Game Developers Conference(GDC) 2010現地レポート

「Bioshock 2」“ビッグシスター”らのAI設計思想が公開
「The AI of Bioshock 2: Method for Innovation and Iteration」


3月9~13日開催(現地時間)

会場:サンフランシスコMoscone Center



 GDCも会期3日目から通常セッションとExpoが始まり、いよいよGDCも本番となった。初日のレポートでも紹介したように基調講演がないのが寂しい限りだが、3日目は、前2日間より多くの来場者が詰めかけた。3日目以降は1時間のセッションに対して、30分という長めの休憩時間が確保されており、このブレイクを利用してフロアの至る所でディスカッションをする姿が見られた。それらに加えてiPhoneやBlackberryをしきりにのぞき込む姿も多く見られ、Twitter上でのディスカッションも盛んに行なわていたようだ。本日以降は個々の注目のセッションを取り上げていきたい。

 本稿で取り上げるのは、日本でディースリーパブリッシャーから3月4日に発売となった2K Gamesの「Bioshock 2(バイオショック2)」。会期3日目の3月11日は、「Bioshock 2」のAI関連セッション「The AI of Bioshock 2: Method for Innovation and Iteration」と、Audio関連セッションRaising The Bar: A 『Bioshock 2』 Audio Post-Mortem」がそれぞれ行なわれた。本稿ではAIに関するセッションを中心にお届けしたい。

 前作「Bioshock」は、2007年に2K Gamesの新IPとして登場するや否や、オリジナリティの高い世界観、多様なAIによるバラエティ豊かなバトル、そしてなんといっても素晴らしいストーリー性により、ミリタリーFPS以外の分野FPSとしては久々の大ヒットを記録した作品である。GDC 2008では、開催されたセッションが歓迎を持って迎えられ、その年の「Game Developers Choice Awards」でも、「Game of The Year」こそ逃したものの、「BEST AUDIO」、「BEST VISUAL ARTS」、「BEST WRITING(ストーリー)」の3部門を受賞するなど、大きな存在感を見せつけてくれた。

 前作の評判の良さから「Bioshock 2」の注目度は高く、今回開催された2つのセッションとも立ち見が出る満席となった。3年ぶりの新作はいかなる設計哲学で作られたものだったのだろうか。



■ 世にも珍しい“AIドリブン”のキャラクタデザインが行なわれた「Bioshock 2」

講演を行なう2K MarinのKent Hudson氏。過去に「Deus Ex」や「Thief」の開発を担当。今回は「Bioshock 2」AIデザイナーを務めている
セッションタイトルには、「Bioshock 2」で大きな役割を担うビッグシスターのプロトタイプイメージが並んでいた。初期段階から痩身であることだけは確定していたようだが、途中ドリルを構えた“ビッグダディの女性版”もあり、“リトルシスターの変異”となるまで仕様が二転三転していたことがわかる

 最初に断っておくと前作「Bioshock」は、「Crysis」や「Halo 3」、「KILLZONE 2」のような、その当時のハイエンドFPSが実装している最新のコンピューターAIを実装したゲームではない。

 「Bioshock」のAIが評価されたのは革新性の部分ではなく、多様性の部分で、具体的には“スプライサー”と呼ばれるいわゆる雑魚モンスターのバリエーションそれぞれに固有のAIを与え、さらに巡回、戦闘、逃走と状況に応じた複数の行動パターンを持たせたことだ。さらにステージボスとして立ちふさがるビッグダディにも、その行動パターンそのものにストーリー性を滲ませたAIを取り入れ、“リトルシスターを守るために邪魔者を徹底的に排除する”というロールを見事に演じていた。

 「Bioshock 2」のAIも“革新性より多様性”という方向性はそのままに、いかに狙い通りのAIを新たなキャラクター達に実装していくかが重視されていた。つまり、ゲームAIの実装プロセスにおいて、真の意味で重要なのは革新的なAIではなく、狙い通りのAIを実装するための枠組み作りと、コンセプトと実装のズレを修正するイテレーションシステムだということだ。このクレバーな割り切りが、結果として革新的かつ独創的なバトルシーンの実現に繋がっている。

 基本的なAIの実装プロセスは次のようになる。まず、AIのコンセプトを考えドキュメント化し、プロトタイプ作成を経て、実装する。実装後にそのAIから得られるゲームプレイの質を磨いていく。個々のプロセスでクオリティチェックを行ない、その度にAIとしての方向性を定めていく。

 しかし、この方法論では、クオリティチェックそのものに時間が掛かりすぎる上に、コンセプトがうまく実装に繋がらない恐れがあるため、「Bioshock 2」ではこのプロセスを改良し、コンセプトのドキュメント化を最小限にして、いきなりプロトタイプ化を行ない、AIの実装と改良を同時に行なうように変更することで、イテレーションをしやすくしている。

 実装プロセスを改良する上で定めたルールは4つ。コンセプトやドキュメントを超える仕様は実装しないこと。プロトタイプは速やかかつ厳密に作る。実装のプロセスに入る前にゴールを示す。イテレーションは他分野のスタッフを含めたグループ間で行なう。

 ゲーム開発の現場においてAIの実装はまだまだ軽視されている現状があるが、上記のようにAIの実装プロセスそのものを、ゲーム全体のイテレーションの一部に組み込んでしまうというアプローチは非常に珍しい。ゲーム開発現場全体が、AIに理解を示さないとできないことでもあり、「Bioshock」シリーズの強さの秘密を見せつけられた気がした。


