ニュース
【CEDEC2014】SCEWW吉田修平氏、MorpheusとVRの将来を語る
「VR ~Project Morpheusで体感する未来~」セッションレポート
(2014/9/2 22:12)
9月2日から3日間に渡って開催される国内ゲーム開発者会議「CEDEC 2014」の初日、ソニー・コンピュータエンタテイメント ワールドワイド・スタジオ(SCEWW)の吉田修平氏が登壇。「VR ~Project Morpheusで体感する未来~」と題するセッションにて、プレイステーション 4用VRヘッドセットとして開発が進められている「Project Morpheus」とVRゲーミングの将来への展望を語った。
吉田氏はSCEワールドワイド・スタジオの代表取締役会長としてSCE傘下の各国ゲーム開発部門を取りまとめ、ハード・コンテンツの両面にわたってPS4を中心とするエンターテイメントの開発を推進する立場だ。その吉田氏は近年、VRヘッドセットの開発に力を注いでおり、その中間成果となるのが今年3月のGDC 2014で初公開された「Project Morpheus」ということになる。
「Project Morpeus」は、いちはやく話題となったVRヘッドセット「Oculus Rift」の後を追う形で発表されたということもあり、比較の対象とされることも多いが、根本的に異なるのは、「Project Morpheus」はPS4というコンシューマープラットフォームを基板とする、包括的で標準化されたシステムの一部になるということだ。6軸自由度のポジショナルトラッキング能力を持つコントローラーDualShock 4や、体感型コントローラーPlayStation Move、高性能トラッキングを可能とするPlayStation Cameraの存在がその機能性を裏付ける。
吉田氏のセッションは、そのあたりの「Project Morpheus」を特徴付ける背景の紹介を皮切りに、VRゲーム・VRエンターテイメントの製作におけるノウハウや、また、ゲーム産業の垣根を超えた将来のVR応用の可能性まで話を広げていった。GDC、E3、Gamescomと海外のイベントで紹介されてきた「Project Morpheus」を、改めて膝元の日本で語り、更に1歩進んで将来を展望するというセッションとなった。
SCEが実現する包括的なVRシステム、「Project Morpheus」の成り立ちとは
冒頭、「このようなセミナーでも、メディアの取材でも、VRの話をするのは楽しくてしょうがない」という吉田氏。GDC 2014における「Project Morpheus」の発表以来、E3 2014、Gamescom 2014といった海外イベントで展示してきた際の反応はいずれもとても大きなものだったと、これまでの手応えの大きさを語った。
また、吉田氏をはじめとする「Project Morpheus」のプロジェクトチームは、PCプラットフォームでVRヘッドセットの開発を進めるOculus VRとの関係も良好であるという。お互いにVRの開発者同士、「このすごい体験を速く世の中に届けたい」という気持ちで共感を持ち、イベント会場では互いのブースに招待しあったり、様々な課題について議論を交わすこともあるそうだ。
「(SCEとOculus VRの)どちらが頑張ってもお互いのためになる」という吉田氏は、かつて盛り上がりかけては露と消えていった一過性のVRブームを知る世代。特に1990年代前半には現在に近い形のHMDや、体感型筐体を使った、アミューズメント施設向けのVRゲームシステムが複数出てきたが、コストは高く、体験の質は低く、一時のブームで終わった。
吉田氏はその歴史を紐解いた上で、去年からまた湧き上がったVRへの期待感はこれまでと質が違うことを指摘する。まず、「スマートフォンの爆発的普及」である。スマートフォン用の小型・軽量・高詳細なディスプレイがコモディティ化することで、VRヘッドセットの基礎となる高品質な表示系が実現可能となった。またその上で、「コンピューターの能力が飛躍的に上がり、高品質な体験をコンシューマーレベルのコストで実現可能になったことが鍵」であるという。
その意味で、「Project Morpheus」が登場する背景に、PS4の存在があるというの当然の帰結だ。吉田氏によれば、VR開発者がよく使う用語に“プレゼンス(Sence of Presence)”というものがあるという。その意味は、「没入感(Immersion)を超えた、別の世界に自分が存在することを信じてしまう感覚」。実在感、と言い換えることもできるだろう。
