3月6日に発売されたばかりの「空母決戦」は、太平洋戦争で空母機動部隊と基地航空隊が繰り広げる水上航空戦をテーマとした、ライトなセミリアルタイム制ストラテジーゲームである。プレーヤーは日本海軍の機動部隊指揮官となり、真珠湾攻撃やセイロン沖海戦といった、史実をベースにしたミッションの完遂を目指す。
新興ブランドSi-phon(サイフォン)のゲーム業界参入第1作に当たる本作の開発には、かの「大戦略」シリーズのオーガナイザーで、現在は有限会社エレメンツの取締役社長を務める石川淳一氏も大きく参与している。
かつてコンピュータストラテジー/ボードストラテジーゲームを楽しんでいたものの、仕事やら何やらで忙しすぎて最近リタイア気味の中年世代をコアターゲットとして、さらに幅広いファン層の獲得を目指すという戦略のもと、「1回当たりは短時間で終わるが、何度も楽しめるゲーム」を基本コンセプトとしている。それを実現する手段が、プレーヤーの視点をあくまでも「機動部隊指揮官」に限定するという、独特の表現方法だ。さっそくゲームの魅力を紹介していこう。
■ 艦隊の編成や機動を考える必要なし、まさに指揮官にとっての決戦
シナリオは個別にプレイ可能だが、中級編の2本をそれぞれクリアすると、上級編シナリオがアンロックされる |
ミッションブリーフィングでここまでの戦況や作戦目標、両軍の配置などがわかる。勝利条件はいつでも確認可能 |
艦隊の針路を決め、索敵を指示するところからスタート |
「空母決戦」は、太平洋戦争における日本海軍の機動部隊の指揮官として、アメリカ、イギリスの艦隊や陸上基地を相手に航空戦を繰り広げる、セミリアルタイム制の海戦ストラテジーだ。
ストラテジーゲームファンのみならず、かつてストラテジーゲームやボードゲームを楽しんでいた中高年層のカムバックをも狙っており、意図的にシンプルなルールでプレイ時間を短くし、「指揮官の決断」という空母決戦のいちばんおいしいところだけを繰り返し味わえるようになっている。また、空母戦という流動的なモチーフの特徴を生かし、何度も繰り返し挑戦できるゲーム性を意図しているという。
ゲームで扱われるシナリオは初期段階で6本。マレー沖海戦やミッドウェー海戦など、いずれも史実を基にしたシチュエーションだ。中級編のシナリオをクリアすることでアンロックされる、上級編シナリオも用意されている。
注意点としては、プレイできるのは日本軍側のみで、連合軍は担当できず、マルチプレイモードも存在しない。その代わりというわけではないが、メッセージダイアログには史実における指揮官も登場、いかにもそれらしいセリフをしゃべったりして、作戦の緊迫感を盛り上げてくれる。
各シナリオは基本的にいきなり作戦のクライマックス段階から始まる。日本軍はすでに艦隊を組んで洋上におり、シナリオによっては針路すらあらかじめ入力されている。したがって、どういった艦隊編成にするかとか、輪形陣(空母を中心にした多重の円陣。対空火力に優れる)の具体的な組み方がどうとか、先頭に立つのが軽巡洋艦か高速戦艦かといった細かな話は、全部飛ばされている。
艦隊の移動についても同様にシンプルだ。移動の指定は、マウスで目標地点をクリックするか、追跡/攻撃したい敵艦隊を指定するだけで良い。ゲームの進行を止めてじっくり考えることもできるし、経路指定も可能だが、速度の指定はできない。シナリオの長さは数時間から、長くても2昼夜程度であるから、燃料の心配は不要だし、「一斉回頭」やら「風上に向けて全速航行」やらといった機動の定石は、最高指揮官がいちいち判断するまでもなく行なわれているということで、プレイ要素からは大胆に省かれている。
これらはすべて、あえてシンプルにすることでターゲット層を広げるという開発意図の産物だ。コテコテのマニアを狙うなら、ジェネラル・サポートの「空母戦記」シリーズなど、すでに先行作品がある。それとは異なる層に着目しつつ、空母戦の本質的な部分に焦点を絞ったゲームデザインになっているのだ。