【「Bioshock 2」の改良型AI実装プロセス】
「Bioshock 2」ではAIの実装プロセスを、イテレーションをしやすくするために大胆に改良している



■ ビッグシスターはランダムAIの採用で名実共に「Bioshock 2」最強の敵に

巨体の彼がブルートスプライサー。「Bioshock 2」で新たに登場するモンスターだ
ブルートスプライサーのプロトタイプ。ゴリラのようなアニメーションになっている
ラプチャー最強のモンスターであるビッグシスター。動きがトリッキーで極めて早いため、FPSの照準合わせが苦手な人は攻撃をヒットさせることすら難しいかも知れない

 さて、ここからは具体的な実装内容を紹介したい。今回AIのサンプルとして紹介されたのは、「Bioshock 2」で新たに登場した準ボス級の耐久力と破壊力を持つ大型スプライサー「ブルートスプライサー」とストーリーで重要な役割を担う「ビッグシスター」の2体。

 ブルートスプライサーのAIコンセプトは、大型のスプライサーということで、怪力で、耐久力があり、それでいて圧倒的な跳躍力を駆使して高所へ飛び上ったり、ビッグダディを彷彿とさせる突進攻撃を行なうというもの。

 新たなチャレンジとして、ステージに配置されているドラム缶やゴミ箱、石塊といった物理オブジェクトを持ち上げて投げつけるというアクション。物理オブジェクトを探すために移動を行ない、見つけると持ち上げて、今度はプレーヤーらのブルートスプライサーに敵対する存在を見つけて投げつけるという非常に芸の細かい行動を取る。

 プレーヤーは、移動しまくる彼を捕捉するためにレベルを立体的に捜索したり、彼が投げつける物理オブジェクトを避けたり、あるいはテレキネシスでキャッチして投げ返すといったアクションが求められ、新鮮なゲームプレイが味わえる。

 一方のビッグシスターは、基本コンセプトとして“ランダムビヘイビア”を採用しており、予測の付かないキャラクターという設計になっている。

 慣性の法則を半ば無視した高速移動と、ビッグダディ並の耐久力を持つ彼女は、鋭利な装備による近接技と、炎を放つプラスミド「インフェルノ」の連続使用を基本攻撃に、ブルートスプライサー以上の跳躍や、突進によるしがみつき攻撃。そして高度なテレキネシスを駆使した複数の物理オブジェクトによる攻撃と、名実共に史上最強のモンスターとなっている。

 前作最強のモンスターだったビッグダディは、少しでも油断するとやられてしまうような、ライバルにふさわしい優秀なAIが搭載されていたが、行動パターンは常に一定だったため、パターンを読み切ってしまえば対処は比較的容易だった。もっともこれは、“リトルシスターを守る”というあらかじめ入力された命令を従うだけの改造人間の悲しみも同時に表現されていたため、必ずしもAIが未熟だったわけではないが、ともあれビッグシスターはそうしたストーリー上の縛りが一切無いため、出現するや否やパターンの読めない攻撃で、プレーヤーを殺しに掛かってくるのだ。

 ビッグシスターとの戦いは、1対1だと圧倒的に分が悪いため、タレットやミニタレット、セキュリティボット等を利用して戦力を増やしたり、プラスミドの効果を有効活用するなどの工夫が求められる。ビッグシスターについては、「強すぎる」という意見が避けられないほどに強力過ぎる存在だが、こうした部分に前作を上回るストラテジックな部分、アクションゲームとしての醍醐味があるのは間違いない。

 Hudson氏は最後のまとめとして、冒頭で触れた4つのルールを再度紹介し、“イノベーティブなAIではなく、AIを軸に据えたイテレーション作業の繰り返しが結果としてイノベーティブなゲームに繋がっていく”というメッセージを再度伝えて講演を終えた。技術的な目新しさには欠けたセッションだったが、AIがゲームにもたらす重要性を再確認できたセッションだった。


【ブルートスプライサー】
ブルートスプライサーの基本的な行動パターンは、ビッグダディをベースに、跳躍能力や、モノを投げつける能力を加えた形。投げるものを探すためにレベルを立体的に移動するというところがユニークで、バトルも立体的なものになる

【ビッグシスター】
とにかく動きが読めないビッグシスター。彼女とのバトルは「Bioshock 2」におけるハイライトといっても過言ではないが、予測できない行動を取ると言っても選択肢は限られる。オススメの対処法は、プラスミドのウィンターブラストやエレクトロボルトで動きを止めてしまうことだ



【Raising The Bar: A 「Bioshock 2」 Audio Post-Mortem】
「Bioshock 2」のオーディオ周りの実装事例を取り上げたセッション。2007年当時ハイエンドなグラフィックスで話題を集めた「Bioshock」だったが、サウンドエンジンは完全にレガシーなもので、「Bioshock 2」はそれを捨て、メモリが圧迫されることを承知で、新しいサウンドエンジンを導入したことを紹介。すべて希望通りの実装はできなかったようだが、2D、3Dハイブリッド型のバックグラウンドサウンドエンジンの実装は特にうまくいき、世界観のリアリティの醸成に一役買っているようだ。プレイする際は気をつけて聞いてみたいところだ

(2010年 3月 12日)

[Reported by 中村聖司 ]