GDC 2011レポート
“GAIKAI”が示した衝撃的なクラウドゲーミングの世界
「Cloud Gaming: 10x the Audience for your PC games」
近年のGDCで毎年語られるキーワードのひとつに「クラウドゲーミング」がある。かつてのニュアンスは、オンラインゲームのゲームサーバーをいかにクラウド化し、コストを削減するかというものだったが、現在はまったく意味が変わっている。それは、ゲームコンテンツをストリーミング配信し、クライアントサイドにはほとんど負担を掛けずに、リッチなAAAタイトルが楽しめるという夢のような話だ。
実はこの手の話はShockweveによるコンテンツ提供が華やかだった時代からあるが、この手のクラウドゲーミングでは、専用のクライアントが必須だったり、ゲームの表示解像度が低かったり、レーテンシーが悪かったりなど、厳しい制約や条件をくぐり抜けた上でようやくプレイできるというものが多く、わざわざそこまでしてクラウド環境でゲームをプレイする意味を見いだせないものばかりだった。
ところがいま決定的なサービスが出現しつつある。「GAIKAI」と呼ばれるサービスがそれだ。ブラウザベースのクラウドゲーミングサービスで、FlashかJavaさえ動けば、ネットブックやタブレットでも、「Mass Effect 2」や「World of Warcraft」といったPCゲームが遊べるという優れたサービスだ。将来的にはモバイルプラットフォームにも対応する。現時点では提供予定はないということだが、コンシューマーゲームタイトルの提供も可能で、理論上は、ブラウザを通じてあらゆるゲームコンテンツをプレイすることができる。
GAIKAIはGDC4日目にスポンサーセッション「Cloud Gaming: 10x the Audience for your PC games(クラウドゲーミング:貴方のPCゲームの顧客を10倍にする方法)」を実施し、懐疑的な来場者の前で、まるで魔法のようなデモを見せてくれた。ちなみに社名とサービス名を兼ねる“GAIKAI”は、日本語の“外海”から取っており、荒波を超えてグローバル展開していくイメージを表したものだという。すでに日本にも事務所があり、クローズドβテストも実施しているなど、日本サービスの意思も表明している。本稿では今回のスポンサーセッションから、GAIKAIのポテンシャルを紹介したい。
■ 用意するものは5MB以上のブロードバンド回線とWEBブラウザ、そしてFlash or Javaだけ
GAIKAI CSOのNanea Reeves氏 |
GDCで年々話題に上がるようになってきたクラウドゲーミング。その大本命がGAIKAIである |
Netbookで「Mass Effect 2」が動く。とてもキャッチーなキーワードだ |
講演を行なったGAIKAI CSOのNanea Reeves氏は、今まで無数のプレゼンをこなしてきたらしい柔らかい物腰とわかりやすい喋りで、従来のゲームビジネスの限界点を説明した。具体的には、ショップの場合は交通費とフルパッケージ料金が必要なこと。デジタル流通の場合は若干安くなるが、5時間といった膨大なダウンロード時間が必要となる。マルチプラットフォーム展開されるコンシューマーゲームは、各プラットフォームで互換性がなく、一方、PCゲームは10万円単位の高額出費が必要になる。さらに共通の問題として常に海賊版に悩まされる。
これらの従来のサービスの限界をすべてぶち破ってストレスフリーなゲーミング体験を実現してくれるのが「GAIKAI」である。特定スペックの要求、クライアントのダウンロード、ゲームのインストール、フォームへの入力など一切なく、自宅のPCからわずか数クリック、数秒ほどでゲームを始めることができる。要求されるのは、FlashまたはJavaが動くWEBブラウザを備えたPCだけ。OS、ハードは一切問わない。
肝心のレーテンシーについては、現在予定している日本を含む欧米アジアの12カ国については物理サーバーを配置し、ゲーミングに耐えうるレーテンシーを確保するという。まさに至れり尽くせりである。しかし、上記の要素はクラウドゲーミングサービスなら共通して言えることで、必ずしもGAIKAIの優位性を示すものではない。そこのところはどうなのだろうか?
