Game Developers Conference(GDC) 2010現地レポート

任天堂の今回唯一の講演はプロデューサー坂本賀勇氏

なぜ「メトロイド」と「メイド イン ワリオ」の両方をプロデュースできるのか


3月9~13日 開催(現地時間)

会場:サンフランシスコ Moscone Center



 GDCでは例年、基調講演を始めとした任天堂関連のセッションがいくつかあり、いずれも来場者からの人気が非常に高い。しかし今年は全体で1つしかなく、少々寂しい状況だ。その唯一の講演は、坂本賀勇(さかもとよしお)氏の“From Metroid to Tomodachi Collection to WarioWare: Different Approaches for Different Audiences(メトロイドから友達コレクション、メイド イン ワリオへ: 異なる観衆への異なるアプローチ)”。

 坂本氏はファミコンの登場前から任天堂に勤め、「メトロイド」シリーズなど多数のタイトルを手がけてきた。現在はシリーズ最新作の「METROID Other M」や、「メイド イン ワリオ」シリーズ、「トモダチコレクション」といった人気タイトルでプロデューサーを務めている。

 その坂本氏だが、講演の初めの自己紹介で、「北米で知られているタイトルは『メトロイド』くらい。他のタイトルは、マニアックで、ドメスティックで、癖の強いものばかりなので、日本国外で発売されることが少ない。私はグローバルではなく、ニッチ路線が強いゲームデザイナーだが、このスタンスをかなり気に入っている」と述べ、これまでの任天堂の講演者とは一風異なる雰囲気で講演をスタートした。




■ 坂本氏が手がけてきた作品群の紹介

坂本氏の世界的代表作「メトロイド」シリーズ

 まず最初にこの講演について、「岩田(聡氏、任天堂代表取締役社長)が疑問に思う私のゲーム制作、というポイントからお話しする」とし、その前提となる情報として、これまでに坂本氏が携わった代表的なタイトルが順に紹介された。

 まず「メトロイド」では、最初のファミコン版にデザイナーとして参加。その後、スーパーファミコン用「スーパーメトロイド」、ゲームボーイアドバンス用「メトロイドフュージョン」、「メトロイド ゼロミッション」でディレクターを務めた。GBA版で言葉によるストーリー展開を始めたのも坂本氏だ。ちなみに「スーパーメトロイド」では、ゲーム終盤でプレーヤーの操作を奪って演出を加えるという手法が取り入れられており、その際の内容が「METROID Other M」のオープニングの元になっている。


「スーパーメトロイド」の演出シーンが、「METROID Other M」のオープニングシーンの元になっている。会場では2つの映像を入れ替えながら見せたムービーも上映された

 「メイド イン ワリオ」シリーズではプロデューサーを務めているが、「少し距離を置いて作ったのであまり表に出ていない」という。ここではGBA用「まわるメイド イン ワリオ」のエピソードが紹介された。坂本氏のチームがジャイロセンサーの評価を依頼されていた際に、エンジニアが実験的にプチゲームに応用したところ、そのプロトタイプがよくできていたので、坂本氏が「岩田に自慢しに行った」。岩田氏が、本体を回すとアナログレコードが再生されるコンテンツを試すのに、椅子にGBA本体を置いてぐるぐる回し、「くだらねえ」とつぶやいたことから、プロジェクトがスタートしたという。


プロデューサーを務める「メイド イン ワリオ」シリーズ。こちらも世界的に知られるタイトルとなった「まわるメイド イン ワリオ」を岩田氏に見せたシーンのイメージ映像米国では3月28日に発売される「メイド イン 俺(WarioWare D.I.Y.)」
「メイド イン 俺」には坂本氏が制作した「メトロイド」ベースのミニゲームがある。こちらは北米でも配信されるそうだ

 同じくプロデューサーを務めた「トモダチコレクション」については、「コンセプトが『究極の内輪受け』と、遊び方が既にドメスティック」と説明。詳しい内容については後述されたが、日本では既に300万本近くを売り上げる人気タイトルとなっている。

