Game Developers Conference 2009現地レポート

「DEAD SPACE」、「Afro Samurai」、それぞれの作品世界を活かすアプローチ
より恐怖を、手書きの質感を表現するための技術と演出

3月23~27日開催(現地時間)

会場:サンフランシスコ Moscone Center

 

 Game Developers Conferenceではゲーム制作の手法に関して様々なタイトルのアプローチが語られる。本稿では「DEAD SPACE」と「Afro Samurai」の2つのタイトルでチャレンジした演出や表現を紹介していきたい。

 「DEAD SPACE」はEAから北米で2008年10月にPS3、Xbox360、PC向けに発売されたホラーをテーマにしたアクションゲーム。「Afro Samurai」は北米で2009年1月にXbox 360とPS3向けに発売された。こちらは日本のクリエーターが作ったコミック、およびGONZOが制作したアニメ作品をゲーム化したものだ。

 「DEAD SPACE」は恐怖を表現するために従来のタイトルにとらわれず、体力バーや照準がでるスタイルを廃し、レベルデザインや敵の描写まで考察しアプローチしている。「Afro Samurai」は本来1枚、1場面で完結するイラストの雰囲気をいかにリアルタイムの3Dモデルで再現するかに注力している。米国の開発者ならではの手法が感じられるセッションである。



■ クリーチャー、世界、レベルデザイン、細部まで恐怖にこだわった「DEAD SPACE」の表現

Electronic Arts Redwood Shores Art DirectorのIan Milham氏
従来の表現を使うと表現したい緊張感が大幅に減ってしまう。新しい作品を作り出す情熱が垣間見える

 「DEAD SPACE」はSFとホラーの魅力を併せ持つ作品だ。プレーヤーはエンジニアとして、連絡を絶った宇宙に浮かぶ採掘戦へ調査に赴く。そこではエイリアンと彼らに変異させられた犠牲者達が待っていた。プレーヤーは静まりかえった宇宙船の中を、どこから現われるかわからない敵の影におびえながら探索を進めていくことになる。

 セッションを行なったのは米Electronic Arts Redwood Shores Art DirectorのIan Milham氏だ。セッションで最初に紹介されたのが「Horror vs Sci-Fi(SF)」という要素。狭い限定空間で展開するホラーと、我々とは違う世界をテーマにするSF、戦えない人間の無力さがテーマを強調するホラーと、スピード感を持ちスーパーヒーロー的な活躍をするSF。 Milham氏は時には対立するこれらの要素から、常にホラーを強調して「DEAD SPACE」は作られていると語る。

 恐怖をどう表現するのか。SFで使われがちな未知のパワーに頼るのではなく、リアリティを重視させ従来のSFゲーム作品から離れたゲーム性を目指した。そのためのポイントとして、Milham氏は「色と光源」、「ユーザーインターフェイス」、「環境デザイン」、「プレーヤーキャラクター」、「武器デザイン」、「エネミーズ」の6つのポイントを上げた。

 「DEAD SPACE」の光と闇は強調した表現で描かれる。光は明るく、闇は濃く。何かが潜んでいるかとユーザーに想像させる工夫を持たせている。ユーザーインターフェイスに関しては、Milham氏はホラー映画の場面を映し出し、次にそこに体力バーと照準を重ね合わせ、「これでは緊張感がなくなるでしょう?」と会場に語りかけた。突然照準が表示されると、会場から笑いが起きた、確かに緊張感が台無しだ。

 「DEAD SPACE」はプレーヤーの姿が常に映るTPSだ。プレーヤーは主人公の背中を常に見ている。体力バーなどの表示が緊張感を薄れさせてしまうならば、情報の出し方を工夫する。武器の照準機にレーザーポインターを利用し、さらに体力などプレーヤーの状態は、脊髄にあるランプとして主人公の宇宙服のデザインに活かした。

 インターフェイスを視覚情報のみにすると、プレーヤーを誘導するのも難しくなる。そこで、ドアを強調し、さらに表示を工夫した。わかりやすいシンボルで機能を把握しやすいようにしている。この標識のデザインは、日本の鉄道駅にある表示を参考にしたという。

 宇宙船のデザインはゴチック建築の様式を取り入れ、独特の雰囲気を作り出している。また、消化器などはプレーヤーが機能をわかりやすいように現実のままにし、混乱前の宇宙船の雰囲気を感じさせるためにポップなイラストの看板を配置している。このイラストは、プレーヤーが中で迷わない道しるべにもなってくれる。

