【特別企画】

やっちゃってた、日産。助手席に座るユニティちゃんがナビゲートしてくれる未来のカーライフ

【CEDEC 2019】

9月4日~6日開催

会場:パシフィコ横浜

 矢沢永吉さんのTVCM「やっちゃえ、日産」のキメ台詞が印象的な日産自動車。“技術の日産”として、自動運転技術をコアとしたインテリジェントモビリティを実現するために様々な研究開発を行なっている。

 その日産と、パートナーのカヤックがCEDEC最終日の9月6日、エンジニアリングセッション「リアルとバーチャルの融合がもたらす未来の乗車体験のビジョン/実験/考察」を行なった。興味本位で参加したところ、極めてエンターテインメント性が高く、日本を代表する自動車メーカーが、何を見据えて研究開発に取り組んでいるかがうかがえる非常に示唆に富む内容だったのでたっぷりご紹介したい。

 まず、そもそもなぜ日産がCEDECでセッションを行なったのかというと、本セッションのメインテーマとなる「i2V」(Invisible to Visible:見えないものを可視化する)の実装部分を、ゲームをはじめとした様々なコンテンツを手がけるカヤックが担当していることと、サンプルのキャラクターモデルに、世界最大規模のゲームエンジンUnityを擁するユニティ・テクノロジーズのマスコットキャラクター「ユニティちゃん」を採用するなど、ゲーム業界と関連性が高いためだ。

【i2V】
車業界の3つのホットワード。AD(自動運転)、CC(コネクティッドカー)、EV(電気自動車)。上田氏は「CCとはCコンパイラやカーボンコピーではありません」と軽妙なトークで場を和ませながら、「i2V」はCCに関する研究開発だと語った

 はじめに「i2V」プロジェクト全体のビジョンを語ったのは、日産自動車 モビリティ・サービス研究所エキスパートリーダーの上田哲郎氏。上田氏は「i2V」の前提要素として日産の自動運転技術「ProPILOT(高速道路同一車線自動運転)」から語り始めた。2016年のSERENAからスタートしたProPILOTは、矢沢さんが運転中に手を離すCMでもお馴染みの“技術の日産”を象徴するテクノロジーだが、継続して研究開発を続け、この秋、ついに「ProPILOT 2.0」にバージョンアップする。

日産自動車 モビリティ・サービス研究所エキスパートリーダーの上田哲郎氏

 「ProPILOT 2.0」について上田氏は、「僕ちょっと乗ってみましたけど、ヤバいです」と切り出した。従来の自動運転が「手を離さないで下さい」というあくまで補助的な存在だったのに対し、2.0では「積極的に手を離していい」という。運転席を向けられたダッシュボードカメラで、ドライバーが正常に搭乗していることが認識できれば、完全に手を離したまま運転が可能で、フロントカメラでトラックやバイクなどの車輌も個々に認識し、その上で車線変更や追いこしまで全自動でやってくれるという。「時速100kmで、手放しで、自動運転できる世界が来ている」と興奮気味に語った。

【自動運転技術】

 そしてここからが本題となるが、近い未来、自動運転技術がさらに進化して、ドライバーの両手が自由になる時代が来たときに、ドライバーは何をするのか。その答えのひとつが本セッションのメインテーマとなる「i2V」というわけだ。

 ドライバーの運転時の負担を“運転負荷”と呼ぶが、自動車メーカーはこの運転負荷をできるだけ軽減したり、その負荷を楽しさに変える努力を重ねてきた。しかし、自動運転技術によって運転負荷が極端に下がれば、自由な領域がそれだけ増えることになる。

 運転負荷が極限までゼロに近づくという自動車の歴史においてまったく未知の領域の到来に向けて、自動運転時代のカーライフ像を模索するのが上田氏が所属するモビリティ・サービス研究所の役割で、10年以上前から試行錯誤を繰り返しているという。上田氏は、10年以上前の東京モーターショーに参考出展したピボに搭載されたロボットヘッドのような会話ロボットを皮切りに、様々な研究成果を紹介してくれた。

【これまでのトライアル】
左上がピボ、左下が会場でも大うけしていたが、アルコールはマズいがコーヒーは良いだろうと言うことで開発された車内コーヒーメーカー

 そして最終的にたどり着いた結論は“コミュニケーション”だったという。全員が同じ方向を向き、同じ目的に向かってどんどん車窓が変わっていく中で、エピソードを共有していくのが楽しいのではないかと考えたという。

【コミュニケーション】

 中でも上田氏がこだわったのは助手席の価値だという。上田氏が若い時代、助手席には“プレミアム”な価値があり、彼女を助手席に乗せる、ほぼそのためだけにクルマを買っていたが、現在はそうした“助手席の価値”が下がってしまったため、デジタルテクノロジーを使ってその価値を復活させられないかと考えたという。

