西川善司の3Dゲームファンのための「機動戦士ガンダム 戦場の絆」講座
ドーム型スクリーン対応レンダリングとMSを彩るBISHAMONエフェクトの裏側に迫る!
筆者は、ズバリ、ガンダム世代のど真ん中である。しかし、いわゆるブーム全盛期は海外にいたので、インターネットもないあの時代、船便で送られる数カ月遅れの子供向け雑誌を読んで憧れるだけのファンだった。実際に動いているガンダム映像の初見は、日本に帰国した中学3年生時、「夏休み特別ロードショー」でやっていたテレビ放送の初代ガンダムの劇場版3部作だ。なので、テレビシリーズ全話を見るのは、それからだいぶあとになってからだし、ガンダムファンとはいっても、自分はだいぶ「遅咲き」ということになる。
最初に触れたのが“ファースト”と言われる初代ガンダムになるので、好きなガンダム作品と言えば、ファーストガンダムを紀元とする「宇宙世紀シリーズもの」になる。ゲームもおよそ、宇宙世紀シリーズものを好む傾向にあって、2vs2で闘うアーケードゲームの「連邦VSジオン」などはかなりハマったクチだ。
さて、数多くのガンダムゲームがリリースされ続けているなかで、その人気がとてつもなく長続きしているものに「機動戦士ガンダム 戦場の絆」がある。この作品も宇宙世紀モノであり、しかもコクピットを模した大型筐体に乗り込んで操縦席視点でガンダム(モビルスーツ)を操作できるというプレイ感覚は、ガンプラに熱い想いを馳せた我々の世代にはたまらないものがある。
今回の3Dゲームファンのためのグラフィックス講座では、この作品を取り上げることにした。この作品は、本連載でも取り上げたミドルウェア「BISHAMON」を活用した事例としても興味深いため、作品単体のグラフィックス解説だけでなく、そのあたりの話題にも触れることにした。
【著者近影】 | ||
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長年連れ添ったRX-7から、GT-Rへと乗り換えた。セブンは、10年連れ添った相棒だったので身が引き裂かれんばかりの悲しい別れとなった。10年ぶりの車の買い換えなのと、比較的珍しい車種への 買い換えと言うことで、Car WatchでGT-Rの新連載を始めさせていただいた。第1回はこちら。第2回はこちら。個人ブログはこちら。 |
■ 「戦場の絆」のハードウェア・スペック
「機動戦士ガンダム・戦場の絆」のロゴと筐体写真 |
「機動戦士ガンダム・戦場の絆」(以下、「戦場の絆」)は、バンダイナムコゲームス(BNG)のアーケードゲームシステム「ES1」で動作している。「ES1」自体のスペックやOS等の仕様は非公表だが、既に「TANK!TANK!TANK!」、「湾岸ミッドナイトMAXIMUM TUNE4」などのタイトルがこのシステムベースであることが明らかにされている。
「戦場の絆」の「Rev.2」までは、これも同じBNGのアーケードゲームシステム「SYSTEM N2」上で動作しており、「Rev.3」から「ES1」へプラットフォームを切り換えている。「N2」はNVIDIAのnForce2チップセットベースのマザーボードに、同じくNVIDIA GeForceベースのグラフィックスカードを搭載したPCベースのアーケードゲームシステムだった。OSはLinux、グラフィックスAPIはOpenGLを採用。このことを踏まえると、BNG側の公式見解ではなく筆者独自の予想では、「ES1」も同様にPCアーキテクチャベースのものだと思われる。
そして「戦場の絆」と言えば、その映像がドーム型スクリーンに表示されるところも特徴なワケだが、このシステムについても仕様詳細は非公開となっている。ただ、こちらは、業販サイト等で販売されている「戦場の絆用HDプロジェクタ交換ランプ」から機種名を簡単に推測することができ、筆者の独自見解という前置きをしたうえで述べさせてもらうと、三菱電機の「LVP-FD630」ということになる。輝度スペックは4,000ルーメン、パネル解像度は1,080pだ。なお、ドームスクリーンに投影するために、プロジェクタには「戦場の絆」向け特注の魚眼投射レンズが組み合わせられる。
なお、「戦場の絆」はアーケードゲームなので業販が基本となるが、価格は最小構成の4台のコクピットポッド、ターミナル1台をセットにして約1,300万円となっている。規模の大きい業務用機器という位置づけなので「なるほど」という価格ではある。なお、戦場の絆の最大システム構成は8対8対戦に対応したコクピットポッド16台になる。
ゲームエンジンは、「戦場の絆」専用の独自エンジンで、Rev.3では、ハードウェアプラットフォームが「N2」ベースから現行の「ES1」ベースに変革しているわけだが、独自開発のゲームエンジンはそのまま「N2」から「ES1」へと継承されている。