 このほか、坂本氏がシナリオを書くきっかけとなった「ファミコン探偵倶楽部」も紹介された。こちらは北米では出ていないディスクシステムのタイトルだが、続く講演内容に重要なタイトルとして内容が説明された。最後に、岩田氏がプログラマーを務めたファミコン用「バルーンファイト」にも触れ、当時の2人の考え方がまるで違う様子をイメージしたイラストも紹介された。


「トモダチコレクション」でもプロデューサーを務めている北米では発売されていない「ファミコン探偵倶楽部」は、坂本氏にとって重要なタイトルのようだ
坂本氏が携わり、岩田氏がプログラマーを務めた「バルーンファイト」。当時のイメージ画像では、2人の考えていることがまったく違う様子が描かれている



■ 「メトロイド」と「メイド イン ワリオ」を作るプロデューサーに岩田氏が興味

シリアスタッチとコミカルタッチの両方を作れる幅広さがあるのはなぜかと岩田氏に問われ、GDCで講演することに

 タイトル紹介が済んだところで、講演の主題が説明された。「シリアスでストーリー性のある『メトロイド』と、コミカルでエキセントリックな『トモダチコレクション』や『メイド イン ワリオ』のプロデューサーが同じ人間であることに、岩田が興味を持った。ゲームの中で正反対に位置するスタンスのタイトルに、私がどういうアプローチを行なっているのかという説明を求めた」というのがきっかけで、それについてGDCで講演してみてはどうかと言われたことから、今回の講演を行なうことになったという。

 これを聞いた坂本氏は、「自分は特に意識していない。作風がばらばらといわれたことはあるが、それぞれにどんなアプローチをしているのか、そもそもプロデュースとは何かということは即答しづらい」と困惑したという。そこで改めて、自らのゲーム作りについて掘り下げることで講演とすることに決めたそうだ。

 まず坂本氏は、「岩田は『メトロイド』のようなシリアスタッチと『メイド イン ワリオ』のようなコミカルタッチにどう折り合いをつけるかではなく、なぜ私がシリアスタッチを作れるのかということに興味を持っていると思う」と述べた上で、イタリアの映画監督であるDario Argento氏を紹介した。坂本氏はArgento氏のホラー映画「Susperia」や「Deep Red」を見て、「自分の求めていたスタイルが全てここにあった。こんな作品を作りたいと思った」という。

 この映画から坂本氏は、ムード、間、伏線、コントラストという4つの演出手法を学んだ。「ファミコン探偵倶楽部2」はこの作品へのオマージュであり、これに確信を得てからは、その後の作品にもこの手法を使い続けているという。なおこの手法については、「一般的なもの。恐怖表現がこの手法に導いたということを伝えたかった」と説明した。

 その後、映画を多く見るようになったという坂本氏だが、映画マニアでなければ、映画監督になりたいとも思っていないという。「映画から受けた感動や刺激をゲームに持ち込もうとしている。『METROID Other M』をプレイした人がそういった部分に気づいてくれれば嬉しい」と、あくまでゲームに活かす素材として見ていることを述べた。

 また幼い頃から追求しているものとして、「笑い」を挙げた。「何か面白いものはないかと探すのに、1日の多くの時間を使っている。日常生活のほどよいスパイスとして、周囲の人を楽しませたい。普段から面白いネタを見つけては引き出しに貯めておき、あらゆる相手、シチュエーションに対応できるよう準備している」という。さらにこれらを「頭の中でシミュレーションしてベストなものを考える」こともするのだそうだ。そしてそのシミュレーションにおいても、「ムード、間、伏線、コントラストで考えている」という。

