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2020年のVRが語られた「Japan VR Summit 2」セッションレポート
加熱する中国VR市場は日本のVR開発者にとって大きなチャンスになる?
2016年11月17日 20:36
11月16日、グリーは東京都内で「Japan VR Summit 2」を開催した。本イベントはVR業界関係者向けのカンファレンスで、今年5月に開催された第1回に引き続いて半年ぶり2回め。会場にはVRハードウェアメーカーやコンテンツクリエイター、投資家など様々な分野の人物が集まり、VRを取り巻く現状と展望が語られた。
本イベントを主催するグリー代表取締役会長兼社長の田中良和氏は開会の挨拶の中で、「VRはPC、スマホに続く次のプラットフォームになる、大きなパラダイム・シフト」としてVRを位置づけ、これまでスマホで起きた様々なジャンルにわたるイノベーションがVRの世界でも起こっていくと予測。今後のVR市場を作っていくため、その動きを様々な側面で捉えることが「VR Summit」の意義であると語っている。
本稿ではVR業界の各方面における第1人者たちが集まった各セッションから、2020年のVRシーンが語られた未来志向のセッションや、中国VR市場の動向など普段触れることの少ないテーマを取り上げたセッションをレポートしていこう。
2020年にはフルボディ&高詳細なVRシステムが実現?社会的影響も
「VRトッププレーヤーが描く2020年のビジョン」と題されたセッションでは、Oculus、HTC、SIE、GoogleというVRハードウェアプラットフォームを手がける起業から、主にコンテンツ面を担当する人物たちが登壇。モデレーターを務めたカドカワ取締役の浜村弘一氏とともに2020年に向けたVRの発展や社会に対する影響について語り合った。
まず2016年を振り返った印象を尋ねられた各氏は、全員が「素晴らしい1年になった」という。その中でOculusのパブリッシング部門長を務めるJason Holtman氏は「各企業が取り組んできたことの全てが実現し、多くのデベロッパーもしっかりとコンテンツを出すことができました。様々な新しいジャンルが創始された年として、将来2016年を振り返ることができると思います」と、歴史的意義を強調。HTC ViveのVRコンテンツ担当バイスプレジデントのJoel Breton氏は、個人レベルでフルプレゼンスのVR体験やVRコンテンツ開発が可能になったことについて「約束の地がついにやってきた」と2016年を振り返る。
SIEグローバル商品企画部担当課長の高橋泰生氏は、「ハイクオリティのVR体験が一般家庭できるようになったことで、コンテンツクリエイターがVRでやりたいことを伝えられる環境が整った」とし、今後のコンテンツの広がりに期待。GoogleのチーフゲームデザイナーのNoah Falstein氏はGoogle CardboardやGoogle Daydream、Google Tangoといった同社のVR/AR面の取り組みをアピールしつつ、「それぞれのシステムには向き不向きがあり、それを理解して開発者がゲームや医療、トレーニング等に適切に応用していくことで今後10年の流れが決まる」と、PC用/スマホ用VRの住み分けの重要性を強調している。
いずれも今後に向けてまずはコンテンツ面の発展を後押ししていきたい姿勢を示した各プラットフォーマーだが、2020年に向けての展望を語った部分ではそれぞれに特徴ある意見を聞くことができた。
OculusのJason Holtman氏は、様々なハンドジェスチャーが可能なOculus Touchの投入後も、2020年までにさらに入力機器の発展に注力していくことになるという展望を語った上で、その時代には「4万人が1つの場所に集まって、一斉にウェーブを起こすようなこともできる」としてVRがオンラインコミュニケーションの主要な方法になることを予測。また、各コンテンツについては「VRのプレゼンスがもたらす驚きにユーザーが慣れていくため」、より長期的に楽しめるものが求められるようになると語っている。
HTCのJoel Breton氏はもう少し具体的な技術的ロードマップを描いている。まず、非常に多くの要望があるというワイヤレス化については、2017年第1四半期にはパートナー企業からHTC Viveのワイヤレス化キットが出荷されることを紹介。その次のチャレンジは高解像度化で、2020年までには現在の倍の解像度となる単眼2Kはワイヤレスで実現できるという。その先、単眼4Kについてはワイヤレスで実現できるかまだ不透明だともいう。さらに入力デバイスについては、2020年までにはフルボディトラッキングのソリューションを提供すべく取り組んでいるとのことで、2020年にはこれらの全てを組み合わせたVRシステムが実現するのではないかとまとめた。
