【特別企画】

久夛良木健氏「世界最先端の技術を生み出していったのがゲーム業界」。PlayStation開発からAI時代までを語る

CERECオープニングセレモニーが電気通信大学で開催

【大学とゲーム業界の本音・これからの大学に期待すること】
9月29日 開催
会場:電気通信大学

 電気通信大学は9月29日、ゲームを中心とした研究教育拠点「エンタテインメント創造研究教育センター(CEREC)」の発足を記念したオープニングセレモニーを開催した。

 本イベントには、「PlayStation」の生みの親として知られる久夛良木健氏が登壇。電気通信大学 学長の村松正和氏とともに、「大学とゲーム業界の本音・これからの大学に期待すること」をテーマとしたパネルディスカッションを行なった。

 会場ではこのほかにも、CERECの取り組み紹介や、ゲーム業界で活躍する同大学卒業生によるパネルディスカッションなどが実施された。本稿では、久夛良木氏が登壇した最初のセッションを中心に、その模様をお届けする。

写真左から、CEREC 特任准教授の簗瀬洋平氏、CERECセンター長の野嶋琢也氏、電気通信大学長の村松正和氏、電気通信大学特別客員教授の久夛良木健氏、独立行政法人日本芸術文化振興会 審議役の山田亜紀子氏

ゲームを“分野横断的な創造工学”に。CERECが目指す人材育成

 冒頭では、電気通信大学長の村松正和氏が挨拶。政府が掲げる17の戦略分野のひとつに「コンテンツ」が位置づけられていることを紹介し、その中でもゲームが大きな割合を占めていることに触れた。

 村松氏はゲームについて、AIや半導体をはじめとするさまざまな先端技術が交差し、新しい体験や価値を生み出す「分野横断的な創造工学分野」であると説明。社会の要請に応じて教育・研究領域を広げてきた電気通信大学の新たな取り組みとして「CEREC」を設立したとし、今後は産業界とも連携しながら、ゲーム・エンタテインメント分野で活躍する人材の育成や研究を進めていきたいと述べた。

政府が掲げる17の戦略分野にはコンテンツも含まれている

 続いて、CERECセンター長の野嶋琢也氏が登壇し、センターの目的やこれまでの取り組みについて紹介した。CERECは2026年1月に設立された研究教育拠点で、電気通信大学が持つ幅広い研究・教育分野をエンタテインメント創造の基盤として活用し、学生や研究者、産業界が交流しながら「感動をつくりきる力」を持った人材の育成を目指している。

 中でもゲームは、情報技術やAI、VR、ロボティクスなど、多様な技術や研究領域を横断して活用できる分野として位置付けられている。CERECでは、企業と連携したゲーム制作のPBL(Project Based Learning ※ )や作品制作の相談、コンテスト・展示会への出展支援などを実施。さらに10月からは、ゲーム開発の現場で活躍する実務家らによる講義などを組み合わせた大学院副専攻「エンタテインメント創造研究」もスタートするという。

※: 課題解決型授業。学習者が自ら課題を見つけ解決を目指す取り組み

ちなみに「CEREC」はCreative Entertainment Research & Education Centerの頭文字から名付けられたものだ

ゲームが次の段階へ進む大きな変わり目に来ている

 続いて、今回のメインともいえる久夛良木健氏が登壇するパネルディスカッションへ。村松正和学長に加え、モデレーターとして野嶋琢也センター長も参加し、「大学とゲーム業界の本音・これからの大学に期待すること」をテーマにセッションがスタートした。

 久夛良木氏はまず、現在のゲーム産業の規模について言及。ゲームソフトだけでも約30兆円規模に達しており、音楽や映画、テレビなどを含めたエンタテインメントの中でも非常に大きな分野になっていると説明した。

 自身が大学に入った1970年代初頭は、マイクロプロセッサーが登場したばかりの時代だったと振り返り、そこから半世紀ほどの間にコンピューターを使った新しいインターフェイスや表現が次々と生まれ、ゲームがひとつの大きなエンタテインメントジャンルとして定着していったと紹介。そのうえで、ゲームは成熟して終わった産業ではなく、これからさらに大きく変化していく分野だとの見方を示した。

