CESA Developers Conference 2009現地レポート
CRIとガストが「アダプティブミュージック」の実装事例を初披露
ゲーム音楽を変える“アダプティブミュージック(適応的な音楽)”とは何か?
CEDECのセッションは、プログラミングからアカデミック、ラウンドテーブルまで10以上のセッションカテゴリが用意されている。もっともセッション数が豊富なのはプログラミング、人気が高いのはビジュアルアーツといったところだろうか。
そうした中でも、セッション数は限られるものの粒ぞろいなのがサウンドセッションだ。GDCでも講演を行なったベイシスケイプ代表取締役社長 崎元仁氏による「ゲーム音楽にまつわる雑学と経験」、カプコン サウンド制作室による「カプコンが考えるサウンド制作方法の提案2~バイオハザード5~」、スクウェア・エニックス 開発部サウンド室による「DSサウンド開発秘話」、バンダイナムコゲームス コンテンツ制作本部サウンド部 中西哲一氏による「サウンドから提案するゲーム演出の在り方」等々、すべて紹介しきれないのが残念だが、サウンド関係の開発者にとってもCEDECは注目に値するカンファレンスになりつつある。
本稿では、未来に向けた具体的な提案という点でもっとも画期的だったCRIミドルウェアとガストの共催セッション「ゲーム音楽を変える『アダプティブ・ミュージック』とは? ~新世代のサウンド制作技術のご紹介」を取り上げたい。
■ ゲームサウンドに新たな可能性を提案するアダプティブミュージックシステム「ADAMS」
CRI・ミドルウェア代表取締役専務の押見雅雄氏 |
アダプティブミュージックシステム「ADAMS」の基本的な機能図 |
ADAMSを支える技術には、映像音声に特化したミドルウェアメーカーとしてのCRIの過去の蓄積がたっぷり詰まっている |
本セッションの講師を務めたのは、CRI・ミドルウェア代表取締役専務の押見雅雄氏と、ガスト サウンドクリエイターセクションチーフの土屋暁氏の両氏。CRI・ミドルウェアは、ゲーム開発者向けセミナーではすっかりお馴染みのミドルウェア開発会社であり、ガストは「アトリエ」シリーズを中心としたキャラクター色の強いRPGを得意とするゲームメーカーである。一見無縁そうに見える両社だが、共にサウンドに対して強いこだわりがあるメーカーという点が共通している。ゲームミュージックファンにとってはまったく違和感のない取り合わせといえるのではないだろうか。
セッションの話題の中心となったのは、CRIが現在開発しているアダプティブミュージックシステム「ADAMS」である。セッションの前半は「ADAMS」の開発責任者である押見氏から、「そもそもアダプティブミュージックとは何か?」というところから解説が行なわれた。
アダプティブミュージック(適応的な音楽)とは、一定の条件によって曲が動的に変化していく音楽のことを指す。ユーザーの入力によって音楽が変化し、それそのものがゲームとして成立している「ビートマニア」や「パラッパラッパー」等の音楽ゲームをインタラクティブミュージック(対話的な音楽)と表現するが、それに類するゲームサウンド関連の表現のひとつである。
言葉にするとわかりにくいが、手法そのものは昔からあり、すでに無数の実装事例が存在する。代表的な例としては「スーパーマリオブラザーズ」や「ストリートファイター II」におけるテンポアップや、「ゼルダの伝説」シリーズのバトルシーン移行時におけるシームレスな曲調の変化などが挙げられる。これらの従来の手法と「ADAMS」が実現するアダプティブミュージックの最大の相違点は、サウンドシステムの一機能として、ピッチアップ、キーチェンジ時の整合性を保ちながら、フレーズ間のシームレスかつ柔軟な連結を実現しているところだ。従来の手法は基本的に力業であり、「ADAMS」はいままでありそうでなかったソリューションだ。
押見氏は、アダプティブミュージック誕生の経緯を説明すべく、CRIのゲームサウンド関連技術への取り組みをCSK総合研究所時代から説き起こした。1980年以降は、打ち込みブームを巻き起こした「MIDI音楽」、1995年以降は、CD-ROM等の大容量メディアにより実現した「ストリーミング音楽」、そして2010年の「シーケンス+ストリーミング音楽」と15年周期でゲームサウンド界にパラダイムシフトが起きていると説明し、来るシーケンス+ストリーミング時代の音楽を担う技術としてアダプティブミュージックを紹介した。
アダプティブミュージックの具体的なソリューションである「ADAMS」は、CRIが現在提供しているゲームサウンド向けのソリューションである「CRI ADX」の一機能として組み込みが予定されているシステムで、2010年1月頃の販売開始に向けて現在開発が進められている。機能的には8拍を1フレーズとしたマルチトラックのサウンドデータを、一定の条件によってオンオフを切り替えたり、テンポアップしたり、キーチェンジしたりすることで、1つの曲に対して無限のバリエーションを持たせることができるというものだ。
会場では実際にデモンストレーションが行なわれた。打楽器系トラックが4つ、メロディトラックが4つの8トラックで構成されたサウンドデータを再生すると、最初は打楽器の1トラックから、徐々に打楽器とメロディが増え、後半に再びトラック数が減っていくというもの。
そのほかテンポアップやキーチェンジを含むデモも行なわれたが、これらのデモのポイントは、とにかく繋がりがシームレスなことと、しっかり曲の整合性が維持されていることで、聞いていて違和感がない。そこが「ADAMS」独自の技術ということになるが、フレーズ間の連結については、フレーズ作成時にそれぞれ前後に1拍ずつのマージンを設けることで、余韻やグルーブ感を表現しながら、自然な連結を実現しているという。
押見氏は、ADAMSによる演出の例として、楽器の構成を動的に変えることで雰囲気を変えたり、ピッチアップ(シフト)によるゲームの盛り上げ、テンポの変更による緊張感のコントロールなどを挙げてくれた。これらを駆使することにより、さらに没入感の高いゲームが実現できそうである。
【ADAMSの技術概要】 | ||
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「ADAMS」の技術概要を記したスライド。いかにフレーズ間を自然に繋ぐか。ピッチやキーの変化時に、いかに違和感を生じさせずにミキシングを行なうかがポイントになっている |
■ ガストの未発表の新作に「ADAMS」を試験的に採用。その効果のほどは!?