 そこで上田氏が着想を得たのがオペレーターサービスで、ボタンひとつでオペレーターを呼んで相談に載ってくれるサービスだが、音声で対応するだけの要は電話で、彼女の代わりにはならない。「そういう遠隔サービスじゃなくて、もう彼女が助手席に乗り移ってきてくれないか。クルマに乗ったまま、デジタルヒッチハイクのようなことができないか」と語り、メタバース(インターネット上の仮想世界)にいる住人をクルマの助手席に呼び込むことを目標とした研究をスタートさせた。そこで技術面で白羽の矢が立ったのが、カヤックであり、ユニティちゃんというわけだ。

【発想の原点はオペレーターサービス】

 上田氏は、バージョン0.0から3.0まで4つのプロトタイプを見せてくれたが、上田氏は「激しく感情移入でき、消えると寂しい」と語り、かなり手応えを感じている様子だった。0.0は車内でモックアップを使ったプロトタイプ、1.0は助手席のナビゲーターにユニティちゃんを使った本格的なもので、2.0はCES用に北米向けにカスタマイズした男性ナビゲーターバージョン。3.0はいよいよ実際にクルマを動かしてやってみようということでNTTドコモと協力して5G回線を使って実際に走行しながらコミュニケーションが楽しめるというもの。

 上田氏は現在4.0の開発に取り組んでおり、4.0では「いよいよ公道で」ということで、「ProPILOT 2.0」と組み合わせて、「助手席を使った新たなコミュニケーションを再発見できるのではないか」と自信たっぷりに語っていた。

【Ver0.0】
社内でVRヘッドセットを車内に表示させるプロトタイプ

【Ver1.0】
一気に進化したVer1.0。助手席はユニティちゃんが搭乗し、ユニティちゃんからは自分もアバターになっている。より長いデモでは、ユニティちゃんが体をグッと近づけて運転席側の窓を開けるという演出もあるようで、「サマーレッスン」(バンダイナムコエンターテインメント)的である

【Ver2.0】
CES 2019ではアバターを男性に変え、ナビゲーションが得意という設定でデモを実施

【Ver3.0】
NTTドコモと共同プロジェクトで行なった5G×i2V実験。車内のトラッキングも行ない、ワンボックスカー内で楽しいバーチャルワールドが広がる

【そして4.0へ】
4.0は「ProPILOT 2.0」と組み合わせたものになるようだ

 ここからは実装を担当したカヤックの原真人氏にバトンタッチし、実際の実装に関する苦労話が語られた。

カヤック VR部の原真人氏

 原氏からは、まず“i2Vが実現された世界”の未来図が紹介された。それによれば上田氏が紹介した“ソーシャルVRサービス”はあくまでi2Vが目指す世界のワンパートに過ぎず、目の前に広がるARカーナビをはじめ、インフラから取得された渋滞予測データや危険予測データ、そして死角に隠れている車輌の透過表示など、トータルでのCCソリューションだった。

【i2Vが実現された世界】
3次元情報や観光情報も網羅されたARマップ
危険をあらかじめ察知
男性アバターによるナビゲーション
こちらはフロントガラスから見える映像をCGに差し替え、良い天候を変えてしまう

 しかし、現実には、そのような都合の良い情報を引き出せるインフラはまだ存在しないし、i2Vの要のテクノロジーとなるARディスプレイについても、まだ“日常使用が問題ないレベル”のものは実用化されていない。ただ、まったくのゼロではなく、AR/VRヘッドセットや、リアルタイム通信ミドルウェアなどを駆使することで、その一部は再現できる。だったら、今のうちから取り組んでおくのは価値があるのではないかというわけだ。

 現時点で取り組める最大のテーマとして採択されたのがユニティちゃんを使った“ソーシャルVRサービス”だ。原氏の講演では主にその実装と考察について語られたが、前例がないため、その実装はかなり苦労したようだ。

 実装内容としては、運転手を含むクルマの乗客はARヘッドセットを被り、助手席にユニティちゃんを全員に表示させ、そのユニティちゃんのナビゲーションを、どの位置から見ても正しく、かつ同時に見せなければならない。

 ユニティちゃんは、遠隔地にいるVRヘッドセットを被った演者のボイスとアバターIK(インバースキネマティクス)をそのまま使用する形で演じられる。予算の都合のため、日産の男性スタッフの地声がそのままユニティちゃんから流れるというやや間抜けな実装になっていたが、運転席だけでなく、後部座席からも同じように、ユニティちゃんの身振り手振りや、彼女が表示するARマップ、渋滞情報、そして観光情報などが見られるなど、コンテンツとしては非常に高度な実装になっている。原氏は、すべての座標を綺麗に正しく管理した上でタイムラインをキッチリ合わせる実装が難しかったと語ったが、ロケーション向けのVRビジネスに活用できそうなノウハウだと感じた。

