佐藤カフジのVR GAMING TODAY!

「Microsoft Hololens」が示すコンピューティングの未来

VRとARが交差するとき、万人のための“Mixed Reality”が結実する!

【著者:佐藤カフジ】

 FacebookのCEOであるMark Zuckerberg氏や、Oculus VRの設立者であるPalmer Luckey氏は、VRの未来について最も楽観的な人物の代表だ。その彼らも現行世代のVRが即座に大成功を収めるとは考えていない。彼らはどちらも、VRがスマホ並のメインストリームデバイスになるまで今後5〜10年はかかると見ている。

 その理由は明確だ。今のプレミアムなVRシステムは、VRデバイスに加えて別途ハイエンドなPCもしくは据え置き型ゲーム機が必要で、ケーブルにも囚われているから、特定の場所でしか使えない。逆に“いつでもどこでも”がウリのGearVRのようなスマホ系VRは、ヘッドトラッキングのみでポジショナルトラッキング機能がなかったり、体感的な入力機能が欠けており、VR体験のレベルがまだまだ低い。

 VRがスマホ並に普及するためには、これらのシステムがそれぞれの弱点を克服し、スマホのように快適で手軽で、かつ高い実用性も備えたオールインワンのシステムになっていく必要がある。では、その理想をいちはやく実現しようとしているのは何か?それは、Microsoftが開発中の「Hololens」に他ならない。今回は「Hololens」を取り上げたい。

Microsoft Hololens

普及のカギは“Mixed Reality”(混合現実)。Hololensが目指すものとは?

10月7日、Hololensの新しいデモとともに開発者版の2016年初頭リリースが発表された

 Hololensは、Microsoftが提唱するホログラフィック・コンピューティングの世界を具現化するためのウェアラブルコンピューターだ。今年1月に初めてその存在が世間に公表されたのち、GDCやE3といった数々のパブリックイベントやMS自身によるプライベートイベントで度々露出されてきたが、去る10月7日、ついに開発者向けのバージョンが2016年初頭に出荷されることがアナウンスされた。

 これはVRゲーミングにとっても大きなニュースといえる。その理由は、上で述べたとおり。Oculus RiftをはじめとするプレミアムなVRシステムや、Google CardboardやSamsung GearVRをはじめとするスマホ向けのVRシステムは、それぞれの弱点を克服していく課程で、最終的にはHololensのような形に統合されていく可能性が高いためだ。

【Minecraft with Hololens】
Hololensが目指すホログラフィック・コンピューティングのイメージ
内部パーツイメージ。複数の深度カメラ、光学カメラ等のセンサーを搭載し、カスタムパーツがギッシリ

 ところで、「Hololens」の価格は3,000ドルと発表された。これを高いと見るか、安いと見るか? SNS界隈の意見を見ていると「高い!」と言う人も少なからずいるが、この価格、筆者にとってはおおむね予想どおりだった。

 開発者版をリリースする狙いは、いま利益を取るためではなく、将来の利益を生み出すための先行投資だ。だから、このHololens開発版の価格はほぼ製造原価だろう。それなのに3,000ドルという値段がついているのは、量産型ではない、専用のカスタムパーツの塊のようなデバイスだからだ。

 ユーザーのジェスチャー、その周囲の風景をリアルタイムに3Dデータ化するた数十のセンサー類、それを統合するMSオリジナルのHPU(Holographic Processing Unit)。それをアプリ側の処理と組み合わせ、映像を作り出すIntelの最新Atomプロセッサー、出来上がった映像を網膜に投影するカスタム設計のディスプレイデバイス。枯れた技術、量産済みの部品、というものが何ひとつないのだ。

 特に複数の深度カメラと光学カメラやIMUを統合するHPUは、技術基盤としてはKinectに源流があると見られるもので、ユーザー周囲のリアルの環境と、CGとして出力される仮想物体を混合するための核心部分。Microsoftによればこのチップは各種センサーから届けられる秒間テラバイト単位のデータをリアルタイムに処理する能力を持つという。これが事実であればハイエンドPCすら遥かに凌ぐパワーだ。