 結果として、コミカルとシリアスをどう使い分けていたのかというと、「コミカル、シリアスを問わず、興味があるものに刺激され、引き出しに入れて、最も適切と思われる状況で出していた。それを的確に表現する方法は同じだった。ムード、間、伏線、コントラストを作り手がコントロールすることだった」と坂本氏は自己分析した。さらに、「これを効果的に行なうには、自らの経験を肌感覚として身につける必要がある。普段の生活の中で引き出しを豊かにするうちに育まれるものだと思う」とした。

 坂本氏は初めに述べられた「正反対に位置するスタンスのゲームに、どうアプローチしているのか」という岩田氏の問いに対して、「特に違いはありません」と答えた。ただしこれに続いて、「それはあくまで手段についてのこと。色々なものに共鳴できる感性と、それを貪欲に掘り下げようとする心があれば、共通の手法によって人の心をさまざまな方向に動かせると考えられる」と結論付けた。


Dario Argento氏の映画から、ムード、間、伏線、コントラストという演出の4要素を導き出したゲームを作る上で、内容を問わずその4要素が活用されているゲーム作りにおけるアプローチには、シリアスとコミカルに違いはないという



■ 「トモダチコレクション」から生まれた「Mii」など開発秘話

 続いて坂本氏は、最近手がけたソフトについての裏話を披露した。まず「トモダチコレクション」については、9年前から構想していたソフトで、2000年に発売した女児向けの占いをテーマにしたソフトに毒を加え、「大人の女の占い手帳」という怪しげなムードのものとして開発していたという。ところがこのソフトは、意外な方向へと進んでいく。

 本作の開発の中で、モンタージュのようなソフトができあがった。当時は顔のパーツを入れ替えるだけだったが、なかなか似た顔ができないので、目の拡大縮小や回転を加えたところ、そっくりな顔が作れるようになった。そこで坂本氏は「例によってこの大発明を岩田に自慢しに行った」ところ、岩田氏も喜んだ。

 するとその数日後、岩田氏は「その似顔絵をWiiに使わせて欲しい」と言い、さらには「スタッフも使わせて欲しい」と言って、スタッフは宮本茂氏のチームに一時的に移ることになった。そして1年後、戻ってきたスタッフと本作の開発を再開する時には、「Wii似顔絵チャンネル」と、「Mii」ができあがっていた。この話は2007年のGDCにおける基調講演で、宮本氏側の視点からも語られている。

 ただ、元々が「大人の女の占い手帳」だった作品を「トモダチコレクション」の形にするには、色々な苦労があったという。その中で坂本氏はプロデューサーとして果たした役割の大きなこととして、「ディレクターと一緒に考えた『トモダチコレクション』のイメージを守り抜いたことと、ゲームに入れるべきもの、こだわるべきことを取捨選択したこと。自分の引き出しに変なものから珍しいものまで幅広く貯めこんでおいてよかったと思う」と語った。


坂本氏が個人的に遊んでいるものだという「トモダチコレクション」の映像。宮本氏やFils-Aime氏も登場し、次々映し出されるシーンに会場は度々笑いに包まれた

 次に「METROID Other M」においては、プロデューサーながら開発現場に直接関わり、「スーパーメトロイド」と「メトロイドフュージョン」の間のシナリオを書いている。ここでは「ファミコン探偵倶楽部」のノウハウを活かし、全体をサスペンスタッチで描いたという。「『メトロイド』の特徴である人間ドラマ的なものも多数盛り込み、シナリオ制作段階でムード、間、伏線、コントラストのコントロールを綿密に行なえた」と語った。

 ゲームの軸ができたところで、開発パートナーとして、テクモの開発チームであるTeam NINJAが参加することになった。開発において坂本氏は、Wiiリモコンだけでサムスを操作することを決定事項とした。「『メトロイド』というジャンプアクションゲームには、十字ボタンでの移動と、2つのボタンによるジャンプとショット以外にありえなかった」として、Team NINJAに薦められたヌンチャク操作も受け入れなかった。

