GDC 2011レポート

スクエニ鈴木光人氏が語った「ファイナルファンタジー」の音楽の作り方
「PS3 and NDS, the Two Extreme FINAL FANTASY Series」


2月28日~3月4日開催(現地時間)

会場:サンフランシスコ Moscone Center



 GDCのオーディオセッションでは、ここ数年、SMILEPLEASEの植松伸夫氏や任天堂の近藤浩治氏、ベイシスケイプの崎元仁氏など、著名なサウンドクリエイターを招いて、その哲学をレクチャーするのが恒例となっている。今年は、スクウェア・エニックスのコンポーザー兼シンセサイザーオペレーターの鈴木光人氏が登壇し、鈴木氏がアレンジャーとして担当したニンテンドーDS「光の4戦士 -ファイナルファンタジー外伝-」とPS3「ファイナルファンタジー XIII」の音楽についてレクチャーを行なった。



■ 「光の4戦士 -ファイナルファンタジー外伝-」は原点回帰路線の“チップチューン”アレンジ

スクウェア・エニックスのコンポーザー兼シンセサイザーオペレーターの鈴木光人氏
スクエニ入社後も作曲家としての活動は継続している
「光の4戦士 -ファイナルファンタジー外伝-」は原点回帰路線のRPG
デモでは、昼と夜で、同一シーケンス内で曲を切り替えるという内蔵音源独自の取り組みが披露された

 鈴木氏の講演は、音楽の再生からスタートするといういささか型破りなものだった。落ち着いた面持ちで物静かな印象だが、そのしゃべり方はクリエイターとして芯の強さを感じさせる。

 鈴木氏は、スクエニでのキャリアはわずか5年ほど。それ以前はOVERROCKETというユニットでテクノポップ系の音楽活動を行なっていた。ゲーム業界内よりむしろ外でのほうが名の知れ渡っているアーティストだ。

 スクエニ入社後は、「ファイナルファンタジー」シリーズを中心に楽曲制作に携わり、近作は「パラサイトイブ」のコンポーザーとしてサウンドディレクションを担当している。“鈴木光人”としてソロ活動も行なっており、ユーストリームを通じてライブを開催したり、スクウェア・エニックスのレーベルからCDも発売している。

 自己紹介を終えた鈴木氏は「今日はロジック的な話や難しい話は抜きにして、ザックリとしたざっくばらんな話をしたい」と切り出し、「本日、私が今回もっとも言いたいのはモノを作るときに固定概念や制約に縛られないこと」と結論から入った。

 「私のサウンドデザインの大半は即興から生み出されるモノが大変多く、冒頭の演奏もそうなんですが、即興から生み出したものを効果的に配置するところから始まっている。固定概念ではなく、制約から解放された自由な制作スタイルをいつも基本理念として音作りをしています」と、テクノポップ系らしい“即興”スタイルで音楽制作していることを披露した。

 鈴木氏は「リアルタイム編集は時として自分の想像を遙かに超えたものを生み出す可能性を秘めている。思いついたら実践実行なので、机上の空論というものは存在しない。今回は2つの開発を通して実践過程と結果について紹介したい」と宣言し、本論に入った。

 アーケードゲーム、家庭用ゲーム、ポータブルゲーム等の各種ビデオゲームはハードが違えば仕様や表現方法も大きく異なる。PCやPS3、Xbox 360なら、ほとんど制約のない音作りが可能だが、ポータブルマシンやモバイル端末では依然として厳しい制約の中で音作りをしなければならない。中でも内蔵音源は制約の中で音作りをする上で切っても切り離せない存在であり、職人芸が生きている。このためスクエニでは作家が作曲した楽曲を、内蔵音源に変換する専門のスタッフ“マニピュレーター”がいるという。

 今回題材として取り上げた2つの「FF」、ニンテンドーDS「光の4戦士 -ファイナルファンタジー外伝-」とPS3「ファイナルファンタジー XIII」は、鈴木氏はアレンジャーとして参加している。この2つの「FF」はほぼ同時期に開発が行なわれたが、2つのハードが違うのに、冠タイトルは同じということが仕事をする上で鈴木氏がおもしろいと感じたという。PS3とDSは音楽の再生方式は大きく異なるため、頭を切り換えながら制作するのが難しくもおもしろかったという。それぞれのサウンド特性があり、それぞれのハードの良さを活かした音作りを心がけたという。

