佐藤カフジのVR GAMING TODAY!
思わず、目を背けてしまった。渾身の「サマーレッスン」体験レポ
わかっていてもダマされる。プロの仕事が実現したVRキャラの圧倒的“真実味”
(2015/7/21 12:00)
PS4向けVRシステム「Project Morpheus」の存在を、一躍ノンゲーマー層にまで知らしめたキラータイトル。それはVRファンのみなさんならずともご存知であろう、バンダイナムコエンターテインメントのTEKKEN Projectが開発中した技術デモ「サマーレッスン」に他ならない。
「サマーレッスン」は昨年9月にその存在が明らかにされて以降、話題性が先行する形で注目度が極端に加熱。あまりの注目度の高さに需要に応じきれないとして東京ゲームショウ2014での出展とりやめ、その後開催されたProject Morpheus体験会での圧倒的人気ぶり、そして国内外の一般メディアまでも巻き込んだ議論と、Project Morpheus専用タイトルの中で格別の注目を浴び続けてきた。
そして去る6月に開催されたE3 2015では、新キャラクターのアメリカ人ミュージシャン「アリソン」が登場する新バージョンが披露され、現地のメディアからも総じて、体験済みの人々からは特に高い評価を受けるに至っている。
そんな大騒ぎを横目に見つつ、本作の体験機会を得られずにいたのが誰あろう、私である。Oculus Rift DK2も、Crescent Bayも、Morpheusも、FOVEも、その他のHMDもかぶりまくる日々。体験したVRアプリの数は100を超える。なのにどういうわけか「サマーレッスン」だけ、体験する縁がなかったのだ。
自称“VRゲーミングおじさん”として生きていくつもりの私にとって、これは致命傷だった。E3 2015でも結局触れずに終わった6月下旬、いよいよ、一念発起。VR記者として欠けていた最後のピースを埋めるべく、バンダイナムコエンターテインメントに突撃取材を敢行。ついに「サマーレッスン E3 2015 DEMO」の体験に成功したのだ!
VRコンテンツを浴びるほど体験してきた筆者が「サマーレッスン」に勝負を挑む!
「サマーレッスン」は現在のところ、VRにおける表現手法や製作ノウハウの検証を主目的とする技術デモという位置づけだ。開発を担当するのは「鉄拳」プロジェクトディレクターの原田勝弘氏が率いる少数精鋭の開発チームで、コンテンツ内容は小規模ながら、VRならではの存在感、没入感をひたすら磨くという、まさに実験的タイトルになっている。
内容としては、非常に高いレベルの現実感を伴ったVRキャラクターとのコミュニケーションを楽しむ、というところに骨子がある。E3 2015バージョンではその登場キャラクターをアメリカから旅行中のミュージシャン「アリソン」とすることで、海外メディアにも魅力がわかりやすく伝わったのだろう、国際的にも絶賛を受けることになった。
その評価たるや「恋に落ちた」、「ドキドキが止まらない」、「もう一度会いたい」といった感じで、まるで人間に対するもののようだ。そういったピュアすぎる各紙の評論を見るにつけ、筆者は、「そんなわけねーだろ!」と異議申し立てをしたい気持ちがどんどん高まってきていた。少々大げさすぎるのだ。期待を煽るだけ煽って、いざ出てきたものがユーザーを失望させるというのが、VR界にとって、一番こわいことなのだ。
ほぼ毎日のようにOculus Rift DK2をかぶり、様々なVRコンテンツを浴びるように体験し、MMD(MikuMiku Dance)界隈の高詳細3Dキャラを使った研究(息抜きともいう)も長期に渡って行なってきた筆者としては、VRヘッドセットを通して見るキャラクターのかつてない実在感を認めつつも、そこかしこにある「嘘くささ」を見抜く能力を身につけているという自負もある。
どんなにそれっぽく描かれていても、VRキャラというのはポリゴン仕立ての木偶人形に過ぎないのだ。「サマーレッスン」なにするものぞ。筆者をしてフォーリンラブせしめることなど不可能。むしろ、真正面から徹底的に観察し、VRキャラとしての出来栄え、そこにある嘘くささを検証して、VRキャラの再現性における将来的な課題を見つけようと意気込んでいた。
そうして、いよいよ「サマーレッスン」を初体験……。
おもむろにMorpheusをかぶる。仮想の視界が開けてくる。そこは海辺の日本家屋、大海原を一望する開放的な縁側に、私はぽつねんと座っていた。ふと、優しげなギターの音色が聞こえてくる。その方向に目を向けると、縁側でギターを弾くアリソンがいた。よし、ポリゴン仕立ての仮想キャラクターよ、そこに込められた作り込み、動きの説得力、人間らしさのために注ぎ込まれたノウハウを、しっかりと検証していこうではないか。
一人勝手に気合を入れていると、演奏を終えたアリソンは立ち上がり、こちらへ数歩、近づいてきた。「あなたが、日本語のセンセイ……ですか?」。
柔和な笑顔で、プレーヤーの応答を促す。美しい。よくできている。人間らしい質感に見えた。数メートル離れた位置からでは、ポリゴンっぽさなど皆無。降って湧いてきた嬉しいシチュエーションに思わず頬が緩む。だが待て、この程度の存在感なら既に知っている。DK2+野良アプリでも、これくらいの存在感は経験したことがある。
なおも会話を交わしながら筆者の目前をゆるゆると横切るアリソン。遠近の動きを交え、立体視とヘッドトラッキングによる存在感・臨場感をアピールしているのだろう。手を伸ばせば触れられそうな存在感に、じわりと感動が湧いてくる。その動きもしなやかで、自然そのもの。危うくそれが本物の人間だと、騙されそうになる。
しかしこのままでは筆者まで作品世界に溶け込み、完全にお客さんになってしまう。そこで負けじと半ば立ち上がり、顔を前に付きだして、モデルの詳細をチェックしてみた。自身の頭を逆さまにもしながら普通ありえない角度で3Dモデルの作り込みをしつこく観察する。極めて高詳細な3Dモデルだ。ぱっと見では、CG臭さをまるで感じさせない、入魂の一品である。
そうして無理に顔を近づけていると「何してるの!」と露骨に嫌がられた。VRキャラに拒否されたのは生まれて始めての体験だ。そういうのもあるのか。ちょっと心が折れそうになる。が、気を取り直す。
そういうスクリプトなんだな。OK。ちょっと申し訳ない気持になったが、気の迷いに過ぎない。私にとって、きみは依然としてポリゴン式の機会人形に過ぎない。人間なんかじゃない。そのポリゴンに顔を突っ込みながら、なおも作りこみを確認していこう。
本能が「これは人だ」と訴える。思わず目を背けた筆者の敗北感
という感じで、筆者の孤独な戦い(=VRキャラ品質検証の努力)は続いた。そこでふと、隣に座り、日本語の教科書を取り出して、「これがよくわからないの」と教えを請うアリソン。彼女が手に持つ教科書をちゃんと見ようとすると、体をグッと近づけなければならない。これは罠に違いない!