 その一方で、最近のゲームについては、映像表現こそ大きく進化しているものの、コンテンツそのものには停滞も感じているという。実際に最近のゲームを見てもそうした印象を持っているそうで、現在はゲームが次の段階へ進む大きな変わり目に来ていると語った。

 初期のコンピューターゲームでは、入力に対してすぐに映像や音が反応する「リアルタイム性」そのものが大きな魅力だったという。しかし、当時のゲーム機で表現できる世界は基本的に2次元であり、その限られた空間の中でさまざまなゲームが作られていた。

 一方、コンピューター技術そのものは日進月歩で進化していた。久夛良木氏は、そうした技術を使えばゲームの表現もよりコンピューターで生成できるのではないかと考え、任天堂に「まずは進化させましょう」と提案したという。そこで、当時1台25万円ほどしたデジタルシンセサイザーの機能を、ひとつのコンピューターチップの中に設計し直して収めた。

 こうして任天堂の16ビットゲーム機では、それまで以上に豊かなサウンド表現が可能になったという。久夛良木氏はスクウェア・エニックスの「ドラゴンクエスト」や「ファイナルファンタジー」などを例に挙げ、ゲームでオーケストレーションを思わせる音楽を楽しめるようになったことには、大きな意味があったと振り返った。

 しかし、音が進化した一方で、映像は依然として平面的な2次元の世界とオブジェクトが中心だった。当時はPCやワークステーションの世界でも、3次元CGをリアルタイムに扱える環境はほとんど存在しておらず、久夛良木氏は次にその壁を越えようとした。

 そこで久夛良木氏らは、「それなら自分たちで世界を加速させよう」と、世界中の技術や知見を集めながら新たなグラフィックスチップやアルゴリズムを開発。そうした技術を3万9,800円の初代PlayStationに投入し、「リッジレーサー(ナムコ)」のような3Dゲームを家庭で楽しめる環境を実現していったという。

 久夛良木氏が特に強調していたのが、ゲームにおけるレスポンスの重要性だ。シリコングラフィックス ※ など、当時すでに3次元CGをリアルタイムに描画する高性能なコンピューターは存在していたものの、シミュレーションなどを目的としたシステムとゲームでは要求されるものが異なるという。ゲームでは、コントローラーを操作した瞬間に画面側が反応する必要があり、単に映像をリアルタイムで生成するだけでは不十分だった。

※: 業務用PCを製造していたアメリカの企業。様々な製品を展開した

 久夛良木氏はこれを「リアルタイムはリアルレスポンスでなければならない」と表現。PlayStationの開発では、こうしたゲーム特有の要求に合わせてアーキテクチャーやアルゴリズムそのものを作り直していったという。

 久夛良木氏はこうした歴史を踏まえて、ゲーム産業は単に他分野で生まれた最新技術を利用してきたわけではないと指摘する。PlayStation以降も、より高度なグラフィックスや高速な処理を実現するため、新たな半導体技術やコンピューターアーキテクチャーが次々と求められてきた。つまり久夛良木氏が強調したのは、ゲーム業界は最先端技術を追いかけてきたのではなく、むしろ「世界最先端の技術を生み出していった」側だったということだ。

 また、「ゲームはおもちゃ」と捉えられることもあるとしつつ、実際の開発現場では世界中の技術者や研究者が集まり、新しい技術を生み出しながら産業そのものを発展させてきたと語った。かつて日本のゲームメーカーが世界市場で大きな存在感を示していた時代にも触れつつ、現在ではゲーム開発そのものが国境を越えて行なわれる時代になっていると説明した。だからこそ、これからゲームやエンタテインメントを研究・教育していくCERECには、世界中の技術や知見を取り込みながら、次の時代を担う存在になってほしいと期待を寄せた。

 久夛良木氏の話を受け、村松正和学長も「まさにCERECでは、そうした人材を育てていきたい」と語った。そのために重要なのは、その時々の最先端技術に通じた人材が集まり、互いにコミュニケーションを取りながらチームを作り、新たなものを生み出していくことだという。

