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Autodeskの新型ゲームエンジン「Stingray」とは一体何なのか?

新ゲームエンジンついに正式版リリース

8月9日〜13日開催(北米太平洋時間)



会場:LAコンベンションセンター

登壇したDesign VisualizationのIndustry Manager、Rick Davis氏。ゲームメディアやパブリッシャーでの勤務経験を持つ

 米Autodeskは現地時間の8月12日、GDC Europe 2015での正式版発表を受け、ここロサンゼルスのSIGGRAPH2015でも新ゲームエンジン「Stingray」を披露した。

 今まで、まったく注目を集めてこなかった「Stingray」だが、Autodesk製品ファミリーとしてロゴまで頂戴していることから、これは、いよいよ本腰を入れた動きとなりそうな予感がする。本稿では、セッションの模様をお伝えするとともに、Autodeskの狙いに迫っていきたい。

「Uncharted 4: A Thief's End」に「Stingray」は使用されておりませんでした。お詫びして訂正させていただきます。(8月18日追記)

【「Stingray」stingray for game development video】

ゲームエンジンに第三極現わる

 8月19日から正式版の提供が開始される「Stingray」は、Autodeskが昨年買収したスウェーデンBitsquidが開発してきた軽量がウリの「Bitsquid」をベースにした新ゲームエンジンだ。2014年版「Gauntlet」や「Warhammer: End Times Vermintide」で使用されているのだが、マイナーの域を出ていなかったように思う。

 その「Bitsquid」に、今までAutodeskが買収してきた、GIとダイナミックライティングの「Beast」、フルボディIKキャラクターアニメーションの「HumanIK」、敵キャラクター等のAI「Gameware Navigation」(旧Kynapse)、GUIの「Scaleform Studio」(旧「Scaleform GFx」)を合体させた、軽く驚いてしまうようなキメラエンジンがこの「Stingray」だ。それぞれの機能をつなぎ合わせると、たしかにそれなりにいい線をいきそうなゲームエンジンができあがりそうだが、機能の重複もあるだろうし、そう簡単に統合スイートとして最適化できるものでもなかったはずだ。そこを頑張って、GDC2015時期からのベータ公開で得られたフィードバックを元に改善を繰り返し、めでたく正式版をリリースしたということだろう。実際、「Scaleform」は大手術をして、Flash Scriptベースから「Bitsquid」由来のLuaベースに変更したとのことだ。

 「Stingray」は汎用のリアルタイムエンジンであるため、セッションの後半では「Unreal Engine」がそうであるようにゲーム以外の分野、特に建築分野への活用への期待に話が流れていったが、シーン作成中の作業はどの分野でも同じであるため、より重量級のアセットが必要とされる建築が視野に入っていることはゲームにとってもプラスであると感じられた。

【「Stingray」Art to engine workflows video】

ゲームエンジンの革新におけるビジュアル表現の進化事例として「Uncharted 4: A Thief's End」が紹介された

アトバンテージは既存ツールとの連携

Senior Product Marketing ManagerのMarc Hamaker氏。テクニカルデモを期待したのだが、そういった話題はそこそこにマーケティングの話に

 あまり大騒ぎになっていないが、Autodeskがゲームエンジンビジネスを本格化させたことは、注目に価する。なにせ、あのAutodeskである。ゲームのみならず、3DCGを扱うスタジオなら、「Maya」「3ds MAX」「SoftImage」「Auto CAD」のうち、どれかは必ず使用しているはずだ。2DCGでいえばAdobeに相当し、OSでいえばMicrosoftに相当する、ほぼ独占的にマーケットシェアを握っている企業である。これは完全な囲い込みであり、「Stingray」は、現在のゲームエンジンビジネスの勢力図を大きく変える可能性を秘めている。

 同社Senior Product Marketing ManagerのMarc Hamaker氏に質問する機会が得られ、Autodeskは既存の「Unreal Engine」や「Unity」と非常に良好な棲み分けの関係にあるのに、この「Stingray」で競合することはビジネスのマイナスにならないのか、と尋ねたところ、「Stingray」のターゲットは、あくまでテクニカルな部分に疎いアーティストで、決して既存のゲームエンジンと競合しない。開発者ユーザーが「Unreal Engine」や「Unity」を使いたければ、今まで通りのデータ可搬性は維持されるのだから何も心配することはない、との回答だった。

 とはいえ、実際のところ、インディーや小規模スタジオを中心に、今は「Unreal Engine」や「Unity」しか選択肢がないから、なかなか技術面でハードルが高いと感じながら、これらのゲームエンジンの使い方を学習して、ゲーム開発に取り組んでいるアーティスト主体のチームは少なくないと思われる。これまでの取り組みで得られた成果を捨て、月額のサブスクリプション料金を支払ってまで移行するかといえば、慎重な検討が必要になるが、これから新規に導入するグループにとっては、「Stingray」がまず最初に検討する選択肢になるはずだ。

