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「妖怪ウォッチ」ヒットの理由は積み重ねた9年間の先にあり

レベルファイブ日野社長が語るクロスメディア展開の成功戦略

8月26日~28日 開催

場所:パシフィコ横浜

レベルファイブ代表取締役社長/CEOの日野晃博氏

 CEDEC 2015の最終日にあたる8月28日、その基調講演にレベルファイブ代表取締役社長/CEOの日野晃博氏が登壇した。

 日野氏が語ったのは、言わずと知れた大ヒット作「妖怪ウォッチ」のヒットの理由について。日野氏はインタビュー等で「『妖怪ウォッチ』がヒットした理由は?」と聞かれることが特に多く、最初はわからないながら質問に応えていたそうだが、情報を整理し、過去を振り返ることでどこがヒットに至るターニングポイントだったかが徐々にわかってきたという。本講演では、「妖怪ウォッチ」ヒットに至った日野氏なりの方法論が語られていった。

 なお日野氏は9月開催の東京ゲームショウ 2015、10月開催のKYUSHU CEDEC 2015でも基調講演が決定しており、今回のCEDEC 2015での基調講演を第1部として全3部作を予定しているという。今回は特に“他クリエイターとの関わり”というテーマで講演が行なわれていった。

全方向に深くコミット! 他業種と関わった経験を一挙に公開

 レベルファイブにとって最も大きいのは、ゲームを中心とする「クロスメディア」展開に取り組んでいた9年間の積み重ねだという。本格的にクロスメディア展開に取り組んだ「イナズマイレブン」を発端として、「妖怪ウォッチ」に至るまで日野氏は様々な業界のクリエイターと関わってきた。

 クロスメディアの9年間は他業種のクリエイターと歩んできた9年間であり、これが日野氏にとって「非常に楽しい」という。レベルファイブのクロスメディア展開の特徴は、すべてのメディア展開に対して日野氏がコンテンツ全体のプロデューサーとしてクリエイティブに大きく関わっていること。

 これはひとつひとつのメディア展開が独立して面白いだけでなく、それがコンテンツ全体へも良い作用を及ぼさないと意味がないという考え方で、それゆえに制作を「おまかせ」することはない。アニメから漫画、映画に至るまで、ぶつかることも多いが、学ぶことも多くあるのだという。

VSアニメクリエイター

 日野氏にとっては、アニメクリエイターとの仕事は「自分の今を作っているくらい、様々なことを学んだ」ほど大きいという。

 アニメクリエイターと初めて仕事をしたのはニンテンドーDS「レイトン教授と不思議な町」のピーエーワークス。本作ではDSの小さな画面に「映画レベルの映像を入れる」ことがコンセプトとなっていて、ピーエーワークスはそのリクエストに本気で応えてくれたのだという。その後「レイトン教授」のアニメパートは高い評価を得ることとなるが、そこで本気で取り組むアニメクリエイターのすごさ、素晴らしさを学んだとした。

 続く「イナズマイレブン」では、アニメ制作のOLMと共にテレビアニメシリーズを制作することとなる。当時ゲーム原作のアニメでは原作サイドがルールとオーダーを出し、それに沿ってアニメが作られることが多かったそうだが、日野氏はシナリオや映像にも深く介入し、「一緒に作る」ことをOLMに提案した。

 最初はスムーズに行くかと考えていたそうだが、結果は激しいぶつかり合いが展開されていたそうで、大変な時にはスタッフが「会議には出たくない」と漏らすこともあったという。

 日野氏はこのぶつかり合いはクリエイターとしての考え方の違いが原因だったと分析し、ゲームクリエイターは奇抜な発想、斬新なアイディアを入れがちだが、アニメクリエイターはなぜそうなるのか、キャラクターの行動原理は成立しているのか、というような部分を重視するため、そこに食い違いがあったとした。

 ただ振り返れば「ゲームとアニメ両方を面白くする話し合い」がここから始まっており、全コンテンツを通したディレクションという方法論の原点になっているという。当時は大変だったが、「今思えば面白いセッションだった」とした。

「人間味のある演技」の点で非常に影響を受けたというスタジオジブリとの仕事
業界が似ているようでポリシーが相当違うため、同志になるくらいの親密さが大事だという

VS 漫画家・編集部

 漫画分野では主に小学館と関わってきた経緯があるが、漫画制作の特徴として、漫画家のセンスに任せる割り合いが大きいことがある。漫画家のセンスに任せていかないと漫画として面白くならない一方で、その漫画の面白さが作品全体に良い影響を与えない可能性もあり、ここは「バランス」が大事だとした。

 日野氏が小学館と編み出したのは、漫画としてのオリジナル要素を入れるということ。独特のギャグであったり設定であったり、また他のメディアとのクロス部分を「バランス良く」入れこむことで、漫画としても面白く、全体の展開も面白くなる。

 漫画家は周囲から「先生」と呼ばれることが多いが、一緒に面白い作品を作る「仲間」として関係性を構築することが大事ではないか、と見解を述べた。

VS玩具メーカー

 玩具の展開としては、「イナズマイレブン」でタカラトミーと、「ダンボール戦機」でバンダイと関わってきたが、「イナズマイレブン」では商品が「偏った売れ方」をしていて、クロスメディア展開が100%上手くいったわけではない反省点があったという。

 そこでの課題を踏まえた上で、「ダンボール戦機」ではゲーム内に登場するものそのままの1/1スケールのプラモデルを発売した。これは「玩具は、子どもたちの中にリアリズムを生み出す」という考えで制作されており、そのプラモデルが橋渡しとなって、ゲームの世界がリアルに感じられることを狙ったという。玩具は「ただのグッズ販売ではなく、作品に魅力を与える大きな要素の1つだ」とした。

