インタビュー

「シルバー事件」HDリマスターについてグラスホッパー須田剛一氏に聞いた

「あの頃の自分にしか作れないゲーム」

2016年秋 発売予定

価格:未定

BitSummit 4thでのステージセッションの様子

 グラスホッパー・マニファクチュアは、京都で開催されたインディゲームの祭典BitSummit 4thに「シルバー事件」のPC版HDリマスターをプレイアブル出展した。「シルバー事件」は1999年に初代(PS1)から発売されたアドベンチャーゲーム。ゲームデザイナー須田剛一が設立したゲーム会社、グラスホッパー・マニファクチュアのデビュー作。その個性的な作風から国内に多くのファンがいるが、海外では発売されておらず、17年経った今でもローカライズが熱望されている。

 物語は、かつて24区で起こった伝説の凶悪事件「シルバー事件」の犯人、ウエハラカムイが病院から逃げ出すところから始まる。後を追った公安特殊部隊は1人を残して全滅。唯一生き残った男は、刑事たちとともにカムイを追いかける。ストーリーはオムニバス形式で、それぞれの章は本編に当たる[Transmitter]と、事件をライターが分析する[Placebo]という2つの視点から語られる。ストーリーには謎が多く、ファンによって様々な検証が行なわれている。また、本作には「シルバー事件25区」という携帯アプリのスピンアウト作品が存在している。こちらも須田氏がディレクターを務めている。

 BitSummitでは、会場からの生放送やステージイベントでも、須田氏自身が作品について解説した。プログラム自体は再利用することができなかったので、すべてUnityベースで作り直している。グラフィックスは背景など一部を新しく書き下ろしているほかは当時の素材を、解像度を上げて使っている。

 筆者も会場でプレイしてみたが、キャライラスト、背景、テキストが細かいウインドウに分割され、それぞれが動的に演出されており、ただテキストを読んでいくだけでも、ムービーを見ているような臨場感がある。方向を決めてから前進するという3Dマップの進み方などに、懐かしさを感じるPS1タイトルの面影を残しつつも、現代に通用する作品へと進化していた。

 今回は、会場で須田氏からリマスターについて話を聞くことができた。リマスター版は2016年の秋に、Steamとアクティブゲーミングメディアが運営しているインディゲームのポータルサイトPLAYISMからWindows用として配信される予定だ。パブリッシャーはグラスホッパーで、価格は未定。

【シルバー事件HDリマスター】

須田氏「このゲームは僕にしか作れない、原点であり聖域」

グラスホッパー・マニファクチュア代表取締役でゲームデザイナーの須田剛一氏

――今回BitSummitへは初参加というお話ですが、なぜ参加しようと思ったのですか?

須田氏: 今回は「シルバー事件」を出展することが目的です。今回は僕たちグラスホッパー・マニファクチュアからの発売です。もちろんアクティブゲーミングメディアのPLAYISMさんにはパブリッシュのサポートをしてもらってはいるのですが、パブリッシャーとしては初挑戦なので、立場としてはインディに近い立場で挑むことになります。

――自社でIPを管理するのですか?

須田氏: そうですね。アクティブゲーミングメディアはインディとの親和性が非常に高いメーカーなので、それもあって北米のPAX WESTでシークレット出展したり、ゲーマーイベント中心にやっていくというところに、僕らも同じイメージを持っていることもあって、BitSummitってゲーマーとの距離がちょうどいいイベントじゃないですか。ここでプレイアブル出展はいいタイミングではないかと思いました。

――PAX WESTはプレイアブルではなかったのですか。

須田氏: 映像出展だけです。シークレットだったので、「シルバー事件」とは告知せずに映像だけ流していました。

――大々的に発表するのは、このBitSummitが初ということになるのですね。どうして「シルバー事件」のリマスターをしようと思ったのですか?

