■佐藤カフジの「PCゲーミング道場」■
PCゲームの未来はクラウドゲーミングにあり!?
新進気鋭のゲームプラットフォーム「OnLive」&「Gaikai」に大注目!!
色々な意味で業界の「最先端」を走る、PCゲーミングの世界。当連載では、「PCゲームをもっと楽しく!」をコンセプ トに、古今東西のPCゲームシーンを盛り上げてくれるデバイスや各種ソフトウェアに注目。単なる製品の紹介にとどまらず、競合製品との比較や、新たな活用法、果ては改造まで、様々なアプローチでゲーマーの皆さんに有益な情報をご提供していきたい。 |
■ ネットの発達が可能にしたクラウドゲーミングの世界
「OnLive」 |
「Gaikai」 |
テキストベースのローグライク(JNetHack) 。TTY端末でプレイすればストリーミングゲームの御先祖様?! |
今回は、新しい形の“ゲームプラットフォーム”の話をご紹介したい。今回ご紹介する「OnLive」と「Gaikai」は、昨年より相次いで誕生した2つのクラウドゲーミングのサービスであり、旧来のものとは一線を画する新しいゲームプラットフォームでもある。
クラウドゲーミングというのは、ゲームの実行のために必要な記憶領域やプロセッシング処理を、インターネット上のどこかにあるサーバー、つまり、クラウドサーバーが受け持つという実行形態のことだ。そしてサーバー上でレンダリングされた映像はユーザーに送信され、ユーザーはその映像を見ながらゲーム操作を行なう。このためストリーミングゲームサービスとも言う。
要は、ゲームを遊ぶためにユーザーが必要とするのは映像出力とコントローラー入力というインターフェイスデバイス部分だけなので、手元になくてもよいCPUやGPU、RAM、HDDといった高価で邪魔な“計算機”はどこか別のところでまとめてやってもらう、という考えかただ。ユーザーがハイエンドなゲームをプレイするために高性能なPCやゲーム機はもう要らないというわけ。
このアイディア自体はけっこう昔からあるもので、そのルーツをたどればテキスト端末とUNIXワークステーションを使って遊ばれていた“Rogue”やその派生型のゲーム(ローグライクゲーム)にたどり着く。もっともローグライクゲームはRGB画素のかわりに文字を使用していたが(例えば主人公は“@”、通路は“#”)、“プレーヤーの元にはインターフェイスデバイスしかない”という点でやっていることは同じだ。
アイディア自体は古いものでも、やっていることは新しい。サーバー上でゲームを実行しつつ数十万~数百万画素の映像を30~60fpsで圧縮・送信するというサーバー側の技術と、それを受信して映し出す端末側の技術が出揃うためには、利用可能な通信帯域が劇的に伸びる時代を待つ必要があった。そして時が来て、登場したのが「OnLive」と「Gaikai」だ。
現在、クラウドゲーミングサービスの代表格となりつつある「OnLive」と「Gaikai」の2サービスは、いずれも端末側の性能を問わない点で共通している。十分な通信帯域とハーフHD(1,366×768ドット)/60fpsのストリーミング映像をリアルタイム表示する能力さえあれば、ハイエンドのゲームが高価なビデオカードやCPUなしにプレイできるというものだ。ネットブックやiPadで「アサシン・クリード」だろうが「Crysis」だろうが、なんでもプレイできるものと想像してほしい。
しかし、この2サービスの間には、サービス形態やビジネスモデルに決定的な違いがある。「OnLive」はエンドユーザー向けの新ゲームプラットフォームを志向しており、「Gaikai」はそれよりもさらにクラウド的なオンラインプラットフォームになることを志向しているのだ。そしていずれも、現行のゲームプラットフォーム各種や「Steam」に代表されるゲーム配信システムの強力な対抗馬になりうる。
今回は新進気鋭のクラウドゲーミングサービスに着目して、想像たくましく将来のPCゲームシーンを考えてみよう。
■ 新たな形態を取るゲームプラットフォーム「OnLive」
「OnLive」のメイン画面 |
「OnLive」は2010年の6月にサービスインした、エンドユーザー向けのクラウドゲーミングサービスだ。このサービスが志向するのは、特定の端末を必要としない、新しい形のゲームプラットフォームだ。
