CESA Developers Conference 2010(CEDEC 2010)レポート

「『ゲームのお仕事』業界研究フェア2010」初日の基調講演をレポート
IGDA日本代表新氏が読み解くゲーム業界を取り巻く現状とは!?


8月31日~9月2日開催

会場:パシフィコ横浜



 昨年から「CEDEC」の会期中に同時に開催されるようになった学生向けのセッション「『ゲームのお仕事』業界研究フェア」が今年も開催されている。

 このイベントはゲーム業界への就職を希望する学生を対象にしたもので、主に就職活動中の学生を対象にゲーム業界の現状説明や、仕事に就くうえでの心構えなどをプロが教える12の講演と、ゲーム会社の人事担当者を招いて求められる人物像を話し合う3つの対談(パネルディスカッション)が行なわれる。

 今年は申し込みが事前登録制になり、会場は会議ホールから、コンベンションセンターにあるアネックスホールに移動しての開催となった。参加者はCEDECの一部セッションや、ホールで開催されているイベントへも参加することができる。学生にとってはプロの世界を身近に感じられることができる貴重なチャンスとあって、事前申し込みは早々に満員となり締め切られた。

 初日の8月31日は、オープニングとしてイベント全体を取り仕切っている、国際ゲーム開発者協会日本(IGDA日本)代表でゲームジャーナリストの新清士氏による基調講演「世界のゲーム産業の変化をキーワードから理解する」が行なわれた。

 世界のゲーム動向を取材している新氏は「今はゲーム産業の大きな転換期」だと言う。そして、そんな時代にゲーム業界を志す学生たちへ、結論となるアドバイスは「就職活動もいいけれど、本当にモノづくりに携わりたいなら。いますぐ作り始めたほうがいい」と急かす。講演ではその理由としていくつかの要因を説明した。ここでは新氏の講演を、日本の構造的な変化、ゲームを取り巻く技術の進歩、そしてグローバル化の3つの側面にまとめて説明していく。




■ 可処分所得減少と少子化。日本のゲーム業界の衰退は必然だった

国際ゲーム開発者協会日本(IGDA日本)代表でゲームジャーナリストの新清士氏

 ゲーム業界が縮小している最も大きな要因は日本の国内事情だ。家庭用ゲームのパッケージ販売市場は、現在世界的な下落傾向にある。日本、海外を問わずゲーム会社のリストラが進み、昨年だけで30程のスタジオが閉鎖し、15,000人が職を失った。日本でもバンダイナムコやスクウェア・エニックスが大規模なリストラを行なっている。その理由は、20~30億円をかけて開発したパッケージを8,000円で売るという、これまで当たり前だったビジネスモデルが崩れてきているからだと新氏は言う。

 日本の状況をみると、任天堂がファミリーコンピュータ(ファミコン)を発売した1983年には、日本人の可処分所得(収入から税金や社会保障費を引いた、自由に使えるお金)は右肩上がり状態だった。その時代、ハードとソフトウェアを分離したファミコンは革命的で、それを金銭的な余裕のあった親が子供に買い与えた。ゲーム業界にはハードメーカーとソフトメーカーが生まれ、ソフトメーカーは特定のハードに向けたゲームを作り続けてきた。

 しかしバブル時代の1998年をピークに可処分所得は頭打ちとなり、収入がなくなった親は子供にゲームを買う余裕がなくなった。さらに、ソフトの値段が高いものでは8,000円以上するようになり、ハズレを引きたくないユーザーが中古市場に流れた。

 そんな状況に追い打ちをかけているのが人口の減少だ。ファミコンの時代に子供には第1次ベビーブーム時代の親が、その子供たちにゲームを買っていたので購入者が多かった。今家庭用のゲームを買っているのは、主にこの頃にゲームを買ってもらった30代が中心で、日本のゲームメーカーはこの層をターゲットにしており、唯一任天堂だけがすべての世代をターゲットにしている、というのが日本の現状だ。


【スライド】
ベネッセが行なったアンケート調査の結果、携帯ゲームユーザーの男女比はほぼ半々だった日本国民の可処分所得は1998年をピークに減少傾向にある大きな社会問題でもある少子化による人口減少が、ゲーム業界にも影響を与えている



■ ゲーム市場の変化で「可処分時間戦争」が始まっている

お互いに関連性を持たせた、系統図のようなレジュメを使って説明

 2つめの要因はゲームを取り巻く機器の進化が生み出した、新しい流れだ。「ゲームの市場はパッケージから、ネットから直接ダウンロードする形に移行しようとしている」と新氏。技術の進歩は加速度的にゲームを取り巻く環境を変えて、その変化が「可処分時間」をいかに獲得するかという競争を生みだしたというのだ。

 昔は時間は余っていて、ゲームソフトを買うお金だけが問題だった。だが現在は無料で楽しめる新しいエンターテイメントが世の中にあふれている。ゲームに限らず、YouTubeやニコニコ動画など無料で何時間でも時間をつぶせるエンターテイメントが増えて、電車に乗っている間などほんの小さな時間の中にまで進出してきている。そのため、今はお金よりも自由に使える「可処分時間」をどれだけゲームに使ってもらえるかが重要になってきたわけだ。

