ニュース
【CEDEC2017】「GRAVITY DAZE2」におけるシナリオ制作の秘密に迫る
~私はいかにして心配するのを止めて制限を愛するようになったか~
2017年9月4日 07:00
「GRAVITY DAZE2」のシナリオ制作を語る
CEDEC2017ではさまざまなゲームタイトルのセッションが開催されたが、最終日となる9月1日には、ソニー・インタラクティブエンタテインメントの「GRAVITY DAZE2」におけるゲームシナリオ制作に関するセッションが開催された。このセッションには、同社のワールドワイド・スタジオ JAPANスタジオ プロダクトデベロップメント部 ゲームデザイナーである佐藤直子氏が登壇。同作におけるシナリオ制作の概要について語った。
「一口にゲームシナリオと言っても様々なジャンルがある」と佐藤氏。もちろん、まったくストーリーがなくても成立するものもある。ただし本作は、アクションを元にしたストーリーのあるゲームだ。
一般的なゲームシナリオにおける課題としてはまず、進化し続けるストーリー表現が挙げられる。映画などでは基本的な仕組みは完成されているが、時間や視点、行動のコントロールを委ねているゲームの場合は、テクノロジーの進化と合わせてストーリーも試行錯誤が続いている。「ゲームほど、表現そのものの実現に苦労する物はない」と佐藤氏。頻繁に仕様変更が発生するなどし、ゲーム性がそのまま完成品として発売されることはありえない。想定していた仕様が技術的問題で不可能になることや、面白くするための試行錯誤も延々と繰り返される。「『この変更聞いてない!』と叫ぶのは日常茶飯事」(佐藤氏)。
そしてボリューム計算も難しい。映画では尺が決まっており、テキスト量もおおよそわかる。1時間ドラマなら原稿用紙が50~60枚。しかしゲームシナリオはこの定義で考えることは無理であり、テキストボリュームを概算で出しても、それより増えることはあっても、減ったことはない。
こうした背景から、さまざまな問題を抱えていたという。前作は新ハード、新規IP、新機軸アクションといった新しいチャレンジ続きだった。「実際のゲームプレイも手探りの状況で、ハード発売あわせのスケジュール死守というなかなかスリリングな開発状況だった」(佐藤氏)。続編となる本作はプラットフォームがプレイステーション 4に。それに伴いゲーム全体の仕様見直しがあり、シナリオとしては前作を越えるエピソードボリュームを用意することが課題となった。新たな町もマップに追加され、ボイスも大幅に追加することに。シナリオ担当は増えないが、シナリオコストは増大。「やるしかない」という根性論ではとても乗り越えられそうになかった。
このためシリーズ開始にあたり取った選択は、「グラビティ語」という架空言語を使用すること。「わざわざ言語を作るのはコストが高いのではと思うかもしれない。しかしシリーズの架空言語は、表向きは独自の世界観演出としながら、制作と運用のコストダウンを最優先とした仕様を目指した」(佐藤氏)。全言語でグラビティ語を使うことで、ローカライズコストをダウン。「現実に存在しないファンタジー世界を逆手に取った」(佐藤氏)。
本作ではバンドデシネのスタイルを踏襲しているので、雰囲気はフランス語に近い作りにしたという。ただし人間は言語に敏感で、ナンセンスだと違和感を感じる。このためでたらめな言葉ではなく、すでにある言語を架空言語に変換した。そこで日本語をベースに変換ツールを作成。Excelのマクロを使って、入力した日本語をあるアルゴリズムでグラビティ語に変換するようにしたという。フォントも自社で作成していたので、Excelで出力した内容をそのままフォントで出すことができ、アーティストの作業を助けることともなった。
架空言語導入で重視したのは、シンプルな変換と運用。そのため、背景に描かれた文字を謎解きに利用するといった、意味と文字の1対1運用は避けられることとなった。「すべての文字が解読されても問題ないように文字素材を管理するコスト、各言語別のグラフィックスの差し替えコストなど、元々の狙いとは異なり作業量が増えることとなる」(佐藤氏)。