これは、VRでのみ実現可能な感覚であると同時に、とても壊れやすいものでもある。視覚、音響、トラッキング、入力系、使いやすさ、そしてコンテンツの質。どれかひとつでも欠ければVR世界のプレゼンスは現われない。そして「Project Morpheus」においては、そのプレゼンスの実現を下支えするのが包括的な意味でのPS4プラットフォームだ。
PS4はフルHD/60fpsの高品質な3Dグラフィックスを楽々と描画できる基本性能に加え、高度な3Dポジショナルオーディオ機能を持つ。それに加えて、PS Cameraの存在がカギだ。PS Cameraにより、標準コントローラーであるDualShock 4、体感型入力装置であるPS Moveの高精度トラッキングが実現し、また「Project Morpehus」ヘッドセットもPS Cameraによって高精度のポジショナルトラッキングを実現している。
「Project Morpheus」は現時点では試作機であるとのことだが、上記に加えていくつもの特徴がある。例えば映像をレンズ越しに見せる用に変換するプロセッサーユニットのおかげで、VRユーザーが見ている光景を自然に2Dスクリーンにも出力できる「ソーシャルスクリーン」機能や、非常に開口率の高いLCDを用いることで網目感の少ない鮮明な映像を実現している点などは、特に吉田氏がこだわりをもって搭載した仕様であるという。
60FPSを死守せよ。吉田氏が明かすVRコンテンツ製作の秘訣
こうして仕様が固まった「Project Morpheus」。吉田氏によれば、VRコンテンツの開発を希望するデベロッパーにはこの試作機の提供がすでにスタートしているそうだ。ここで吉田氏は、VRコンテンツを作成する際のノウハウに触れていった。
吉田氏が披露したVRコンテンツ作成のチェックリストは、基本的な部分だけとはいえかなりの項目数に登る。その中で特に大きなポイントとなるのは、「ベストアプローチはVR専用に1からゲームをデザインすること」、「60FPSでなければ発売するべきでない」、「ものの大きさを現実に合わせる」の3点だろう。
特にゲームデザインに関しては、VRコンテンツに始めて挑戦する場合「従来の方法が崩壊するというのを必ず経験する」というほど、様変わりするようだ。VRコンテンツはプレーヤー自身がその世界に参加するものであり、テーマーパークのアトラクションを作る感覚に近いのだという。従来、周辺機器というのは既存のゲームデザインを延長・拡張する存在だったが、VRではアプローチを全く変えなくてはならない。そこが1番大きな違いだと吉田氏は言う。
「60FPSでなければ発売すべきでない」というのは、ユーザーの快適さを確保するための数々のチェックポイントの中でも最重要のポイントとなる。従来のゲームでは映像品質を高めるかわりにフレームレートを犠牲にしても悪影響は少なかったが、VRでの不十分なフレームレートは酔いの原因となり、許されない。この点は吉田氏がやや語気を強く語った部分だ。
同様に、酔いを防ぐためにユーザーの視点を不用意に動かさないという点も指摘。加速度の激しい動きを避けることや、従来的なカットシーンはプレーヤー視点で展開するように作りなおす(吉田氏は「Half-Life 2」の演出手法を手本として紹介)か、それが無理なら削除する。従来型コンテンツを基準にするとそれくらいのドラスティックな変更が必要となるので、ゲームデザインも全く異なるアプローチが求められるというわけだ。
「ものの大きさを現実に合わせる」というのは、プレーヤーとVR世界の一体感を促す上で重要なポイントだ。オブジェクト等の大きさを現実にきっちりあわせることで、入力系との相性も高まる。
吉田氏が好例として挙げたのが、3Dフライトコンバットシム「WarThunder」の実現例だ。このタイトルをフライトスティックのセットを用いてプレイすると、VR内のアバターの姿勢とプレーヤーの姿勢、手の動き等がシンクロし、その世界に深くひたれるとのことだ。
その他、コンテンツの作り方としては従来のように大量のシーンを作るよりは、ひとつのシーンを深く作りこむほうがVRコンテンツには適切である、という指摘もあった。VRコンテンツを楽しむユーザーは(酔いの原因にもなるので)高速に移動してシーンを駆け抜けるよりは、現実と同じ移動速度で風景を楽しみ、オブジェクトをじっくり観察することを好むという。そこで、従来よりも緻密に、物理現象も踏まえて作りこんでいると、小さい場所でも長く楽しんでくれる、と吉田氏。
意外に「シムシティ」や「ポピュラス」のような視点のゴッドゲーム系にもVRは相性がよいなど、吉田氏のノウハウ披露は実際、多岐にわたった。全体として、VRによってゲームの作り方、楽しみ方が大きく変わるというのは間違いのないことだ。
多分野に広がるVRの将来応用。成功の鍵はゲーム開発者が握る!
