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【特集】ゲーム産業振興の超先進地域、バンクーバーの今 その1

環境、立地、政府支援。ゲーム業界の巨人EAを生み出した秘密とは!?

 ネットワークの発達、コラボレーションツールの進化、産業構造の変化、そしてVRなど新しいゲームジャンルの誕生などに伴い、ゲーム開発の国際化が急速に進んできている。海外においてはIT産業全体の中でもゲーム産業が成長株と見る自治体も多く、産業振興、国際的コラボレーションの実現等に手厚い公的支援を受けられる地域も見られるようになってきた。

バンクーバー市、ベイエリアより
バンクーバー・エコノミック・コミッションのCEO イアン・マッケイ氏。日本駐在経験もあり、日本語が堪能だった

 そういった地域として世界的な代表格に上げられるのが、カナダ・ブリティッシュコロンビア州・バンクーバー市だ。バンクーバーといえば日本人や日系人を含むアジア系の住人も多い国際都市で、人気の観光都市でもあるが、それと同時に、世界的に見てもIT産業の進行に最も力を入れている地域のひとつでもある。

 「ゲーム産業は特に重要な分野のひとつです。私たちは日本からの企業進出や、現地企業とのコラボレーションを大いに歓迎し、支援したいと考えています」。そう語るのは、バンクーバー市傘下のビジネス開発組織バンクーバー・エコノミック・コミッションのCEOを務めるイアン・マッケイ氏だ。

 ブリティッシュコロンビア州政府、そしてバンクーバー市が力を入れるゲーム産業の振興と、国際的コラボレーションの実現。筆者は在日カナダ大使館のご厚意により、このバンクーバー市の取り組みを現地取材することができた。そして事前の想像を超えて、エマージェントなゲーム産業にとって「理想的」そのものの周辺環境が存在することを知ることができた。その全容を3回にわけてご報告していこう。

バンクーバー市。ダウンタウンは非常に稠密でいろいろなものが揃っているが、ゴミゴミした感じはなく開放的だ。ダウンタウン中心部から徒歩10分ほどでベイエリアに出ることができ、カナダらしい大自然を楽しむこともできる。夏は涼しく冬は温かい、理想的な都市環境がそこにある

生活・経済環境の良さに加えて政府支援……ゲーム開発に理想的な環境

バンクーバーの土地柄や政府支援について教えてくれた、バンクーバー・エコノミック・コミッションのNancy Mott氏。日本企業からの問い合わせ窓口もしているという
ダウンタウン中心部から徒歩10分ほどにある、アジア系の店が多い通り。日本人にも住みやすそうだ

 カナダはロシアに次いで世界2位の国土面積を持つ広大な国だが、人口は南部の都市部に集中しており、国境を接する米国との政治的・経済的繋がりが非常に深い土地柄だ。中でも西海岸に位置するバンクーバー市は、IT産業のメッカである米国の都市シアトルにほど近い(車で3時間弱、公共交通機関で5時間ほど)ということもあり、アメリカのゲーム市場へのアクセスは、ほとんど国内と区別がないくらいに一体化しているのが特徴だ。

 バンクーバー市は生活環境も良い。土地柄として日本並みに治安が良く、多文化主義の国柄もあって日本人を含む外国人への風当たりは優しい。都市圏はダウンタウン中心部から徒歩数十分で北米大陸らしい大自然に遭遇できるほど集中しており、交通の便も良い。気候は温暖湿潤で、冬暖かく(0度以下になることは少なく、東京と同程度で降雪もほぼない)、夏は涼しく、空気も綺麗といいことづくめだ。

 都市圏の家賃は東京並に高いものの、食料品は米国並に安く、生活コストはそう高くない。とりわけ、シリコンバレー等に比べれば雲泥の差で安いことを含めて考えると、アメリカ市場に効率的にアクセスするための最良の地域といえる。

 ちなみにデータとしては、ブリティッシュコロンビア州には140ほどのゲームスタジオがあり、それらの年間収益は総計で14億ドル。そのほとんどがバンクーバーに集中している。5,000人以上の雇用があり、5つの大学・専門学校がゲーム関連専門コースを持つなど教育機関の視線も熱い。