さらなるメリットを得るために、セリフの調整が入ったとしても同一音声を使用して、声の感情があってさえいれば流用するようにした。これにより、音声収録後にもセリフを修正できるようになった。「アクションゲームではゲーム調整でセリフ変更が必要になることが多い。通常では対応不可能だが、このような対応により大きなメリットがあった」(佐藤氏)。
ただ、想定しなかった作業コストの問題が発生。前作では500前後のセリフだったが、本作ではその10倍の5,000近くに。声優も74名起用した。ボリュームが3倍になったほか、町の住人とのインタラクションが欲しいという要望に応えるためボイスが増加した。そして量が増えるに従って、グラビティ語のバリエーションに違和感が出始める。完璧な変換ツールを作ることも一瞬考えたそうだが、シナリオ担当のみが使用する特殊ツールにコストをかけることはできないのであきらめたと語る。
その代わり、声優がストレスなく演じることができるようにするため、出力したグラビティ語を自分で発声し、長さを調整するというアナログ作業にコストをかけた。1セリフの調整時間を1分としたとき、5,000セリフの場合、単純計算で83時間。音声台本に相当なコストがかかってしまった。しかしシンプルな仕様と変換ツールを用意していたので、この作業時間で終わったとも言える。そして結果としてはユーザーに受け入れられた。「とにかくグラビティ語の最優先は、生き生きとした感情が乗っているかどうか。シンプルな仕様や変換ツールといった環境整備は、コストをかけるべきアナログ作業を守るために大切だったと実感した」(佐藤氏)。
複数のデモ表現により演出の幅を広げる
本作は「コミックデモ」、「ムービーデモ」、「会話デモ」の3つで構成されている。コミックデモは2Dのマンガ、ムービーは3Dモデルを用いた映画的表現、会話デモは紙芝居的な表現のデモとなっている。
なぜこの3種類を導入することになったのか。演出的な価値で考えるとコミックデモかムービーデモのみ、またこの2種類の混在で進められる。なぜ会話デモを導入したのかというと、コミックデモだけですべてのストーリーを追うことは危険だったから。「すべてのカットがワンオフで、設定に変更があった場合描き直しとなり、修正コストが高い」(佐藤氏)。
さらに重力アクションの躍動感を伝えるためには動的な演出が必要であるといった判断もあったそうだ。そこでストーリー演出としてはコミックデモとムービーデモを組み合わせることに。ドラマの見せ場にはコミックデモを使い、派手なアクションを見せたい必殺技の登場シーンなどではムービーデモを使った。
そしてストーリーについてはミッションリストを作成。ゲーム全体の構成を要素別に分類した。
ここまで見ると、コミックデモとムービーデモだけで事足りるように思われる。チーム内でもアクションゲームに会話でもスタイルはどうなんだ? という意見が出たそうだ。しかし「シリーズは新規づくし、チャレンジ満載の開発で、かつてない新機軸の重力アクションがメインのゲームであり、重力アクションの面白さを追求するためには、シナリオ側も調整に対して柔軟に対応することに保険をかけておく必要があった」(佐藤氏)。
たとえば、開発中に新しい要素を加えたいという仕様変更が発生したとする。追加要素に関して、その説明や誘導などをどうすべきか、今の仕様で可能なのか、さまざまな問題が一瞬で湧いてしまう。「面白くしたいというのは当然で、前向きに検討すべき。そこでコストの引くシナリオの、制作済みの展開に手を入れたり、既存デモの変更などで対応しようとしても、さまざまな関係者に相談する必要がある。これは気が重い。結果として工数の負担などについて説教される結果となる」(佐藤氏)。変更についてシナリオや演出面に対応しないで開発を終了した場合、「アクションに関しては高評価でもシナリオがクソ!」と言われかねない、と佐藤氏。