■ 「空母ラシキモノ」との入電で雷爆換装、空母戦のジレンマがテーマ
陸上基地も使って索敵網を展開、敵の早期発見を目指す |
さて、空母戦モチーフで最も重要な戦術要素といえば索敵である。このゲームでは原則として、陸上基地および空母から偵察機を飛ばして、一段階の全周扇状索敵を行なうことになっている。ただし、発着地点からいくつの扇形を描けるかは偵察機の運用可能数次第であって、少なくともプレーヤー率いる日本海軍側は、正規空母6隻を擁した作戦ですら、半周程度が限界である。よってプレーヤーは、どの方位を優先するか指定する必要がある。
ルールはシンプルなものの、実は細かな設定が生きているのが、本作における索敵ルールだ。艦上偵察機は索敵半径が小さいのに対して、陸上機や飛行艇が配備された(と思われる)基地からの索敵半径は、かなり大きくなる。これらをうまく併用しつつ、広い海上に傘を差し掛けるのだ。ただし、偵察機といえども天候によって視界は限られるし、大きな半径で広い範囲をカバーするということは、自軍の索敵行動と敵の動静の間で、タイムラグが大きくなるということでもある。カバーできさえすれば万々歳というわけでないことは、プレイを始めればすぐに気づかされるだろう。
敵艦隊を見つけた偵察機は、自動的にその艦隊を監視する形での飛行に移行する。無電でもたらされる敵の情報は当初漠然としているが、次第に「空母を含む」、「戦艦2隻を含む総数26隻」などといった形で、詳細が判明していく。プレーヤーはそうした報告を追いながら、攻撃隊の発進如何や、空母直衛戦闘機隊の運用を決めるのである。
戦闘機、(急降下)爆撃機、攻撃機(雷撃&水平爆撃)から成る攻撃隊は基本的に編成済みで、メニューから指定して攻撃対象をクリックすれば済むのだが、対艦攻撃装備と陸上攻撃装備が設定されていて、これらの換装にはゲーム内時間で2時間を必要とする。ためしに陸攻装備のまま敵機動部隊を攻撃させてみたが、プレイにメリハリをつけるためか、かなり効果が薄かった。このゲームにおける対艦攻撃には、遅発信管付きの徹甲爆弾(甲板や舷側を突き抜けてから炸裂する仕組みの爆弾)と魚雷が不可欠なようで、ミッドウェー海戦の史実におけるジレンマが意図的にクローズアップされているのである。
■ ルールを大胆に刈り込むことで、本質部分だけを繰り返し楽しむ
敵の機動部隊主力を仕留める。先手を取れるかどうかが、大きく明暗を分けるのが空母戦 |
こうした一連の流れを、個々のシナリオにおける勝利条件等に沿ってこなしていくのが「空母決戦」というゲームだ。プレイ時間は1時間以内を目安としたそうだが、慣れてくれば20分程度で決着がつくシナリオもある。細部の描写をあえて省くことで初心者にとってのハードルを下げ、プレイ所要時間を短縮しながらも、それと同時にコンピュータゲームの独擅場たるリアルタイム・ダブルブラインド(互いに相手が見えない)進行の楽しさ、ドキドキ感を実現しているのである。じりじりと事態が進む陸戦や、互いに大出血覚悟の水上砲撃戦と異なり、数分の差や索敵の偶発要素が大きく勝敗を分ける空母戦のエッセンスを、可能な限り純粋に楽しめる形に仕上げているわけだ。
まさしく偶発的に生じる事態にどう対処するかが、このゲームの楽しみどころであり、リプレイアビリティの源泉でもある。各シナリオは、おおむね時間との闘いであり、空母戦のセオリーをひたすら墨守したところで、きれいに勝てるとは限らない。しかし、こうすれば5分、10分の優位を作り出せるはずという工夫の余地は、それなりにある。そうした積み重ねこそがプレイの楽しみであり、おそらくはその先に勝率の相対的な上昇と安定が待っている。そして、より高いハードルである上級シナリオのアンロックもある。
