GDC 2011レポート
「ニンテンドー3DS」総合プロデューサーの紺野秀樹氏が講演
通信機能やARなど、裸眼立体視以外の魅力をアピール
「GDC 2011」では、任天堂株式会社 代表取締役社長の岩田聡氏による基調講演に続いて、紺野秀樹氏による講演「Development Process of Nintendo 3DS(ニンテンドー3DSの開発過程)」が開かれた。日本では2月26日に発売されたが、北米では約1カ月遅れの3月27日発売予定となっている。
紺野氏は、宮本茂氏が率いる情報開発本部(EAD)で、25年間にわたってゲームソフトの開発を行なってきた。最初の仕事はファミリーコンピューター用「アイスホッケー」。代表作は「マリオカート」シリーズで、最新作は「nintendogs + cats」。そして、3DSのソフトウェア、ハードウェア両面を見る総合プロデューサーも務めている。
ソフトウェア専門の紺野氏が、3DSのソフトウェアだけでなくハードウェアまで統括する上で、どんな出来事があり、結果として何ができたのか。3DSの誕生秘話とともに、その魅力を引き出すセッションとなった。
講演のスライドで使われた紺野氏のMii。左は3DS内蔵の「Miiスタジオ」による自動生成。右はそれを見て「あんまり似てないね」と言った宮本氏の手作り。今回はアピールのために左を採用 | 昨年は「スーパーマリオブラザーズ」の登場から25周年。紺野氏はその1年後に入社したので、今年で任天堂入社25周年なのだそうだ |
■ 3DSでとても重要なのは「通信機能の強化」
3DSの総まとめ役を「興味ある?」、「はい」と随分簡単に引き受けた感じのスライドが会場でウケていた |
開発技術本部の梅津氏、杉野氏が3DSのハードウェアを担当 |
まず紺野氏が3DSのプロジェクトに参加したきっかけについて語られた。2008年春、当時は3DSという名前はおろか、立体視にするというプランも決まっていなかった頃、「マリオカートWii」の発売を終えた紺野氏に、宮本氏が声をかけた。「次世代ソフトウェアとハードウェアの両方を取りまとめる仕事をしてもらえないか?」というものだった。紺野氏は、「いろいろな仕事に挑戦したかったし、デジタルガジェットが好きだったので、あまり悩むことなくYESと答えた」という。
任天堂は伝統的に、ソフトウェアとハードウェアのチームが同じビルで働いている。しかし、ソフトウェア担当者がハードウェアの開発に参加することは稀なことだった。そういった役割は、これまでは岩田氏や宮本氏が担ってきたもので、そこからも紺野氏の抜擢が異例であったことが伺える。
3DSのハードウェアの担当は、開発技術本部の梅津隆二氏と杉野憲一氏。梅津氏はSoC設計のスペシャリストで、杉野氏は3DSのデザイン全般の責任者を務めた。杉野氏は「バーチャルボーイ」のデザインも担当しており、紺野氏が後に立体視の話をする時には「また立体をやるんですか、と言われそうで不安だった」という。
さて、その3DSには、さまざまなソフトがプリインストールされている。紺野氏は「本体だけでいろいろと遊べることにこだわった。そこで人と人とのコミュニケーションが生まれるものを実現したかった」と述べた。中でも「ARゲームズ」は、「ARは新しい技術ではないが、立体視との相性がよく(立体世界に立体の仮想現実が現われる)、新鮮な体験ができる」と語った。
そして3DSで「とても重要」と紺野氏が言うのが、通信機能の強化である。具体的には、「StreetPass(すれちがい通信)」と「SpotPass(いつの間に通信)」である。既に公式サイトなどで発表済みの内容ではあるが、ここでは改めて紺野氏の説明をお伝えしたい。
まず「すれちがい通信」は、DS用「nintendogs」で始まったすれちがい通信の強化版。ゲームを購入後に簡単な設定を済ませれば、本体だけで最大12タイトル分のデータを交換できる。3DSのプロジェクトで紺野氏が最初にまとめたのがこの機能だそうで、「世界中がインターネットで繋がっているのに、あえてこのゆるい繋がりというのが、味があっていいのでは」と語った。