【「機動戦士ガンダム 戦場の絆」最小構成】 | |
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■ 「戦場の絆」のグラフィックスペック
「戦場の絆」のグラフィックス表現に関して「Rev.3」前と「Rev.3」とで大きく変わった部分を挙げると「レンダリング解像度の向上」と「エフェクトの充実化」(≒BISHAMONの導入)の2点となる。
レンダリング解像度の向上に伴って、Rev.3では3Dモデルの頂点数(ポリゴン数)も増大しており、背景だけでいうとRev.2以前では約10万ポリゴンだったものが、Rev.3では約30万ポリゴン程度に増大した。それだけ「ES1」はN2に対してスペックアップしていると言うことだろう。なお、Rev.3における1フレームあたりの総レンダリングポリゴン数は約50万ポリゴンということだ。
【戦場の絆に登場する3Dモデル】 | |
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背景グラフィックス(左)と背景グラフィックスのワイヤーフレーム(右) | |
モビルスーツ「陸戦型ガンダム」(左)。LODシステムはないため、遠近で単一モデルが使用される。そのワイヤーフレーム(右) |
田村健太郎氏(バンダイナムコゲームス、開発スタジオ、ビジュアルアートディビジョン、VA3部、VA7課、シニアアートディレクター)。本作製作に携わってからは約7年。当初は背景などを担当していたが、現在は映像制作面全般のリーダーを務めている。過去には鉄拳のスピンアウト作品「デス バイ ディグリーズ」の背景製作にも携わる |
「戦場の絆」はコクピット視点の一人称視点のゲームなわけだが、「Rev.3」では、コクピットが実体の3Dモデル化され、さらに自分が操縦しているモビルスーツ(ロボット)の腕が操縦内容に合った動きをする。ちなみに、この腕モデルは両手で約2,000ポリゴンほどある。
田村健太郎氏(以下、田村氏):登場モビルスーツの3Dモデルは「戦場の絆」のためにゼロから作っています。弊社の他のガンダムゲームからの流用は一体もありません。
BNGは、グループでガンダムのプラモデル(ガンプラ)を製造販売しているので、「ゲーム上の3Dモデルも、ガンプラのCADデータなどをベースにしてモデリングしているのでは?」と想像していた人は少なくないと思うが、実際にはそうしたケースはないのだという。ただ、開発チームのワーキングデスクには個人的な趣味の範囲内でガンプラが置かれていたりはするようだ。
さて、テクスチャ解像度もRev.3からは1,024×1,024テクセルがベースサイズとなり、Rev.2以前の512×512テクセルの面積比4倍の解像度に向上した。Rev.3では、全てのモビルスーツに対してユニークデータとして焼き込みの影テクスチャデータを持っており、これは天球からの光に対する影という想定で事前生成している。
ビルなどの背景物の影についてもほぼ同様で、テクスチャへの事前焼き込みか、あるいは背景モデルの頂点カラーへの焼き込みで行なっている。モビルスーツが落とす影は最もシンプルな「丸影」となっている。同じBNG製のガンダムゲームの「機動戦士ガンダム エクストリームバーサス」も同じ丸影だったが、あちらは二脚の足元に個別の丸影を置いていた。一方、戦場の絆では大きな丸影を足元に落とすのみとなっている。
田村氏:リアルタイム生成の影にしなかったのはパフォーマンスを重視したためです。二脚の丸影は我々も試したんですが衝突を二脚分取らないといけないですし、描画側のパフォーマンス不足もあって今の形になりました。「N2」から「ES1」にプラットフォームを変更するに当たって基本的なグラフィックススペックは向上はしているのですが、実効レンダリング解像度がフルHDの2倍(詳細は後述)となったことが重くのしかかってきたために、全てのグラフィックス表現要素をグレードアップさせるまでには至りませんでした。
モビルスーツのライティング計算は拡散反射(ディフューズ)、鏡面反射(スペキュラ)の両方を頂点シェーダで実施している。鏡面反射の要素はスペキュラマップで対応しており、具体的には、ディフューズ(アルベド)テクスチャのα部分に鏡面反射の強度を記した値が記されている。光源ベクトル、法線ベクトル、そして視線ベクトルに配慮したライティング計算を行って、このスペキュラマップに仕込まれている鏡面反射強度値でバイアスして結果とするようなアプローチだ。この他、逆光時などに3Dモデルの輪郭付近にハイライトが回り込むリムライト表現が導入されているが(開発側ではフレネルとしているようだが)、これはRev.3になって導入された新しいグラフィックス表現になる。
