Game Developers Conference(GDC) 2010現地レポート

Serious Games Summit レポート
より身近に、より広く、より“シリアス”なテーマに取り組むシリアスゲーム

3月9~13日開催(現地時間)

会場:サンフランシスコMoscone Center



 現地時間の3月9日、ゲーム開発者によるゲーム開発者のためにカンファレンスGame Developers Conference 2010が開幕した。初日と2日目はチュートリアルデイとなっており、AI技術、モバイルゲーム、シリアスゲームなど各分野で、「サミット」と呼ばれる集中講義が行なわれる。

 本稿ではその中から「Serious Games Summit」に関する話題をお届けする。シリアスゲームとは、コンピューターゲームの楽しさやインタラクティブ性といった利点を活用し、エンターテインメントを主目的とせず、教育や医療分野などにおける実用的・社会的な目的を達成するために用いられるゲームである。北米ではシリアスゲーム専門の開発企業が珍しくない存在となっており、ゲーム産業の1分野として定着した感がある。

 サミットの初日となった今日は、全体のテーマを示すキーノートセッションが行なわれたほか、北米を中心に各所で進められているシリアスゲーム開発の現場より、興味深い実例が多数紹介された。その全体を総括するとすれば、もはやシリアスゲーム自体が珍しいという時代は終わっており、様々な社会問題に対するツールの一種として、より身近で、より具体的な目的を前提とする製品が増えているということが言えそうだ。



■ 「Civ4」、「Spore」を手がけた Soren Johnson氏によるキーノートスピーチ
 シリアスゲームのデザインで重要となる「主題」と「仕組み」の関係

講演するEA MaxisのSoren Johnson氏
「RISK」とその派生バージョン

 まず最初に取り上げたいのは、EA MaxisのSoren Johnson氏による「Serious Games Summit」の基調講演「Theme is Not meaning」だ。

 Johnson氏はFiraxis Gamesで「Civilization IV」のリードデザイナーを務めたのち、EA Maxisに移って「Spore」の文明ステージのゲームデザインを担当したことで知られるゲームデザイナー。現在はEA Maxisにて、ブラウザベースの戦略ゲーム「Strategy Station」の制作を担当している。そのJohnson氏による講演は、「ゲームのテーマ(主題)とメカニクス(仕組み)の関係について」だ。

 シリアスゲームは現実社会における何らかの問題解決のためにコンピューターゲームという方式を用いるアイディアだが、単に楽しければ良い一般のゲームに比べて、シリアスゲームではそのゲームをプレイすることの「意味」がはっきりしている事が多い。そして、その「意味」は、ゲームのテーマ、モチーフそのものとは元来関係がなく、ゲームのメカニクス(仕組み)によって決まる、というのがJohnson氏による議論の出発点だ。ゲームの持つ「意味」というのは、シリアスゲーム的に言うと、そのゲームで「学べる事」と言い換えることもできる。

 ゲームの持つ元来の「意味」が、そのテーマによって決まらない例として、Johnson氏はボードゲーム「RISK」を例に挙げる。「RISK」は軍隊のコマと数種類のカードを用いて世界征服を目指すゲームだが、派生バージョンとして「Star Wars」をテーマにするもの、「Lord of the Rings」をテーマにするものなどがある。だが、そのどれもゲームメカニクスは「RISK」そのものだ。

 またJohnson氏はPC用RTS「Warcraft」を例に上げて、「StarCraft」と「World of WarCraft(WoW)」のどちらが、その後継作品だろうか?と疑問を投げかける。もちろん、ゲームが持つ本質的な「意味」に着目すれば、後継作と言えるのは、RTSとしてのゲームメカニクスを持つ「StarCraft」だ。「WoW」は世界観を借りているだけで、ゲームメカニクスはMMORPGであり完全に別のものである。

 この議論を拡張するなかで、Johnson氏が以前携わった「Spore」の話題も出てきた。「Spore」は一見、「進化」を扱うゲームに見えるため、科学者のグループがプレイして「科学的にデタラメだ」という批判を浴びることもあった。

 しかしJohnson氏によれば、それはゲームの「テーマ」と「意味」がミスマッチしているために引き起こされたことだ。「Spore」は確かに「進化」をテーマとしているが、ゲームの意図するところは、自由にクリーチャーをデザインできる機能を見れば分かる通り、「創造性」だ。「進化」に関するゲームを探すなら、むしろ「World of Warcraft」がふさわしい、とJohnson氏はいう。