Horographic Processing Unit。Microsoft独自技術に基づくコンピュータチップだ

大量のカメラ類がビルトインされたセンサーユニット
独自方式でホログラフィックの網膜投影を行なう光学ユニット
現実の風景を主とするパターン
仮想の風景を主とするパターン。Hololensは両方ができる

 GoogleやOculusもこの手の技術(SLAM:Simultaneous Localization and Mappingと呼ばれる事が多い)について研究開発を進めているが、使用するセンサー数や処理能力は限定的で、Hololensのものに比べればかなり見劣りする。それほどのものを単体のウェアラブルコンピューターに統合しているのだ。かつて業務用のVRヘッドセットが数百万円するのが当たり前だったことを思えば、3,000ドルはむしろ安いくらいだ。

 その核心部分が実現するという“Mixed Reality(混合現実、以下『MR』)”は耳慣れない言葉だが、Microsoftによる新しい造語なので耳慣れなくて当然の話だ。それが意味するところはまだおぼろげにしか見えないが、方向性としては間違いなく、VRとARの統合を狙ったものといえるだろう。

 VR=仮想現実では、コンピューターグラフィックスとして生成された仮想の空間や物体のみで体験を構成する。AR=強化現実では現実の風景が主で、そこに付加されるコンピューターグラフィックスは従属的な存在だ。これに対してMicrosoftが提唱するMRでは、現実の風景がどちらかというと従属的で、コンピュターグラフィックスとして生成される仮想物体や風景が主となって体験を構成する。VRのように新しい現実を作り出しつつ、それを現実の風景にも統合できるというわけだ。

 MicrosoftによるHololensのイメージビデオを見てみると、そのことがよくわかる。Hololensの理想では、身の回りの空間を全て仮想の風景で覆うこともできるし、現実の風景に仮想物体を浮かび上がらせて操作することも、あるいは仮想の風景に現実の物体(PCデスクなど)を浮かび上がらせて、デスクトップコンピューティングとホログラフィックコンピューティングを両立させることもできる。

 仮想と現実、どちらも区別なく扱え、その匙加減も自由に変えられる。それがMRの眼目であり、VRとARを統合する、究極のソリューションだ。ハイエンドPCや据え置き機を必要とするプレミアムVRや、手軽さをウリとするスマホVRの、それぞれの弱点が克服された理想の形でもある。

【Microsoft HoloLens - Possibilities】

遠隔の人物と、現実と仮想が混合した空間でコミュニケーションする

しかし実用化ははるか遠い。解決すべき問題が山積

 と、壮大な理想を目指して開発されていると見られるHololensだが、現状の完成度はとても消費者に届けられるレベルには達していない。実用化にはまだまだ越えなければならないハードルが大量にある。

視野角が狭すぎる

実際には、頭を左右に振らないとこのキャラクター全体を見れないほどの視野角しかない

 これまで各種のイベントで公開されてきたHololensのデモ映像は、まるで風景全体に仮想物体や背景が描かれているように見えるが、これはHololensと同様のシステムを組み込んだ特殊なカメラで撮影したためにそう見えるだけだ。実際にHololensをかぶったユーザーには、横30度、縦17度程度の小さく細長い領域にしかグラフィックスが見えておらず、全体の状況を把握するためには繰り返しグルグルと周りを見回す必要がある。

 これはHololensが現在採用している網膜投影方式のディスプレイ技術の、かなり本質的な弱点でもあり、同様の投影方式で問題を解決するのは、原理的に不可能かもしれない。VRヘッドセットなみに視野角を広げるためには、なにかしら根本的なブレークスルーが必要であることは間違いない。

装着感の悪さ、重量の重さ

頭頂部を支える機構がなく、不安定。網膜投影方式の弱点として、わずかにずれただけで映像が見えなくなるという問題もある

 E3で実際にHololensを装着した記者によると、現状のデバイスデザインはとても快適なものとはいえないという。正確な重量は不明ながら、PlayStation VRと同等程度の重量感があるうえ、頭頂部をしっかり支える機構がないことで、装着感は非常に不安定なものとなっている。構造上ギチッと締め込む形で固定化させるため、常に締め付け感があることに加え、それでも常時手で押さえていないとすぐズレてしまい、映像が見えなくなってしまうほどで、まともに体験するだけでもかなり神経を使い、大変な思いをしたという。