【「戦場の絆」テクスチャデータ】 | |
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モビルスーツ「陸戦型ガンダム」のディフューズ(左)と、事前計算で生成した焼き込み影(右) | |
ディフューズ(アルベド)テクスチャ(左)と、事前計算で生成した焼き込み影テクスチャ(右) |
正路千暁氏(バンダイナムコゲームス、開発スタジオ、ビジュアルアートディビジョン、VA3部、VA7課、アートディレクター)。本作ではマップモデルからモビルスーツモデル制作まで幅広く担当 |
基本的な動的光源は天球光(太陽光)と地球光(地面からの照り返し)の平行光源の2灯と、環境光1灯の3つだが、銃器などの発射に伴う発光については特例的に動的光源を置いてる。水面の表現は、各頂点の法線をアニメーションさせ、その先のピクセルシェーダでサンプルするキューブ環境マップを摂動する事で行なっている。ある種とても簡易的な表現だといえる。
正路千暁氏:法線マップなどはモビルスーツに適用していません。背景オブジェクトのライティングは拡散反射だけで鏡面反射は無しです。アンチエイリアス処理もやっていませんが、ドーム変換後プロジェクターで投影された画像では良い具合に低減されるんです。
【ライティングの要素分解】 | |
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拡散反射項(左)と、鏡面反射項(右) | |
フレネル項(主にリムライト)(左)と、最終映像(右) |
【マズルフラッシュ】 | |
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武器攻撃によっては閃光を伴うものがある。その際にはちゃんと動的光源を置いてライティングに反映させている。この光は自身にのみ影響し他者には影響しない |
■ ドーム型映像レンダリングの秘密
「戦場の絆」の表示解像度はフルHD(1,920×1,080ドット)。しかもアーケードゲームということでフレームレートは60fpsを維持することが求められた。
とはいえ、読者の中には、「もう少しリッチな先端シェーダー表現があってもよかったのではないか」と思ってしまう人もいることだろう。その想いは制作側も同じだったようで、実験段階では色々と試したようなのだが、本作はレンダリング負荷がとても高くなることが判明し、結局そうした新表現の多くは採用を見送ることとなったようだ。
一体、何がそんなに高負荷なのか。結論から言えば、それはドームスクリーンに投射するために特化したレンダリングメソッドに原因がある。「戦場の絆」では、レンダーターゲットとして1,024×2,048のレンダーターゲット(RGB各8ビットフォーマット)を2枚確保している。この縦長の2つのレンダーターゲットはそれぞれがフレーム左半分とフレーム右半分用に相当する。
つまり、「戦場の絆」では、毎秒60コマで実質2,048×2,048ドットのフレームをレンダリングする必要があったのだ。単純計算でフルHDの約2倍のピクセル数だ。言い換えればフルHD解像度を120fpsでレンダリングするのと同等の負荷がGPUにのしかかることになるわけだ。これは確かに高負荷だ。
【視界の左右分割レンダリング】 | |
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視界左側を1,024×2,048ドットでレンダリングした結果(左)、視界右側を1,024×2,048ドットでレンダリングした結果(右) |
ここで、疑問が1つ浮上する。それはどうして「2,048×2,048ドットのレンダーターゲットを1枚用意せずに、1,024×2,048ドットのレンダーターゲットを2枚用意してレンダリングするのか」という疑問だ。
3Dグラフィックスのレンダリングでは、ゲームシーンに視点をおいてそこからの視界をレンダリングするわけだが、その際に、視点から見た景色をディスプレイ表示面(通常は四角形)に投射する写像の計算が必要になる。簡単に言えば3Dの景色を2Dのフレームに切り取る処理系が必要になるのだ。
この処理がいわゆる透視投影変換になる。透視投影変換は直観的には「近いものが大きく、遠いものが小さく」といった“3D→2D変換”のようなイメージだ。この透視投影変換で、重要な要素として「画角」がある。「視界の広さ」と言い換えてもいい。