【進化に関するゲームはどっち?】
一見「進化」を扱うゲームに見える「Spore」だが、実際は自由なクリエーションを作ることができることが最大のポイントであり、「創造性」のゲームといえる。一方、「WoW」では、プレイを続けていく中で様々な形で環境に適応して成長するという「進化」が主要なゲームメカニクスとなっている

「Civilization」のテーマと内容のミスマッチ

 「Civilization」にも同様の問題がある。テーマは「世界史」で、ゲームの実際の内容は「神のごとき支配者になること」である。このため「Civ」シリーズでは、実際の世界史にはありえない独自の力学が多数存在している(支配者が処刑されることのない『革命』ボタンはその典型だ)。

 Johnson氏はここで、歴史の学習にも使える内容の「Civilizaton」を想定して見せている。そこではジャレド・ダイアモンド氏著「銃・病原菌・鉄」に描かれたように、各大陸の地勢的特徴が文明の発展に決定的に影響する。そうすると、「インカ文明が絶対に勝てないゲーム」が完成する。これについてJohnson氏は、確かに正確かもしれないが、ゲームとしては良くないということで、「Civ」シリーズのテーマとメカニクスを正確に対応させることは「多分できないのでは」と語った。

【歴史力学的に正確な「Civilization」】
大陸の伸びる方向により植生の多様性、家畜の種類の豊富さなどが決まるという現実的なメカニクスを導入すると、歴史を扱うゲームとして正確にはなるが、インカ文明が絶対に勝てないということにもなる

 逆に、ゲームのテーマと実際の内容が完全にマッチしている例もある。Johnson氏が挙げたのはスポーツゲーム、経営ゲーム、体感ゲームなど。例えば「Railroad Tycoon」では、テーマは鉄道経営、ゲームの中で実際にやることも鉄道経営だ。こういったテーマとメカニクスとが完全にマッチするゲームは、シリアスゲームとして成立しやすい傾向があるようだ。

 Johnson氏はこういった議論を重ねた上で、「ゲームに明確な意味をもたらす上で決定的なのは、テーマではなく、メカニクスである」、そして「その目的にメカニクスが合致していることで初めて、ゲームのテーマが意味を持つ」という結論を導き出している。この後に行なわれたセッションでは、まさにそのとおりのシリアスゲームが紹介されているので、続けてその内容をお伝えしよう。


【Theme is Not meaning】
ゲームのテーマと「意味」がマッチしている例。スポーツゲーム、経営ゲーム、体感ゲームは、ゲームのモチーフとプレーヤーの実際の思考や行動が合致している
エンターテイメント的な観点では、ゲームのテーマは無意味ではない。同様のメカニクスを持つゲームでも、正義の味方を演じる、悪者を演じるといったテーマの違いにより、ずいぶんちがった意味を持つゲームになることがある



■ 医療、教育、各種トレーニングまで、応用範囲を広げるシリアスゲームの数々

 Soren Johnson氏の講演では、ゲームのテーマとメカニクスの関係について議論がなされたが、それを踏まえた上で「Serious Games Summit」で紹介されたシリアスゲームを見ていくと実に面白い。

 欧米を中心に産業化しているシリアスゲームの分野では、応用範囲が広がるにつれて「直接的に描写しにくいテーマ」というものもカバーされるようになっている。例えば交通事故、外科手術、子供に対する暴力などだ。そういったシリアスな対象と目的を扱いながらもエンターテイメントとして健全であるためには、テーマとゲームのメカニクスをうまく分離することが必須になってくるようだ。その好例となるいくつかの例をご覧いただこう。



・「道を渡るときには左右を確認」を刷り込む交通安全シリアスゲーム

Area/CodeのKevin Cancienne氏

 ニューヨークのメディアコンテンツ企業Area/Codeでは、子供の死亡・重症事故を減らすことを目的として、「道を渡るときは左右を確認」という交通安全の意識を学習させるためのシリアスゲームを開発した。タイトル名は「CODE OF EVERAND」といい、なんとMMORPGスタイルのゲームになっている。

 このゲームでは交通事故というシリアスな社会問題を扱うため、直接的な描写を避けてメタファーを用いている。「EVERAND」と呼ばれる平和な世界に突如現われた、不思議な光る運河(Spirit Channel)。この運河には危険なモンスターが行き来しており、向こう側に渡るのは命がけだ。しかし、運河によって分断された街を救うために、「パスファインダー」と呼ばれる勇者たちがモンスターたちに戦いを挑み始めた。という設定である。

