている。主人公が女性というのもマスに向けたアピールだと思っています。
そして大衆性の奥、根底にあるのが作品の深いテーマです。「電脳ネットワークという概念」、「ハッカー達の存在」そして最も深い部分が「STAND ALONE COMPLEX」。電脳ネットワークによって可能となった、個人でありながら複合体として機能する新しいコミュニケーションであり、新しい社会、そして“新しい人類像”です。大衆的な魅力的な要素で観客を惹きつけて、制作者が考える新しい人類の姿を提示する。電脳社会の到来により、人類は進化し、変化する。それこそが「攻殻機動隊S.A.C.」と言う物語だと私は分析しました。
このテーマを、この要素をFPSで盛り込めるか? それこそが私の挑戦でした。公安9課のキャラクターをプレーヤーキャラクターとして、ハッキングはスキルで再現する。“並列化”という概念はチームワークで表現できると考えました。電脳メモリーはゲーム内の「チップセット」、ネットワーク概念はスキルシンクで再現しました。「キャラクター性」、「スキル性」、「キャラクターのカスタマイズ」、「スキルシンク」これが、「攻殻機動隊S.A.C.」をFPSで表現する要素だと考えつき詰めていきました。
「攻殻機動隊S.A.C.」はその独特な魅力と深いテーマ性のために、難解だという印象を持つ人もいるかもしれません。そのとき、「オンラインFPS」という“大衆性”で受け入れてもらえればと思っています。私なりの「攻殻機動隊S.A.C.」と言う作品への表現、と言う側面も持っています。
スキルと、スキルシンクは従来のオンラインFPSとはひと味違ったチームワーク、コミュニケーションを可能にすると思います。実は真の意味でのゲームのコンセプトはコアな「攻殻」ファンでありつつ、コアなFPSユーザーファンでなくては理解できないかもしれませんね(笑)。FPSユーザーとして「STAND ALONE COMPLEX」をいかに再現するかに挑戦しました。ちょっとテーマを突き詰めすぎたかな、という反省も少しありますが(笑)。
――ユーザーへのメッセージをお願いします。
チェ氏: FPSファンとして、「攻殻」ファンとして「攻殻機動隊S.A.C. ONLINE」を作ることができたのはとても幸せな体験でした。本作ならではのゲーム性が実現できたと思います。ぜひ遊んでみて下さい。
――ありがとうございました。
今回話を聞くことができて、チェ氏の熱意に圧倒された部分があった。インタビューする前は、オンラインFPSという“モデル”に「攻殻機動隊S.A.C.」のフレーバーをどう活かしていくかというくらいの興味だったが、チェ氏の強い思い入れは、「ゲームをプレイしている人間関係そのものが『攻殻機動隊S.A.C』の人間関係を体験できるようにしたい」という非常に挑戦的なテーマを持っているというのは、感心させられた。
ゲームとして「攻殻機動隊S.A.C. ONLINE」はキャラクター紹介にゲームシーンを入れているし、セリフの端々からも原作を思わせるものが出てくる。自分が公安9課の隊員になったかのような気持ちも感じられるゲームである。チェ氏の熱い想いが今後さらにどう盛り込まれていくかも注目したい。