【連載第25回】あなたとわたしのPCゲーミングライフ!!


佐藤カフジの「PCゲーミング道場」


PCゲームを彩るMOD文化について知っておきたいこと
ゲームあるところにMODあり。面白いものはコミュニティで作られる!


色々な意味で業界の「最先端」を走る、PCゲーミングの世界。当連載では、「PCゲームをもっと楽しく!」をコンセプトに、古今東西のPCゲームシーンを盛り上げてくれるデバイスや各種ソフトウェアに注目。単なる製品の紹介にとどまらず、競合製品との比較や、新たな活用法、果ては改造まで、様々なアプローチでゲーマーの皆さんに有益な情報をご提供していきたい。



■ MODとはただの改造ゲームなのか?

MODの王様「Counter-Strike」。1999年登場、今でも人気だ

 MODification(=改造)の略語である「MOD」は、PCゲームを語る上で外すことのできない話題のひとつだ。既存のゲームを改造して、新たなゲームに作り替えて遊ぶ。そのための仕組みと、ユーザーの活動。それがゲーム文化に対して果たした役割は、実は限りなく大きい。当連載がPCゲームを扱うからには、いちど包括的な形でMODについて紹介しておくべきだろうと考えた次第だ。

 折しも、今年春に大幅リニューアルを果たした株式会社WeMade OnlineのオンラインFPS「STING」では、ディレクターのHac氏が「MODの考え方でゲームを拡張していく」という方針でアップデートを続けている。4月30日には、MODクリエイターの拡充を発表したばかりだ。同じオンラインFPSの世界では、ネクソンの「カウンターストライク オンライン」で人気の「ゾンビモード」があるが、その原案はオリジナルの「Counter-Strike」で人気だったMODのひとつだったりする。そして「Counter-Strike」自体も「Half-Life」のMODである。

 また、今年秋に発売予定の米Firaxis Games「SID Meier's Civilization V」では、リードゲームデザイナーを勤めるJon Shafer氏の方針により「強力なMODツールを搭載する」ことが明らかにされている。そもそも、Jon氏は「Civilization」シリーズの旧作でMOD製作者としてコミュニティ活動をしていた人物だ。同様に、MODツールに力を入れて製作されているゲームは多い。近年では、家庭用のゲームでもなんとか本格的なMOD能力を提供できないかとチャレンジした例が見受けられる。代表的なものとしては、「Little Big Planet」(Media Molecule)、「Halo 3」(Bungie Studios)、「TRIALS HD」(RedLynx )などが挙げられる。

 最近のニュースだけ取り上げても、「MOD」という言葉が耳に入ってくるというのは、それだけPCゲームの文化にゲーム市場全体に根付いてきたからだろう。そういった点を踏まえつつ、MODというものの歴史や、ゲーム業界に与えた影響を考慮してみると、MODのことを単に「改造ゲームの一形態」と考えることは、あまりにもスケールが小さいと感じられるのだ。

 本稿では、MODの価値を再確認し、それによって「業界の最先端を行くPCゲーム」への理解を深めてみたい。




■ MOD誕生秘話。それはゲーマーによる向こう見ずなハッキングから始まった

 昨今ではユーザーが製作した追加マップや、新たなゲームルール、全てを作り替えて全く別のゲームと化したモジュールを、ネット上で見つけて導入する。あるいはゲームそのものに備わっている拡張機能の導入機構を通じて、ユーザーメイドのコンテンツを、ひとつのオフィシャルな遊び方として楽しむ。PCゲームではこのようなMODの風景が当たり前になっている。

 これは、PCゲーマーが肌身で感じている通り、PCゲームと家庭用ゲームを差別化する主要因だ。そしてPCゲームがそうなったのは、PCが「モノを作る道具」である以上、必然的なものだ。ここではちょっと古い話をして、そのあたりの歴史的な流れを簡単に見てみよう。



