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GDC 2011レポート

箱庭ゲームの金字塔「ポピュラス」、そして「バンゲリングベイ」
今も第一線で活躍する2人の巨匠が語る、初めてのゲーム開発秘話


2月28日〜3月4日開催(現地時間)

会場:サンフランシスコ Moscone Center



 GDC11では「Classic Game Postmortem」と題して過去の傑作タイトルを振り返るセッションが多数設けられた。その中でも、現在も第一線で活躍する2人のクリエイター、ピーター・モリニュー氏とウィル・ライト氏のセッションは大きな人気を集めた。

 かたや「ポピュラス」、かたや「シムシティ」シリーズと、いわゆる箱庭ゲームと言われるジャンルを創造・発展させた功績により、世界的に高く評価され続けている人物であり、現在に至るまでゲーム業界に与えた影響は計り知れない。そんな2人のルーツとなる作品についての講演をご紹介しよう。



■ ゴッドゲームの祖「ポピュラス」は、高い技術力が無かったからこそ生まれた
 ピーター・モリニュー氏が語るドラマティックな紆余曲折

ピーター・モリニュー氏
初めてのビジネスは豆缶売り
究極のデータベースソフト!

 最近では「Fable III」を手がけたLionhead Studiosのピーター・モリニュー氏のゲーム産業におけるルーツは、やはり「ポピュラス」にある。1989年に最初の版がリリースされた「ポピュラス」は、PCを始めあらゆるプラットフォームに移植され、歴史的なヒット作となった。

 モリニュー氏は講演の冒頭、もう記憶が曖昧だとしつつ、社会人として初めて手がけた仕事を振り返った。「ポピュラス」を開発する前、モリニュー氏はひょんな縁からTaurus Impexという会社を立ち上げ、中東に豆の缶詰を輸出するビジネスをしていたという。しかし単価は安いし、そもそも中東で人気のある食材ではないので鳴かず飛ばずの日々が続く。

 そんな中、パブに入り浸るモリニュー氏に1本の電話が。当時イケイケのコンピューター会社であったコモドール社からビジネスの話をしたいとの内容で呼び出されたのだ。何の間違いだと思いつつ行ってみると、当時最新のマシンAmiga 1000を10台送るのでソフトを開発して欲しいという。

 実はモリニュー氏の会社によく似た名前の別の会社が存在し、コモドールは話す相手を間違えていたのだ。それに気付いたモリニュー氏は断るどころか、その会社のマネージャーのふりをして、体よく最新のコンピューターをタダでゲット。結局この嘘はバレるのだが、なんとかうまく丸め込みつつ「“究極のデータベースソフト” Acquisition」という、こけ脅かしな名前のソフトをでっちあげ、開発ビジネスを軌道に乗せてしまった。

 モリニュー氏は「大風呂敷を広げる才能はすでに開花していたようです」と笑うが、この強引さ、この腕力があったからこそ、その後の成功もあったのだろう。そんな調子で「Druid II」というゲームをAmiga向けに移植する仕事をこなしいくらかお金を稼いだところで、ゲーム開発の体制を整えるべく新たにBullfrogという会社を設立した。そして後に「ポピュラス」となるゲームの開発が始まる。


小さなオフィス、小さなチーム。後に大ゲームスタジオとなるBullfrogの原点

Amigaのゲーム「Virus」
地形を上げ下げするシステム

 最初の発端となったのは、Amiga向けの「Virus」というゲームだ。3Dのタイルでマップが構成されたこのゲームに触発され、立体的なマップ上をキャラクターが動き回るプログラムを作成した。しかしモリニュー氏はキャラクターの経路探索AIをうまく実装できない。レミングスよろしく水の中に突っ込んで自爆してしまうのだ。

 そこでモリニュー氏は、マウスクリックでマップパーツを上げ下げして地形を変更、キャラクターが死なないようにマップのほうを変えるというシステムを作った。これでAIの問題そのものを解決することはできなかったのだが、RS232C接続で2台のPCを接続し、マップの上げ下げで相手のキャラクターに嫌がらせをする遊びが「ポピュラス」の決定的なゲームプレイ要素に開花していく。大層なAIを作るだけの技術力がなかったことが逆に功を奏して、原型となるシステムが作られたというのは面白い話だ。