ガスト サウンドクリエイターセクションチーフの土屋暁氏 |
新作タイトルで実現するアクティブなBGMの概念図 |
具体的な実装事例。アダプティブミュージックは、キャラクターによってBGMを変えてきたガストが目指すゲームと相性の良いソリューションと言えそうだ |
ガストの土屋氏からは、未発表の新作タイトルでの「ADAMS」の実装事例が報告された。「ADAMS」は未発売のソリューションだが、今回は一種のβテストのような形で試験的に導入したということで、ゲームへの適用はこれが初のケースだ。ゲームへの実装までに掛かった期間は約10カ月。ゲームタイトルについてはまだ明かせないということだったが、年内に発表し、来春の発売を予定しているという。
その新規タイトルでは、「ADAMS」により、ゲームパラメータの変化に応じて、リアルタイムにBGMを変化させるシステムを実現するという。流れとしては、アダプティブミュージックを鳴らす局面で、ガスト独自の「R.A.Hアクティブ楽曲生成システム」を通じてゲームからのパラメータを元に楽曲パーツを構成し、フレーズの集合体である“デッキ”を構築する。いわばBGMを自動生成するプロセスということになる。あとはそのシーンで、構築されたデッキの内容をベースに、ADAMSを通してBGMを鳴らすだけとなる。
セッションでは、「RPGの戦闘シーンにおけるBGMのアクティブ化」を想定して具体的な解説が行なわれた。まず、デッキ作成の判断材料となるのは、キャラクター、装備アイテム、HP、MP等のステータスの状況、必殺技やコンボの有無など。これらの材料を総合して勘案してデッキを構築したうえで、戦闘シーンがスタートする。つまり、BGMをシーンの直前に自動生成するというアプローチだ。
戦闘シーンでは、デッキのサウンドデータを頭から鳴らすだけではない。キャラクターや装備アイテムは固定だが、HPやMPは可変だし、必殺技やコンボを使用するかどうかは遊び手側の判断だからだ。このため戦闘シーンの状況の変化に応じて、ベースのBGMに対して動的に割り込みをかけていくことになる。
たとえば、HPが減って死にそうになる、必殺技を発動する、場を盛り上げるアイテムを使用するなどの変化に対応する形で、割り込みをかけていく。次のフレーズから変化する場合もあれば、サビの部分だけを変えるといったこともできる。こうした一連の作業により、戦闘の状況変化に応じてドラマティックにBGMが変化していくことになる。
その後、今度は「もっともポピュラーなポップスの楽曲」を想定し、実演が行なわれた。新作で使われる楽曲かどうかは不明だが、ADAMSに完全対応する形で無数のフレーズが用意されていたため、その可能性は高い。
BGMはシンプルな主旋律からスタートし、土屋氏が手元のコンソールのパラメータをいじるたびに様々な楽器の音が加わり、次いでボーカル、コーラスが入り、ガストらしい非常に豊潤なBGMになった。コーラスの別バージョンになると曲の雰囲気ががらりと変わり、ピッチシフトを割り込ませるとそれだけでクライマックスシーンかのような盛り上がりを感じさせる。
これまでは同じことをやろうとすれば、BGMのバリエーションの数だけのサウンドデータを用意するだけでなく、実際のプレイ時にもメモリに読み込ませておく必要があるなど、二重三重の手間が発生していたわけだが、「ADAMS」ならパラメータをいじるだけで、同等以上の効果が期待できる。実際に楽曲を聴かせられないのが残念だが、アダプティブミュージックを実現するためのソリューションとしては極めて有効だと感じた。
アダプティブミュージックは、グラフィックスの分野では少しずつ浸透しつつあるプロシージャル系のテクニックのひとつであり、それそのものの生産効率性や有効性には多少の懸念があるものの、ゲームミュージック界に革命をもたらす可能性を秘めた画期的なチャレンジであることは間違いない。来春発売されるガストの新作タイトルや、2009年1月にリリースされる「ADAMS」共々、アダプティブミュージックの今後の展開に期待していきたいところだ。
【ガスト新作タイトルにおける実装計画例】 | ||
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土屋氏が例として挙げた「ADAMS」の採用事例。これだけを見ると何の説明かよくわからないほど、画期的なアプローチだ。BGMにゲーム性、エンターテインメント性が感じられるところが素晴らしい |
http://www.cesa.or.jp/
□「CEDEC 2009」のホームページ
http://cedec.cesa.or.jp/
(2009年 9月 3日)