・ MODとハッキングの区別がつかなかった時代

「DOOM」。1993年に登場した初の本格的FPS
「DOOM」のトータルコンバージョン「Aliens TC」

 ゲームの改造モジュールに対して「MOD」という呼び方が定着したのは、ゲーム側がMODをオフィシャルでサポートし始めてからのことだ。時期的にはid SoftwareのFPS「Quake」の登場後である。1996年に発売された「Quake」は、ユーザーによる改造を前提として設計された初めてのメガヒットゲームとなった。

 それ以前に「MOD」に相当するものが無かったかというと、もちろんそんなことはない。id Softwareが1993年に発売したFPS「DOOM」にその萌芽を見ることができる。「DOOM」はFPSというジャンルを発明したに等しい歴史的なタイトルだったが、MOD文化においても重要な役割を果たした。

 「DOOM」自体はMODを作るための機構を全く備えていなかったものの、当時それがあまりにも魅力的なゲームシステムで、ユーザーの想像力を刺激するものであったために、「なんとかして違うことをできるようにしよう」と考えた多くのユーザーが、ゲームをバイナリーレベルで解析、ハッキングして改造を試みたのである。

 このころの改造モジュールは「Conversion」とか、「Hack」とか、ごく技術的な匂いのする呼ばれ方をしていた。誰ともなくゲームを編集する数々のツールが独自に開発され、その成果としてゲームの一部を変更するパッチレベルのものから、「Total Conversion」と呼ばれる、完全に別ゲームの雰囲気を携えたものまで登場した。後者の有名な例としては、映画エイリアンの世界観を取り入れた「Aliens TC(Total Conversion)」や、「Star Wars TC」といったものがある。

 

 しかし、なにしろゲームの実行ファイルを改造するということも、そうして作った改造モジュールを、当時はCompuServeのようなBBSが主流だったネットを通じて配布することも、アンオフィシャルであるばかりか、法的にもグレーゾーンだったため、この時点で潰されてしまってもおかしくない試みではあった。もちろん、映画などの版権物を無断でモチーフにした「○○ TC」系は早々に潰されてはいる。

 そうして開発元のid Softwareが「ネット上で改造モジュールが流通しまくっている」という事実を認識した頃には、ゲーマーの間で「DOOM」で追加マップや追加ゲームモードで遊ぶことは、ごく一般的なものになっていた。そこで後に大きな影響を与えたのは、id Softwareが追加マップや新ゲームモードなど「健全な」改造モジュールについて、好意的に受け止めたことだ。

 多数の改造モジュールが登場したおかげで、「DOOM」というゲームは他のゲームと差別化され、魅力がますます高まっていった。これを受けて、ゲームの改造をやめさせるどころか、開発元も一緒になってそれを奨励するという流れが生まれたというわけだ。産業側は、「拡張性の高いゲームは、ユーザーの力でコンテンツ力が増していく」ということに気づき、これがPCゲームの文化的な流れを決定づけることになった。

「DOOM 2」のスクリーンショット。この擬似3D画面が当時のユーザーの想像力をどれほど刺激したか、今となっては想像が難しいかもしれない



・ ゲームの多様性を爆発的に生み出したMOD文化

MODのための機構を備えて登場した初のゲーム「Quake」
「Team-Fortress 2」は、「Quake」のMOD能力なしには存在し得なかったプロダクトだ

 id Softwareは、「DOOM」での改造モジュールがもたらした好影響をさらに拡張するべく、1996年に発売した「Quake」ではじめて、改造モジュールをユーザーが製作することを前提としたプログラムの設計を行なった。「Quake」には、プログラム言語Cをベースとする特製のコンパイラ「Quake-C」という開発環境が同梱され、ゲームのあらゆる振る舞いを、ユーザーが自由に設計できるようになったのだ。

 このおかげで、「Quake」には無数の改造モジュールが登場するようになった。追加マップ、新グラフィックス、新ルール、新ギミック、なんでもござれだ。なかには、「Quake」のシステムを使ってサッカーをやったり、チェスをやったり、車両によるラリーを再現したゲームまで登場した。無数の新しいアイディアが、ユーザーコミュニティの審美眼にさらされて、大規模な自然淘汰の世界が構築されていく。さながらゲーム界のカンブリア期のような状態になった。