ここでReeves氏は「What's the difference between ○○ & GAIKAI(○○とGAIKAIの違いは何か?」というスライドを見せ、会場内の疑問を先取りして笑顔を見せた。Reeves氏はそれではお答えしましょうと言わんばかりに、ONLIVEやWALLED GARDEN、Steamといった競合サービスに対するアドバンテージをひとつひとつわかりやすいデータを示しながら提示していった。
今回のスポンサーセッションで唸らされたのは、同社独自のクラウドテクノロジーそのものより、その隙のないビジネスモデルだ。GAIKAIの公式な定義によれば、「GAIKAI」は単なるクラウドゲーミングサービスではなく、独自のクラウドテクノロジーを通じて提供されるゲームサービスによって、ゲームデベロッパーやゲームパブリッシャーのみならず、リテイラー(小売り)や広告主までWin-Winのビジネス構築を可能にするアドバタイジングネットワークサービスということになる。
とりわけ、従来のデジタル流通の枠組みでは自動的に敵に回すことになるリテイラーを味方に付けたことが革新的で、この点においてValveのゲーム配信サービス「Steam」や、直接の競合相手であるクラウドゲーミングサービス「OnLive」と決定的に異なるところだ。
具体的にはWalmartやBestbuyといったリテイラーが展開するオンラインショップに相乗りし、対応タイトルの購入ページに一部被せるような形でGAIKAI版の購入を促す広告を表示させる。もちろんタダではなく、ゲームパブリッシャーがお金を払って掲載するクリック保証型のアフィリエイトビジネスになっている。リテイラーは従来のビジネススキームを崩さずに売り上げを上げることができ、ゲームパブリッシャーはより安いコストでゲームのプロモーションや配信が可能となる。
ちなみにFacebookの広告が1クリック当たり0.96ドル、Googleが1クリック当たり0.79ドルなのに対し、GAIKAIはわずか0.22ドルで済む。しかも、FacebookやGoogleの1クリックはプレイを保証しないが、GAIKAIの場合、そのままゲームが立ち上がり、確実にプレイに結びつくため、1クリックの重みが違うというわけだ。
Reeves氏はたたみかけるように各種データを披露し、現在のゲームの広告にかけるコストがいかに高額であり、いかに非効率であるかを解いた。中でもReeves氏は漏斗理論を用い、従来のアプローチでは、広告をクリックしても、メールアドレスの登録に始まって、各種レジストレーション、クライアントのダウンロード、インストール、パッチング、要求スペックを満たしているか否かという各種ハードルをくぐり抜けて初めてプレイに達するが、GAIKAIの場合は初回のクリックが即プレイに結びつくため、広告のコンバート率およびCPCが非常に高いという。
【従来のゲームビジネスの限界】 | ||
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従来のゲームビジネスの限界を示したスライド。ウィットが効いていて非常におもしろい。場内からもたびたび笑いが起こっていた |
【GAIKAIのビジネススキーム】 | ||
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GAIKAIは魅力的なアドバタイズプログラムを軸に、ゲームメーカーやリテイラーとの間でWin-Winのビジネスを構築しようとしている。このビジネススキームはもちろんユーザーにとっても魅力がある。GAIKAIの強みはこのビジネスモデルにある |
【漏斗理論】 | ||
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GAIKAIを採用することで、ゲームパブリッシャーは適切なコストで、より大きな効果を得ることができることを説明したパネル。1クリックでそのままプレイに勝るアドバタイズはないだろう |
■ ブラウザでPC版「Mass Effect 2」や「World of Warcraft」がサクサク動作
Steamはデモをプレイするのに34クリックと25分を必要とするのに、GAIKAIはわずか1クリックでプレイというスライド。意地の悪い内容だが、ウソは言っていない |
続いてReeves氏は実際にデモを行なった。使用したタイトルはElectronic Artsの「Mass Effect 2」のPlayable Demoで、比較対象はSteam。Steamとの比較は、わざわざSteamのクライアントをダウンロードするところからDemoにアクセスするまでを動画に撮り、それを早送りで見せてくれた。いわんとすることは、プレイするために34回ものクリックと、25分もの時間が必要だったということだ。
