1年1作リリースという驚異的な開発速度を誇る「龍が如く」シリーズの秘密
「GTMF2009」の場で明かされた、キャラクター製作における徹底的な効率化の内実とは?

6月15日 開催

会場:大手町サンケイプラザ


プレイステーション 3用シネマティックアドベンチャーゲーム「龍が如く3」。前作「龍が如く 見参!」からわずか1年足らずでのリリースを果たした

 6月15日に東京会場で開催された「Game Tools & Middleware Forum」。本稿では、その中で目玉セッションとなった、セガ「龍が如く3」についての公演内容をお届けしよう。ツールとミドルウェアのカンファレンスである「GTMF」内のセッションとしては珍しく、特定タイトルの開発ノウハウが詳しく披露される公演であった。

 本公演のタイトルは「龍が如く3における スプリントキャラクター製作ワーフロー」。公演を行なったのは、セガ第一CS研究開発部、第一デザインセクションのリードデザイナー、友田大介氏。「龍が如く3」以前はキャラクター製作以外の仕事が多かったという友田氏だが、シリーズの新作をわずかな期間で仕上げるという困難なミッションをキャラクター製作の現場で負い、そして見事に達成した。それは「龍が如く3」が、前作「龍が如く 見参!」の発売からわずか1年足らずでリリースされた現実を見ればわかることだ。

 その「龍が如く」シリーズは、シリーズの総合監督・名越稔洋氏のもと、2005年12月に発売されたプレイステーション 2用の第1作目から、およそ1年に1作ペースで続編をリリースし続けている。最新作のプレイステーション 3用「龍が如く3」はシリーズの第4作目にあたるが、これほどのペースで続編が提供され続けるというのは、1タイトルの開発に2年、3年とかかるのが当たり前のゲーム業界にあっては全く「ありえない」というレベルの偉業だ。

 いったいどんな魔法を使っているのか。ゲーム業界に携わる者なら誰もが抱くであろう疑問に対し、友田氏はキャラクター製作の現場で培われた様々なノウハウを披露しつつ、その内実を明かしていく。その内容は実に刺激的だ。



■ 新作のためのキャラクター総数360体を8カ月で製作せよ!
 デザイン製作チームに課せられた困難なミッション

公演を行なったセガの友田大介氏。「龍が如く3」におけるキャラクター製作チームのリーダーとして活躍した
「龍が如く」シリーズの歴史。1年1本という驚異的なペースを貫く
グラフィックリソースの製作にかけられる期間はわずか8カ月。この間に全てのキャラクター製作を完了させなければならない
イベントキャラクターのデータスペック。プレイステーション 3のレンダリング能力を引き出すべく、非常に高ディティールなデータ製作が必要となる
イベントキャラクターの表現に使われるシェーダーの説明。顔のシワ表現には独自の「皺シェーダー」を使い、そのために2枚のノーマルマップを製作する

 公演の題名が「スプリントキャラクター製作ワーフロー」となっているとおり、友田氏の解説は「龍が如く3」の開発における、キャラクター製作をいかに迅速に達成したかという部分に集中した。その中でまず押さえておきたいのは、「何を」、「どれくらいの期間で」作るのか、という部分だ。

 それを明らかにするために、友田氏は「龍が如く」シリーズの発売テンポに触れる。第1作目のプレイステーション 2用「龍が如く」が2005年12月8日に発売されて以降、その続編「龍が如く2」が2006年12月7日に発売され、プレイステーション 3にプラットフォームを移行した第3作目「龍が如く 見参!」は2008年3月6日に発売されている。そして、最新作の「龍が如く3」は、2009年2月26日の発売だ。

 この歴史を見ればわかるとおり、シリーズはほぼ1年おきに続編が発売されている。最新作「3」にいたっては、前作から1年にも満たないというスピードリリースであり、他のゲームタイトルでは全くみられないほどのハイペースだ。このスケジュールを実現するため、「龍が如く3」の開発は、およそ10カ月で完了したという。その中で友田氏のミッションであるキャラクター製作期間は、わずか8カ月だ。

 これほど短い期間で製作されたものでありながら、「龍が如く3」は決してボリュームの少ないゲームではない。東京と沖縄を舞台とするメインシナリオに加え、数百にも及ぶ寄り道要素も用意されており、すべてをやりつくすには膨大な時間が必要となる。それだけでなく、「キャバクラ嬢育成シム」的なミニゲームを始め、カラオケ、賭場、ゲームセンターといった施設など、ちょっとした遊びが大量に実装されているのだ。