 学生一人ひとりがそれぞれの専門性を極めたうえで、異なる分野の人材とつながり、ゲームやエンタテインメントを生み出していく。そうした場を作ることも、CERECの狙いのひとつとなっている。

 これに対して久夛良木氏は、最先端技術の進化は特定の国や地域に限ったものではなく、中国や北欧などでも急速に進んでいると指摘。かつて欧州ではゲームを「子どものおもちゃ」と見る向きもあったが、現在ではさまざまな技術やツールの開発が進んでいると語った。

 また、日本ではチームを作る際にも、企業や大学といった組織の枠にとらわれがちだと指摘。国や所属を越えて異なる分野の人材が集まることに加え、自分から「ここにいる」「こんなことをやっている」と積極的に発信し、コミュニケーションを取ることが、新たな議論やものづくりにつながっていくとの考えを示した。

 今回のイベントに参加していた学生など、これからゲームを作っていく若手へのアドバイスとして、久夛良木氏は「ゲームに限らず、絶対に外せないのは好奇心である」と断言した。生まれたばかりの子どもは、好奇心によってさまざまなことを学んでいくが、大人になるにつれて、その感覚を少しずつ忘れてしまうという。

 脳のシナプスも、生まれる前から最大限のネットワークが形成されているものの、同じことばかりを繰り返していると、使われないつながりが減っていく。大人になって「こんなものか」と思ってしまえば、そこで成長も止まってしまう。だからこそ、いつまでも「永遠の少年、少女」であってほしいと呼び掛けた。

 また、自分の好きなゲームを作るだけなら趣味の世界にとどまるとも指摘。世の中を変えていくためには、ひとりで完結するのではなく、多くの人と一緒に作り上げていくことが大切だと語った。

 こうした「自ら学び続ける姿勢」の話を受け、村松正和学長はAIについても言及した。生成AIをはじめとする技術が急速に普及するなかで、「AIに使われる人間になってはいけない」と語り、学生にはAIを正しく使いこなす力を身につけてほしいという。教員に対しても、AIを活用することで授業をどのように変えていけるのか、考えてみてはどうかと提案しているという。

 AIを使いこなし、自分が本当にやりたいことを実現できる人材になってほしい。村松学長は、そのためにも新しい技術をただ受け入れるのではなく、自らの成長を目指して学び続けることが大切だとの考えを示した。

 AIとどのように付き合っていくべきかという話題について、久夛良木氏は「AIはすごいと言われているが、生まれたばかりの赤ん坊だと思ってほしい」と語った。さまざまな情報を吸収し、多くのシナプスがつながっているような状態であり、調べものをすればすぐに答えを返してくれる。しかし、それらはあくまでも過去に蓄積された情報をもとにしたものだと語る。

 では、未来を作るのは誰なのか。久夛良木氏は、それは「我々人間とAI」だと説明する。これから求められる「スーパーヒューマン」とは、AIとともに成長していける人だという。一方で、AIを使って既存のフレームワークをただ拡張するだけでは不十分であり、そこから新しいものを生み出していくことが重要だと語った。

 また久夛良木氏は、AIを使いこなすこと自体は、もはや当たり前になりつつあると指摘。重要なのは、その先にあるAIの成長を促し、AIそのものをさらに進化させていくことだという。そして、そうした進化を「誘起」できる人、つまり新しい変化を自ら仕掛けられる人が、これから求められていくと語った。

 最後に久夛良木氏は、学生たちに対してコミュニケーションの重要性を改めて強調し、多くの人と共創しながら新しいものを作り上げてほしいと呼び掛け、本セッションを締めくくった。

 ゲームを単なるエンタテインメントとしてではなく、最先端技術を生み出す原動力として捉えてきた久夛良木氏。今回のセッションでは、PlayStation開発当時の経験からAI時代の人材像まで、幅広いテーマが語られた。CERECが掲げる分野横断的な教育や産学連携から、今後どのような人材や新しいエンタテインメントが生まれてくるのか注目したい。