 これに加えてモリニュー氏は、AIがいきあたりばったりに行き着いた平地に家を立て、その平地を広げると家がグレードアップしていく仕組みを解説。これも極めてシンプルなシステムだが、大きな家では人口増加レートが増えるというルールを加えることによって、一気にゲームとしての深みが生まれている。


原型ができてからは、わりといきあたりばったりに面白そうなルールや操作を付け加えていくうちに、「ポピュラス」のゲーム仕様が固まっていった

ヘビースモーカーなモリニュー氏
ゲーム雑誌の記者に会う直前のモリニュー氏

 こうしていつのまにやら極めてユニークなゲームになっていた「ポピュラス」は、ゲームパブリッシャーであるElectronic Artsの目に留まる。ライセンス契約を結びに行ったモリニュー氏だが、中毒的なヘビースモーカーぶりが災いして長時間の交渉に耐えられず、ロイヤリティ10%、100万本ごとに1%増加、しかも支払いは発売の9カ月後……という不利な条件で契約を結んでしまった。ちなみに納品した最終版にエンディングを入れるのを忘れていて、最終面の悪魔の顔はその頃に慌ててでっちあげたものなのだそうだ。

 その後蓄えが尽きていたモリニューは9カ月にわたってクレジットカードで家賃を払うという先行きの怪しい生活を続ける。「サブプライム住宅のはしりだね」とジョークを飛ばすモリニュー氏。そんな時期、最初の雑誌によるレビューがあった。不安でたまらないモリニューは記者とのミーティングの前にパブに入り浸って泥酔していたそうだ。そして意を決して記者にゲームの評価を聞いたところ、「これまでプレイしたゲームで最高だね!」と高評価。それでもモリニュー氏は「これが彼の初めてプレイしたゲームに違いない」とジョーク交じりに当時の不安ぶりを語っていた。

 そしてご存知の通り、「ポピュラス」は歴史的な成功を収め、無数のプラットフォームに移植されることになった。発売から9カ月後に念願のロイヤリティ収入を得たモリニュー氏は一気に億万長者となる。日本では国内版がイマジニアよりリリースされ、全国大会が行なわれるほどの盛り上がりを見せた。

 モリニュー氏は日本についての思い出をこう語っている。「日本では信じられないことに、タイトルテーマ音楽を交響楽団が演奏したり、全国大会まで開かれて、本当にクレイジーだったね。大会には“勝つか死ぬか”(おそらく必勝)みたいな文字の入ったハチマキを巻いたチャンピオンの少年がいて、私と対戦したんだ。彼は本当に強く、負けそうになったのでチートを使ってしまったよ」。

 ちなみにモリニュー氏と対戦したという少年は、誰あろう弊誌でもおなじみのテクニカルゲームライター西川善司氏である。20年前の話でさすがに細部はいろんな記憶が混じっているようだったが(西川氏はそんなハチマキをしていなかったと主張)、異国で大いに受け入れられた記憶はモリニュー氏にとって印象深いものだったようだ。

 最後にモリニュー氏は、最近の趣味として作っているあるものを披露。256人で対戦できるマッシブな「ポピュラス」だ。ぜひ見せてくれという聴講者からの声に答え、プロトタイプをビルドして実行してみせた。現在も自らコードを書き、アイデアを具現化する姿勢を持つからこそ、第一線のクリエイターとして活躍が続いているのだろう。


「ポピュラス」は歴史的な成功を収め、多数のプラットフォームに移植されたのち、その後様々な作品にエッセンスが受け継がれていった

講演の最後には256人で対戦できるというマッシブな「ポピュラス」のプロトタイプを披露。最後には人だかりに囲まれて写真やサインをねだられていた、さすがの人気ぶりである



■ シムシリーズの礎となった「バンゲリングベイ」
 突然宇宙開発の話が始まるウィル・ライト節が炸裂

ウィル ライト氏
「バンゲリングベイ」
開発環境

 「シムシティ」や「シムズ」で有名な名物クリエイター ウィル・ライト氏は、自身の最初のヒット作品である「バンゲリングベイ(原題『Raid on Bungeling Bay』)」について講演した。日本ではファミコン版が最も有名な作品だろう。