 これほどのボリューム感を実現するため、キャラクター製作チームに与えられた作業量も膨大なものになっている。友田氏によれば、ハイポリゴン数で表現されるイベント用キャラクターだけでも110体の新規製作が必要であり、さらにゲームシーンに登場するサブキャラクターは250体にも及ぶ。つまり、総計360体にもなる大量の3Dキャラクターを、わずか8カ月で製作するというミッションを課せられたのだ。それを社内デザインチーム60名のうち、キャラクター製作チーム十数名が担当する。

 友田氏は「これほど早く完成することができたのは、総監督の名越さんが怖いから」などと冗談を飛ばして会場の笑いを誘いつつ、「龍が如く3」で製作したキャラクター素材について、さらに踏み込んだ解説を行なった。続編であるから、前作で作ったグラフィックスリソースを流用したいとの思いも当然あるのだが、前作は時代背景の異なる「龍が如く 見参!」であり、今作の製作にあたっては全ての素材を1から作る必要があったという。

 その中で特にディティールにこだわる必要のあるイベントキャラクターは、1体で18,000~20,000ポリゴン程度、ボーン数にいたっては顔だけで43本、体には63本の計107本が設定されている。テクスチャとしてはディフューズマップとノーマルマップに加え、アンビエントオクルージョン、スペキュラーマスク、スペキュラーパワーの各値を8ビット精度で格納したマルチマップを1枚使用し、プレイステーション 3のレンダリング機能をフルに活用する。

 イベントシーンで特に重要となるフェイシャルアニメーションについては、顔のシワを動的に表現するために、独自の「皺シェーダー」と呼ばれる技術を使用している。このために顔データにはシワのある状態と、シワのない状態の2種類のノーマルマップが存在し、セガ内製の「Magical V-Engine」と連携させることで、リアルな顔表現を実現している。その他、イベントシーンのキャラクターに使われるシェーダーは60種類と、かなりのバリエーションだ。

 実際に製作を担当する各キャラクターデザイナーの担当範囲は、基本的に「1人1体」の哲学に基づく。他タイトルの製作チームではモデリング、テクスチャ作成、アニメーションのためのボーン設定などを個別に別の担当が行なうことも多いのだが、「龍が如く3」の製作チームではモデリングからキャラクターデータの完成までを1人のスタッフが扱う。ただし顔アニメーションについては専門のチームが担当し、キャラクターデザイナーがモデリングに集中できる環境を整えたという。

 しかし、なにぶん短期間のうちに大量のキャラクターを製作しなければならず、単純計算でひとりあたり10~20体を8カ月で完成させなければならない。このため、キャラクター1体の製作に使える期間は、主人公を含む主要キャラクターで各11日、その他のイベントキャラクターで各6日、ゲームシーンに登場する脇役キャラにいたっては1体あたり3日というハードスケジュールだ。これをどのようにして可能なことにしたのだろうか?


開発全体を10カ月という短期間で達成するなか、クオリティやボリュームに妥協は許されない。非常に困難な開発プロジェクトに見えるが、友田氏によれば「実際やってみると、ありえないということはない」という印象だったようだ。もちろん、そのために開発チームは、様々な面で効率化を図っている



■ 「3Dデジタイズ」技術を使い、キャラクター製作を劇的に効率化
 細かいところで発生しがちな無駄な作業を削り、一直線にゴールを目指す

XSI上に展開された3Dキャラクターモデル。友田氏は「XSIは非破壊構造が素晴らしい」と、モデル、ボーン、アニメーションなど各フェーズの作業を可逆的に進められる(いつでも各フェーズを修正できる)特性を高く評価
3Dスキャンによって得られた人体データと、ゲームに使用するベースモデルを並べて展開
上記をベースに細かい修正をしているシーン。素早く製作できるだけでなく、各スタッフ間のクオリティが統一されるのもメリット
その他、データ作成に関するワークフローには徹底的な効率化が行なわれている。中には、開発力のあるセガならではの部分もあるだろう

 友田氏の解説は、いよいよ作業の効率化について本質に迫る。大量のキャラクターを短期間で製作するための秘密兵器はズバリ、3Dデジタイズだ。3Dデジタイズとは、現実の人体を3Dスキャナーで測定し、3Dデータ化するという手法。「龍が如く3」の製作チームでは、この3Dデジタイズ技術を積極的に利用し、キャラクターモデルの製作工程を大幅に効率化したという。