 ニンテンドーDS「光の4戦士 -ファイナルファンタジー外伝-」は、楽譜データを内蔵音源に転送して音を出すという昔からのアプローチを採用。楽譜再生であるため、繰り返し再生が簡単にでき、AからB、BからCといったループプロットが簡単に処理できる。ただし、ハードのメモリが限られるため、サウンドに割り当てられるメモリの量も自ずと限界があり、制限との戦いとなったようだ。鈴木氏は「しかし」と続け、「厳しい制約の中から生み出された音楽は独特の音色と世界観を醸し出している」と、ポジティブな評価を下した。

 「光の4戦士」のメインコンセプトは「古き良き時代のRPG」ということで、現在はポータブルゲーム機でも豪華な音楽を鳴らすゲームが増えている中で、あえて“原点回帰路線”を狙ったという。鈴木氏が開発途中のゲーム画面を見せて貰ったところ、懐かしい感じのキャラがいたため、昔っぽい雰囲気を活かすために、チップチューンによるアレンジをひらめいたという。チップチューンはファミコンをはじめとした80年代のゲーム機に搭載した内蔵音源の再現を目指す音楽ジャンルのひとつ。

 実は鈴木氏は、その当時チップチューンに傾注していたということで、すでに作り溜めていた素材があったという。それを使う良い機会だと捉え、企画を書いて出したところ、企画が通り、希望通りのサウンドデザインにすることができたという。

 その後、会場で映像と共に音楽のデモが行なわれた。あえてチープな内蔵音源風味の音色を基調に、内蔵音源特有のハモりをきかせ、内蔵音源風味だけど膨らみと広がりのある独特の音楽が展開されている。

 デモを終えた後、鈴木氏から意外な制作秘話が披露された。本作は昼と夜が存在するが、鈴木氏は昼と夜でグラフィックスが変わるのだから、音楽も一緒に変えたいと考えた。しかし、内蔵音源では2曲の分離再生は難易度が高い。そこで鈴木氏は1つのシーケンスに2曲を同時に盛り込むことを考えた。具体的にはニンテンドーDSでは16トラックの同時再生ができるため、8トラックを昼に、8トラックを夜に割り当て、昼から夜、夜から昼に変わる際にシーケンスを切り替えることで対応したという。制約を逆手にとったアプローチだ。



■ 「ファイナルファンタジー XIII」では即興と自作による音作り!?

スクウェア・エニックスのコンポーザー兼シンセサイザーオペレーターの鈴木光人氏
鈴木氏が音のエディットに使用しているという「Cyan/n」
鈴木氏はまとめとして、 明確なビジョンの上に、自由な発想とアイデアを持つことの重要さを挙げた

 一方、PS3「ファイナルファンタジー XIII」は、CDと比較しても遜色のないストリーミングによる音楽再生が可能で、音質的な制約という足かせから開放されている。「FF XIII」はロックやテクノなど色んな音楽がミックスされていて自由度の高さが魅力である。

 鈴木氏は「FF XIII」について、「縦横無尽に動き回るキャラ、目を見張るグラフィックス、背景、一般的なイメージはこんな感じだと思います。音楽は豪華に盛り上がる曲もあれば、凄く機械的な音楽もある。それを効果的に配置して、適材適所で使う」と説明。音楽部分については、「音質や音楽を鳴らすという点では制限はない。同時発音数の制限もないし、再生環境も携帯ゲーム機とは比べものにならない。自由であるからこそ作家性が求められる」とし、「ただし、なんでもできるからなんでもやっていいというのは違うので、やはり最初に明確なサウンドコンセプトを決めることにした」という。

 具体的には、プロモーションビデオ等で音楽メインで聞かせる場合は低音重視のミックスを心がけ、インゲームの場合はある特定の周波数を強調したりなどして最終的にスピーカーで聞きながら調整を加えていく。同じ曲でもカットシーンやインゲームでもアレンジを変えるべきだと考え方のようだ。

 なお鈴木氏は「FF XIII」の楽曲制作では「Cyan/n」というアナログミキサーを採用している。理由はマウスでチマチマやるのは面倒臭いためで、エフェクターに近い感覚で操作できるからだという。