調整と対応という宿命を背負ったゲーム開発であるのに、さらに本作ではメインミッションが28、サイドミッションが49、ダウンロードコンテンツミッションが6の、総ミッション数が83と多かった。メインは社内、サイドは社外での開発であり、それがすべて動いている状況。しかしシナリオ専任担当者は1人で、シナリオが開発のボトルネックになる危険性があった。「進捗どうですか、という言葉ほど恐ろしい言葉はないと思う毎日」(佐藤氏)。
これを救済するために編み出されたのが会話デモ。前作でも用いられていたが、続編用に新たなツールを作成することを相談し、前作で想定した要望をすべて取り入れてもらって作ったという。新ツールでは直感的な操作でウィンドウと吹き出しの遷移を作成し、テキストの打ち込みから実データへの登録、SEやBGM付けまで行なえるようにした。「このツールのおかげで1,000を超える数のデモを作れた」(佐藤氏)。
ローカライズに当たって心がけたこと
本作ではローカライズにあたって、「日米ペアシステム」というものが導入された。日本語テキストが作成されると同時に、英語テキストを作成する方法だ。このやり方によりローカライズスケジュールの圧縮に成功したという。「英訳スタッフがチーム内にいることは、ローカライズ全体にメリットを生み出せる」(佐藤氏)。
ただし本作ではテキストの量が何倍にも増えたため、ローカライズスケジュールはかなり危険だったという。問題を認識した時点でフローを見直し、スケジュールを再作成。海外からの質問ややりとりはローカライズ担当が行なった。これによりタイムラグを減らしたそうだ。「世界同時発売を目指している時には、可能であれば社内に、さらに可能であればチーム内にローカライズスタッフがいることが助けになる」(佐藤氏)。
そして日本語は欧米の言語に比べて情報量が少ない言語。主語を省略することが多く、男性、女性、数の情報も名詞に含まれない。語尾などに日本語ならではの叙法があった場合、英語になると消えてしまう。厳しいスケジュールの中、翻訳者は必要な情報を文脈から推定して作業する。しかしゲーム開発の内部にいない限り、わからない情報もある、と佐藤氏。情報が減ってしまった翻訳英語が、最も情報を必要としている欧州言語のベースになる危険性もある。「日米ペアシステムであれば、これを防ぐことができる。白紙状態から翻訳する作業者を想定するチームメンバーがいると、多言語の品質を守りやすくなる」(佐藤氏)。
世界同時発売を目指すタイトルでは、多言語の翻訳者がゲームプレイをすることはあり得ない。テキスト情報のみで翻訳を進めていく。しかし本作ではテキストに応じた表情の変化もあるため、それを見ないとセリフの感情を理解することができなかった。そこで翻訳者のために、ファイル名から表情の情報を得られるような仕組みを追加したそうだ。
佐藤氏は実際に出会った問題として「死んでる」というテキストを例示。セリフの流れから想定して「He's dead」にしたが、実は複数死体があった。それで「They're dead」としたが、別のシーンで女性1人が死んでいるところにそれが適用されてしまい、問題が起きたこともあるとか。「英語であればThey'reでごまかせるかもしれないが、男性か女性かで文法が変化するフランス語では不可能」(佐藤氏)。
このため同じテキストIDを使わないように徹底し、ルールを無視した時に知らせてくれるツールも用意した。「プロジェクトごとに起こりえるトラブルが異なるので、チームにローカライズメンバーがいなければこうした問題は防ぎにくい」(佐藤氏)。
佐藤氏は「今回の事例は本作のシリーズとしての事例で、プロジェクト内に常駐しているからと汎用性があるとは言いがた。でも、ゲームシナリオの書き方に関して語られることは多いが、表現の手法、実装作業については語られていないのではと思ったから。ゲームシナリオという仕事に15年関わっていても手探りで不安は尽きない。しかし皆さんとチャレンジしてそれを高めていければいいなと思っている」と語り、カンファレンスを終えた。