「戦場の絆」では、映像が最終的にドーム型スクリーンに投影され、プレーヤーとしての視界がほぼ180°となることから、レンダリングにおける画角も自ずと180°ということになってくる。180°というととてつもなく広い画角であり、そもそも透視投影変換を行なうための変換行列には「tan(画角÷2)」が含まれる。tan(180÷2)は無限大となってしまうため計算できないのだ。なので、画角を視界の左半分90°と右半分90°としてレンダリングさせる方策をとったというわけである。
また、透視投影変換では、視界の外周に行けば行くほど間延びしたように広く描画され、逆に言えば視界の中央に行けば行くほど高密度に描画される傾向がある。この「視界外周付近が低密度/視界中央付近が高密度」といった描画特性は画角が大きければ大きいほど顕著になり、換言すれば1ピクセルに込められる情報量の不均一化が加速すると言うことだ。視界を左右に分けてレンダリングするのはその不均一化を低減させる意味合いもあるのだ。
【画角165°のテストショット】 | |
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無理を言って試験的に画角165°でレンダリングしていただいた結果がこちら。前出の「左90°+右90°」の映像と比較すると、1ピクセルに込められる情報量の不均一化が一目瞭然である |
「戦場の絆」では、そうした2回に分けてのレンダリングで生成された2,048×2,048ドットのフレームを、プロジェクタ側の投射用魚眼レンズのプロファイルに合う形でマッピングするポストプロセスがさらに行なわれる。これが映像のドーム状変換なのだが、この際にプロジェクタのパネル解像度である1,920×1,080ドットに圧縮される。
元フレームを例えば左右960×1,080ドットずつでレンダリングして1,920×1,080ドットとすることもできたはずだが、ドーム状変換処理後の映像クオリティを考えるとそれでは不十分だったに違いない。
田村氏:本作ではアンチエイリアス処理は適用していませんが、2,048×2,048ドットの元フレームから1,920×1,080ドットのドーム変換してプロジェクターで投影された画像では良い具合にエイリアスが低減されるように見えます。
開発スタッフが「アンチエイリアスなんて不要です、偉い人にはそれがわからんのです」と言ったかどうかは定かではないが、なるほど、この流れだと、戦場の絆ではスーパーサンプリング的なアンチエイリアス処理が図らずも行なわれているといってもよいのかも知れない。
【ドーム変換】 | |
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左の画面は、左右、それぞれの視界を1,024×2,048ドットでレンダリング、これを1枚の2,048×2,048ドットフレームとしたもの。右の画面は、ドーム状変換したもの。解像度は1,920×1,080ドット。この映像が筐体内に設置された魚眼投射レンズがあしらわれたDLPプロジェクタからドーム状スクリーンに対して投射される |
■ モビルスーツの動きは手付けベース
エイミング:正面。これが標準の構えとなる |
ガンダムの世界では、モビルアーマーと呼ばれる特殊な形状のものを除けば基本的にはモビルスーツと呼ばれる人型のロボットが活躍する。戦場の絆では、自分がそうしたモビルスーツに搭乗しているという設定なので、画面に表示されるのはコクピット視点の情景だが、敵のモビルスーツは当然、三人称視点で描かれることになる。となれば、気になるのがこうしたモビルスーツの動きだ。
正路氏:モビルスーツのアニメーションはほとんどが手付けで行なっています。モーションキャプチャーは用いていません。
上半身、下半身、腕部、脚部、頭部といった各パーツを、そのモビルスーツのイメージに合ったスタイルのアニメーションをそれぞれアーティストの手作業で付けているわけだ。ただし、地形の凹凸や斜面に対する脚部の追従接地は、プログラム的に実装したIK(Inverse Kinematics:逆運動学)によって行なっている。
【エイミングのアニメーション】 | |
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エイミング:下方向 | エイミング:右方向 |
エイミング:左方向 | エイミング:左下方向 |
エイミング:右下方向 | エイミング:上方向 |
【エイミング:動画】 |
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実際のゲーム中の映像で見るエイミング動作 |