 とはいえ、3Dスキャナーは高額な装置であり(数億円のオーダーである)、社内にポンと置いておくわけにはいかないというのも事実。したがって製作チームでは、国内で利用できる数少ない3Dスキャニングサービスを利用し、コストの高騰を抑えた。チームが利用したサービスの価格等詳細は明かせないとのことだったが、システムとしては施設を時間制で借り、その間は撮り放題というもの。「おそらく世界で1番安く3Dデジタイズができた」という友田氏は、今作の製作にあたって100名程度のモデルを起用し、3Dデジタイズを行なったとのことだ。

 さて、3Dデジタイズされた人体のデータは、キャラクター製作チームに引き継がれ、ゲーム内のキャラクターを製作する際の「基準」として使用される。友田氏はその作業の様子をデモンストレーションしてくれたが、具体的には、SoftImage|XSI上に3Dデジタイズされた人体モデルを配置し、製作するキャラクターモデルをイメージしつつ、あらかじめ製作しておいた「ベースモデル」を順次変形していくというものだ。

 この工程には複数のメリットがある。説得力のある人体モデルを効率的に製作できるのはもちろんだが、現実のデータを使うことで、各キャラクターデザイナーが持つ「人体への理解度」が増し、全体的なクオリティの底上げにつながる。さらに、基準となるデータに忠実な作業ができることで、各スタッフ間の作風の違いが薄れ、ゲーム内の表現がより統一化されるというのも見逃せない点だ。

 もちろん、3Dデジタイズ以外にも様々な効率化の努力を行なっている。代表的なところでは、キャラクターモデルのデータ出力を、柔軟性の高い独自形式としたことや、それにより、データ出力から実機相当環境でのクオリティチェックまでの工程を10秒以内で完了できるよう、周辺環境を整えたことが上げられる。また、各スタッフが製作したデータを一括管理するサーバーについては、データのアップロードなど管理作業を可能な限り自動化し、ヒューマンエラーによる作業の遅滞が発生する可能性を極力減らした。

 また各種の効率化を語る中で、友田氏がこだわりを持って語っていたのが「各種の作業中に発生する細かい作業をとにかく簡略化する」ということだ。「龍が如く3」の開発にあたっては、わずかワンクリックでも、無駄だと思われ繰り返し行なう作業がある場合、極力自動化して、作業負担を減らすための環境整備を行なったという。それは作業時間を短縮させるだけでなく、ヒューマンエラーを減らし、時間効率を向上させるという効果もある。

 友田氏は公演の最後に、短期間でゲーム開発を完了させるためのポイントとして、「ミーティングをしっかりと行なう」、「ワークフローは極力シンプルにする」、「クオリティを下げず、上げるつもりで挑む」、「準備をしっかりとし、一直線にゴールを目指す」といった心構えを掲げた。特にクオリティの部分については、時間がないからとクオリティを下げてしまうことは、チーム全体の士気を下げる結果につながりかねないため、非常に危険だという。

 短期間でゲームを仕上げるためには、開発中の紆余曲折は許されない。「龍が如く」シリーズは、既に完成されたゲームシステムの上に新たなコンテンツを乗せるという性格が強く、それもまた開発期間の短期化に貢献しているものの、それでも、大量のリソースを製作するにあたっては、用意周到な準備が必要だ。そのためのノウハウには、他のデベロッパーが参考にできる要素も多い。今回友田氏が行なった公演は、「次回作を楽しみにしているユーザーを長期間待たせずに済ますにはどうすればよいか?」という永遠のテーマについて、よくよく検討すべき材料になるだろう。


前作からわずか1年でリリースされた「龍が如く3」。その製作工程には様々な効率化の試みがあることが今回の公演ではっきりとわかった。単に「効率化」といっても、様々なアプローチがあるわけだが、今回披露された内容は、他のデベロッパーが独自のワークフローを構築する上で大いにヒントとなりそうだ。また本セッションの冒頭では、「龍が如く3」の開発に貢献した高性能ワークステーション「HP Z」シリーズのコマーシャルセッションも行なわれている。迅速な開発には、高速なコンピューターが必須というのも確かなようだ



(2009年 6月 16日)

[Reported by 佐藤カフジ]