 具体的な対応としては、見えないパスの上をサムスが走るというアプローチをイメージしていた坂本氏だが、Team NINJAはフル3Dのマップを十字ボタンで自在に駆け回るという方法を提案した。坂本氏は「そんなシンプルなアイデアがあるなら、なぜ誰もやらないんだ」と思ったが、実際に試したところ「パーフェクトだった」という。Team NINJAを率いる早矢仕洋介氏は、このスタイルを「最新技術を使ったファミコンゲーム」と名づけたという。

 また本作においては、ゲームシーンとムービーシーンをシームレスにつなげる必要がある。ここでもムード、間、伏線、コントラストの要素が重要になるのだが、これを説明するために坂本氏は「ムービー仕様書」を作成した。ゲームシーンのキャプチャやモーションキャプチャを用い、サウンドもつけて、動く仕様書を用意したのである。

 ムービーの制作には、北裏龍次監督率いる株式会社D-Rocketsと、映像企画会社の太陽企画株式会社が参加した。坂本氏は北裏監督の絵コンテを見せてもらったときに、「自分が監督に伝えたスケールを遥かに超えていたため、理解がついていかなかった」という。また音楽は蓜島邦明氏が担当しており、「最初にムービーに音楽が付いた時、その完成度の高さに感動したが、『これはまだスケッチ段階』と言われてさらに驚いた」という。


開発はTeam NINJAと協力で行なった。任天堂スタッフと互いに高めあって開発できたという操作はWiiリモコンの十字ボタンとジャンプ、ショットの2ボタンだけで行なうと決めていた
北裏監督による映像や蓜島氏による音楽は、いずれも坂本氏の想像を超えたものになったという。完成度にはかなりの自信を持っているようだ



■ 自分が心動かされたことを形にして伝えることがゲーム開発者の使命

「ファミコン探偵倶楽部」を気に入ったファンからバレンタインチョコをもらったことで、プロ意識に目覚めたという坂本氏

 講演のまとめとして坂本氏は、来場したゲーム開発者に向けて、自らがゲーム開発で意識してきたことについて述べた。

「ゲーム開発はイメージを形にすること。今までの人生において、色々なものと出会ってきた。映画や音楽といったクリエイティブなものであったり、人であったり、物であったり、色々な出会いによって心を動かされてきた。そういった心の動きが個々のイメージを形作るのだと思う。ゲームを開発する立場の者は、今まで自分が感じ、心を動かされてきたことを、わかりやすい形に置き換え、自分のイメージを形にして他人に伝えることが使命だと考えている」。

 「ゲームを作り始めて数年後に、小さな包みが届いた。ある女性から『ファミコン探偵倶楽部』が面白かったといって、バレンタインチョコをもらった。これに感激よりも先に、衝撃を受けた。自分達が発信するものが他人の心に触れ、動かしているのだということに、恥ずかしながら初めて気づいた。私が責任感とプロ意識に目覚めた瞬間。これを機に、遊んでいる人の顔を思い浮かべながらゲームを作るようになった。自分のゲームを遊んでいる人の1番いい顔のために、私は今後も努力していく。ここに来ている皆さんはゲーム開発に携わっている方だと思うが、ぜひ皆さんの心に蓄積された美しいものや楽しいものを、ゲームを愛する方々に伝え続けて欲しい。そうすればゲームは永遠に続いていくと信じている」。

 坂本氏の述べていることは抽象的に見えがちだが、重要なのは途中で語られた「色々なものに共鳴できる感性と、それを貪欲に掘り下げようとする心」なのだと感じた。自分自身が素晴らしいと思ったものを、誰かに伝えたいと思うのは当たり前のこと。そしてそれを正しく伝えるために、坂本氏は「4つの演出手法を基礎としたゲーム」という1つのパターンを持っている。結果としてその形がシリアスだろうがコミカルだろうが、どちらも自分が心動かされたものであることには変わりない、ということだろう。


(2010年 3月 12日)

[Reported by 石田賀津男]