これに対し、GAIKAIでは、「Mass Effect 2」のページをクリックすると、いきなりブラウザ上に同作が起動し、ゲームクライアントで遊んでいるのとほぼ変わらない感覚で表示されていた。「ONLIVE」などの他のクラウドゲーミングサービスは専用のクライアントを使うケースが多かったが、これは何もいらず、ブラウザ上にいきなりゲームが立ち上がる。これはなかなか衝撃的だ。
【SteamとGAIKAIの比較】 | ||
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上段がSteamで、下段がGAIKAI。Steamではゲームのデジタル流通ではトップシェアを誇るが、その方法論は古いと手厳しい。対するGAIKAIは、WEBページでも開くような感覚でゲームをスタートさせることができる。この差は歴然だ |
パートナーに提供されるダッシュボード。コンシューマーゲームでは当たり前になりつつあるが、ここまで詳細なデータをリアルタイムで取得できるサービスはなかなかないだろう |
GAIKAIを通じて3D立体視も視聴可能 |
さらに衝撃を受けたのが続いてのデモだ。今度はブラウザ上で「World of Warcraft: Cataclysm」をプレイするというものだったが、なんとFacebook内に組み込まれており、Facebook内のソーシャルゲームのような感覚で「WOW」をプレイできていた。上部バーにはタイトルロゴとGAIKAIのロゴが表示され、下部バーにはオンラインのフレンドが並んでいる。昔からずっとそうであったかのような溶け込みぶりである。
理屈ではそういうことも可能だということはわかっていても、まだ感覚が付いていかない感じで、よろめくような衝撃を覚えた。これがこのままいけば、恐ろしいことにすべてのゲームはFacebookとGAIKAIに収斂されることになる。GAIKAIを中心に大きなうねりが起こりつつあるのを感じだ。
GAIKAIはアドバタイジングネットワークを提供するメーカーとして、パートナーに対して専用のダッシュボードを用意し、そこでGAIKAIを通じてサービスされている全タイトルのサービス状況をリアルタイムで提供する。ゲームメーカーはこれを見ながら、リアルタイムコンバージョンの状況を確認したり、キャンペーンを考えたり、各種テストを行なうことができる。この面においてもクラウド化のメリットが絶大といえそうだ。
最後に、気になるGAIKAIのサービススケジュールだが、現在GAIKAIはβテスト中で、正式サービス開始時期は明言を避けた。日本を含む世界12カ国での展開を明言しているが、各地の展開時期についても同様に明言を避けた。
GAIKAIの利用料金は無料で、ゲームコンテンツに対して各種料金を払うのみとなっている。そのビジネスモデルは「完全にパブリッシャー次第」としている。ひと月いくらの月額制、1日いくら、1回いくらの従量制、もちろん基本プレイ無料のアイテム課金制の採用も可能。この面において掟破りの手法でデジタル流通の覇者となったValveの「Steam」をも上回る柔軟性のあるビジネスモデルとなっている。
提供タイトルについては現在メーカーと交渉中と言うことで、現時点で明かせるパートナーはBlizzard EntertainmentとElectronic Arts。すでに北米を代表するメーカーを捕まえているあたり抜かりがないが、スポンサーセッションでパートナーやサービススケジュールの明言を避けるということは、本当に未定であるらしく、正式サービスまだもうちょっと時間が掛かりそうだという印象を受けた。なにぶんサービスが始まれば、ゲーム業界に地殻変動が起こるのは必至であるため、影響を見極めているのかもしれない。先行するONLIVE以上に期待できそうなクラウドゲーミングサービスのサービス開始を心待ちにしたい。
【「World of Warcraft on Facebook」】 | ||
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Facebook上で「WOW」がガンガン遊べる! たいていのことには驚かないつもりだったが、このデモばかりは「マジか」と声が漏れてしまうほど驚いた。クラウド+ソーシャルの時代はすでにすぐそこまで来ていた |
□GAIKAIのホームページ(英語)
http://www.gaikai.com/
□Game Developers Conference(GDC)のホームページ(英語)
http://www.gdconf.com/
(2011年 3月 4日)