★ iPhone/iPod touch/iPadゲームレビュー★
5人の物語が複雑に絡み合う
スピード感抜群のサウンドノベル
「428 ~封鎖された渋谷で~」
ジャンル:
サウンドノベル
発売元・開発元:
チュンソフト
プラットフォーム:
iPhone/iPod touch/iPad
価格:
1,800円(Lite版は無料)
対応機種:
iPhone 4および第4世代iPod touch以降、iPad
配信日:
11月3日(配信中)

 2008年12月4日に株式会社セガより発売されたWii用サウンドノベル「428~封鎖された渋谷で~」。プレイステーション 3、PSPに続き、iPhone/iPod touch/iPadというプラットホームで名作ゲームがよみがえった。発売と同時に各ゲームメディアで絶賛され、熱狂的なファンを獲得。小説化、スピンオフ作品のアニメ化、コミック展開など多彩な展開を見せたタイトルが、価格1,800円で遊べるのはありがたい。

 操作方法など一部変更もあるが、内容はほぼコンシューマー版と同じ。容量は1.4GBもあり、クリアまでには30時間程度が必要になるのではないだろうか。今回はiPhone/iPod touch/iPad版(以下本作)の体験インプレッションをお届けする。




■ 誘拐事件を軸に、多くの謎と事件が交錯

 「428~封鎖された渋谷で~」は、チュンソフトが生み出した“サウンドノベル”シリーズの一作。サウンドノベルは、アドベンチャーゲームの一種で、小説形式の文章に画像やBGM、SEを盛り込んだスタイルのゲームのこと。テキスト表示部分と画像部分とが区切られておらず、画像の上に文字が重なって表示されるのが特徴だ。本文を読み、時折出現する選択肢を選んで話を進めていくのが基本となる。

 本作は渋谷の街を舞台に、複数の主人公たちがそれぞれ別の形で事件やトラブルに巻き込まれていくサスペンスだ。画像にイラストやCGを使うのではなく、実写の静止画像を使用している点に特徴がある。役者たちに役柄を演じさせ、セリフを喋りながらスチル撮影をしているため、動きのある写真やリアルなスチルが多数登場しているのが見どころ。

 本作では、新米刑事、渋谷の有名チームの元ヘッド、ウイルス研究の第一人者、敏腕フリーライター、ネコの着ぐるみ、などバラエティ豊かな5人の主人公がつむぐストーリーを進めていく。各人のストーリーは独立しているように見えるが、実は互いに深くリンクしている。そのため、ある主人公の何気ない選択が、その本人を窮地に陥れるだけでなく、他の主人公、時には全員を悲劇へと導くこともある。5本のストーリーは互いに交差し、絡み、連鎖しながら、やがてひとつに収束していくのだ。渋谷の街で起こりつつある、世界を震撼させる大事件。主人公たちは、人々の思惑が絡んだ重大事案を解きほぐして解決、または未然に防ぐために奔走する。


【スクリーンショット】
複数のストーリーが複雑に絡みあう点、舞台が渋谷であるという点など、本作の約10年前に作られた同メーカーのサウンドノベルゲーム「街~運命の交差点~」との共通点も多い

 物語の発端は、200X年4月28日に渋谷署管轄内で発生したひとつの誘拐事件。誘拐されたのは大沢マリアという大学生で、双子の妹・大沢ひとみが身代金運搬役に指定され、5,000万円という大金を持ってハチ公前で犯人の接触を待つことになった。刑事の加納は誘拐犯を確保するためにひとみを見張っていた。金を奪いにきた外国人を追って、加納は走り始める。が、犯人グループは怪しげな動きをするだけ。じれた加納は命令を無視して犯人の確保に動いた。犯人グループの目的は何か、人質は無事に助け出せるのか。「人命第一」と考える加納は、マリアの命を助けるためだけに走り続ける。

 一方、ひとみは身代金を奪われ、さらに杖をついた男に銃を突きつけられていた。異常な雰囲気を察した正義感の強い若者・亜智はひとみの手を引いて男から逃げ出す。すでに現金を奪われているひとみが狙われる理由はないはず。男の目的がわからないまま、亜智とひとみの逃亡劇が始まる。渋谷に詳しい亜智の導きで見つからない場所に隠れたはずだが、杖の男はそれを見抜いてどこまでも後を追ってくる。どうして男は2人の逃げる先がわかるのか、そして2人を追ってくる目的は何なのか。わからないことだらけのまま、渋谷の街を亜智とひとみが奔走する。