 RPG仕立てのこのゲームは、ゲーム中の各地域を行き来してクエストをこなすことでゲームが進むようになっている。そのためには車両形状をモチーフとするモンスターが行き来する運河に入り、横断する必要がある。運河に入ると戦闘画面となる。そこでまず左右を確認してモンスターを発見し、罠を設置して倒すという仕組みだ。左右どちらにもモンスターがいなくなれば、ようやく向こう側へ渡ることができる。

 この作品は子どもたちの関心を引くために本格的な商用ゲームに対抗できるほどのコンテンツを備えているそうで、現在は英国政府のもとで試験的に運用しているという。効果のほどはこれから計測される見込みのようだ。


【「CODE OF EVERAND」】
「道路を渡る際の安全確認を学ぶ」という目的のため、車両の交通をファンタジックなメタファーを使って表現。生々しい表現を使うことなく、ゲームプレイの仕組みがそのまま交通安全の意識につながる作りとなっている



・Wiiモーションプラスで腹腔鏡検査の技術トレーニング

Grendel GamesのTim Laning氏と、医師のJetse Goris氏がデモンストレーション
Wiiモーションプラスを組み合わせて作った手術器具インターフェイス

 Grendel GamesのTim Laning氏と医師のJetse Goris氏は、外科手術の技術トレーニングに効果があるというシリアスゲームを紹介した。このシリアスゲームが解決しようとする問題は、腹腔鏡検査と呼ばれる外科手術法のトレーニングに手軽な方法をもたらすことだ。

 医師向けのトレーニング施設には訓練用の機器があるものの、忙しい、施設が遠い、つまらないなどの理由であまり利用されていないという。とはいえ訓練不足による手術精度の低下は極めてシリアスな問題であるため、解決策として手軽にできる今回のゲームを考案したということのようだ。

 このゲームのインターフェイスには、Wiiモーションプラスを採用している。このモーションコントローラーに、ハサミ状の手術器具のレプリカを組み合わせ、実際の手術装置に近い操作系を実現。そして、ゲームの内容は「ロボットが住まうステーションから悪い宇宙人を放り出す」というもの。

 手術器具で胃の中をまさぐるという現実のテーマをそのまま持ってきては、ゲームとして面白くないということだろう。手術器具の先を使って両手でエイリアンを退治するというゲームにしたことで、楽しみながら器具の扱いに親しむことができる、ということがウリになる。しかも、実際の訓練機器に比べて圧倒的に安価で、自宅で取り組むこともできる。


【腹腔鏡検査トレーニングゲーム】
Wiiモーションプラスを使って手術器具の動作をシミュレーション。ゲーム内容は外科手術とは程遠い内容だが、それだけに仕事を忘れて楽しめるのかもしれない



・「怪しい人の見分け方」。子供を暴力から守るためのシリアスゲーム

Child Safety Reserch & Innovation Centerの代表、Allan McCullough氏

 Child Safety Reserch & Innovation Centerの代表、Allan McCullough氏は、不審者から子供を守るためのシリアスゲームを紹介した。米国では子供に対する暴力・略取行為が深刻な問題となっているとのことだが、24時間子供を監視し続けるわけにもいかないため、まずは子供に自己防衛の意識をつけてもらうことが必要となっている。

 そのための教育としてよく「怪しい人には付いていってはいけません」と言われることがあるが、実際のところ見るからに「怪しい人」が加害者となるケースはほとんどなく、大抵は何らかの手助けを装って近づいてくるケースが多いという。このセッションでは、加害者の特定のパターンや、それとわかった際に警察に通報する手順などを学習できるゲームが紹介された。

 この「Sydney Safe-Seeker」というゲームでは、3人の子どもたちが異世界から元の世界へ帰るためにちょっとした冒険をする。その際に様々なNPCたちとの会話があり、冒険を助けてくれる人物も現われる。しかし、その中にアブない奴も混ざっているという設定だ。

 アブない人物は雰囲気や挙動からそれとわかるようになっており、それとわかった場合は携帯電話を取り出して警察に通報する画面を呼び出せる。そこで、不審者の容貌をパズルゲーム式に組み合わせ、正解となればゲームがうまく進展するという仕組みだ。なんとも世知辛いゲームではあるが、深刻な社会問題をメタファーを用いて子供にもプレイできるシリアスゲームとしている点は、他のテーマにもいろいろと応用できるのではないかと感じられた。


【Sydney Safe-Seeker】
不審者を見分け、発見した際の対応を学ぶことができるシリアスゲーム。ゲームの世界にはプレーヤーを助けてくれる良い人もたくさんいるので、プレイした子どもたちが人間不信に陥る心配はなさそう?



(2010年 3月 10日)

[Reported by 佐藤カフジ ]