「文化庁メディア芸術祭京都展」で宮本茂氏・養老孟司氏が講演

「固定観念を崩す」などゲーム開発の持論を展開


9月5日 開催

会場:京都国際マンガミュージアム



会場には250名ほどの人が詰め掛けた。老若男女、外国からの参加者まで

 京都国際マンガミュージアムにて、任天堂株式会社の代表取締役専務・宮本茂氏と、同ミュージアム館長で解剖学者の養老孟司氏によるシンポジウムが9月5日に行なわれた。

 今回のシンポジウムは、9月2日から12日までの11日間、京都国際マンガミュージアムと京都芸術センターで開催される、文化庁、京都市、京都芸術センター、京都国際マンガミュージアムが主催、CG-ARTS協会共催による「文化庁メディア芸術祭京都展」の一環として開かれたもの。

 「スーパーマリオ」や「ゼルダの伝説」をはじめ、数々の傑作を手がけてきた宮本氏と、マンガのみならずゲームやアニメにも造詣が深い養老孟司氏。異なる専門分野の2人がゲームという共通点を基に対談を行なった。世界的なゲームクリエイターである宮本氏の生の声が聞ける貴重な機会とあって、定員250人の会場は満席となった。


「マンガミュージアムだから来ました」という宮本氏。ゲーム好きな養老氏と、ゲームについて幅広い話が展開された
ゲームには凝るタイプという養老氏。プレイすると最後まで完全にクリアしないと気が済まないという

 前提として宮本氏から聴講者に向けて「ゲームをするか」、「ニンテンドーDS、Wiiを持っているか」との質問があった。宮本氏のシンポジウムに参加するだけあって、ゲームをする人との質問にイエスと答えたのは8割程度。DSやWiiを持っている人も、半数近かったようだ。

 ホスト役を務める養老氏の質問に答える形でシンポジウムは進行した。最初はマンガミュージアムらしく、宮本氏のマンガ遍歴に関する話だった。

 宮本氏とマンガの関係は深く、小学生から高校にかけては自身もマンガを描いていた時代があり、「週刊少年マガジン」や「リボン」、「ガロ」から「COM」までたくさんの雑誌を読んでいたという。マンガを描いていた経験はゲーム作りにも活かされており、「『マリオ』を作る時にも、説明で絵を描いたりしましたよ」と宮本氏。宮本氏がゲームに関わり始めた当時は、まだゲーム業界は黎明期だった。その分自由だった業界に、同じゲームクリエイターの堀井雄二氏はシナリオ(文字)から、宮本氏は絵から入ったと話した。

 1977年に業界に入った宮本氏。ちょうど「ピンポン」や「スペースインベーダー」が出てきた頃だった。「ゲームの技術革新は予想と比べてどうですか」との養老氏の質問に答え「30年前から想像すると、今の状況はありえません。10年前の想像と比べても予想の5~10倍程度で、まだ読めませんね」と話した。

 次々と話は変わり、宮本氏がゲームを作る時の作法についての話もあった。「苦労もあるけれど、基本は楽しんで作っています」という。頭でっかちか現場本位か、理屈で作るか本音で作るかのように、ゲームの作り方はさまざまあるが、「現場の声や本音を生かす方が満足度は高くなります」と宮本氏。「机の前で作ったゲームは“してやった感”はあるけれど、裃を着ているような堅苦しい感じにもなる」という。

 広く世界で遊ばれている宮本氏のゲームに対し、「国際化は考えていたのでしょうか」という質問も。現在「Wii Fit」が全世界で3,000万台ほど売れている。「これは世界で最もたくさん売れた体重計です。タニタさんのよりも売れている」とジョークを交えつつ、「日本よりも欧米で売れているけれども、特別にグローバルにやろうと思ったことはありません」という。任天堂のゲームはメディアミックスなどをほとんどしないため、日本でしか伝わらないような内容がほぼ入っていない。そのため、普通に作っても世界中で遊ばれるゲームが完成するという。現在はゲームタイトルをつけるときから海外を意識することもあり、製品は10カ国に向けてローカライズしているが、それも「自分の作ったゲームをできるだけ正しい形で遊んでほしいから」だという。