 実際、「Maya」や「3ds MAX」のビューポートで、オブジェクトに「Stingray」シェーダーを適用すると、「Stingray」エンジンを使用したゲームの実行時と同一のシェーディング状態で確認できる。これによりツール間を行ったり来たりすることが減り、アーティストの作業効率は格段に向上する。

 同社3DCGツールが数年かけて改良してきた、ライブアップデートというツール間データ転送機能と同等のシームレスなデータ可搬も可能だ。相互にデータフォーマットの技術情報を完全に公開しあった同士であるため、データ互換性の問題が生じる可能性も限りなく低いと考えられる。本セッションでは、建築物を「REVIT」でモデリング、「3ds MAX」でシーンの構成、そして「Stingray」でリアルタイムレンダリングといったワークフローが強調されていた。建築用ツールの「REVIT」だけは、ちょっとゲーム用途とは離れてしまうが、「Maya」だけではなく「3ds MAX」との連携が確認できたのは朗報だろう。

 このように「Stingray」前提の開発には、プレビュー用のプラグインも出力データフォーマット用のプラグインも、何も用意しなくて済むという、他のゲームエンジンとの間にはないアドバンテージがあるため、今後じわじわとシェアを伸ばす可能性は大きい。あとは、ビジネスモデルということになる。

「Stingray」を取り巻く各ツール環境でのワークフローがイメージできる

Autodeskの真の狙いとは

 そのビジネスモデルだが、「Stingray」は、近年Autodeskが取り組んでいる、初期ライセンス料金のない月額サブスクリプションモデルである。現在、「Unreal Engine」と「CryEngine」は月額無料のモデルに移行しているので、一世代前のモデルからスタートするということになる。なお、C++ソースコードへのアクセスには、別途料金の支払いが必要だ。

 月額料金は30ドル(日本は5,000円)で、これだけ見れば他のゲームエンジンよりお高い印象だが、なんと「Stingray」には「Maya」のライト版「Maya LT」が付いてくる。正確に言うと「Stingray」単体版と「Maya LT」バンドル版の料金が同一(米国の場合。日本については「Maya LT」がバンドルされるか、8月15日現在明確な記述がない)ということなのだが、同じ値段なら“豪華なオマケ”が付いてくるほうがいいに決まっている。月額料金が「Maya LT」の利用料金だと考えれば、実質無料と考えることもできる。

 この“豪華なオマケ”作戦と「Maya」や「3ds MAX」に「Stingray」シェーダーが統合され、データ連携機能がサポートされても、ゲームエンジンとしてのライセンスはハンドルされないということが、Autodeskの立体的なセールスマーケティング上のキモであると言っていい。あるAutodeskリセラーによると、実は「Maya LT」は売れていないらしい。

 同社製品利用者なら容易に想像がつくと思うが、多くのゲームスタジオは、すでに「Maya」や「3ds MAX」の永久ライセンスを所持しており、あえて機能の制約された「Maya LT」を導入する必要がないからだ。また、ゲームスタジオの場合、映像制作スタジオと比較して、アップグレードサイクルが長い。新規にライセンス数を増やす際も永久ライセンスを買ってしまい、なかなか毎年費用の発生する年間サブスクリプション契約もしてくれない傾向にあるそうだ。

 Autodeskは、Adobeの失敗を横目に、サブスクリプションモデルへの移行を時間をかけて慎重に行なっている最中だ。かなり古いバージョンからもアップグレードできるレガシーアップグレードを数年前に廃止し、アップブレードサイクルを強制的に早めてきた。そして、ついに来年からは永久ライセンスそのものの販売を終了し、完全にサブスクリプションモデルに移行する。

 サブスクリプションモデルはバージョン毎の人気不人気によるセールス差異を減らし、年間セールスを安定させる。一方で、かなり高額な部類の永久ライセンス収入が来年からは入ってこなくなる。この状況下で、おそらくAutodeskは「Maya LT」の販売である程度カバーしたいのだ。前述のとおり「Maya LT」はあまり売れていない。そこで「Stingray」と抱き合わせることで、「Maya」にはない魅力を、あえて廉価な「Maya LT」に加えている。「Stingray」を求める資金力のあるスタジオは、「Maya」についてこないのだから、追加で「Maya LT」を買うことになる。資金力のないインディ開発者にとっても、「Maya LT」が実質無料で付いてくるのだから、納得性は高いといえるだろう。

 日本国内では、一人勝ちの様相を見せる「Unity」に、3DCGの巨人Autodeskがどう立ち向かうのか。いち早く先行してコミュニティを形成し、順調な機能進化を遂げ、開発者のハートをつかんだ「Unity」に、買収に買収を重ね、競合すべてを飲み込んで、すべての開発者を手に入れたAutodeskが挑む構図はなかなかに興味深い。「Stingray」がゲームエンジンの新勢力となりうるか、非常に楽しみである。

(谷川ハジメ)