 主人公は従来のSFゲームのようなパワフルでかっこいいパワードスーツではなく、昔の宇宙服の野暮ったさを取り入れたものにしている。武器に関してはレーザーマシンガンなどおもちゃのようなイメージを与えるものではなく、無骨な作業機械を改造したものにした。この武器に関してはホームセンターで売っている現実の機械をアレンジして使っている。

 そしてこの作品の主役ともいえるエイリアンのデザインだ。エイリアンのうち何種類かは人間の体を乗っ取ったものだ。不気味で異形のデザインの中に、「人間の痕跡」が埋め込まれているのが、犠牲者の運命の無惨さを物語る。このため、2つある目の片方をまともな人間の目にしたりしているという。あえて人間時の腕を使わず、攻撃のための触手をはやすなど、人間を冒涜する存在が登場する。続いて流されたムービーでは、エイリアンの不気味な動きが紹介された。もこもことうごめく肉塊、ライトを避け天井や床をはね回りながら、プレーヤーの視界の外から襲いかかる姿など、人ではない存在を追求するデザイナーの姿勢がアピールされた。

 最後にMilham氏が流したのが2006年に制作されたムービーだ。そこには、幾分画面がシンプルながら、不気味な宇宙船を進む主人公、そして異形のエイリアンとの戦い、宇宙船ならではの重力と無重力の表現など、実際のゲームと変わらない要素が詰め込まれている。実は「DEAD SPACE」はXboxでの発売を視野に入れて当時開発されており、そこから新世代機に向けてブラッシュアップが行なわれたのだという。

 セッションの後の質問では、「2006年のXbox版と、発売されたものでのゲーム性の違いはあるか?」というものがあがった。Milham氏は「エイリアンの触手の数や動きがよくなっているし、表現は遙かに向上したが、根本的なゲーム性は全く変わっていない」と答えた。

 「DEAD SPACE」はその残虐な表現や、手足がちぎれる描写なので現在も発売が見合わされている作品である。しかし、セッションを受講してみて細部までのこだわりや、ホラーへの志向、練られた演出など様々なところで魅力を感じた。日本のユーザーがふれることが難しいのは、残念なところだ。



ホラーとSFの要素を融合させ、より恐怖にこだわった世界観を作り上げる。わかりやすい情報の与え方として、日本の駅の表示を参考にしているのが面白い
ゴシックの様式を取り入れたデザイン、明るい雰囲気の看板でより凄惨さを出すなど、巧みにホラーの手法を取り入れている。宇宙服の野暮ったさが活かされているのもいい
人間を冒涜するようなエイリアン。立ち向かう武器は、無骨な作業機械を改造したもので、ホームセンターにある商品が元になっている
エイリアンのテストムービー。不気味な外見のエイリアンは、闇に隠れプレーヤーに襲いかかってくる
2006年のXbox向けに作っていた頃のムービー。この時点でコンセプトは明確になっていたという



■ 手書きの“魂”をリアルタイムに! 「Afro Samurai」のチャレンジ

Namco Bandai Games 「Afro Samurai」Art teamのBryan Johnston氏
Namco Bandai Gamesで「Afro Samurai」のLead Programmerを務めたDanny Chan氏

 「Afro Samurai」はもともとアーティストの岡崎能士氏が自費出版で作ったコミックをGONZOがアニメ化、アメリカのケーブルテレビで放映され好評を博したという、ユニークな経緯を持つ作品だ。日本では2007年10月にアニメシリーズを編集した劇場公開もされている。ゲームはこのアニメ作品を原作としている。

 アフロヘアにくわえタバコの強面の主人公が、殺された父の敵を求め、刀を武器に血まみれの道を進む。敵はガンマンやサイボーグと、無国籍、時代設定も混じり合った世界観と、クールな雰囲気を持つアニメーション作品である。「スター・ウォーズ」シリーズや「ダイ・ハード3 」などに出演した映画俳優のSamuel L Jacksonが本作の原作を気に入り、アニメ作品のプロデューサーを務め、さらに主人公のアフロサムライを演じている。

 「Afro Samurai」は原作の雰囲気を再現したアクションゲームとなっている。刀を振り、敵をズバズバと切っていく剣劇アクションと、スピード感が魅力の作品である。北米ではNamco Bandai GamesがPS3とXbox 360版を2009年1月に発売している。残念ながら日本での発売はまだアナウンスされていない。