 それなりの重量を備えるデバイスということを踏まえると、サングラスを巨大化させたような現状のHololensは無理のある形状だ。本来なら頭頂部を覆うような、いわばヘルメット的なデザインにするのが妥当だろう。それがこのような形になっているのは、とにかく理想のビジョンを見せることを優先したためと思われる。このデザインに内実が伴うためには、ドラスティックな軽量化や、装着感の改善が必要なのは間違いない。

グラフィックスパワーが低すぎる

Minecraftのグラフィックスは、処理的にはとても軽量だ

 いまところHololensに使われているメインプロセッサーについての正式な情報公開はされていないが、現時点では最新のIntel Atomシリーズのプロセッサが搭載されていると言われている。例えば最新タブレットPCのSurface 3に搭載されているAtom x5/x7は、最新の14nmプロセスルールを採用し、従来に比べて遥かに高いCPUとグラフィックスのパワーを持つとされている。しかし、NVIDIAのTegra K1/X1のようにグラフィックスパワーに全振りしたチップほどの能力はない。勢い、表示できるグラフィックスの詳細度には限度がある。

 そのことを暗に示しているのは、Microsoftがこれまで実演してきたHololensのデモが、「Minecraft」や「Project Xray」に見られるように、わりとツルッとした質感の、あまりフォトリアルではないグラフィックスを使用している点だ。これくらいのグラフィックスなら現在のスマホでも充分に出せる。しかし最終的に、イメージビデオに見られるようにVR的な用途も統合していくなら、現在のデスクトップPCや据え置きゲーム機並の性能が必要になる事は間違いない。

 これについては良いニュースがある。既にリリースされたAMD Radeon Furyシリーズや、NVIDIAの次世代アーキテクチャ(Pascal)といった新世代のグラフィックスチップに見られるように、3Dトランジスタ技術を用いた高速ビデオメモリーHBMの採用が進んでおり、今後短期間のうちにモバイル分野も含めてグラフィックスパワーの劇的な向上が見込まれていることだ。

 それを当て込んでかどうかは不明だが、VRの世界からHololens的な方向へ進化していきそうなシステムを既に開発している勢力もある。NVIDIAの最新Tegraチップを搭載するGameFaceだ(関連記事)。GameFaceはHololensのように単体で使えるHMDであると当時に、PCに接続して使うこともできる。モバイルプロセッサのパワーが向上していく結果、次世代のプレミアムVRヘッドセットはこのような形が主流になるかもしれない。

消費者版デビューは2016年はおろか、2017年もおそらくありえない。本命は2020年頃か?

 というわけで、HololensがホンモノのMRを消費者に届けられるまでには、まだまだ解決すべき難問が山積だ。特に表示系の仕組みは出口さえ見えない。1番ありえそうなのはあっさり網膜投影を捨てて、上述のGameFaceのように、表示系をVRヘッドセットと同等にしてしまうことだ。

 グラフィックスパワーの問題については、現在FOVEが開発を進めているようなアイトラッキング技術によるFoveated Rendering系の技術(関連記事)の搭載により意外とアッサリ解決する可能性もある。それでも大量のビデオメモリを限られたスペースに搭載しなければならないとう問題は残るため、GPU企業が採用を進めるHBM(立体積層できるため回路の小型化にもつながる)のさらなる進化に期待したい。

 これらの技術が出揃い、統合され、しかも安く提供できるようになるまで、どれくらいの期間が必要だろうか。少なくとも、一部で噂されているように開発版のリリースから1年後(2017年)、ということはあるまい。その頃に技術的に可能であっても、やたらと高価なものになるはずだ。OculusのPalmer Luckey氏はVRのメインストリーム化を2020年頃と予想しているが、Hololensについても要素技術が出揃い、安価になるタイミングというのはやはりそのあたりになるのではないか。

 いずれにしてもHololensはまだ生まれたばかりの未来のデバイスだ。今後の進化を長い目で見守っていこう。