 本作を開発していた1984年当時は、プログラムからグラフィックス、サウンドまで全部ひとりでやっていたというライト氏。メイン開発機であるApple IIをターゲット機であるコモドール64にパラレル接続して、コード作成と実行を分離して効率化していたとのことだが、全く分業のない時代、最初のバンゲリングベイは「1分で1バイトのペースで開発した」、とジョーク交じりに当時の牧歌的なゲーム開発の雰囲気を表現してみせた。

 ライト氏は「バンゲリングベイ」のアイデアにつながったインスピレーションを様々なものから得ている。1ターン進めるのに数十分もかかったという当時のストラテジーゲーム、原始的なフライトシミュレーター、簡易なセルオートマトンで複雑にパターンが変化していくライフゲーム、そして幼少児にヘリコプターに乗って大興奮した思い出。

 総合的に、「バンゲリングベイ」はシューティングゲームであり、ストラテジーゲームであり、シミュレーションゲームでもあるという、なんとも不思議なゲームシステムを持ったゲームだ。箱庭系のオープンワールドとなっているマップ上には、海上資源という概念があり、これをボートが運び荷揚げして、戦車が工場まで運び、貯めこまれた資源が工場で各種兵器になっていくという、独自のリソースチェーンシステムが構築されている。これは普通にプレイしていると誰も気づかない部分で、ライト氏はこのシステムをきちんと可視化すればよかった、と振り返っている。

 またライト氏は「バンゲリングベイ」のために作成した2つのツール、「Chedit(キャラクターエディター)」、「Wedit(ワールドエディター)」を紹介。このうち「Wedit」は、その後「Sim City」に発展しているというから、誰も気づくことのなかった「バンゲリングベイ」におけるシミュレーション要素の存在は、ライト氏のゲーム開発史を語る上で避けて通れないものなのだ。


非常に箱庭ゲーム的なシステムで作られている「バンゲリングベイ」。マップエディターはその後「シムシティ」に発展したという

突然始まるソビエト宇宙開発
自慢のツーショット
どこかの誰かによる3D版

 と、ひと通り「バンゲリングベイ」について説明したライト氏は、いきなりソビエト連邦の宇宙開発の話をしはじめる。世界で初めて宇宙遊泳を成し遂げたアレクセイ・レオーノフがいかに素晴らしいか、それがいかなる技術によって成し遂げられたか、どのようなトラブルがあったのか……。

 10分以上そんなことを事細かに語ってから、件の老レオーノフ氏とライト氏がツーショットで映っている写真を披露、というか見せびらかして、「ではバンゲリングベイに戻りましょうか」と。これには聴講者も爆笑。ライト氏が講演の度に宇宙関連の話をすることを皆知っているのだが、ここまで脈絡がないのはさすがに珍しいのだ。

 続いてライト氏は、巷に溢れる「バンゲリングベイ」のコピー作品を紹介。3D化されているもの、アートワークが綺麗に作り直されているものなど多数あり、いかにこの作品が愛されてきたかがわかる。「これらの海賊版をどう思う?」と逆質問されたライト氏は、もしそれでお金を稼いだなら、余ったお金をチャリティに使ってはどうかと提案。目くじらをたてることなく、良いことに使ってくれればそれでよしという考えのようだ。これには会場から大きな拍手が起きた。

 またWright氏が現在率いているスタジオ、Stupid Fun Clubで何をしているのか?という質問には、「まだ明かせないが、ゲームのプロジェクトを進行中」と語っている。皆が思うようなゲーム機向けのものではないらしいが……。さて、Wright氏が次に何を成そうとしているのか、正式な発表があるのを楽しみに待ちたい。


「バンゲリングベイ」におけるリソースの循環システムや、ダイナミックな難易度変更システムについて。非常に自律的であり、その後のライト氏の作品につながる思想が見え隠れする

「シムシティ」シリーズには、どこかに必ずヘリコプターが登場しているね、という笑い話

(2011年 3月 6日)

[Reported by 佐藤カフジ]