 セッションではNamco Bandai Games 「Afro Samurai」Art teamのBryan Johnston氏とLead Programmerを努めたDanny Chan氏による「レンダリングにおける様式:アフロサムライの画風の背後にあるテクニック」というタイトルで行なわれた。最初にJohnston氏はアメリカンコミック風のイラストでアフロサムライのストーリーを解説し、アニメ作品のトレーラーを放映した。次に紹介されたのがGONZOによるアフロサムライの設定資料。細かい注意書きでキャラクターの特徴を表現している。さらに原作者の岡崎能士氏のイラストが紹介された。手書きならではの繊細で大胆なイラストである。

 この日本のアーティストが作り出した作品を、どうやってゲームで再現するか。Namco Bandai Gamesの開発チームは何度も回を重ねてチャレンジを続けていった。3Dモデルとしてアフロサムライの特徴を再現しつつ、背景のコンセプトアートも手書きの特徴を再現しようという方向性だ。「Afro Samurai」ではキャラクターは和服を着ている。袖、服のしわ、流れるライン、服の動きと作り出すシルエットは、厳密な物理演算から生み出されるものではなく、演出重視のものだ。シルエットを生み出すために服は動き、流れを作り出す。アフロサムライの面構え、雰囲気、表情など様々なポイントを重視しながら、基本モデルは完成していった。

 ここから開発チームは「手書き風表現へのチャレンジ」を開始する。まず取りかかったのは、鉛筆画のような繊細な描画線の書き込みだ。これを実現するため、アートチームはプログラマーと協力しテクスチャから輪郭を抽出、さらにフィルタをかけ、3Dモデルの輪郭に独特の境界線を表現することに成功した。次にチャレンジしたのが、漫画のような影の付け方だ。陰影を強調するだけでなく、明るいところは違いをはっきりし、暗い部分は金属の光沢シミュレーションを使うなど、明暗でのシミュレーションを変え、独特の影の表現を可能にした。

 イラストレーターは時に乱雑な斜線を書き込みキャラクタを浮き立たせる。その雰囲気を活かすテクスチャーを作り上げ、さらに鉛筆画の時の「描画線のぶれ」をプログラムで書き加える。本来、イラストレーターが最高の線を引くためのほんの少しの微調整を、逆にプログラムで“散らす”ことで厚みのある線を作り出した。また、光が当たるプログラムを、「返り血」を浴びる表現に応用した。さらに強弱、範囲を調整することで血まみれのより凄惨な表現も可能にした。背景にも独特のエフェクトを付加することで、より原作の風景に近い表現を可能にしたのだ。

 完成には日本のバンダイナムコゲームスのスタッフも大きく寄与していることが紹介された。技術的な支援や、プログラムの上での協力など、日本のチームの力があって、この作品は完成したという。Johnston氏とChan氏は最後に、自分のセンスをまず信じること。少数のチームでまず様々な手法を試すこと、綿密に原作者、版権側と打ち合わせをすることで見えてくるもの、気がつかされるものがあることを語った。

 “マンガ”の表現をどうコンピューター上で再現するか。昔から多くのゲームクリエーターがこの難問に挑戦している。1枚1枚の場面での最高の描画を目指すコミックの雰囲気を、リアルタイムで、あらゆる場面で再現することはできるのだろうか。今回の「Afro Samurai」の開発チームは、“プログラム”のアプローチでそこにチャレンジしているのが面白かった。

 絵を描く人は、状況に応じて線を書き加える、その感覚やセンスは他の人に説明できない場合も多いのではないだろうか。プログラマーもまたプログラムからのアプローチで事物を表現するため、デザイナーが瞬間ごとに変わるセンスから生まれる要求に対して、「できない」と対立する場合が多いのではないかと思う。そのセンスを可能な限りプログラムで表現しようという方向に特化した本作は、技術が進化していく過程において、興味深いものだと思う。


GONZOの設定資料。右は原作者の岡崎能士氏のイラスト
原作の雰囲気を表現することを目指して作り込んでいく。ここからさらに原作表現への模索が始まったという
作り上げたモデルはまだ3DCGそのままだ。テクスチャに直接手書きで書き込むのではなく、フィルターをかけ線を抽出するところからアプローチが始まる
取り出したラインに校歌をかけ、手書き風のテクスチャへ。チャレンジは光源処理へも
リアルな質感ではなく、作品世界に合わせた質感を目指す。イラストならではの斜線表現をテクスチャ上に再現する
1本の線を散らしてアーティストの試行錯誤をシミュレートする。光源処理から返り血を導き出す手法も面白い
モデルだけでなく、背景にも独自のフィルタで空気感を演出する


(2009年 3月 29日)

[Reported by 勝田哲也]