須田氏: 「シルバー事件」だけが、海外のゲーマーが遊べない状態だったので、ずっと海外版は出したかったのです。当時リリースしたときにも海外版はなくて、もう10年くらい前からずっと移植をしたいと思っていました。しかしなかなか難しいタイトルというか、普通のベタ移植ならできるのですが、それをさらに日本語と英語にするということで。アドベンチャーゲームなので、膨大なテキスト量なうえに、シナリオもクセのあるものなので、これがなかなかクリアできない課題だったのですね。

 アクティブゲーミングメディアさんから、最初に「シルバー事件」をPLAYISMに出したいという話をいただいた時には、ただ出すだけなのはどうかなという思いがありました。でも、話をしていくうちに、翻訳業務はPLAYISMが得意な部分でもあり、内部には、3人の外国人スタッフが日本語版を何度もクリアしているという方で、そういう人間がダブルチェック、トリプルチェックするので絶対に大丈夫ですというオファーをいただきました。去年くらいから心が動いて、今年にはいって一気に実現しました。

――英語へのローカライズはPLAYISMさんが担当するのですか?

須田氏: 絶対に大丈夫と言ってもらったので。そこは信頼しています。ディレクターはダグラスというスタッフで、彼自身も英語のチェックができますし、愛情をもってやってくれていますから。

――日本語版のテキストは、ベタ移植なのですか?

須田氏: ほぼ当時のままです。一部時代に合わせて、ネタとして使えない百問組手というものがあるのですが、そこは変えますが、それ以外は同じです。

――どちらかというと、当時の時代観を感じてほしいということですか?

須田氏 :そうですね。物語自体を現代に合わせることはせずに、1999年当時の若干近未来が見えるような世界で出したいと思っています。

元のテイストを失わないように、慎重にローカライズされている

――「シルバー事件」をリマスターで初めて遊ぶ人も多いかと思いますが、須田さんからどのようなゲームなのか紹介してもらえますか?

須田氏: ジャンルとしてはアドベンチャーゲームです。ウエハラカムイという凶悪な殺人鬼が逃亡してしまっている。それを追い詰めていく刑事の物語です。テキストを送るだけという時間が非常に長いゲームなので、そこにいかに心地よさだったり物語の世界に入り込んでもらえるかというところに、徹頭徹尾エネルギーを注いで作ったゲームです。

 触ってもらえると、その瞬間に手足が泥沼に引き込まれるような、そういう心地よさと心地悪さが同居する不思議な感触のゲームだと思います。自分で作っておいて気恥ずかしいところもありますが、こういうゲームは誰も作れないだろうなと。たぶん今の自分でも作れないと思います。そういう唯一無二のゲームであるからこそ、若い人たちにも触ってもらって、不思議な体験をシルバー事件でして欲しいと思います。

――今だと、アドベンチャーゲームというよりもノベルゲームに近い印象がありますね。

須田氏: そうですね。ノベルゲームにいろいろなものを混ぜ込んだような。それもただのノベルではなく、毎シナリオごとに違いがあります。オムニバスなので、1つのシナリオは1~2時間くらいのサイズ感なのですが、毎シナリオごとにテーマが変わったり、読む先にいろいろな映像を使って、いろいろな表現にトライして作ったものです。そういった部分は、若い方たちも楽しめるのではないかと思います。

――リマスターということで、グラフィックス的にはクオリティが上がっているのですか?

須田氏: 2Dに関しては、もともと宮本崇さんというイラストレーターがうちにいて、今は外部で活躍されているのですが、彼がそもそもかなり高解像度で描いていたのです。ですからそこは実際の絵がそのまま再現できています。ムービーに関してはいろいろなツールを使ってきれいに解像度を上げています。背景はすべて書き起こしです。作り直しは背景と一部のムービーになると思います。いくらでも綺麗にできる時代なので、そこはPS1のポリゴン感を残しながらですね。ただ本当にPS1当時のままだとショボイので、直せるところは直すのですが、ローポリのアート感というか美しさみたいなものは残したいなと思っていて、そこはワンシーンごとに丁寧にチェックして、ああしようよ、こうしようよということは見ていますね。

――リマスターするにあたって、なにか新しい要素を入れようとは思わなかったのですか?

須田氏: これまで伝説のゲームがたくさんリマスター化されているじゃないですか。それを遊んだ時に、これはやり過ぎちゃってるなと感じることがあるのですね。いちゲーマーとして。自分が「シルバー事件」のリマスターに何を望むのかということについては、すごく正直な感覚をもって、やりすぎないようにやっています。新しいものを入れ過ぎない、かっこよくし過ぎないということです。

――ああ、ここを変えちゃったのかと感じることはありますね。

須田氏: そうなのですよ。遊んだ人をがっかりさせるようなものにはしたくないですから。ただ、若い人たちや海外の人たちは、初めて遊ぶ人ばかりなので、その人たちが見ても新鮮な、新しいゲームと感じられるように微妙な塩梅を考えながらやっています。

――ご自分でも、みっちり触られるのは10数年ぶりになるかと思いますが、どうでしたか?