 姉妹が狙われたのは、2人の父親で、ウイルス研究のスペシャリストでもある大沢賢治の研究のせいだったことが判明する。大沢は致死率100%の殺人ウイルスに対抗できるワクチンの開発に成功したのだ。ワクチンがあれば、ウイルスを兵器として使うこともできるとあって、ワクチンを欲する人は世に多数存在する。さらに殺人ウイルスが漏れると、渋谷は死の街になり、世界的なパンデミックが起こる危険性もある。姉妹の命とワクチンを守り、かつウイルスが流出しないようにしなければならない。事件にかかわる者たちは、それぞれが大変な難題に直面していたのだ。

 本作で描かれるのは、4月28日の10時から20時までの10時間。半日足らずの間、渋谷の街だけを舞台に起こる数々の事件。主人公や周囲の人々は、メインストーリーとなる事件に関わるものばかりではなく、「娘の命を救いたい」、「借金取りから逃げたい」、「ダイエット飲料を売りたい」など、サブキャラクターたちも大小さまざまな思惑を持って動いている。それらが複雑に絡み合ってひとつのストーリーを作っているのが本作なのだ。


【スクリーンショット】
身代金を持って犯人を待つ大沢ひとみ。ここから怒涛の10時間が展開されていくことになる杖をついた謎の男がひとみに銃口を突き付ける。身代金目的の誘拐が、次なる事件へとつながっていく



■ 個性的な5人の主人公が渋谷の街を駆け巡る

 本作の主人公5人を紹介しよう。

 まず1人目の主人公、新米刑事の加納慎也は、刑事の立場から誘拐事件の犯人を追う。誘拐事件の犯人に翻弄される一方で、加納は個人的な重大案件を抱えていた。恋人の父親で、刑事を毛嫌いしている静夫が加納に会いたいというのだ。誘拐事件を早く解決し、恋人の父親に会いに行きたい加納。公私ともに緊迫した問題を抱えたまま、誘拐事件の犯人を追い求めていく。

 2人目の主人公は、渋谷・道玄坂にある「遠藤電気店」の長男で、渋谷最大のチーム「KOK」の元ヘッドの青年、遠藤亜智。渋谷のゴミ拾いを日課にしている彼は、いつものようにゴミを拾っていた時、双子の姉を誘拐され、身代金の引き渡しにやってきた少女・ひとみを見つける。身代金を奪われ呆然としているひとみに、杖をついた男が銃口を向ける。病気で入院中の妹と「困っている人をちゃんと最後まで助ける」という約束をしている亜智は、ひとみの手をとって、杖の男から逃げ出した。

 3人目の主人公は、ひとみと誘拐されたマリア、2人の父親である大沢賢治。娘を誘拐され、もう1人の娘が銃を突き付けられているとき、大沢自身にも困難が降りかかっていた。大沢が受信した差出人不明のメールには、大沢のウイルス研究が漏れた証拠が記されていたのだ。娘の誘拐に加え、人々を殺人ウイルスの恐怖に陥れる可能性のある研究の漏えいが重なり、大沢は危機に陥っていく。

 4人目の主人公は、態度は不遜だが腕はよく、強い信念を持った熱血フリーライター、御法川実。彼が救いたいのは新聞記者時代の上司、頭山だ。借金を抱えて逃げ回る頭山に代わって、頭山の会社が発行している雑誌「噂の大将」を校了させるのが目的。真っ白な12ページをなんとか埋めるため、秒刻みで渋谷中を走り回って取材し、執筆する。雑誌が発行できなければ頭山は自殺してしまう。かつての恩人の命を救うべく、渋谷を疾走するうちに、持ち前の嗅覚とライター魂を発揮して、世界を巻き込む事件の渦中へと飛び込んでいくことになる。