手持ちの武器で敵を狙うエイミング・アニメーションもIKかと思いきや、こちらも手付けアニメーションだという。
田村氏:エイミング動作をIKにすると上半身と下半身が分かれたような動きを見せることがあり、ガンダムの世界観とはずれていると判断し、こちらも手付けモーションを採択しました。
正路氏:ローカルな衝突判定は特に行なっていないのでスカートに銃身がめり込んでいたり、といったことはあり得るのですが、ゲームの特性上、基本的にプレーヤーは一人称視点、敵はやや遠目の三人称視点で描かれるため、そうしたシミュレーションは仕様に盛り込んではいません。
【アンジュレーションIK】 | |
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エイミング:平面立ち:正面 | エイミング:斜面立ち:正面 |
エイミング:平面立ち:背面 | エイミング:斜面立ち:背面 |
【アンジュレーションIK:動画】 |
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実際のゲーム中の映像で見るアンジュレーションIK動作。足下に注目 |
■ エフェクトミドルウェア「BISHAMON」によって製作された至極のエフェクト群を解剖する!
小島武史氏(バンダイナムコゲームス、開発スタジオ、ビジュアルアートディビジョン、VA3部、VA7課、アートディレクター)。本作ではエフェクト全般を担当。過去には「カウンター・ストライク・ネオ」の背景製作などを担当 |
「戦場の絆」では、エフェクト製作において、本連載でも紹介したミドルウェア「BISHAMON」を導入している。「ゲーム開発とミドルウェア」をテーマとしている本連載では、この辺りの採用経緯には興味があるところだ。なお、BISHAMONについての詳細は、本連載「BISHAMON編」の方を参照していただきたい。
小島武史氏(以下、小島氏):同じ「ES1」ベースのアーケードゲームである「TANK!TANK!TANK!」開発チームがBISHAMONの前身バージョンである「Blendmagic」を導入してエフェクトを開発していました。それらのエフェクトのクオリティが高かったということと、エフェクト開発効率を高めたいという意図から採用を決めました。製作したエフェクトは実機ですぐに確認も出来るので、トライアンドエラーが行ないやすいというのも決め手となりましたね。
「戦場の絆」で使われているエフェクトのほぼ全てが、BISHAMONで製作されており、最も基本的な爆発・爆炎といった「効果」としてのエフェクトはもちろん、射撃、ビームサーベルの軌跡といったゲームシステムに密着したエフェクト群もBISHAMONベースとなっている。
また、モノアイのエフェクト、コクピットの計器類やモニタ類の点灯や表示のような演出的なエフェクト、ゲーム進行には無関係な遠方の戦闘表現、空中を飛行する戦闘機のような、いわゆる背景動画的な要素までをもBISHAMONで製作していることには驚かされる。
「戦場の絆」のゲームシステムプログラムにはBISHAMONのSDKに含まれるBISHAMONのランタイムも組み込まれており、BISHAMONで製作されたエフェクトは適宜、このランタイム経由で描画される。
マッチロック代表取締役社長、藤本文彦氏 |
なお、BISHAMON開発元のマッチロック代表取締役社長、藤本文彦氏に伺ったところによれば、戦場の絆のためにパーティクルをカメラ原点に自動的に向ける「パーティクル・フェイシング」機能をBISHAMON側の新機能として実装したそうだ。
「戦場の絆」は画角が極端に広いため、通常のビルボード的な計算では画面外周付近のパーティクルが斜めに歪んでしまう。この機能は、そうしたアーティファクトを回避するためのものになる。
以前のN2システムベースの本作Rev.2以前ではエフェクトを開発チーム内で自作しており、その総数は344個。「ES1」システムベースの本作Rev.3では、BISHAMONによってエフェクト効率がだいぶ向上したこともあって1,281個と約3倍近くに増えたとのこと。
さすがに1,281個ものエフェクトを全て見せてもらうわけにもいかないので、本稿では、エフェクト全般を統括している小島氏の「お気に入り」エフェクトや、ガンダムゲームである本作らしいエフェクトの幾つかを抜粋して紹介する。
・バーニア(アフターバーナー)系エフェクト
モビルスーツがジャンプしたり飛行したりする際にノズルから噴射するバックファイヤー表現。
【バーニア系エフェクト】 | |
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バーニア系エフェクト用テクスチャ(左)、移動系エフェクト用テクスチャ(右) | |
