【CEDEC2012】「TOO Japanese」なゲームは世界に通用するのか?
「GRAVITY DAZE」のアプローチ方法から見る、欧米にも通用する表現手法
8月20日から8月22日にかけて、パシフィコ横浜にてゲーム開発者向けカンファレンス「CEDEC 2012」が開催されている。
この記事では初日に行なわれた、株式会社ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)のPlayStation Vita用重力アクション・アドベンチャー「GRAVITY DAZE 重力的眩暈:上層への帰還において、彼女の内宇宙に生じた摂動」のセッションのレポートをお届けしたい。
「GRAVITY DAZE」は既存ファンが居ない新規IPかつ、ノウハウが蓄積されてない新ハードであるPS Vita、更に「重力操作」という新しいシステムという厳しい条件下で発売されたが、国内外でメディアやユーザーから高い評価を得たという。
しかし「日本製のゲームは海外には通用しない」という論調も多くある。では、「GRAVITY DAZE」は如何にしてその問題を解決したのか。SCE ワールドワイドスタジオ JAPANスタジオ「GRAVITY DAZE」プロデューサーの五十峯誠氏、シナリオを担当したシニアゲームデザイナーの佐藤直子氏の講演を紹介しよう。
■ 国内市場、海外市場のギャップとアプローチ手法について
「GRAVITY DAZE」プロデューサーの五十峯誠氏 |
五十峯氏はまず「GRAVITY DAZE」の誕生について説明した。開発はSCE ワールドワイドスタジオ JAPANスタジオで、いわゆるファーストパーティと呼ばれているプラットフォームのタイトル開発部門だ。通常のメーカーであればマルチプラットフォームなどのアプローチを進めていくが、今回の開発はPS Vitaのファーストパーティということで「プラットフォームを世に広める」という役割も要求されたという。
企画のスタートは2008年で最初はPS3専用タイトルの予定だったが、2009年に新ハードであるPS Vitaの情報が入り、「ハードのセールスを牽引する本格的なタイトルをローンチと同時に出す」というミッションが加わって、PS Vitaのローンチ向けに大きく方針を変更した。PS Vitaのモーションセンサーと重力操作というコンセプトの相性が良かったのも方針変更の理由の1つであったという。
最終的にローンチから少し遅れたが、2012年2月、日本・アジアで発売され、2012年6月に北米・欧州で発売された。
「ハードのセールスを牽引するような魅力的なタイトル」にするためには、五十峯氏は「『重力操作』が最も大きな軸だが、それだけでは新しいシステムなので伝わりづらい上、新規IPの為既存のファンも居ない」ことがあったと話した。そこでまず国内のゲームファンにアプローチするため、「魅力的なキャラクター」、日本のゲームファンが遊びやすいであろう「アクションアドベンチャー」、更に日本のゲームユーザーが慣れ親しんでいる「アニメ調のグラフィック」という軸から訴求したという。
この様なアプローチを実施した結果、五十峯氏によると「日本国内ではメディアやユーザーのレビューなどで非常に高い評価を得られた」という。
また国内市場とは文化、趣味趣向などがまったく異なる欧米市場に対してのアプローチとしては、五十峯氏は「『重力操作』という新機軸はそのままに、欧州的なコミック表現『バンド・デシネ』、海外でも人気がある『日本のアニメ』、北米市場で人気のある『コミックヒーロー』という要素から訴求したと語った。
この様に国内向けと海外向けで軸が異なるが、バランスを取りながらアプローチしていったことで、海外でも国内と同様に高い評価を得られた。「本作は革新的で野心的なチャレンジを実現しています。欠点もあるが、それらを補って余りある魅力があります。これほど日本らしさを誇りにしたゲームは久しぶりです」と五十峯氏は強調した。
■ 「Too Japanese(日本らしい)」なゲームは世界に通用しない? 海外にも通じる表現手法
「GRAVITY DAZE」シニアゲームデザイナーの佐藤直子氏 |
キャラクターデザインの小さな点にまでこだわって作成されている |
その後スピーカーが五十峯氏から佐藤氏にバトンタッチし、実際の制作現場からどの様な手法を使ったか、という視点で講演が行なわれた。
開発チームのアメリカ人Eric氏はこんな疑問を持っていたという。「なぜ日本のゲームの主人公は『少年少女』ばかりなのか」。この疑問1つを取っても、国内と欧米の意識の違いが理解できる。