 5人目の主人公は1番の変わり種、自称「タマ」なる着ぐるみ。雑貨屋で偶然見かけたネックレス。それに惹かれ、「どうしても手に入れたい」と思ったタマは、怪しげなダイエット飲料を売るアルバイトで購入資金を稼いでいる。タマの存在は、後に渋谷を覆う謎のカギにもなっていくのだが、まずはアルバイト代を滞りなくもらうのが、タマに課せられた任務だ。


【スクリーンショット】
真面目な新米刑事、加納慎也。誘拐事件ももちろん重要だが、恋人の父親に会って、交際を認めてもらうのも人生の一大事だチーマー風の青年、遠藤亜智。今はチームを抜けて、日課のゴミ拾いにいそしむ毎日
大沢賢治は娘が誘拐されるという大事件の一方で、自身が研究するウイルスによって渋谷が死の街へと化す可能性におびえるフリーライターの御法川実は、自己中心な性格だが、どこか憎めない。実は、PS2用ソフト「3年B組金八先生 伝説の教壇に立て!」のスピンオフキャラクターでもあるセリフから女性だということがわかる謎多き着ぐるみ、タマ。彼女の正体が、物語全体にも大きく関わっている
5人の主人公達のほかにも、個性豊かなキャラクターが多数登場。1シーンしか出て来ないような端役でも、細かな設定が用意されていたり、チラリと登場したキャラクターが他のシナリオで重要な役割を果たすケースもある



■ 独自のゲームシステムがこまめなザッピングをサポート

 ゲームの操作は一般的なテキスト系アドベンチャーゲームと同様で、初プレイ時でも悩むことはないだろう。サウンドノベルというジャンルからもわかるように、基本的には選択肢を選ぶことによって物語が分岐するマルチエンディングだ。複数の主人公のシナリオを並行して進めながら、大きな物語を追っていく。

 本作の魅力のひとつは、大量に用意された「BAD END」にある。ひとりの主人公の選択が、他の主人公をBAD ENDに追いやる。例えば、ある人物が道路に飛び出した。その人物は「通りがかったタクシーに轢かれて死亡」し、BAD END。別の主人公はそのタクシーに乗っていたため、「人を轢いたと出頭する運転手に付き添ったため、時間までに目的を果たせない」というBAD ENDになる。また出頭した運転手を取り調べるために、「メインの事件から外される」というBAD ENDにも繋がるなど、誰かの行動が波紋を呼ぶ。直接的な干渉だけでなく、思わぬところで行動が波紋を広げて、別の人物を窮地に陥れることもあるので注意しながらプレイしよう。

 しかしBAD ENDとはいっていも、すべてが悪い末路というわけではない。「借金を返すためマグロ漁船に乗り、海の男になる」、「刑事をやめて彼女と結婚し、農業に生きがいを見出す」、「大食いフードファイターになる」といった、コミカルだったり、ある意味幸せ(?)だったりする結末も多く含まれており、主人公たちの思わぬ表情が見られることもある。もちろん、凶弾に倒れたり、犯人に刺殺されたり、果ては渋谷が爆発したりという正統派のBAD ENDも多い。早くクリアしたいとはやる気持ちもあるが、できるだけ寄り道をしてさまざまなBAD ENDを楽しむのも、本作を遊びつくすポイントのひとつだ。


【スクリーンショット】
BAD ENDになるのはどこかの選択肢が影響している。話を戻して選び直せばストーリーを進められる。途中まではヒントも教えてくれるので、行き詰ったら頼ってみよう
コミカルなものやちょっと怖いBAD ENDも魅力。本編ではありえない、面白い姿やブラックなオチを楽しもう

 ストーリーをある程度読み進めると、突然立ち入り禁止を示す「KEEP OUT」という表示が出て先に進めなくなることがある。先を進めるには、他の主人公のストーリーを読み進め、その主人公の名前が赤く表示された箇所を探し出す必要がある。赤い名前を選択するとそのキャラクターのストーリーに「JUMP」して、「KEEP OUT」の先へと進める。

 本作のシナリオは1時間ごとに区切られており、物語がその時間帯の最後まで進むと「TO BE CONTINUED」と表示される。5人のシナリオすべてをTO BE CONTINUEDにすることで、次の時間帯に進めるようになる。1人だけ先の時間帯を読み進めるという遊び方はできないが、1度終わった時間帯にはいつでも戻って遊び直したり、選択肢を選び直したりできる。