「バーニア」エフェクトのBISHAMONでの作業画面(左)、バーニア後方光のBISHAMONでの作業画面(右) | |
バーニアエフェクトのジオメトリ構造 |
遠方から見ても敵味方を区別しやすいように連邦軍とジオン軍でタッチを変えている。「細かい!」と思わず感心してしまうのはバーニアからの噴射が地面に吹き付けられた場合には、地面側が熱せられるヒート表現まで盛り込まれるところ。もちろん、このエフェクトも個別に作られている。
炎の本体エフェクトも写実的でとてもリアルに見える。デザインワークの妙もあって非常にボリューミーな手応えのエフェクトだが、その実、単なるパーティクル表現なのでジオメトリ構造は予想以上にシンプルだ。そのギャップにも驚かされる。
小島氏「バーニアの爆炎部分などのテクスチャは、事前に実写撮影した炎の映像などを参考にして手描きで作成しています」
【バーニア系エフェクト:動画】 |
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バーニア本体 |
地面を熱する表現 |
実際のゲーム中での映像 |
・爆発系エフェクト(1)~爆炎と爆煙
爆発系のエフェクトは炎のエフェクトとそれによって生じる煙までをセットにして製作されている。
【爆発系エフェクト】 | |
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「爆発」エフェクトのBISHAMONでの作業画面(左)と、テクスチャ(右) | |
爆発エフェクトのジオメトリ構造 |
炎のもわっと燃え広がるアニメーション自体はテクスチャアニメーションだ。テクスチャアトラスをみるとその1コマ1コマの内容がよく分かって面白い。なお、爆発系エフェクトは戦場の絆では全44個があるが、テクスチャはその44個のエフェクトごとにあるわけではなく、幾つかのテクスチャアトラスを共有してエフェクトバリエーションを作成している。
煙のエフェクトは、天球光から照らされているという想定があるため、上の方が明るくライティングされ、下部が暗くなる調整がなされている点にも着目したい。
小島氏:爆発系エフェクトに限ったことではないのですが、煙などのエフェクト構成パーティクルの出現や挙動にランダム要素を盛り込み、規則性が露呈しないようにしています。この制御しやすいランダム要素の盛り込みやすさが、BIHSAMONの大きな特長の1つだと思っています。
【バーニア系エフェクト:動画】 |
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大爆発エフェクト |
●爆発系エフェクト(2)~破壊
扉などの背景物が破壊する際のエフェクトでは、ただの爆発エフェクトだけではなく、破片が派手に飛び散る様子なども描かれる。これらの破片の飛散表現も含めてBISHAMONで製作されているが、その際の破片の挙動はBISHAMON側で設定した下方向に働く重力加速度に影響を受けることで作り出されている。なお、破片が地面に衝突して跳ねたりする表現はなく、地面への着地と共に消失する作りになっている。
【破壊エフェクト:動画】 |
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破壊エフェクト。破片の飛散に注目。BISHAMONのプレビューより |
実際のゲームでの映像 |
実際のゲームでの映像 その2 |
●攻撃エフェクト(1)~ビームライフル
「ビーム攻撃」エフェクトのBISHAMONでの作業画面 |
モビルスーツが携行するビーム兵器からの発射エフェクトもBISHAMONによって製作されている。
芸が細かいのは、ビームを発射したときの初期発光(マズルフラッシュ)、ビーム発射エフェクト本体、飛んでいくビーム弾、弾道が地表をかすめる場合に発生する衝撃波エフェクトなどが個別に作られている点だ。発射されたビーム弾本体やこれが引き起こす衝撃波エフェクトは、ゲームシステム側の制御によって描画位置を変えていくことになる。
小島氏:ビームの発射エフェクト時の伸びてちぎれ戻るような表現はBISHAMONの成長するストライプ機能をうまく活用して表現しています。
【攻撃エフェクト】 | |
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エフェクトのジオメトリ構造 |
【ビームライフル:動画】 |
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ビームを発射したときの初期発光(マズルフラッシュ) |