「OnLive」は現在のところ北米(USAとカナダ)のみを対象に正式サービスを提供しているが、サイトにいって無料ユーザー登録をすれば日本からでも一応は利用可能。ハーフHDのストリーミング動画を再生できる性能のPCがあれば、小さな専用クライアントをダウンロード後すぐに「OnLive」の世界を垣間見ることができる。
専用クライアントは映像のストリーミングをフルに活用したインターフェイスになっており、初めて見るひとはぶったまげるだろう。小さな画面がグリッド状に並べられたスクリーン内では、ゲームのライブ映像が所狭しと再生されている。これは、他の無数のプレーヤーが今、実際にプレイしている映像なのだ。
ユーザーはここで自分のゲームを始めるだけでなく、他のプレーヤーが遊んでいるゲームを観戦しにいくこともできる。特におもしろいのは、他のプレーヤーのゲームを観戦する際、ボイスチャットで会話することも可能なこと。双方向の「ゲーム生放送」機能が自動でついてくるという、全くあたらしいコミュニケーションツールにもなっているわけである。
「OnLive」はゲームをプレイするプラットフォームであると同時に、ゲームの販売プラットフォームも兼ねている。購入するのは「Steam」のようなゲーム配信サービスと同様に、“ゲームの利用権”だ。本来フルパッケージのゲームが10ドル以下の破格で売られていたり、面白いところでは60本のゲームが常に遊べる(そして定的に新しいゲームに置き換わる)月額パッケージなんてものもあって、オンライン流通の強みを活かしたゲームビジネスを展開している。
他のプレーヤーが遊んでいる映像がズラリ。観戦したり、コミュニケーションを取ることもできる |
販売中のゲームは100本を超える。EidosやUbisoft系が多いほか、インディーズゲームが充実 |
・端末を選ばない+安価な専用端末で拡大を狙う
iPad版「OnLive」。当然だが動くゲームはPC版と同じ |
現時点のビジネスモデルとしては“ゲームを小売する”ことで成り立っている「OnLive」は、「Steam」と競合する立場にある。しかしそこはクラウドゲーミングサービスの強みである、“端末を選ばない”ことを最大限に打ち出した戦略をとりつつある。その好例として6月上旬に開催されたE3 2011の会場では、近く投入予定という数多くの「OnLive」システムを展示していた。
まずはiPad、Androidタブレットといったタブレット型端末。HD動画の再生が可能な性能を持つこれらの端末に「OnLive」ソフトウェアをインストールすれば、高性能PCで遊ぶような高画質ゲームがタブレット上で動いてしまう。残念ながらバーチャルコントローラーは操作性がまだまだ発展途上だが(これはOnLiveスタッフも笑顔で認めていた)、そのためにBluetooth接続のゲームコントローラーも別途用意しているという。
そして極めつけは「OnLive MicroConsole TV Adapter」という専用端末。このタバコの箱2つ分くらいの小さなセットトップボックスにはミニHDMI端子とネットワーク端子、2つのコントローラー端子がある。これをHDテレビにつなげば「OnLive」のサーバー上で提供される無数のハイエンドゲームがプレイできてしまうのである。価格は専用コントローラー込みで99ドルと、現行のどのゲーム機よりも安い。
わずか99ドルで様々なハイエンドゲームがプレイできる環境が得られるというのは、現行ゲームプラットフォームの大いなる脅威になりそうだ。高性能ゲーム機が高くて買えないという新興国ではなおのことそうだろう。「OnLive」は現在、北米のみを対象としてサービスをしているが、遠からず海外展開を果たすことになりそうだ。
これが「OnLive」のセットトップボックスとコントローラー。端末はタバコの箱2個分くらいの小さなものだが、これでハイエンドゲームがプレイできてしまう |
タブレット端末からノートPC、そしてHDテレビそのものまでハイエンドゲーム端末と化す、そんな未来はもう来ていた |
・日本からの利用は? 海外進出は?