 「最小部品コストに関連する集積回路におけるトランジスタの集積密度は、18~24か月ごとに倍になる」という経験則を「ムーアの法則」という。その実例として新氏は、1999年にハイエンドPCでしか遊べなかったFPSのゲームを、2世代前のiPhone 3Gで再現した例とともに紹介した。「以前は30数万円のパソコンでしか動かなかったゲームが、その10分の1以下の価格の携帯電話で遊べるのです」(新氏)。

 そして「NECの地球シミュレーターのようなスーパーコンピュータ環境ですら、2030年ごろには携帯で同じことができるようになっているかもしれない」と、加速度的な技術の進歩について語った。

 この技術の進歩は、集積回路の周辺にもおよび、そこにさまざまな新しいサービスが生まれている。YouTubeもニコニコ動画もSNSのソーシャルゲームを作っている会社も、すべてここ5年ほどで成長した。クラウド化はまず軽いテキストベースで始まり、それからやや容量が重めの動画サービスが始まった。それが今、さらに重いゲームに移行し始めている。

 人気ソーシャルアプリ「ブラウザ三国志」は「音楽もない2Dのゲームだが、20万人のアカウントが登録しています」と新氏。「開発費は6千万」でこれはニンテンドーDSの安めのソフトを開発する程度の水準だが、そのゲームが月額2億6千万円の売り上げを出している。課金ユーザーの平均額は5,000円だが「これは毎月ゲームソフトを買うと思えば、決して高いわけではない」。

 プレーヤーに女性が多いこともソーシャルアプリの特徴だ。今までのコンシューマでは男女比は8:2で圧倒的に男性が多かった。だが、数年前にベネッセが行なったGREEの携帯ゲームで遊んでいるプレーヤーについての調査では、男女比は男性52%、女性48%とほぼ半数に近かった。

 携帯電話も「ムーアの法則」に従ってハイエンド化していき「すぐにPSPレベルのグラフィックスを持った携帯電話が出る。そうなると、そういったグラフィックスのゲームを要求する市場に変わっていくだろう」と新氏。ソーシャルアプリはまだ市場が生まれたばかりで、今後どうなっていくのか見えていない。だが「いま確立されているブランドは市場の変化で確実に変わっていく」だろうと予測している。


【スライド】
メーカーの決算書からも、ソフトウェア市場の縮小がみて取れる1999年にハイエンドパソコン用だったゲームが、今はスマートフォンで動くNECの「地球シミュレーター」と同じパソコンが今は家庭用として持てるようになった




■ 開発のグローバル化。就職の競争相手は日本人だけではない

開場前のアネックホールに並ぶ参加者。彼らが第一線に並ぶ頃には、ゲーム市場はさらに大きく変化していそうだ

 最近の大作は世界同時発売をするゲームが増えている。発売と同時にネットにあらゆる情報が掲載されてしまうためだ。ネットの発達は同時に、開発を世界中に分散させた。いつでもネットを介して連絡がとれるようになり、人件費の安い国で開発を行なうタイトルが増えているのだ。

 新氏が最近取材したあるiPhoneのゲームは、プログラムをアメリカで作り、グラフィックスはインドで製作したのだそうだ。いまゲームは人件費の安い国、中国やインド、ルーマニア、リトアニアで作られている。人件費の高い日本でゲーム業界を志す人間にとっては、それらの国すべてがライバルとなってしまうわけだ。カナダやイギリス、中国、韓国、オストラリア、シンガポールなど、国家予算でゲーム開発者の育成を助成している国もある。

 今の日本のゲーム産業は、仕事がどんどん増えていくような状況にはない。海外でも通用する非常に高いスキルを持った一部の人間以外は、海外に仕事を取られてしまう。「そもそもエンターテイメント産業が、国の助成もなくしっかりとした収益のある巨大な市場へと成長するのは歴史から見ても非常に珍しい」という新氏「アニメ産業は政府がサポートしなければつぶれそう、でもゲームはまだ自分たちの力でなんとかできている」という厳しい状況だ。

 今の有名クリエイターたちがゲーム業界に入った時代には、背後お金を持った人の多い世代がいた。つまり彼らはラッキーだったわけで、今はもう彼らと同じ道を歩むのは無理な時代だ。これから業界を志す人間は、自分たちが歩む新しい道はどこにあるのかを考えなくてはならない。

 では、何をすればいいのか。かつては揃えるために数千万円が必要だったゲーム開発機器だが、今は個人でも自宅に全く同じ環境を整えることができるようになった。アップルストアなどを通して、個人が全世界に向けてゲームを発信できるようになり、ゲームの開発や発表の門戸はかつてないほど広く開放されている。

 「生まれつきの天才はいません。様々な研究からも、天才と呼ばれる人たちは、圧倒的に練習時間が多いことが分かっています。つまり、本気で作り手になりたいのであれば、そのためにどれくらい時間を使ったかが重要なのです。優れたものを作る人は、嫌でも目立ってきます」という新氏。「1+1は30年経っても2のままです。変わらないものはある。結局は努力するしかないのです」と、最後に何度も強調した。

 ゲーム業界が大きくなるにつれて、会社に入ることが目的となり、ゲームを作りたいという気持ちが後回しになっているのではないかという思いは、ゲームにかかわる多くの人間が共有するところだろう。冒頭に会場で行なった新氏からの問いかけで、インディーズゲームを作っているという質問に手を上げた人間はそれほど多くはなかった。ゲーム業界を志す意味や、ゲームを作るということの意味を、もう1度考えて欲しいという気持ちのこもった講演だった。

(2010年 8月 31日)

[Reported by 石井聡 ]