 そういった立地の良さに加えて充実しているのが、産業振興に対する公的支援の存在である。特に大きなものはIT関連産業に対する税制優遇措置だ。カナダ連邦政府による税制優遇(25%)と、ブリティッシュコロンビア州による税制優遇措置(17%)を重ねて受けられることで、4割以上の税金が免除される。このためIT・ゲーム関連企業は北米エリアでは最小限のコストで運営でき、しかも従業員には良い賃金を支払えるというわけだ。

 ちなみにバンクーバーにおけるゲーム産業人の賃金は5〜8万カナダドル(約410万円〜657万円)が中央値で、日本とそう変わらない水準だ。そういうわけで、近年では後述するバンダイナムコスタジオバンクーバーのように、バンクーバーに永続的な拠点を置く日本のゲーム企業も出てきている。バンクーバー市自体も日本企業へ熱い視線を送っている状況でもある。

 新技術を探求する企業にとっては、連邦政府による産学連携の施策もありがたいものになっている。それはマイタックスという機関が実施している施策で、企業が大学の生徒をインターンシップとして雇い入れつつ共同の研究開発を行なうと、その費用の半分を政府が負担してくれるというものだ。また、研究開発事業のコストの40%ほどを支援してもらえるSRED(Scientific Research and Experimental Development)という制度もある。

ブリティッシュコロンビア大学付属・デジタルメディアセンター。ここではゲーム開発に特化した実習教育を行なっている。講師陣には元Blizzard等の一流の人材が揃い、学生たちはここで講義を受けたり、実際のゲーム企業と一緒にゲーム開発を行なうなど、実践的にスキルを伸ばしているようだ
バンダイナムコスタジオバンクーバー。写真右はシニアヴァイスプレジデントの谷口潤氏(左)とエグゼクティブヴァイスプレジデントの中山淳雄氏
バンダイナムコスタジオバンクーバーが入居する建物は、上掲のデジタルメディアセンターの隣。インターンシップを受け入れるにも理想的な環境だ

 これらの施策をうまく活用して事業を拡大しつつあるのが、バンダイナムコスタジオバンクーバーだ。スマートフォン用ゲーム「PAC-MAN 256」などの開発で成功しているスタジオだが、新技術の研究にも熱心。一例としては、クイーンズ大学(名門である)の研究室とともに表情認識技術の研究開発を行ない、その流れで、インターンとして研究に携わった優秀な院生をそのまま雇用。その院生は、現在では東京の本社でプロジェクトに携わっているという。

 こういった国際的な企業の呼び込みや雇用の創出を、競争力の高い先端技術分野で推進していこうというのが、カナダ連邦政府とブリティッシュコロンビア州、ならびにバンクーバー市が最も望んでいることだ。

 それだけにゲーム産業分野に特化した教育にも力がいれられている。ブリティッシュコロンビア大学をはじめ、様々な大学・専門学校にはゲームプログラマー、ゲームデザイナー、アーティスト等の特化スキルを学べるプログラムが存在し、上記のインターンシップ支援制度を交えて、産業界に優秀な人材を多数輩出しているというのだ。

 その流れでバンクーバー市には無数の独立系ゲーム企業も活動をしている。数年前までは北米の大手企業の下請けとして開発を行なってきた企業が高い技術を手にした結果、いまやオンラインゲームやVRゲームの分野に投資し、独自のブランドでゲーム開発を行なっている例も少なくない。バンクーバー・エコノミック・コミッションのNancy Mott氏によれば、オンラインゲームやVRゲームといった分野で、まさにたくさんの独立系ゲーム開発者が急成長の途上にあるという。

 ゲーム産業の振興や誘致という点では東のモントリオールと競争関係にあるバンクーバー市だが、Nancy Mott氏は、上記のような州政府による支援や、気候の良さ、米国市場へのアクセスの良さといった環境を活かし、さらに積極的に企業誘致や国際的な人材の輩出への支援を行なっていきたい、と語っていた。

デジタルメディアセンター、MDM(Master of Digital Media)プログラムの教授、Dave Fracchia氏。元Blizzardのゲーム開発者
同じくMDMプログラムのディレクター、Dennis Chenard氏。デジタルメディアセンターの教育内容がいかに実践的かを教えてくれた

バンクーバーといえばElectornic Arts!その巨大スタジオを見る

バンクーバーにあるElectronic Artsの巨大スタジオ。大きすぎて全景を捉えきれない
入り口だけでこのデカさ
これがウワサのサッカー場

 さて、そんなすばらしい環境を誇るバンクーバー市で、最も成功した企業といえば間違いなくElectronic Artsだ。世界最大級のゲームパブリッシャーとして知られるElectoronic Artsは、世界中に傘下のゲームスタジオを持ちつつも、インハウススタジオとして世界最大級のオフィスをここバンクーバーに構えている。