VS 芸能界・音楽業界

 色々なアプローチがある中で、「レイトン教授と不思議な町」での大泉洋さんと堀北真希さんの声優起用は大きかったという。

 当時のニンテンドーDSには「脳トレ」以外のゲームタイトルがあまり売れていない状況があって、その次のヒットを狙う作品としてパズル作家の多湖輝氏とパズル集「頭の体操」のゲーム化を進めていたのだという。

 ただ「頭の体操」というタイトル名は権利関係で使用可能となるには時間がかかることがわかり、新作として「レイトン教授と不思議な町」が制作されることとなるのだが、さらに「面白そう」と思えるカジュアルな引っ掛かりを加えることを考えたそうだ。

 そこで日野氏が考えたのが、パッケージのデザインを「女性誌」のようにすること。内容も一般的なものにして、大泉さんと堀北さんという有名人の顔写真も入れ込んだ。「広く人の目を引く」というこの手法は当時のゲームパッケージとしては異例だったが、CMも同じ方向性で調整し、結果として「レイトン教授」は脳トレの次のヒット作として迎え入れられることとなる。

 「有名人を起用する」という手法は「レイトン教授」以降レベルファイブタイトルで多く使われているが、ゲーム業界全体としても採り入れられるようになり、そのきっかけになったのは良かったとした。

 音楽についてはタイトプロ、エイベックスの2社と付き合ってきており、最初に「曲の制作をお任せしない」、「既存の曲は使わない」ということをきっぱり伝えたという。アニメと同様に一緒に作ることがポリシーとしてあるのだが、長く付き合う中でこのやり方は先方にも理解されているという。

 コンテンツがヒットすることで、音楽も成功する。さらには紅白歌合戦にも出場できて、「生で会場で見られて面白かった」とコメントした。

VS映画業界

 映画業界では、「レイトン教授」からはじまる一連の映画を東宝と制作してきている。

 印象深かったのは「妖怪ウォッチ」の映画第1弾の制作を決断した時で、当時はゲームが発売された直後、まだアニメも漫画も始まる前で本作がヒットするかどうかはわからない時期だったという。

 その時点で、既に東宝が「映画にしましょう」と話をしていたという。まだヒットするかわからないため、日野氏は決断を躊躇したが、「これは来るから、今から準備して来年には公開するようにしましょう」という東宝の後押しもあって映画の準備が進められることとなる。

 通常であれば映画の企画はなかなか通らないそうだが、東宝と築いてきた信頼関係が上手く作用したという。結果として「妖怪ウォッチ」の人気がピークの時に公開することができて、ここから映画は仕掛ける時期、公開する時期など「タイミング」が重要であることを思い知ったという。

プロデューサーでありながら、「細かいところまでこだわる」阿部秀司氏との出会いも重要だったと語った
しっかり作れたと思ってもヒットしなかったり、制作期間が短くてもヒットしたり、タイミングによる影響が大きいとした
【VS他業種の才能】
多湖輝氏をはじめとする、パズル作家たちとの合宿は刺激的で楽しかったそうだ。全くの異業種とのコラボは今後も可能性があるのでは、と話した
【VS広告代理店】
広告代理店は様々なアイディアを持っている。任せるのでもなく、言うとおりにさせるのでもなくここでも「一緒に作る」ことが大事だとした

9年間の教訓は「オレが掟だ。キミらが頼りだ。」

「妖怪メダル」がメディア間のハブとなった
その他ヒットの理由
教訓

 以上のように様々な他業種との関わりを述べてきた日野氏だったが、これらすべての知識、信頼関係、ノウハウなどを結集して制作されたのが「妖怪ウォッチ」なのだという。

 「妖怪ウォッチ」は突然変異なのではなく、クロスメディア展開を徐々に積み重ねていった、その経験値の集大成だとして、「それまでやってきたことがなければ成功はなかった」と分析した。

 またもう1つ、プロダクト上のヒットの理由として、「妖怪メダル」の存在が挙げられた。それぞれのメディア展開の質が高いことを踏まえた上で、「妖怪メダル」はメディア同士を結ぶアイテムとして機能したという。

 メダルを入手したらソフト上でも使えるし、玩具やアーケードでも使える。入手経路もガチャガチャから商品の付録まで複数用意されており、メダルがあることで様々な遊びが発生するようになっている。

 一部のメダルに高い値段がつくような現象は流石に見過ごせずに対策を講じたというが、「メダルを手に入れること自体が楽しみ」というところまで行き着き、「妖怪メダル」はプロジェクトを象徴するような存在へとなっていった。

 「妖怪メダル」は当初は表立ったアイテムではなかったが、「妖怪ウォッチ」に関わった全員がクロスメディア展開全体のことを考え、「妖怪メダル」を使用することに行き着いたからこそ、ここまでのヒットになったんだなと述懐した。

 「妖怪ウォッチ」以降のコンテンツでは、全員で考える仕組み、他のメディアが売れるからこそ自分も売れるという考え方、そして本質としての遊びを関係者全員で考えていくことが大事なのでは、と日野氏は述べた。

 そして日野氏はこれらの教訓として「オレが掟だ。キミらが頼りだ。」という言葉を掲げた。クロスメディア展開を考える際、誰かが引っ張る必要はあるが、各分野で考えたことを活かす仕掛けができれば、「かなりの確率でコンテンツをヒットさせられるのでは」と語った。

 レベルファイブは、「妖怪ウォッチ3」も発売が予定されているし、さらには新プロジェクト「スナックワールド」も控えている。クロスメディア展開で様々なヒット作を送り出してきた日野氏の戦略手段にも注目しておきたい。

今後については、世界を見据えた展開も「夢」として語られた

(安田俊亮)