須田氏: まだ、みっちりというほどでもないです。シナリオを順番にやって、徐々にインストールされている状態なので。でも意外と色あせてないなという感想ですね。

――これくらい時間が空くと、第三者的な目で見られるかと思いますが。

須田氏: 見られますね。こんなゲームだったんだ、と。もう結構忘れているので新鮮ですね。いろいろチャレンジしてるなと。このゲーム作った人間は、頑張ってやってるじゃんという感じで、自分が作ったものですが刺激になりますね。変な話ですが。

――若い頃の自分の感性じゃないですか。それを今の自分から見て、どう評価されますか?

須田氏: 肩に力が入りすぎてていいと思います。すごく力が入り過ぎてますね。もうすごいギンギンです。

――原点といっていいゲームですものね。

須田氏: まさに原点ですね。グラスホッパーがヒューマンから独立して、アスキーのバックアップはあったのですが、インディペンデンスで立ち上げた会社なので、インディだったのかなという気はしなくもないです。もうヒューマンもアスキーという会社もないので、それらの会社のインディ精神を受け継ぎながらやっている感覚もどこかにあるので。特にヒューマンに関していうと、ヒューマンの残党という意識を持っているので、そこはBitSummitでもヒューマンイズムを大切にしていきたいと思っています。

――最初に所属した会社って、特別な思い入れがありますね。

須田氏: チャレンジングなゲームをたくさん作っていた会社です。インディゲームの特徴って、大手ゲーム会社ではできない、本当の意味での挑戦だと思うのですね。特に新しいゲームデザインを生み出すというところでは。メジャータイトルは多くの人にプレイしてもらうために定石の中で作らなくてはなりません。インディは定石なしで、すべて新しいチャレンジができる。遊び自体もそうですし、コントローラーの入力もそうなのですが、その感覚こそインディじゃないですか。ヒューマンってそういう会社だったと思うのです。そういう雑味のようなものがある会社で、それは今のインディに通じるものがあって、もし今日の会場にヒューマンのゲームがぽつんと置いてあっても何の違和感もなくて、逆にめちゃくちゃ光るんじゃないかと思います。

――当時のゲーム開発は、今のようにシステマティックではなく、割とやりたいことをやっちゃうという雰囲気がありましたね。

須田氏: そうですね。研究でどんどんやっていって、上もゆるくて、ここまでやっておけば、あとは好きにしてもいいよという感じだったので、自由な雰囲気はありましたね。インディも同じですよね。いろいろな制約はあるとしても、みなさん、自分たちが作りたいものという自由度をもって作られている。

――今回はPC版ですが、今後スマートフォン版も出る予定はあるのですか?

須田氏: Unityベースで作っているので、もちろん検討はしますね。

――その場合、「25区」も一緒に出すのですか?

須田氏: また別にはなると思いますが、「シルバー事件」リメイクの本当の目的は「25区」なので、これは僕自身も切望しているのです。僕は当時からソフトバンクユーザーなので、自分でもデバックでしか遊べなかったんですね。しっかり通して遊んだことがないので、、僕もちゃんと遊びたいなと。まずは「シルバー事件」を国内外で数字的に成功させて、その先には「25区」が必ずあるので、それを目指しています。

――今回のリマスターは、これが出たら終わりというわけではなく、ここがスタートなのですね。

須田氏: そうですね。とにかくファンの人達を待たせてしまったので、僕は9年前に、ニンテンドーDSに移植すると言ってるのです。

――そこから待たせてしまっているのですか?

須田氏: 9年間待たせているので、「25区」までしっかり出したいなと。

――それはもう絶対に守らなくてはならない約束ですね(笑)。

須田氏: 実現させるつもりで、アクティブゲーミングメディアさんにも、日本でも海外でもちゃんと売りましょうと言って、計画をいろいろと練っています。アメリカやヨーロッパのゲーマーにも触ってもらえるよう、今計画しています。

――コンシューマタイトルとして出すような計画はあるのですか?