 バンクーバーのダウンタウンから車で30分ほど郊外に向かった先、サレーという地域にElectronic Artsのスタジオがあった。EA Sports関連のスタジオがまとめて入っている巨大な開発スタジオには、大きな体育館ほどもあるモーションキャプチャースタジオ、そして中庭にはサッカー場もあるというほど大規模だ。

 このスタジオでは1,500人にものぼる従業員が働いており、日本でもおなじみの「FIFA」シリーズを筆頭に、「UFC」、「MADDEN NFL」、「NHL」シリーズといった年間数千万本を売り上げるEAスポーツ作品のほか、「Plants & Zombies: Garden Warfare」といったEAのインハウス開発タイトルの開発チームがまとめて入っている。

 その社内は複数のカフェテリアや食堂、休憩室にフィットネスルーム、運動場などもあり、ちょっとした“町”という規模だ。開発スタジオのオフィスを中心に様々な施設にアクセスしやすいよう工夫された間取りも、開放的で明るく、風通しも良くて非常に洗練され環境だと感じられた。

たくさんあるカフェテリアのひとつ
各スタジオを結ぶ通路にも憩いの場がある
NHLの開発スタジオ
こちらはUFCの開発スタジオ
巨大モーションキャプチャースタジオ

 数あるEAスタジオの施設の中でも、モーションキャプチャースタジオに至っては1辺100メートル、面積で1万平方メートルはあろうかという巨大さで、実際に見ると度肝を抜かれる。ここにプロのスポーツ選手を招いてはEA Sportsブランド作品のモーションキャプチャーを行なっているというが、サッカーやアメフトのキャプチャーでは内部全体に人工芝を敷き、ホッケーの開発では実際にリンクを設営するというから、その徹底ぶりにまた驚かされる。

これがキャプチャースタジオの中。大きすぎて距離感がつかみにくいが奥まで100メートルくらいある
サッカーゲームのキャプチャーを行う際に用いられる人工芝も大量に用意されていた
EAスタジオを案内してくれた、UFC開発チームのチーフアニメーター、Seigo Tanaka氏
EAは前述のデジタルメディアセンターへの援助も行なっている

 このEAスタジオは、1980年代にスタートした小さな会社だった頃のEAから、ここバンクーバーにて連綿と歴史が続いている。イアン・マッケイ氏によれば、2008年ごろにはより税制の優遇に力を入れたモントリオール市に一部移転しそうになったというが、結局は物理的・社会的環境の良さや米国市場へのアクセスの良さといったメリットから、やはりバンクーバーに腰を落ち着けて今に至るという。

 また、このスタジオで働く人々は地元バンクーバーで学び、インターンシップからそのまま入社したスタッフも多いという。税制の優遇や気候風土の良さだけでなく、そいいった人的資源へのアクセスの良さも、ここバンクーバーに巨大スタジオを構えるための「条件」となっているに違いない。

 実際EAでは、バンクーバー市内にあるブリティッシュコロンビア大学付属・デジタルメディアセンターというゲーム産業に特化した教育コースの施設に、1億円規模の寄付を行なうなど、地元教育機関への支援・還元も積極的に行なっている。そうして育った人材が、今度はEAに入ったり、その他の企業を通じて世界市場にデビューしていくわけだ。

 こういった政府と企業、教育機関との相思相愛の関係がうまく構築されているのがバンクーバー市におけるゲーム産業振興の要なのだと強く感じた次第だ。日本のゲーム企業にもこういった地域にどんどん進出したり、現地企業とコラボレーションを行なったり、優秀な人材を獲得したりといった取り組みがさらに増えていくことを期待したい。今回少しご紹介したバンダイナムコスタジオバンクーバーはその先達として、非常に面白い例といえるだろう。

 次回は、そういった国際的なコラボレーションに注目してバンクーバーで開催されたゲーム開発者のためのイベント「External Development Summit」の様子を交えつつ、“和魂洋才”の考えをゲーム開発に活かしていける可能性について、さらに深く掘り下げてみたい。

【Electronic Artsのスタジオ】

(佐藤カフジ)