3Dゲームファンのためのグラフィックス講座

西川善司の3Dゲームファンのための「プレイステーション 4」グラフィックス」講座(後編) ~「環境の認識」と「知性」。そして、それらの相互連携が新表現を生む)

PS4世代のゲームグラフィックスはこうなる(7)~「環境の認識」と「知性」。そして、それらの相互連携が新表現を生む

 GPGPUの本格活用により、物理シミュレーション、AI、アニメーション制御といった各要素技術がゲームシーンでさらに進化することは間違いないが、次世代ゲーム(≒PS4世代ゲーム)において、開発者達が新テーマとして研究開発に挑み始めているのは、それらを相互連携させる有機的なメカニズムだ。これは非常に複雑なロジックになるため、ゲームエンジンやミドルウェアが実装すべきテーマだとも言われている。

 例えば、PS3世代のゲームでも、基本的なAIによって経路探索が行なわれ、敵がプレーヤーキャラクターを取り囲むようなことはできる。その後、敵が攻撃を仕掛けた際、その攻撃手法は悪くてランダム、良くてもプレーヤー側の状態だけを認識してダメージを与えられそうな攻撃手法を選択する。そして、そのモーションはあらかじめ設定された攻撃モーションを再生するだけだ。もちろん、その攻撃モーションは、周囲に壁や木、その敵にとっての味方がいても、それらにめり込むことをお構いなしに発動される。

 これに対して今後物理シミュレーション、AI、アニメーション制御の相互連携が実践されると、状況が少々変わってくる。

 まず、敵がプレーヤーを取り囲む際に、必ずしも最短経路を選ばなくなる。そのゲームシーンの環境を認識するようになり、遮蔽物があれば隠れながら移動するし、自分と同じ勢力が複数あるのであれば、互いに連携して1人は左から歩み寄り、もう1人は右側から迫るような行動選択をする。追い詰めるべきプレーヤーの周囲に壁があるならば、プレーヤーを壁に追い詰めるように動くことだろう。

 そして、それらの敵キャラは、こちらプレーヤーの状態だけでなく、周囲の環境を認識して、最適な攻撃モーションを繰り出す。当然、壁や木、その敵にとっての味方に攻撃をめり込ませるような攻撃アクションは行なわない。プレーヤー側も、たとえゲームシステム上では、反撃手段として縦斬りと横斬りしかなくても、壁があって持ち手の剣が振れないと判断できれば、剣を反対の手に持ち替えて攻撃するといった攻撃モーションを発動する。

 アニメーション制御についても、PS4世代では進化を遂げる。

 用意されているモーションが、モーションキャプチャーより取得した「剣を振り上げる」、「剣を振り下ろすという、ごく短いモーションパーツだったとすると、PS3世代では、これを連続発動する場合、ただ、続けざまに連続再生するか、モーションブレンディングを行なってつなぎ目をぼかすような接続を行なうだけだ。

 しかし、PS4世代では、ここに人体の解剖学に基づいた人体物理シミュレーションを適用し、モーションとモーションの間の動きを、実際に人体が取り得る動きと、その時に各部位に掛かる物理の法則にも配慮して自動生成するようになる。

 たとえば、持っている剣の重さに応じた腕の動きになるように自動的にモーションが修正されたり、その際に腕の軌道が変化するならば、腕だけでなく、人体解剖学に基づき、腰の回転を自発的かつ動的に加えるなどの自動モーション生成を行なう。

【モーションに関するデモンストレーション】
異なる2つのモーションパーツを連続再生する際に、その2つのモーションの間にプロシージャル生成したモーションを挿入する技術のデモンストレーション。スクウェア・エニックスの「Luminous Studio」開発チームの1人、向井智彦氏の論文から

【ゴルフの一般的なスイングモーション】
同じく向井智彦氏の論文から。ゴルフのスイングモーションの原形

【ゴルフクラブの重量をシミュレーションした際のスイング】
ゴルフクラブの重量が増した際のスイング。これは、元のゴルフスイングモーションをベースに、重たいクラブを振っていることのシミュレーションを付加してモーションをアレンジしている。こうしたテクニックは「力学的リターゲティング」技術といい、操作対象物の重量が変わっても、元々のモーションの重心位置をなるべく維持するような制御を加えることで実現させている

 こうした技術はプロシージャルアニメーション技術、フルボディIK(Inverse Kinematics)技術と呼ばれ、次世代ゲームにおいては最も進化が見込まれる技術分野になる。なお、PS3世代でもごく一般化していたIK技術は人体部位の一部を移動関連した部位が自然な形に移動する技術だが、フルボディIK技術は、関連しない他の部位までも、人間の経験的、知性的な行動衝動にまで基づいて総動員させて動きを生成する技術になる。

【「Euphoria」のデモ映像】
知性を感じさせるNaturalMotion社のフルボディIK対応型プロシージャル人体アニメーションミドルウェア「Euphoria」のデモ映像

 まとめると、PS4世代では、ゲームグラフィックスの「動き」方面に「環境の認識」と「知性」が加味されていくというようなイメージになる。なんだかロボットの研究みたいだと思った人もいるかも知れないが、実際、その読みは鋭い。最近、ゲーム業界にはロボティックス分野を研究していた人が、入って来ることも珍しくないのだ。

【「バイナリードメイン」のプロシージャル二足歩行】
AI技術とアニメーション技術を相互連携させて動きを作り出していたゲームはPS3、Xbox 360世代にも存在した。それがセガの「バイナリードメイン」だ。このゲームのボスの1つ、蜘蛛型多脚ロボットは、その8本の脚がプレーヤーに破壊されて隣接する2本だけになったとき、起き上がって2足歩行で歩き出す。しかし、このことに一番驚いたのは、開発者達自身だったという。この蜘蛛型ロボットは、重たいボディの重心を支えるために自ら能動的に立ったというのだ。この二足歩行は想定されたものではなかったが、製品版にも残されている

おわりに

 PS4のスペックに歓喜した人、そうでもなかった人、いろいろいたとは思うが、筆者個人としては、7年ぶりのゲームプラットフォーム刷新となることには喜びを覚えている。

 クラウドゲーミングの台頭、ソーシャルゲームの席巻など、ゲームを取り巻く環境は、PS3が登場した7年前とはかなり違ってきたが、ゲームというメディアは今後もなくならないだろうし、本連載がテーマにしているゲームグラフィックスは、PS4の登場を境に、確実に進化して、我々の目をもっと楽しませてくれるはず。この後に出てくるはずのMicrosoftの次世代Xboxの動向にも期待が寄せられるところだ。

【PlayStation 4 Official Trailer】

(トライゼット西川善司)