SIEの高橋氏は、2020年までの展望においてはまずコンテンツ面の発達を期待しているようだ。高橋氏は1960年に初のカラーテレビが発売され、その4年後に東京オリンピックが開催されキラーコンテンツとなった歴史を引き合いに出しつつ、「2020年の東京オリンピックがVRにとってキラーになるかはわからないが、キラーコンテンツがあることが一般の方に響いていくかどうかで重要」とし、映画・旅行・ショッピングなどゲームではないエリアも含めてVRを毎日使いたいと思えるようなコンテンツを充実させたい思いを語った。ハード面での新技術への言及はなく、プラットフォームとしてはPS4およびプレイステーション 4 Pro、入力装置としてはDUALSHOCK 4、PlayStation Move、PlayStation VR Aim Controllerといった構成で当分戦っていくつもりのようだ。
GoogleのNoah Falstein氏は「VRでワクワクすることのひとつは、収益化への道が見えていること」とし、その中で幅広いスタイルで楽しめるシステムを提供することが大事であると語っている。「多くの人はVRを本を読むように楽しんでいます。HTC Viveのようなフルプレゼンスも楽しいわけだが、椅子に座りながら180度の視野で楽しむのもいい」と、Google DaydreamのようなスマホVRがカバーする領域をピックアップ。その中の技術的側面としては、頭部伝達関数のシミュレーションによる高精度のバイノーラルオーディオのさらなる発展に期待していると語った。
そういったVR技術の発展が、今後ゲームだけでなく、ショッピング、医療、建築デザイン、各種トレーニングといった様々な分野で応用されていく予想は、各登壇者ともに一致するところだ。
例えばGoogleのNoah Falstein氏によれば、高所恐怖症やクモ嫌いといったトラウマを90%程度、VRを使った治療で克服できることがわかっているという。またOculusのJason Holtman氏は、日々の仕事の一部をVRで置き換えることができると考えている。VR内で様々なデータを可視化したり、アバター同士でコラボレーションをすることで様々な分野における仕事の生産性向上が図れるという考えだ。そうなれば特別な産業だけでなく、より一般的な仕事の現場にもVRが入り込んでいくことになる。そうなることで、VRは多くの人々の生活そのものを変えていくことになるだろうか。
HMD製造大国と化した中国。急成長する市場で何が起きているのか?
「世界最大?中国VR市場のポテンシャル」と題するセッションでは、中国でVRプラットフォーマーの覇者となるべく戦う4企業の人物が登壇し、中国市場の現状と展望に触れることができた。モデレーターを務めたのは投資会社インフィニティ・ベンチャーズLLP共同代表パートナーの田中章雄氏。そこでわかったのは、既に中国ではVRが巨大市場となるきざしを見せており、そのプラットフォーム競争において日本のコンテンツが熱い注目を浴びているという事実だ。
中国は市場特性が特殊だ。PCやスマホの世界で米企業のプレゼンスが低く、多数のローカルプラットフォーマーがしのぎを削ってシェア獲得競争を繰り広げているという構図がある。特にスマホの世界ではGoogleが中国市場から撤退していることもあって、Qihoo 360、Baiduといったグループ企業を始めとする数十のプラットフォーマーが独自のエコシステムを構築して、7億人にものぼるネットユーザーを奪い合っているのだ。
新興のVR市場では、HMDというハードウェアがなければはじまらない、というのが新興企業の狙い目のひとつだ。安価なダンボールVR水準のものは既に大量に流通しているというが、まだまだハイエンドのHMDは一般化していないため、プレミアムな体験を得られるVRシステムをいちはやく展開できれば、スマホ大手のプラットフォーマーと直接争うことなくVR市場をリードできる……というわけで、中国では独自のVRハードとソフトウェアプラットフォームを組み合わせたサービスを提供する企業が続々と登場し、早くも競争が激化しつつある。
本セッションに登壇したKaren Zu氏がCMOを務めるBeijing Pico Technologyは成長株のひとつで、設立から1年半で社員数約300人へと急拡大。ハード・ソフト両面の開発と展開に取り組んでいるためそれでも人が足りないという。8月にはQualcommと開発協力を行なったスタンドアロン型HMD「Pico Neo」を中国で発売し、2017年には日本・米国への展開も予定している。
対象的に、これまで14年間にわたってVR事業を行なっているというのは3GlassesのCFOを務めるGoerge Lin氏。3Glassesはもともとプロ向けのVRソリューションを手がけていたが、2014年からはPC用HMDメーカーとしてかじを切り、HTCやOculus等と真っ向からぶつかるような事業を展開している。現在発表されている最新のHMD「3Glasses S1 Blubur」はSteamVR互換機としてHTC Viveを超える高詳細ディスプレイを搭載しハンドコントローラーもサポートする、世界でも最先端のハイスペック機だ。