ともすればディテール再現の細かさや豪華さで、次第に重厚長大になっていってしまうストラテジーゲームに対する、Si-phonの回答がこれだ。攻撃隊の目標変更や、二段階索敵(同じ地域を2機でサポートし、1機目が母艦から最も遠ざかった段階で、2機目が発進する)のルール化など、付け加えてほしくなる要素を多分に含みつつも、それをあえてカットしたところに、おそらくはこのゲームの精神がある。始めからシナリオを個別にプレイでき、キャンペーン形式をとっていない点も、何よりプレイしやすさを重視した結果なのだろう。あえてボードゲームにたとえるなら、ちょうどエポック社の「日本機動部隊」を、コンピュータ処理で合理的かつ簡単にした感じである。
それぞれ敵の戦艦部隊と機動部隊を攻撃したときのカットイン。ただし、演出の派手さ具合と実際の戦果は、あまり関係ないようだ |
できればあまり見たくない、敵の迎撃機と味方空母の被弾シーン。空母直衛戦闘機隊も、一定時間で燃料が尽きて着艦するので、タイミングの読みが重要 |
■ 手軽に買える価格設定ならより嬉しい、ぜひ追加シナリオを
南雲長官にいちばん上のセリフを言われると、割とドキドキする |
プレイの環境設定は、いたってシンプル。ゲーム画面はウィンドウ表示なので、ほかの作業の合間にプレイするには好都合 |
「空母決戦」は、プロダクトのカテゴリとしてはカジュアルゲームに相当するコンテンツだが、惜しむらくはカジュアルゲームとして価格が6,930円と高いことだ。ダウンロード販売がまだまだ発展途上の段階にある我が国では、ある程度仕方ない面もある。また、おそらくは基本的に忙しい人がちょっとした暇を縫って、前のプレイを半分忘れるくらいの間隔でプレイしていくことが想定されているのであって、全体的なボリュームは見た目ほど気にならないかもしれない。
ただもし、オンラインでの追加シナリオ提供などが検討されるなら、製品寿命はさらに延びる。敵側にエセックス級正規空母がわらわら出てきて、そいつらがみんな近接信管付きの対空砲を装備している光景はちょっと恐ろしい気もするが、すべてのシナリオをクリアした人向けの追加シナリオなら、そうした手もアリだと思うが、いかがだろうか。
各場面でのBGMが、勇壮ながらオリジナルの楽曲で固められているのは、あえて史実の生々しさを避けた部分なのかもしれないが、モチーフ的にも登場人物設定的にも、ここはむしろ史実との関係性を強めてもよかった部分かもしれない。
同様に、せっかく移動速度や航続距離、戦闘力などさまざまな数値的リサーチ/設定があるのだから、いわばデザイナーズノートを兼ねて資料集的なお楽しみコンテンツがあっても、悪くなかったろうと思われる。ゲームのデザインや演出と、ターゲット層のプロファイリングとの関係にはいろいろ考え合わせるべきことが多く、一概にこれが正解と言い切れるものではないが、史実への興味がこのゲームへの呼び水として大きいことを前提に、ほかの部分の演出が決められている以上、それをさらに徹底するのは採り得る選択肢のひとつだろう。
ともあれ「空母決戦」は、太平洋戦争の戦記モノやストラテジーゲームは好きだが、いきなり戦略級や、精緻な作戦級はヘビーだと思う人には、ぜひ触ってみてほしいコンセプチュアルな意欲作だ。Si-phonの今後の制作方針ともども、市場投入結果が楽しみな作品である。
衛星写真を基にしたマップは、シャープな印象でカッコいい。表示倍率は2段階用意され、これは拡大画面 | ルールをシンプルにまとめたせいか、港内の在泊艦船を叩くという設定はない。真珠湾攻撃も普通の海戦扱いだ |
珊瑚海海戦に完勝したからといって、1942年時点での講和とはいささか大げさな気もするが、個別シナリオ主体のゲームだけに、許される茶目っ気の一種だろう |
(C)Si-phon.
【空母決戦】
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http://si-phon.com/
□「空母決戦」の製品情報
http://si-phon.com/
(2009年 3月 12日)