日本では「幼さ=純粋=神聖な存在」という無意識のお約束があるが、海外では「幼さ=バカ=死にやすい存在」と受け取られる。この様な点で海外のゲームファンの視点から見ると、日本のゲームは非現実的に感じられるというのだ。
だからといって、海外の表現方法を真似をすれば「リアリティがあり、説得力」があるゲームが作れるわけではない。ディスカッションを重ねているときEric氏は「日本のスタジオで海外向けのFPSを作っても海外の嗜好を完全には把握できない。同様に海外のスタジオで日本独自の萌えを意識したアニメを作ってもかけ離れた物ができるだろう」と話し、「お互い得意な事をやるのが良い」と述べたという。自分たちが得意とする方法で戦った方がむしろ勝ち目がある、ということだ。
佐藤氏はこの一言のお陰で、「海外に受ける為にどうするかではなく、自分たちが面白いと思えるものを作る」という点に立ち戻ったという。
この視点でシナリオを考える際に、「重力操作を基軸にしたアクション」、「日本発のアクションヒロイン」、「バンド・デシネ×冒険活劇」という守るべきコンセプトを軸に、「リアリティ」とは何か、を「再解釈」したという。
それでは「リアリティ」とは何だろうか。制作チームが出した答えは「納得、理解できる感」だったという。冒険の舞台は現実には有り得ない世界だが、この世界の中なら起こりうる、理解できるという点に注意を払ったという。
まず主人公について。主人公の行動目的は「街を取り戻し、人助けをする」というようにシンプルで明確な目的にし、「ゲームプレイの目的=キャラクターの目的」にした。「失われた記憶を取り戻す」や「世界の謎を探す」といった抽象的な目的ではなく、より没入感を高めることができた。
それだけではない。プレーヤーは主人公のキトゥンを操作して重力を操るが、実は能力の持ち主はキトゥンではなく、パートナーのダスティという設定だ。この設定により、「少女なのに特殊な能力を持っている」という矛盾を解消することができ、リアリティが増した。
また安易な愛らしさを排除し、よりリアルな女の子を表現している。これは国内・海外という視点ではないが、男女分け隔てなく親近感を感じてもらいたかったのが狙いだという。
この様な作り方で海外からは「セックスアピールが少なくて新鮮」といった意見や、「ユーモアがたっぷりで魅力的な女の子」という様に、主人公に対するかなりの高評価を得られたという。
またキャラクターデザインにも注意を払ったという。日本では当たり前の様に感じる「笑うときに目を閉じる表現」は海外のアニメファンにとっては理解し難いというのだ。
本タイトルのキャラクターデザインは「お約束に逃げないキャラクターデザイン」を目指したという。具体的には「目、鼻、口を立体的に表現する」、「笑顔の時は目を開ける」、「体格に合わない巨大な装飾品を持たない」、「現実的な髪型」にするなど、細部までリアリティに拘ったという。
最後はローカライズについてだ。通常ローカライズを行なう際は外部の翻訳者に依頼する事が多いのだが、本タイトルでは開発チーム内で日本語から英語へのローカライズを行なった。
この方法により、ゲームを深く理解している人間がローカライズすることによって、外部の翻訳者に依頼する際に必要になる、ゲームの背景や固有名詞などの資料の作成などといった工数の削減に繋がった。ローカライズが行なわれるのはゲーム開発で最も忙しくなる開発末期なので、これは大きなメリットだったという。
更にゲームの設定を理解しているから、翻訳の質が上がる。北米英語をベースにアジア言語などにローカライズされるので、北米英語のクオリティアップは全ての言語のクオリティアップにも繋がるというのだ。
またチーム内に翻訳者が居るから、ディスカッションして認識の差を埋めることがやりやすく、これもクオリティアップに繋がった。
佐藤氏は「ローカライズは後回しにされがちですが、非常に重要な部分です。ワールドワイドに通用するゲームを作るためには、高度な翻訳技術者がチーム内に必要です」と話した。
佐藤氏は最後に、「インパクトあるチャレンジ」、「一貫したコンセプト」、「得意なことで勝負」、「お約束に逃げない」この4つが「GRAVITY DAZE」が海外で受け入れられた理由だと思うと話し、「Too Japaneseなゲームは海外で評価されない? いや、Too Japaneseだから評価されるんです」と講演を締めくくった。
(C)2012 Sony Computer Entertainment Inc.
(2012年 8月 21日)