「いつの間に通信」は、Wi-Fiのアクセスポイントに近づくだけで勝手に情報が得られる機能。「WiiConnect24」のプッシュ情報感覚を携帯機に持ち込んだものといえる。紺野氏は「ユーザーがデータを取りに行くのは敷居が高いが、プッシュ感覚ならば敷居も下がるのでは。朝起きたら3D映画のトレーラーが届いていたらわくわくするはず」と、端的に魅力を語った。また「nintendogs + cats」においては、「いつの間に通信」で犬と猫を配信予定としている。
紺野氏は通信機能の強化を何よりも強調。「すれちがい通信」と「いつの間に通信」を改めて聴講者に説明した |
■ 「Playing is Believing」で社内に認めさせた3DSの仕様
EAD内にある小さなハードウェアチームの試作品が、3DSの仕様決定に大きく関与した |
話は戻って、3DSの開発時の話題。紺野氏は3DSチームにおいて、「アイデアの引き出しの整理」を行なった。「引き出しの中の情報をどうやって増やしたり質を上げたりするのかが大事。アイデアを断片的にでもいろいろ入れることを重視した」という。これは宮本氏から受け継いだ手法で、アイデアを付箋に書き留めて壁一面に貼り、付箋を眺めては、動かしたり書き足したり、遠くから眺めたりしながら、アイデアを整理する。
紺野氏曰く、「慣れれば頭の中でそれができるようになる」のだそうだ。3DSでは本体の仕様やOS、ハードウェアなどで、この引き出しの整理を数カ月間繰り返し、3DSの全体を徐々に浮かび上がらせたという。
ここで紺野氏は「Playing is Believing」という、Wiiの発表の際に任天堂が使った言葉を引用。「3DSではこれがとても大事だった」と述べた。
紺野氏が裸眼立体視の具体化のための技術を研究していた頃、ソフトウェア側はいいものになると思っていたが、過去に「バーチャルボーイ」で苦い経験をしている任天堂社内においては、立体視の可能性をすぐには信じてもらえなかった。そこで紺野氏は、裸眼立体視の実験を行なう必要があると判断した。実験と言ってもハードウェアは必要になるので、ハードウェア担当者の協力を求めた。
任天堂では、ソフトウェア開発を行なうEADにも、ハードウェアチームが置かれている。澤野貴夫氏と山崎仁資氏の2人だけという小さなチームで、主に試作品の開発を行なっている。「WiiFit」はこのチームと宮本氏という体制で作られたという。紺野氏はこのチームの協力を得て、Wiiに裸眼立体液晶パネルを接続。数週間後には「マリオカートWii」を裸眼立体視で動かした。
それを社内で見せたところ、体験した人の心を一瞬で掴み、「本当だ、時が来たんだ。これで勝負しよう」という流れが生まれた。「体験することで、言葉で説明できなかった変化が生まれた。これが『Playing is Believing』なのでは」と紺野氏は語った。
これと同じことが、立体深度をスムーズに変更する「3Dボリューム」でもあったという。当初、システム側でソフトウェアスイッチを設けるか、ON/OFFのみにするかなど、話がまとまらなかった。そこで先述のWiiによる試作機で、ヌンチャクに3Dボリュームを接着し、立体具合を自由に調整できるようにしたところ、「何か新鮮で、気持ちいい。個人の見え方の調整がこれで解決できるのでは」という声が上がり、搭載が決まったという。
十字ボタンとスライドパッドの開発においては、ハードウェアチームから提案があった。任天堂では宮本氏を始め、操作感にはこだわりがあるため、調整が繰り返された。配置する場所を決める時にも、どちらが上か下か、また位置関係をどうするかがなかなか決まらなかった。その時、杉野氏から、ボタンの位置を自由に変更できるブロックタイプのデモ機を渡された。ハードウェアはDSで、「スーパーマリオ64DS」をアナログ操作に対応させてテストしたという。