日本からのプレイはマウス操作だと相当きつい。FPSは低遅延環境が必須だ |
海外展開という点でいうと、残念ながらこの「OnLive」は、日本からの利用は現在のところ想定されていない。また提供されているゲームは北米向けのものであり、日本向けの決済手段も用意されていない。いずれにしてもサーバーが北米両海岸だけに配置されており大きな通信遅延が発生するため、快適にプレイすることは難しい。
帯域使用量をモニターしてみたところ、動きの多いシーンのピークで下りおよそ6Mbpsを程度を使用している。映像は60fpsで非常になめらか(60fpsだ!)で帯域は十分なのだが、いかんせんサーバーが遠く、遅延が無視できない。試した範囲では、マウス操作のFPS/RTSはほぼ無理だ。コントローラー操作のサードパーソンアクションは意外と快適だったが、コマンドの“目押し”が必要な格闘系ゲームもきつそうな感じだ。
「OnLive」が日本に進出するためには国内にサーバーを建てることが必要不可欠と言えそうだが、OnLiveの上級スタッフ、コーポレートコミュニケーションディレクターのBrian Jaquet氏によれば、「2011年中に英国へ進出予定、その後は当面ヨーロッパへ」という考えを持っているという。
では日本はというと、Jaquet氏は笑顔で「日本は巨大なゲームマーケットで、しかも世界一ネット環境がいい国だ。進出しない理由はないよ!」ときっぱり。まだオフィシャルに言える段階ではないというが、将来的に日本、アジアへの進出は当然狙っていきたい目標となっているようだ。なにしろ日本、韓国のネット環境は北米よりもずっとよく、ストリーミングゲームサービスにうってつけだ。
しかし、「OnLive」では“ネット越しに強引に国境を超える”ような考えは持っておらず、責任あるゲームプラットフォーマーとして当地の市場のレーティング等にしっかりと対応した上で進出することを是としているという。もちろん、当面の進出目標となっている英国も、北米とはレーティングシステムが異なるためやや苦労があったようだ。これが日本となればさらに障壁は高くなりそうだが、北米・欧州で成功を収めたならばやがて、「OnLive」は日本にもやってくることだろう。
この手の3Dアクションをゲームパッドでプレイすると、多少の遅延があってもそれなりに遊べるのは意外だった |
観戦してみたところ見下ろし型ストラテジーゲームはいけそうな予感がしたが、実際には高遅延環境でマウスオペレーションが入ると無理ゲーと化す。ぜひ日本にサーバーを作って欲しい |
■ クラウドプラットフォームとしてB2Bビジネスを展開する「Gaikai」
「Gaikai」ウェブサイトは事業者向けの内容だ |
「Gaikai」と提携したウォルマートのサイトにはもともとゲーム試遊ゾーンがある |
エンドユーザー向けのビジネスを展開する「OnLive」とは対照的に、後発の「Gaikai」はB2Bのビジネスでクラウドゲーミングプラットフォームを広げようとしている。
サーバー上でゲームを動かし、ユーザーにその映像を送るという仕組みでは共通しているが、「Gaikai」は端末システムがJavaベースで組まれており、Webブラウザ内で動作可能であるということが技術的な強みだ。現在のところ対応するハードウェアプラットフォームはPC/Macに限られるが、将来的にはスマートフォンにも対象を広げる予定だという。
ブラウザで動作するということは、「OnLive」以上に簡単に、Webシステムにインテグレートできるということだ。「Gaikai」ではそれを活かして、「OnLive」のように自前でゲームポータルを提供することはせず、各小売サイトやゲームパブリッシャーが、独自のポータルに「Gaikai」を組み合わせて利用することを基本のプランとしている。
つまり、大手小売チェーンがゲームソフトを売るために、究極のインタラクティブ広告を出すことができるのだ。ショッピングサイトに行ってゲームタイトルの商品ページを閲覧中に、「今すぐプレイ!」といったアイコンが出てきて、ワンクリックでそのゲームをプレイできてしまうというイメージである。その費用負担は従来の広告ビジネスの延長線となり、広告を出した事業者がGaikaiに支払うという形だ。詳しくは弊誌記事『“GAIKAI”が示した衝撃的なクラウドゲーミングの世界』にてレポートしているので、ご一読願いたい。
したがってエンドユーザーが「Gaikai」を利用するメインの形態は、小売事業者やゲームパブリッシャーのEコマースサイト上でデモ版をプレイするということになるだろう。あるいは期間限定でフルバージョンという選択肢もあるかもしれないし、「Gaikai」を利用して「OnLive」ライクな課金制ゲームポータルを仕立てる事業者が現われるかもしれない。様々なクラウドストレージアプリのベースとなった「Amazon EC2」のように、まさにクラウド的なバックボーンサービスを提供するのが「Gaikai」なのである。
業界関係者などに限定公開されている「Gaikai」デモサイト上でプレイできる「Mass Effect 2」。ブラウザ内で動作し、ウィンドウ化、フルスクリーン化も可能。国内から東京サーバーへの接続なので非常に快適、ローカルでプレイするのとかわらない感覚だ |
・すでに日本サーバーを運用中。利用可能なゲームサービスは現われるか?