【スクリーンショット】
赤い文字を見つけたらJUMPがある証拠。その先のシナリオが十分進んでいれば、赤文字から別のシナリオに飛べる。ゲームの要素を解説する「TIP」の中に赤文字が潜んでいる場合もあるので、隅々まで目を通すべしテキストの中に青文字をみつけたら、その単語には「TIP」がある証拠。一般的な語句解説もあるが、作品世界をさらに楽しめる小ネタも満載なので、すべて見ておくのが吉
各主人公の物語がどこまで進んでいるのか、選択肢やJUMPがどこにあるのかなどは「タイムチャート」という一覧で確認できる次の時間帯に進むたびに、毎回予告編のムービーが挿入される。非常にスタイリッシュなつくりの映像だ



■ 渋谷の街に平和が訪れた時、プレーヤーは作品に恋をする

 バラバラに見える5つの物語が、大きくうねりながら1つに集結していく「428~封鎖された渋谷で~」。全編を通して存在するのは圧倒的な“スピード感”だ。特に5人の主人公が1つの真実に向かうクライマックスの疾走感は素晴らしい。主人公たちは何かを追って、何かに追われて、時間を気にして走り回り、焦り続ける。誰かの命を守るため、地球の危機を救うためには一瞬も油断できない。本作は、まさに息もつかせぬ怒涛の展開が連続しているのだ。

 特筆すべき事項のひとつにスチルの多さと高い臨場感がある。12万枚という圧巻の撮影枚数から厳選されて使われるスチルは、数、クオリティーともに他の追随を許さない。役者たちが実際に演技をし、セリフを喋りながら撮られているだけに、静止画といえども映像的なリアルさがある。枚数が多く、次々と変わっていくスチルはムービーでも静止画でもない、パラパラマンガ的な手法であるようにも思える。

 大量のスチルの中でさまざまな顔を見せ、短い間に成長していく主人公たちと一緒に渋谷を走り抜けると、脳内物質が大量に分泌されるような気がしてくる。“クセになる”という状態。いや“恋をする”かもしれない。本作に熱狂的なファンが多いのは、そのせいかもしれない。

 心理学に「吊り橋効果(理論)」と呼ばれる理論がある。2人でいるときに生理的に興奮してくると、自分は「恋をしているのでは?」と錯覚するというようなものだ。本作には吊り橋効果がある。主人公たちと大切な物や世界の平和を守るため、緊迫した状況を何とかしのいでいくうちに、主人公たちに、シナリオに恋をする。それは錯覚かもしれないし、本物の恋かもしれないが、どちらにしても幸せな気分に浸れることは間違いない。

 渋谷の街に平和が訪れた時、主人公たちと一緒に喜ぶと共に、「もう終わってしまうのか」と、彼らとの別れを惜しむ気持ちになる。作品世界にのめりこみ、幸せにどっぷりつかれるゲーム。それが、「428~封鎖された渋谷で~」なのだ。


【スクリーンショット】
「街」との関係は明言されていないが、「街」の10年後と思わせる話がチラホラと出てくる。チュンソフトが隠してくれたファンサービスを探しだし、ニヤリと笑うのも「街」ファンの楽しみ方だ。「花」という女の子の名前は、「街」のラストで上がった花火に由来している本編をある条件を満たしてクリアすると、白と黒のしおりが追加され、2本のボーナスシナリオが読めるようになる。亜智の妹「鈴音」と、スピンオフ作品の重要キャラクターでもある「カナン」だ。他にも428カルトクイズなども追加される。クイズに正解すれば、サブキャラクターたちのスペシャルエピソードが読める
「泣けた」と名高いボーナスシナリオ1は「かまいたちの夜」シリーズでおなじみのミステリー作家・我孫子武丸氏が担当。声優の大塚明夫さんが主治医役で登場するのも必見!
TYPE-MOONと奈須きのこ氏が手がけたボーナスシナリオ2は、なんとアニメだ。ボリュームもかなりあり、実写の本編とはひと味違ったTYPE-MOONならではの世界観で「428」の世界がさらに広がる。沢城みゆきさん、坂本真綾さんら人気声優が声で出演しているのも魅力

(2011年 11月 19日)

[Reported by 南奈実 ]