 現在でも多くのゲームで採用される「CTF」(Capture The Flag)は、その当時無数に生まれたユーザールールの中でも自然淘汰を生き残ったもののひとつだ。また、「Quake」で作られたMODのうち、長く生き残ったものには「Team Fortress」のように独自性が高く、後に人気商品となったものもある。デスマッチ対戦の文化に新たな様式をもたらした「Rocket-Arena」は、「Quake」シリーズ3部作を通じて大いに流行した。グラッピングフック(鈎付きのロープを射出して高速移動する装置)やセントリーガン(設置型の自動砲台)といったFPSならではのギミックも、この頃に誕生したものだ。

 1997年頃には「MOD」という呼び方も定着。すっかりPCゲーム文化の主流になった。こういったムーブメントは、いよいよPCゲーム業界全体に大きな影響を与えずにはいられない。無数のアイディアが試され、その中から抜群のゲームデザインが浮上してくるというMODコミュニティの構造は、従来の企業によるゲーム開発スタイルでは太刀打ちできないほどの威力があったからだ。

 こうして「Quake」がMOD文化の守護者として成功すると、それに続く人気タイトルの多くが同様にMODを前提とした仕組みを導入し始めた。「Quake」に続いて登場したEPIC Gamesの「Unreal」は、マップエディタもゲームに同梱してMODで盛り上がったFPSの代表例だ。その後、Cavedogの「Total Annihilation」、Blizzardの「WarCraft 3」のようなリアルタイムストラテジーゲーム(RTS)でもMOD文化の影響を強く受けていった。

「Quake」より。初の完全3D-FPSに、MOD能力が付与されたことで、一気にMOD文化が花開いた。現在のFPSシーンの源流は、すべてここにあると言っても過言ではない

現在は多くのゲームでMOD製作のためのツールが整備されている。画像はValve「Half-Life 2」がベースになっている「Source SDK」のツール類



■ ファンメイドのゲームから、商用タイトルへ脱皮したMODの数々

「WarCraft 3」のMODの枠を超え、Eスポーツの世界的競技種目にまで成長した「DotA」
人気ゲーム「Left 4 Dead」のゲームコンセプトと開発チームは、商用化・プロ化した「Counter-Strike」がベースになっている
今秋発売予定の「Civilization V」はMODコミュニティ出身者が開発を指揮

 「WarCraft 3」の代表的MODである「DotA(Defense of the Ancient)」は、現在ゲームの世界大会で主要種目になるほどの人気ゲームだ。ヒーローユニットを中心に、ヒットポイントやマナのマネジメントをしつつ、戦闘を通じて経験値や金銭を稼ぎ、それによってレベルアップやアイテム購入でキャラクターを強化し、コンパニオンを引き連れて最終的な勝利を目指すという「WarCraft 3」を大幅に拡張したゲーム構造になっている。

 このゲームルールにはかなりの一般性があったので、「DotA」は様々な商用ゲームで模倣されることになった。代表的なものとして、2009年に発売されたGas Powered Gamesのストラテジーゲーム「DEMIGOD」(製品説明サイト)や、韓国Wemadeのオンラインゲーム「Avalon Online」(関連記事)はその好例だ。

 ただし、おそらく「DotA」の作者はこれらのタイトルから1円の利益も得ていない。せっかく良いゲームを作っても、MODの枠内にとどまっているうちは、そこから利益を上げることは難しい。それは当時も今も変わらない。このため、MOD製作はいつまでも文字通りのボランティア活動の枠内にある。これは確かなことなのだが、もうひとつの面として、商用化のチャンスを得るMOD製作者も多くいるのも事実だ。

 商用化を果たしたMODゲームとして、最大のムーブメントを引き起こしたのは、間違いなく「Counter-Strike」だろう。Valve「Half-Life」のMODとして1999年に最初のバージョンが登場したこのMODゲームは、瞬く間に人気を獲得し、「本編以上に遊ばれているゲーム」の代表格となった。