スクリーンショットで見るよりも、ずっとずっと、接近感がある。目前にせまるふくよかな胸部、その下に見える健康的な太ももにドキリ。それどころか、こちらに向けるのは無邪気な笑顔。天使のごとき無防備さである。髪に顔を近づけるとふわっといい匂いが(錯覚)……あかん、こりゃかわいい。
彼女のくるくると変わる表情、一挙一動の説得力。そこに、CGキャラっぽい違和感はほとんど見つけられなかった。そして気がつけば、筆者はこのVRキャラクターの顔を直視できなくなっていたのである。
いや、まて、検証だ……検証をしなくては……。なおも心理的抵抗を続けるものの、本能が拒否しはじめる。「これは人だ。本物の人間だ」。
違うぞ、ポリゴン人形だ!よし、眼球シェーダーがどうなってるか、ゼロ距離で見てやる!髪の毛の房にどれくらいポリゴンを割いているか、嫌がるのも無視してガッツリ観察してやる!
……すいません、できません。目を合わせられません。さっきはすいませんでした。生き方を間違えました。もうしません。心よりお詫び申し上げます。もしよろしければお友達から始めさせてください……。
体験を終えて思う。厳しく検証するつもりで臨んだ、VRキャラ「アリソン」との対面。結局、彼女の魅力にしてやられる結果となってしまった。
気がつけば、筆者は、まるでリアルでそうであるように、魅力的な女性を目の前にしながら、カチコチに固まり、借りてきたネコのようにオドオドし続けるだけの存在と化していた。もはや、アリソンの顔をまともに見ることすらかなわない。心理的敗北。「サマーレッスン」の大勝利である。
バンダイナムコエンターテインメント、鉄拳プロジェクト恐るべし。そのVRクオリティは筆者の期待や想像を上回るレベルに達していた。体験を終えた筆者はほのかな敗北感とともに、プロのクリエイターが本気で取り組んだらここまでのもの、あるいはそれ以上のものを得られるのだという確信を手に入れた。わずか5分少々の体験であったが、DK2+野良アプリによる100時間超えの経験よりも、遥かに価値のある体験であった。VRは、やっぱり凄い。
このレベルの存在感、実在感、人間らしさを再現可能であるのなら、例えば筆者のようにリアルの女性を前にするとドギマギしてしまう人間の、心理的トレーニングや適応障害のリハビリテーションなど、シリアスな用途にも応用できるかもしれない。これは社会を変える可能性すら孕んでいる。
だが、「サマーレッスン」がパーフェクトなVR体験だったと言うつもりはない。デモ序盤においてまじまじと観察した結果、やはりキャラクターには各所に、些細なレベルながらポリゴンくささがあるし(例えば服の襟口、袖口など、数センチまで近づくと露骨にカクカクしている)、動いているところをよくよく見ると、本物の人間なら揺れるべき部位(胸、尻、二の腕、太もも、その他、肉が余ってる部分)が揺れていなかったりするので、だんだん硬そうに見えてくる。
それに、当然ながら手を伸ばしても触れられない。キャラに頭を突っ込むと画面が暗転する。いかにもゲームっぽい話だ。Morpheusの解像度も、このレベルのコンテンツに対しては多少物足りない感じもある。見たい部分を凝視すればするほど、パネルの網目感が気になる。だから、作中の現実感を充分に享受するためには、一定の脳内補完や、行儀の良いプレイなど、プレーヤー側からの歩み寄りが少なからず必要だ。
それであっても、本能レベルで「これは人だ」とダマされるのは、表情、仕草、会話、それらが作り出すシチュエーション全体が、極めて真に迫っているからにほかならない。映像だけでなく、それらのトータルでプレーヤーをダマす。ダマされる。それが「サマーレッスン」において、鉄拳プロジェクト精鋭部隊が注いだプロの仕事。PC向けの野良アプリではおそらく到底実現不可能な、VRコンテンツ製作の、現時点における最高峰なのである。
その仕事はいかにして成されたか。本プロジェクトを率いる原田勝弘氏のビジョンとはなにか。デモを終えて、俄然、そのあたりに興味が移ってきた。即、インタビューに突入。次回はその模様を届けしよう。お楽しみに!