 養老氏と宮本氏でゲームをする場面も。正面のスクリーンに「スーパーマリオギャラクシー2」を映し出してプレイした。「リリースされてから遊んでないので忘れてるな」と宮本氏。「スーパーマリオ」シリーズが好きで、徹夜で遊んで奥さんに怒られ、実家に行ってまで遊んだこともあるという養老氏も、意外とスムーズなプレイを見せた。宮本氏は「3Dになってから難しくなったと言われますけど、かなり誰でも遊べるゲームになっていますよ」、「ヨッシーは何か“乗れる”物を出したかった。子供の頃、マントを着て自転車に乗って、月光仮面ごっこをしたような感覚で、乗り物に乗ると“手ごたえ”が変わると思います」などとゲームについての解説や制作秘話も語られた。

 ゲームは、途中までは誰でも遊べるような適度な難易度にし、途中からは難しく設定しているという。楽しく遊びたい人と高難易度を求める人の両方の期待にひとつのソフトで応えるのは難しいというが、その辺りは絶妙な調整で乗り切っているとも話した。


「スーパーマリオギャラクシー2」に挑戦。照明の都合でWiiリモコンの反応が悪いといいつつも、軽快にゲームを進めていった

「ゲーム業界は若い人が多くて元気がいい」と養老氏。「マンガも同じだけれど、上の方がちょっと重くなってきている。活躍の場を広げてあげるのも年長者の仕事だ」という

 養老氏が「ゲームの楽しさとは何でしょう」と話題をふると、「アクションには先に進む楽しさと触って楽しいというふたつの魅力がある。ちょっとずつ上手になる楽しさや、遊んで生理的に気持ちいいなど、さまざまな楽しさがある」と宮本氏は言う。養老氏が虫取りの楽しさを語ったのと同じように、「集めたい、見たこと・聞いたことがないものを知りたい、それを人に説明したいという楽しさがあるのではないか」と話した。

 また、昔ゲームセンターが主流だった時代は「人はどうすれば再挑戦したくなるか」と念頭に置いてゲームを作っていたのに対し、現在は「何を体験したら面白いか」と考えていると宮本氏。ゲームの可能性が大きく広がっており、自身が面白いと思った体験から「Nintendogs」なども生まれたという。「何が流行っているかといったマーケティングの部分からゲームを作ったことはあまりありません。自分が面白いと思ったことを伝えたいと思ってゲームを作っています」と話した。

 宮本氏の中では「固定観念を崩す」という快感もあるという。たとえば自機が3人死んだら終わりというルールがあるが、「これは自分を含めた誰かが勝手に決めたルール。守らなくてもいいんじゃないかと気付き、白紙に戻すときに嬉しさや快感を感じる」のだそうだ。養老氏も「常識や自分の枠が壊れる、壊すことがクリエイティブだと思います」とコメントした。

 面白いものを見つける“目”についても話が広がった。面白いものは「見える人」と「見えない人」がいるが、目を鍛えれば誰でも見えるようになるという。「売れるものを見ると目ができます。空気を体で覚えることが大切です」と宮本氏。宮本氏自身は関西の落語や漫才の間をゲーム制作にあたっても常に意識し、関西人なら誰でもできる「いいタイミングのつっこみ」を、ゲームに盛り込んでいるという。

 生理的な心地よさや触って楽しいゲームを作るにあたって、ボタンの割り振りも重要な要素になる。どの動きにどのボタンを割り振るか、どのタイミングでキャラクターを動かすかには、かなりこだわりを持っているという宮本氏は「1人の人間がすべて割り振らないと気持ち悪いと思います」と語った。自身が割り振るときは、独断も入れながら自分ですべて決め、ほかの人が決める際には決して立ち入らないと決めているという、自身のルールを明かした。

 1時間半に及ぶシンポジウムは、養老氏と宮本氏の和やかな話し合いに終始した。最後は質疑応答の時間も設けられ、ゲーム業界周辺の事情から哲学的な死生観まで広い話題が語られた。あまり人前で話すことのない宮本氏が業界、ゲーム制作の話題にとどまらず、氏の幼少期やクリエイティブな感性の根源などについて語られ、またとない貴重な時間となった。


「Wiiになって進化しましたね」という養老氏に、「Wiiはリビングで遊ぶ機械にしたかったんです」と宮本氏。ゲームに興味を持っていなかった人にこそ遊んで欲しいという。また漫画家を目指した宮本氏としては一押しのDSiウェア「うごくメモ帳」の話題も

【イベントに関する問合せ先】
CG-ARTS協会内「文化庁メディア芸術祭京都展担当」
http://plaza.bunka.go.jp/
電話番号:03-3535-3501


(2010年 9月 6日)

[Reported by 南奈実]