 そして速くも翌年2000年の春には、Valveが「Counter-Strike」の製作チームとの協業をスタートさせている。折しも、Valveは「Quake」の人気MODであった「Team Fortress」の開発チームを呼び寄せて商用化を目指し開発を進めていたところで、時流に乗っていたというタイミングの良さもあったかもしれない。そうしてパッケージタイトル化した「Counter-Strike」は、そのシリーズ累計で1,000万本以上の売上げを達成している。ゲームを製作したMinh“Gooseman”Le氏は、現在Valveの社員である。

 また同様に「Half-Life」をベースにFPS+RTSスタイルを確立し、大きな人気を博したMOD「Natural-Selections」も商用化への道を辿っている。だがその道程は少々特殊だ。Valveから呼ばれなかったためでもあるのか、自分たちで開発会社を組織し、出資を募って次回作を製作するというスタイルをとっている。現在、独自エンジンの「Natural Selections 2」(公式サイト)の発売を目指して、予約注文を募集中だ。このお金を制作費に当てるという綱渡りを強行している。

 このほか、EA「BattleField 1942」で現代の砂漠戦を再現したMOD「Desert Combat」が後に「BattleField 2」として結実したことは良く知られている。その開発チーム、Trauma Studioは早々にEA DICEに買収されて、現在の「BF」シリーズの開発チームの一部となっている。

 このように、製作したMODがそのまま商用化されずとも、開発者がプロ化したという現象も数多い。現在、最新タイトル「Civilization V」の開発を統括するFiraxis GamesのリードデザイナーJon Shafer氏は、もともと「Civilizaton II」の頃からコミュニティのMOD開発者として活躍していた人物だ。「Civilization III」からゲームの開発に携わり、今作でついにリードデザイナーに大抜擢。ちなみに同作のプロデューサー、Dennis Shirk氏もMODコミュニティ出身だ。

 このような例は枚挙に暇がないほどで、MODコミュニティが「ゲーム製作者養成工場」となっている見方もできる。北米を中心として、ユニークなゲームが次から次へと出てくる異様な「熱気」は、PCゲームのMOD文化に支えられている部分が無視できないのである。



■ 最近のMOD事情。インディーズゲームとの両輪を構成するか?

「Civilization IV」の人気MOD、「Fall from Heaven II」。「Civ」にファンタジー世界のゲームメカニクスを導入する意欲作だ

 商用化やプロ化への道が開かれたMOD文化は、ここ10年ほどゲーム開発者になるための登竜門として大いに機能してきた。その過程で多数の良質なゲームデザインが登場し、これまた多くのスター開発者が誕生してきた。

 だが、ここ数年は、その流れが見えにくくなっている。商用化に至るMODの数は減っているし、そのためMODコミュニティーから生まれた有名開発者が有名ゲーム企業に入った、というエピソードも聞かれなくなった。優秀なマップデザイナーが企業に雇用されました、という話はポツポツとあるのだが、「Counter-Strike」のような画期的な話はとんと出てこない。

 試みに、MODコミュニティが盛り上がっているゲームの現状を調べてみた。昨年末に発売された「Left 4 Dead 2」ではよく整備されたMODツールがリリースされているが、MODコミュニティで見つけることができるのは追加マップ、キャンペーン、武器MOD、多少のルール変更といったところで、根本的に新しいゲームを提案しているものは見当たらない。

 Creative AssemblyのRTS「Empire: Total War」もMODが盛んなゲームのひとつだが、最も人気があるもののひとつは「DarthMOD Empire」という、ユニット数の拡張やAIの改良を施したMODだ。あくまで元ゲームの枠内で、マシンパワーを限界まで使ってスケールを大きくしようというコンセプトになっている。

 全く新しい世界観やルールを導入して人気を集めたMODとしては、Firaxis Games「Civilization IV」のMODである「Fall From Heaven II」がある。現行ゲームのMODとして、スタンドアロンのPCゲームとして製品化が予定されている稀な成功例のひとつだ。

「Empire: Total War」の人気MOD、「DarthMOD Empire」。ユニット数を大幅向上し、オリジナルゲームのスケールを拡大している

「Left 4 Dead 2」では、MOD導入をゲーム側のUIでもサポート。コミュニティにより追加マップ、追加キャンペーンが多数発表されている

人気RPG「Fallout 3」もMODコミュニティが活発なゲームのひとつ。ゲームの風景や遊び方を変える、大小無数のMODが製作されている。画像は緑化MODなど風景系のものを導入した状態