中国最大級の動画プレーヤーアプリ&動画コンテンツ配信サービスというバックグラウンドを活かして安価なスマホ用HMDを展開していると語るのはBaoFeng Mojingのバイスプレジデント、Zeng Xianzhon氏だ。本格普及はまだまだというが、4世代目となる主力製品は50万台を売り上げ、さらに安価なコンパクト版のHMDは100万台のヒットを記録したという。BaoFengでは「安価なシステムでまずVRに触れてもらうこと」を当面のモデルとして掲げており、店頭などのオフラインの現場でも既に約1万箇所に導入しているというから、非常にスケールが大きい。
Shanghai Famikuの現場CEO、Frederick氏は上記とは少し毛色が異なるビジネスを展開している。Famikuが手がけるのははVRアミューズメント施設の設置・運営事業だ。旧来のゲームセンターを置き換えるような形で、「VRパーク」と呼ばれるVR体験に特化した使節を中国の各地に開設している。その背景にあるのは、アリババを筆頭とするECサイトの躍進だ。ECサイトが影響力を増すことで都市部のテナントから小売店が消え、かわって娯楽施設が多く入るようになった。が、その状況が長く続いたことでカラオケやゲームセンターといった業態が陳腐化してきており、そこにVRアミューズメントの需要が生まれたという。Famikuは1000平米以上の大型店舗をVRパーク化することをターゲットにしており、およそ映画館のチケット相当する150元で2時間遊べるというサービス設定で、2016年中には中国内で100店舗の開設を目標としているとのことだ。
Famikuのビジネスは少し極端な例だが、中国ではショッピングセンターやネットカフェ的な業態での利用など、より小規模な形でのVRサービスが非常に多く導入されているようだ。3GlassesのGeorge Lin氏によれば、現在までに少なくとも3000箇所でVRを使った商業サービスが展開されているという。そこでは5~10分のVR体験のため、顧客は映画を見るのと同じくらいの値段を支払っているそうだ。より手軽なBaofengのスマホVRに至っては1万箇所に導入され、VR体験の入り口になっている。また、中国最大の問屋街では全世界に向けて月に3,000万台のHMD(ダンボールVRのような安価なものも含む)が出荷されているというから驚きだ。
このセッションではこのように様々な景気のいい数字が披露され、2016年にはいって一気に一般への認知度が上がったと語られている。しかしその中でBeijing Pico TechnologyのKaren Zu氏が警告するのは、海賊版の多さだ。Zu氏が言うには、中国内のHMDメーカーはスマホ用HMDを中心にこれまで480万台を出荷しているが、それに加えて海賊版のメーカーが1,000万台くらい出しているのではないかと見ている。その点も含め、消費者が得るエクスペリエンスの質が低いことがZu氏の考える課題だ。
海賊版が蔓延する部分があるとはいえ、市場ポテンシャルは非常に大きい。BaoFeng MojingのZeng Xianzhong氏によれば、中国のユーザーは3億人がVRについて知っており、1億人が実際にVRシステムを購入したいと言っているのだという。その中で、ハードウェアについては日本や欧米のメーカーが競争力を発揮することは難しいとしつつ、日本のコンテンツは非常に競争力があると評価している。例えば動画コンテンツについては、日本製のものは中国製のものの10倍のDL数があるといい、翻訳せずにそのまま流しても喜ばれるほどだそうだ。
Zeng Xianzhong氏が言うように、「中国にはハードもプラットフォームもあるが、コンテンツは欠けている」という認識は、登壇した全員が同じく共有していた。Beijing Pico TechnologyのKaren Zu氏は、日本の高詳細な体験型のコンテンツに優位性があるとし、3GlassesのGeorge Lin氏は日本のコンテンツの開発者のために見合うハードウェアを作り、一緒に市場を開拓していきたい、と語る。またFamikuのFrederick氏は、オフラインデモやVRコンテンツはまだまだ少ないため、良いコンテンツを中国に持ってきて欲しいとしつつ、内容を中国的にすることで収益化するローカライズのノウハウで日本企業に協力していきたい、と語っていた。
このように中国では巨大なVR市場のポテンシャルがあると同時にハードウェアとプラットフォームの分野ではやくも激しい競争が発生していることは間違いない。そこで鍵をにぎるのはコンテンツだが、各社とも日本のコンテンツを中国内で配信することに強い関心を示していることは、日本のVRコンテンツ開発者にとって収益化の幅を広げる大きなチャンスと言えるだろう。