ビーム発射エフェクト本体 |
飛んでいくビーム弾 |
弾道が地表を掠める場合に発生する衝撃波エフェクト |
全てを同時再生したところ |
実際のゲームでの映像 |
●攻撃エフェクト(2)~ビームサーベル
「戦場の絆」では、格闘アクション操作を行なう事で、ビームサーベルのような近接武器を駆使した攻撃を繰り出すことができる。その際のエフェクトもBISHAMONによって作られたものだ。
こちらもエフェクトは「エフェクトパーツ」ともいうべき、分解された形で個別に製作されており、前出のビーム攻撃と同様、最終的にはゲームプログラム側で各エフェクトパーツを統合的に制御して発生・描画呼び出しを行なっている。
ビームサーベルを例に説明すると、モビルスーツが振ったビームサーベルの柄(つか)部分に追従する形でビームサーベル本体のエフェクトが描かれ、これに適合する形でビームサーベルの発光エフェクト(グローエフェクト)が合成され、そのビームサーベルの軌道を追うように軌跡エフェクトが追従する。
小島氏:ビームサーベルの剣部分とグローエフェクトは後から考えたら分ける必要はなかったかもしれなかったんですが(笑)、Rev.2以前がそういう作り込みだったので、これに倣う格好になりました。
【ビームサーベル:動画】 |
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ビームサーベルの剣(芯)部分 |
ビームサーベルの発光エフェクト部分 |
ビームサーベルの軌跡エフェクト |
全てを同時再生したところ |
実際にガンダムがビームサーベルを振ったところ |
実際のゲームでの映像 |
実弾系エフェクトに使用されるテクスチャ |
●攻撃エフェクト(3)~バズーカ
バズーカなどの実弾系のエフェクトも、エフェクトパーツの要素分解そのものはビーム攻撃と似ている。ただしバズーカのようなロケット推進弾は、その飛行軌跡に煙の軌跡を残していくという特徴的な表現を伴う。
【バズーカ:動画】 |
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バズーカ発射時のエフェクト |
軌跡に残る黒煙エフェクト |
ロケット推進弾のアフターバーナーのエフェクト |
地面に波及する発射時の衝撃波エフェクト |
全てを同時再生したところ |
実際のゲームでの映像 |
複雑なエフェクトの割には階層構造は意外にシンプルだ |
●背景動画系エフェクト(1)~遠方の戦闘
ゲーム進行には全く影響しない「賑やかし」としての背景動画もBISHAMONで作られている。「遠方の戦闘」エフェクトはその代表例だ。「動画」という表現を使ってしまったが、実際にはプリレンダーではなく、ランタイム時にリアルタイムレンダリングされる。
かなり尺の長いエフェクトだが、遠方で描画されることになるため、GPU負荷はそれなりに押さえられているとのこと。
小島氏:比較的シンプルな階層構造でできていますが、回転や移動にランダム要素を盛り込むことで、エフェクト再生をするたびに異なる位置から異なる方向にビームが伸びて爆発が起こります。
【遠方の戦闘】 | |
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遠方の戦闘エフェクトのジオメトリ構造 |
【遠方の戦闘:動画】 |
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BISHAMONでのプレビュー画面 |
実際のゲームでの映像。遠方の宇宙戦闘の背景動画は、実はBISHAMONで出来ていたという衝撃的な事実 |
●背景動画系エフェクト(2)~飛来する戦闘機
エフェクトというと爆発や閃光と言ったパーティクルベースのものをイメージしがちだが、「戦場の絆」では3Dのキャラクターオブジェクトを登場させるエフェクトまでをBISHAMONを使って作成している。
例えば、戦場を縦横無尽に飛来するジオン軍のドップ戦闘機は、実はゲームシステム側によって表示されているのではなく、BISHAMONによって作成されたエフェクトそのものなのだ。
このエフェクトで登場するドップ自体はDCCツールでモデリングされたものをBISHAMON側にインポートしているため、平面的なポリゴン/クワッドではなく、ちやんとした立体的なジオメトリ構造を持ったオブジェクトとしてBISHAMONランタイム側で描画される。
登場タイミングはゲームシステム側で制御されているが、飛行する向きや方向はBISHAMON側のランダム要素によって制御されているため、ほぼ毎回、そのドップの飛行軌道は異なることになる。