 基本はツーミックスの音楽ファイルを実装して鳴らすため、リアルタイムで音楽を変化させることが内蔵音源より難しい。鈴木氏は「『XIII』の音楽は“音楽”としての完成度は非常に高いと考えているが、リアルタイムという部分に関しては課題が残っている」と厳しく評価。アレンジャーとしてはやり残したことがあると考えているようだ。また、アレンジの手法についても「予定調和のアレンジは避けたくて、個人的に即興的なものが好きなので、ツーミックスのなんとかアレンジを加えたくて」と職人気質な一面も覗かせた。

 その際に使用するツールが「Cyan/n」ということで、ムービーに合わせて変化を加えたりする際に、リアルタイムによるアナログ操作でエディットが行なえる。鈴木氏は「いつもこれを使っているわけではない」と断りを挟みつつ、「頭で考えていたイメージと違う何かが出たときが快感。そういうことを狙うときに使うことが多い」と語る。

 その後、「Cyan/n」を使ったアレンジの実演となった。このあたりは非常に専門的で理解が難しかったので省略するが、鈴木氏は会場後方の技術スタッフに音のボリュームアップを要求し、場内は文字通りテクノ調のデジタルサウンドに包まれた。シンプルなドラムトラック1つからはじめ、ピッチを変えたり、波形をいじったりしながら、声を入れたりしながら徐々に音を増やしていく。「リアルタイムで作っていきましょう」と宣言してからは、即興ライブがスタートし、実に15分にわたって電子音と電子音の共演が繰り広げられた。

 鈴木氏は長い拍手が静まるのを待って、「素材だけ用意しておいて、それをリアルタイムで動かしていくだけ、尺も決まっていなくて、バッとノリでやったんですけど、こういう具合にサラサラと作ることもあれば、楽曲ごとにぴしっと作ることもある」とコメント。

 「FF XIII」の楽曲制作でのエピソードでは「ケチャ」に関するエピソードが披露された。鈴木氏は、「ケチャ」の音が欲しいと思い、サンプルやライブラリを漁ったものの、思い通りの音がなかったため、自分の声で録ったという。ケチャに限らず、思いついたら部屋の機材を使って録ることは良くあるということで、加工に時間が取られることもあると言うが、サンプルを探すより手間が省けたという。

 また、スクエニには、優れた演奏技術を持ったプレーヤーがいて演奏を頼むこともできるという。その際も楽譜を用意するわけではなく、雰囲気やキーだけを伝えて録って、あとで編集するという。それにしても驚くほどの素材屋っぷりであり、鈴木氏に掛かれば、すべての音はアレンジのための素材と化すといった印象である。

 鈴木氏はまとめとして、「内部音源はゲームを演出するためのひとつのデータである」と切り出し、「私たちが耳にする音楽とは違い、特定の目的に特化したものであり、特化した楽曲を再生するという点においてゲーム音楽として独立性を失い、BGMとして普遍性がない。しかしゲームにはゲームに対する演出が必要で、それは映画とも異なり、インタラクティブ性というようなものが大事で、そこにゲーム音楽ならではの存在意義がある」と定義。

 さらにゲームを作る上でも音楽を作る上でも「思い立ったら即行動」が大事だという。細かいところにこだわるよりは、まずは作ってみて細かく作り込んでいくほうがいいのではないかと場内のクリエイターに向けてアドバイスした。最後に「僕がモノ作りする上で1番大事にしているのは常に頭の中で考えるだけでなく、自由な発想とアイデアでモノ作りをするということです」と言い切り、「まとめちゃうと精神論になっちゃうんですが」と笑顔を見せ講演を終えた。鈴木氏の極めてストイックで柔軟な制作手法は非常に好感を持った。そしてまた音楽サイドからゲームを変えてくれるかもしれないという期待も持てた。彼の今後の音楽活動に注目していきたいところだ。

【「Cyan/n」による音作り】
突然始まったライブでは「Cyan/n」を使った即興の演奏を聴くことができた。また、音の素材は自ら用意することもしばしばだという。こうした面でスクエニは恵まれた環境が整っているようだ

(2011年 3月 5日)

[Reported by 中村聖司]