セッションの最後は、吉田氏が考えるVRの将来的な応用へと話題が広がっていった。
まずは軍事や医療など、実際に行なうのが高リスク・高コストなものごとをVRで行なうシミュレーター用途。もっとも、この分野はコンシューマーVRのありなしに関係なく継続的に需要があり、研究が行なわれてきた、いわば先達だ。コンシューマーVRの発達は、この分野をさらに低コストに、高品質なものとしていくだろうか。
デザイン・建築分野では、すでに3Dでさまざまな製品、建築の設計が行なわれているため、すみやかにコンシューマーVRの応用が行なわれそうだ。実際に建築される前にリアルスケールで確認したり、手軽に間取りを組み替えてみたり……VRならではの自由が広がる。
「これからの子どもたちは従来の人類の何百倍もの体験ができそうで羨ましい」と吉田氏が言うのは、教育や研究分野だ。VRの応用により、その場にいながらにして博物館を訪れることができるようになるなど、バーチャルな手段で世界各地の“本物”を目撃できる機会が飛躍的に増えるのは確かだ。
旅行が大好きという吉田氏が特に期待をかけているのがトラベル分野でのVR応用。忙しさや、肉体的な限界、あるいは危険性などにより現地へ行くことが困難であっても、VRなら簡単にいろいろな場所を訪問できる。世界の名所はもちろん、月や火星に行ってもいい!
その他、スポーツ観戦や、音楽のライブイベントへの参加をVRで行なえば、客席から見ることも、アーティストや選手と同じステージに立って現場を目撃することもできる。「我々のカンファレンスもVRで行なうことが可能になるかもしれません」という吉田氏の言から察するに、「Project Morpheus」登場後のVRライブイベント第1号はSCEが実施することになるかも?
世界のデジタル化が更に進んでいけば、身近な環境もVR化したり、人とのソーシャルなコミュニケーションもVRを通じて行なうようになるかもしれない(Facebookはそれを目指している)。VRの応用可能性は人類の活動範囲そのものを覆うくらいに広がるが、吉田氏によれば、実際、「Project Morpheus」の発表からこのかた、ゲーム以外の分野からの問い合わせも非常に増えているという。
そんな中でも、まずコンシューマーVRの可能性を本当に切り開いてみせるのはゲーム産業の仕事だ。吉田氏は最後に、ゲーム産業を代表するひとりとして、「VRが広がっていくためには高品質のコンテンツが命。そういったものをたくさん作っていきたい。その日が1日で早くやってくるように、Project Morpheusの開発を頑張って参りますので、皆さんもぜひ頑張って頂ければ」と満場のゲーム開発者にメッセージを送った。
いまだ一部の新しいもの好きや夢想家たちのオモチャに過ぎない感もあるVRゲーミングだが、今後、本物のエンターテイメントになることはできるだろうか。少なくとも今回、吉田氏のセッションを通じてSCEの本気を感じ取ることはできた。これに、本セッションを聴講したゲーム開発者たちの本気が続くことになれば、VRゲーミングの未来は明るいに違いない。