小島氏:ゲームシステム側に影響を及ぼさない背景エフェクトであれば、こうしたものも作れてしまうんです。あとでパフォーマンス解析をした際に、我々のゲームエンジン側で直接描画した方が負荷は軽いことはわかったのですが、BISHAMONで作った方が作りやすいことは確かでした。実際のゲームでは、こうしたキャラクタモデルが登場する背景演出エフェクトはBISHAMONベースのものとゲームエンジン側の直接制御のものとが混在していますね。
【飛来する戦闘機:動画】 |
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この「飛来するドップ」エフェクトは、飛行軌跡に残るパーティクルエフェクトはもちろんのこと、ドップ自身もBISHAMONランタイムで制御されている |
コクピット内エフェクト用テクスチャ |
●背景動画系エフェクト(3)~起動するコクピット
Rev.3では、コクピットの内装グラフィックスがジオメトリ構造を持つ3Dグラフィックスとなった。これに伴い、コクピット内の計器類の動きや、モニタ類の表示表現などが追加されたのだが、実は、これらもBISHAMONベースで作成されている。
正路氏:「モビルスーツに搭乗している感」の演出強化はRev.3の開発目標の1つでした。それっぽい雰囲気を感じていただけると嬉しいですね。なお、連邦軍とジオン軍ではデザインが違っています
一度に点灯するのではなく、時間差で計器やモニターが時間差で起動していく様が雰囲気満点だ。OS起動画面のような映像があったり、一瞬ノイズが表示されたり…といった細かい演出の数々からは、開発チームの心意気のようなものを感じる。
【起動するコクピット】 | |
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ジオンと連邦のコクピット |
【起動するコクピット:動画】 |
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ジオン軍コクピットの起動エフェクト。BISHAMONのプレビューより |
連邦軍コクピットの起動エフェクト。BISHAMONのプレビューより |
■ おわりに
取材風景 |
「戦場の絆」のグラフィックスは、設計上、フルHDの2倍の解像度で60fpsレンダリングすることが求められたため、GPUパワーの大半をフィルレートにあてた設計となった。これにより、昨今の一般的なゲームグラフィックスと比較するとシェーダーリッチな表現にはなっていない。しかし、その代わり、プレーヤーを包み込むような、視界の上下左右約180°に広がるHDサラウンド映像を実現できており、他のゲーム映像にはない魅力を得ることには成功している。
そして、BISHAMONによって製作された圧倒的な物量のエフェクト群も、本作の映像美に大きく貢献している。単純なエフェクトはもちろんのこと、動く背景グラフィックスまでをBISHAMONで量産していたことには驚かされた。
まだRev.3が出たばかりなので、こんなことを言うのは野暮な話だが、今後、ハードウェアのスペックがさらに向上すれば、さらに高次元なガンダムグラフィックスを見られそうな予感がする。最後に、田村氏、正路氏、小島氏に、今作の開発を振り返りつつの、ユーザーにむけてのメッセージを伺った。
正路氏:Rev.3では「モビルスーツに乗っている感をより強く演出していこう」というコンセプトを掲げ開発してきたので、コクピットの内装表現を3Dグラフィックス化したり、モビルスーツの腕や指を再現したりしています。ここはユーザーの皆さんに見ていただきたい部分ですね。
小島氏:「戦場」感の演出、リアリティの高いガンダム世界の戦闘体験を再現するために、こだわってエフェクトを作成しました。実際の弾速などはRev.2以前と変わらないのにRev.3では視覚効果として速く見えるようなエフェクト調整なども行なっていますので、そのあたりに気がついてくれたら嬉しいですね。
田村氏:特徴的なハードウェアを用いたアーケードゲームですので、ビジュアル面が大きく取り沙汰される傾向が強い本作ですが、自分としてはゲーム性というものを第一に考えて開発してきています。これからもそうでしたし、今後もそうしていきたいと思っています。ガンダムが好きな方、あるいはゲームそのものに興味を持った方は、是非とも、お近くのゲームセンターで、「戦場の絆」をプレイしてみてください。よろしくお願いいたします。
(C)創通・サンライズ
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(2012年 4月 20日)