【実装内容】

 次にNTTドコモとの5Gを使った走行実装実験は、さらにリッチな環境になった。後部に向かい合わせで4人乗れるワンボックスカーを使用し、AR体験者2人と、VRオペレーターが演じる「バーチャル・ミス・フェアレディ」とユニティちゃんがそれぞれ相乗りし、走行しながら4人で会話やちょっとしたインタラクションを楽しむというもの。

【5G走行実装実験】

 アバターとハイタッチや、お菓子を貰ったり、バーチャルキャラクター2人が協力してハートマークを作ったりなど、遠足バスの車内のような他愛のない内容だが、バージョン1.0や2.0と比較して、アバターがフルトラッキングに対応して全身が見えるようになっており、それがすべて移動中の車内で行なわれているというところにおもしろさがある。まさに上田氏が語るデジタルヒッチハイクの世界だ。

【デモ風景】

 5G走行実証実験はまさにVer3.0と呼ぶに相応しいだったが、課題も噴出したという。まず、アバターとインタラクションを可能にするために、車内でもトラッキングを行なう必要があるが、これが可能な機材がOptitrackしかなくこれが非常に高価であること。次にその上でHMDのトラッキングシステムと、ドライビングは実は非常に相性が悪く、すぐ位置情報をロストしてしまうことだ。ちょっとしたカーブを回るだけで、視界がぐるぐるまわるようになり、ずっと座りっぱなしでも後ろの情報に流されてロストしてしまうという。そしてHololensでは一端ロストすると、ロストしたことを伝える警告表示がずっと中央に表示され続けるなど、とてもクルマを運転しながら使えるレベルではないという。

 クルマの動きによる誤動作を防ぐためには、加速度をはじめとしたHMDから取得する諸情報を、HMDとは別に取得したり、計測エリアを車内だけに限定する必要があるが、ARデバイスのセンサー情報は隠蔽されており、開発者が自由にいじることができないため、この問題を解決すること自体が難しいという。

【車内トラッキングの諸問題】

 さらに「解決したところでまだ十分でない」という。原氏はHMDをクルマで利用することが特別な時点でダメだという。つまりi2Vが求める世界は、クルマだけでなく、電車、バス、飛行機など、すべての乗り物で当たり前のように使えなければならない。現時点ではクルマで使うだけでも特別な設定な必要だが、どの乗り物でもキチンと動作するHMDが欲しい、「そういう道具になってくれることを期待している」と、HMDの技術的なブレイクスルーに期待を寄せるコメントで締めくくった。

【まだi2V実現のためには壁がある】

 セッション終了後に、実際にバージョン1.0を試遊させて貰ったが、助手席に出現するユニティちゃんの存在感、そしてオッサンの声(失礼)とはいえ、人間の声でナビゲートしてくれて、なおかつ相互に応答が楽しめる感じは、現在の音声合成ソフトや定型パターンによる応答よりもずっと親しみやすく、実は今よりずっと潤いのあるカーライフが実現するのではないかと期待を持った。

 その一方で、ARヘッドセット自体がまだまだ重いし、被ってる感を常に感じ、そして視野角が狭い。正面を向いたら助手席にいるはずのユニティちゃんが視界から完全に消えてなくなるようでは話にならない。やはり人間と同等の視野角は全方位で欲しいし、サングラスぐらいの感覚でさくっと掛けられるぐらいでないと、まず女性は使いたがらないのではないかと思う。

【Ver1.0デモブース】
クルマを半分輪切りにしたようなデザインのデモブース
運転席に座ってARヘッドセットを被る
ユニティちゃんの演出に笑顔になる来場者。筆者も笑顔になったことを正直に認めなければならない
ユニティちゃんとのインタラクションは「サマーレッスン」を想像すればわかりやすいが、車内の閉鎖空間で巻き起こることと、そのナビの優秀さに満足する
でも中身はおっさん(失礼)

 試遊後、ブースの後方で見守っていた上田氏に、試遊の率直な感想を伝えると共に、「この最終的なアバターの中身はAIが担うことになるのではないですか?」と尋ねたところ、「そうですね。最終的には当然そうなるはずです」と認めた。実際、現行のプロトタイプには、どのアバターを呼び出すか選択することが可能だということで、アバターごとに性格や機能の異なるAIが入っている未来がやってくるはずだ。

 筆者はゲームメディアの人間なので、そこまできたら「もはやクルマの中で完結する恋愛アドベンチャーゲームが作れるじゃないか」とほくそ笑んだが、日産のインテリジェントモビリティが完成する少し先の未来、我々ゲームファンは“どこ”で“どのように”ゲームを楽しんでいるんだろうと少し楽しみになった。日産のi2Vは、クルマファンのみならず、ゲームファンにとっても楽しみな未来のテクノロジーだと言えそうだ。