ジャイロセンサーは、「宮本氏のこだわりが爆発」して入ったものだという。ハードウェアの仕様が固まっていた段階になって、宮本氏が「ジャイロが入れば遊びの感覚がまったく違う」と言って、自らデモ機を持ってきたのだそうだ。このようにして、ソフトウェアとハードウェアのチームが提案を繰り返し、試行錯誤しながら開発が進められた。
続いてはソフトウェアの話。紺野氏がプロデューサーを務める「nintendogs + cats」の開発におけるこだわりが紹介された。
前作のDS用「nintendogs」からの変化とこだわりとして挙げられたのが、目と毛並み。目は前作ではテクスチャで描かれていたが、今作では眼球がモデリングされ、自然でつやのある目になっている。さらに猫の目は、太くなったり細くなったりという独自の表現を取り入れているという。毛並みは3DSのマシンパワーを活かした処理を使い、ファー(3DCGでの毛の表現)を、シェルタイプ、フィンタイプと使い、ライティングや色をつけて仕上げたものになっている。このほかARで子犬を手のひらに乗せられたり、前述の「すれちがい通信」や「いつの間に通信」にも対応する。
Wiiを使った裸眼立体視のデモ機 | 3Dボリュームはヌンチャクに取り付けて試作 | 十字ボタンとスライドパッドはハードウェアチームがデモ機を用意 |
「nintendogs + cats」の目の表現。前作よりも生き生きとした感じの目に仕上がっている | ||
同じく「nintendogs + cats」の毛の表現。子犬のフワフワした感じが以前より強くなった |
■ ソフトウェアとハードウェアの開発の違和感と共通点
ソフトウェア開発は「とりあえず」で動かす文化なのに、ハードウェアではそれが許されず、即断が求められた |
しかしチーム内で向かうところは、客を驚かせるという点で一致していた |
講演のまとめとして紺野氏は、ソフトウェアとハードウェアの開発にある違和感について語った。
ソフトウェア開発において宮本氏と長く仕事をしている紺野氏は。宮本氏からよく「まずは箱でもいいから動かしておけばいいよ」と言われるという。例えば「マリオカート」を開発する際、マシンのモデルを作ったりする前に、マシンは箱でもいいから、とりあえず動かせるものを作ろうということだ。
ところがハードウェアチームからは、「とりあえず」ということはあまり聞かれないという。紺野氏が何かのハードウェア仕様を尋ねられ、「いつまでに決めればいい?」と聞くと、「今日です」と言われた。ハードウェアの開発は、コストや耐久性、サイズなどを決めないと先に進めないことも多いためだ。これを紺野氏は「悪いものではない違和感」と呼んでおり、「ハードウェア開発がとても大変なことを理解した」という。
しかし違和感ばかりでもない。紺野氏は自らが大事に考えていることとして、「お客さんに驚いてもらいたい」と語った。そして「プロジェクトの最中はずっとそう考えていた。ハードウェアチームもソフトウェアチームもそうだったはず」と述べ、チーム全体としてのまとまりがあったことを強調した。
最後に紺野氏は、聴講者に向けてメッセージを送った。「開発は長く時間がかかることが多く、楽しいことばかりではない。自転車で長距離レースをしているような気分になる。レーサーはいろいろなコースに挑まねばならないが、ペースを考えないとゴールもできない。ギアを軽く、重くと回転数を調整しながら、自分の快適なポイントを見つければレースも楽になる。期待に応えたいと思うのと同時に、期待以上の仕事をしたいと日々考えている。またこの人たちと仕事をしたいなと思ってもらえるよう努力したい」。
今回の紺野氏の講演は、情報として何か真新しいことがあったわけではない。この講演の裏を読み取ろうとするならば、3DSの特徴として取り上げられる裸眼立体視の話題がほとんどなかったことがポイントと言えるだろう。「3DSの魅力は裸眼立体視だけではない。通信機能の強化やARといった部分も大きく、そこに注目したゲームを開発して欲しい」というのが、開発者に向けて伝えたいメッセージだったのではないだろうか。
(2011年 3月 4日)