E3 2011ではプライベートルームでデモセッションが行われていた。写真はGaikai CEOのDavid Perry氏 |
現時点で北米、欧州、日本、韓国を含む数十箇所にサーバーを設けている。緑の点は利用可能な帯域・遅延が確保できている地点 |
必要に応じていくらでもスケールできるというクラウドサービスの利点を生かし、「Gaikai」では世界24箇所以上(2011年6月現在)にサーバーを構築している。その中のリストにはアジア圏も含まれており、日本・東京にすでにサーバーを運用しているのだ。
とはいえ現時点で日本から利用できる「Gaikai」のゲームはない。世界的に見てもサービス自体がまだ着々と準備を進めている段階で、各事業者と契約・システムの構築を進めている状態だ。つい先日の6月21日には米ウォルマートとの提携を発表し、ウォルマートのEコマースサイト上で「DeadSpace 2」のフルバージョンプレイできるというデモンストレーションも行なった模様だが、日本からの利用はできなかったようだ。
「Gaikai」は各地域の小売事業者、ゲームパブリッシャーが利用するゲーム向けのクラウドサービスという特性から、各地域のユーザーに理想的なネットワーク環境を提供できないかぎり、サービスそのものを提供しないというスタンスをとっている。例えば北米向けに提供されている「Gaikai」ゲームを日本から利用しようとしても、アプリ開始時に“近くにサーバーがない”と診断されて利用できないのだ。
では日本で実際に「Gaikai」のゲームを利用することはできないのだろうか? 現時点ではNOだが、将来的にはアリだろう。特にGaikaiのチーフストラテジーオフィサー(戦略主任)を務めるNanea Reeves氏は、もともと大手ゲームパブリッシャーElectronic Arts(EA)の海外展開担当の上級職にあった人物で、このためにGaikaiはEAとのつながりが深い。そして当のEAは「Steam」の市場独占に業を煮やし、6月より独自のゲーム販売ポータル「Origin」をスタートさせており、ここで「Gaikai」を積極的に利用する見込みが高いのだ。
それを反映してか、クローズベータとして関係者当に限定的に公開されたオンラインデモでは、「Mass Effect 2」や「Dead Space 2」、「Sims 3」といったElectronic Artsパブリッシュのゲームをプレイすることができた。国内サーバーへの接続ではほぼラグが感じられず、ローカルでプレイするのと変わらないほどの快適さだ。さらにE3 2011のプライベートルームでのデモでは、「BulletStorm」、「Crysis 2」といった最新タイトルを3D立体視付きでプレイする様子をみることもでき、EAの全面協力体制が整っていた。
こうした動きを見る限り、日本にも法人を持つEAのEコマースサイト上で「Gaikai」が使われる可能性は非常に高そうだ。そうなれば、そう遠くないうちに「Battlefield 3」や「Mass Effect 3」といったEAの最新タイトルを、「Origin」サイト内でワンクリックでプレイできるようになるかもしれない。
その先は「Gaikai」がこのビジネスモデルで軌道に乗ったら、という前提付きで語ることになる。“日本のオンラインゲーム事業者が、Gaikaiベースのオンラインゲームポータルを開始する”というシナリオも考えられないことではない。ことによっては「OnLive」が日本上陸を果たす(いつになるかわからないが)よりも早くなるかもしれない。
将来的に「OnLive」が天下をとるか、「Gaikai」陣営が先にスキマを埋めるのかはまだわからない。いずれにしても、ハイエンドゲームがどんなPC・どんな端末でも遊べるという衝撃のサービスの出現は、少なからずゲーム業界に衝撃を与えることになるだろう。もちろん、ゲーマーにとってはさらに便利に、手軽に、リッチなゲームを遊べるという未来が待っている。
「Gaikai」は3D立体視にも対応。シャッターグラス式、偏光グラス式の両方で利用できるという |
(2011年 6月 27日)