■ 産業構造の変化。それでもMODには特別な価値がある

Valveの「Steam」の「独立系開発会社」カテゴリー。近年になって多数のゲームが追加されてきた
インディーズにもMODベースのものもあるにはあるが、「たまたま既存エンジンを使っただけ」という形のものが多い
企業でゲームプレイ分析に使われる「ヒートマップ」。もともとMODコミュニティから生まれた手法だ

 もちろん、「L4D2」の追加マップのような「ゲームの枠内のMOD」がつまらない、というわけではない。より洗練されたツールが提供され、秀逸なマップが続々登場している現状は、ユーザーの遊びの幅を広げるものであり、歓迎したいものだ。だがやはり、ここ数年でMODの役割は変わったとも言わねばならない。なぜ現代の「Counter-Strike」が出現しないのか。

 これには2つの理由が考えられる。ひとつは、MODの形で画期的なゲームを考案するための余地が狭まっていること。MODコミュニティが大いに盛り上がった10年間で、ゲームアイディアの金鉱脈があらかた掘り尽くされてしまったのではないかという考え方だ。しかし、あらゆるゲームジャンルに、まだ試されていない有望なゲームデザインはあるはずだから、これは決定的な理由ではない。

 もうひとつの理由は、より根本的。ゲームの産業構造が変化していることだ。オンラインゲームが主流になりつつあり、MOD不可のゲームが増えている。その一方でダウンロードゲーム、モバイルゲーム、ソーシャルゲームといった新たなゲーム形態が生まれ、個人レベルで新たなゲームを作り、商業的に成功することがより容易になった。個人が利用できる安価なゲームエンジンも多数登場している。これにより、ゲーム業界への登竜門がMODコミュニティからインディーズ(独立系開発企業)へシフトしたと見ることができるのだ。

 Valveのゲーム配信システム「Steam」には、「独立系開発者」というカテゴリーがある。そこには2〜10ドル程度で購入可能なインディーズゲームが大量にラインナップされており、現在その数は500に迫るほどだ。「AudioSurf」、「Plants VS Zombies」  、「World of Goo」、「AaaaaAAaaaAAA!!!」などのヒット例があるし、売上上位にランクされるゲームは秀作ぞろいだ。このカテゴリーにゲームが追加されはじめたのはほんの2〜3年前のことで、2010年発売のゲームも猛烈な勢いでリリースされ続けているのが現状だ。

 これはXbox 360の「Xbox LIVE Arcade」や「Xbox LIVE Indies Game」、プレイステーション3の「PlayStation Network」といったコンシューマーゲーム機の配信チャンネルにも同様のことが言える。従来ならMODとして浮上を狙っていた種類の開発者が、いまやこういったチャンネルを通じて一気に商業的成功を目指せるようになっているわけだ。

 だが、成功への道筋がより長くなるとはいえ、MODならではの絶対的な利点があるということも忘れてはならないだろう。それは「メガヒットゲームを、自分の作品の触媒にできる」ということだ。「Counter-Strike」も、「Desert Combat」も、最近では「Fall from Heaven II」なども、ベースがメガヒット作であり、強力なユーザーコミュニティに支えられて、大勢がいちはやくその存在に気づくことができた。その点インディーズは、リリースまでにユーザーによる淘汰を受けないため、面白くないゲームがリリースされうるし、逆に面白いゲームが埋もれてしまう危険性も高い。

 このように、それぞれにメリット・デメリットがある。いずれにしてもPCはこれからも「モノを作る道具」であり続けるわけで、壮大な実験場として機能することは変りない。既存のゲームの幅を広げてくれるMODと、新たなゲームの誕生を商業的に支えるインディーズの両輪で、今後もPCゲームの世界はひときわエキサイティングなものでありつづけるだろう。




(2010年 5月 12日)

[Reported by 佐藤カフジ ]