須田氏: 今のところはありませんが、もちろんプラットフォーマ―さんから面白い提案があれば、ドシドシお待ちしております。

――今回、この会場にある若いインディ製作者の作品を見られてどう思われましたか?

須田氏: 実はまだきちんと見れてはいないのですが、ただ今インディをピックアップする記事を書かせてもらっているので、目にする機会は多いです。面白いのはもちろん面白いのですが、みんなゲームをよく知っているというか。ゲーマーとしてではなく、自分がプロのゲームデザイナーになったとして、自分たちでゲームを出すときに好きなものをいかに昇華させていくのか。新しいデザインをどう入れていくのかを考え抜いている感じはします。

 例えばインディには、サイドスクロールのゲームは多いですよね。そこだけはフォーマットとして採用する。でもその横移動の中で、そこから先はどのゲームもオリジナルなのですよ。そこの配分が非常にうまいというか。この間遊んだ「Pony Island(ポニーアイランド)」というゲームは本当に狂っていて、ゲームのコアがバグのところにあるのです。これはすごいなと。

――バグ利用をして進めていくゲームなのですね。

須田氏: そうなんですよ。壁を突き破って射貫いてくる感じですね。そこが面白いですね。すごい若者がたくさん出てきて嬉しくなっちゃいますね。

――BitSummitは非常にグローバル色が強く、今回も海外と日本のインディが出展していますが、海外と日本のインディで差を感じることはありますか?

須田氏: 日本にはもともと同人ゲームがあってそれがインディだったと思います。インディという概念は西洋から来たものですが、だんだん日本のゲームもその特徴に近くなっている気がします。要は、あまり大きくせずに自分のパーソナルなものをいかにゲームにしていくか。それは自分の好きなことだけではなく、自分の身の回りで起きた出来事だったり、非常にパーソナルなものです。だから血の通ったものになるのですが、

 そういうものが最近日本のゲームにも増えている気がします。シューティングゲームが好きだからシューティングゲームを作るのではなくて、自分がどういう人生を送って、どういう仕事をしているから、それをいかに世界のゲーマーたちに遊んでもらうかを、非常にパーソナルな視点からゲームに落とし込んでいると思います。ただ単に好きというだけではないところに、作家性というか、ゲームデザイナーが持っている視点がうまく組み込まれてゲーム化されている気はします。そのほうが世界中の人に伝わると思うのです。

――表現としてのゲームになってきているということですか?

須田氏: そうなのです。そこに、さらに遊びとして新しいアイデアを組み込んだり、とにかくみなさんお上手ですね。

――今回もポンプで操作するゲームのような個性的なものがありましたね。

須田氏: 面白そうですね! あっ、隣のブースだ。まだ遊んでいません。

――最後に、ファンに向けてメッセージをお願いします。

須田氏: 今年、まず「シルバー事件」が出ます。その先にある「25区」は完全なお約束ができるわけではないのですが、必ずやそこまでもっていきたいと思っています。あとは先日、[Placebo]編を担当している大岡まさひさんと久々にお会いして、「何か新しい話書けるといいですね」と言うと、「書きますよ」と。ただ、順番的には僕が必ず表の[Transmitter]編を書いてからの[Placebo]ですからと。いつもそういう順番で、僕が書いた[Transmitter]を、大岡さん自身のライター視点で掘り下げていくのが[Placebo]というスタイルなので、「須田さんが書かなきゃ書けないので」と言われました。ですので、書けるコンディションになったら、新作のシナリオをちょっと考えています。書けなかったら、すいません(笑)。「シルバー事件」は自分でも、そう簡単に書いていいものじゃないのです。すごい聖域なので。ヘタなものを書くと、逆にファンの人に怒られてしまいますから、「もう須田は終わったな」と(笑)。

――書くのに、かなり勇気が必要ですね。

須田氏: めちゃくちゃ勇気がいりますよ。怖いですね。

――そのあたりの心の準備も整ったらということですか?

須田氏: その通りです(笑)。

――ではファンの応援が必要ですね。

須田氏: そうですね。ファンのみなさんに応援していただいてこそ「シルバー事件」がまた次へと走り出していくことになると思いますので、ぜひ応援してください。

――ありがとうございました!