Game Developers Conference 2009現地レポート

Valve語る、「Counter-Strike」から「Left 4 Dead」へ
協力プレイ、リプレイ性、AIディレクターの秘密


3月23~27日開催(現地時間)

会場:サンフランシスコ Moscone Center

 

 PC/Xbox 360「Left 4 Dead(L4D)」は、昨年末に発売されスマッシュヒットを記録した協力型のFPSだ。GDC通常セッション2日目の今日、「L4D」のリードデザイナーであるValveのMichael Booth氏によるゲームデザインレクチャーセッションが行なわれた。

 「L4D」の特徴は、他に見られないほどのリプレイ性だ。基本ルールは、4人の「生存者」が協力しあって、迫りくる「感染者」の群れを撃退しながらゴールを目指すという至極単純なものでありながら、何度プレイしても新鮮な体験が得られ、飽きることがない。

 “From Counter-Strike to Left 4 Dead: Creating Replayable Cooperative Experiences”(訳・『Counter-Strike』から『Left 4 Dead』まで:繰り返し遊べる協力プレイ体験の創造)と題されたこのセッションでは、「L4D」のゲーム性がどのようにデザインされたのか、その秘密が丁寧に語られた。ちなみに、当セッションはたくさんの立ち見客が出るほどの盛況ぶりで、業界からの関心の高さを感じられた次第だ。



■ 「Counter-Strike」の経験を活かして生まれた「Left 4 Dead」

Turtle Rock Studios及びVavleで「L4D」のリードデザイナーを務めたMichael Booth氏がゲームデザインを解説

 講演者のMichael Booth氏は、「Counter-Strike: Condition Zero」やXbox版の「Counter-Strike」、そして「Counter-Strike: Source」の開発を通じて、長くValveのゲーム開発に携わってきた人物だ。「L4D」では、開発の方向性を決定づけるリードデザイナーの役割を務めており、本作における最大のキーパーソンである。

 「L4D」の基本コンセプトが生まれたきっかけはよく知られている。それは、「『Counter-Strike』で、完全武装のプレーヤー数人と、ナイフだけを装備した大量のBOTで対決したら、とてもスリリングで面白かった」というもの。Booth氏はこのセッションで、その後のゲームデザインプロセスでも、さらに「Counter-Strike」の経験が生きたことを紹介した。

 まず「L4D」の開発に踏み切った材料として、協力型のゲームがいまだ市場的に十分に開拓されていなかったこと、「Counter-Strike 1.6」がいまだに売れているという事実から、マルチプレーヤーゲームが長く売れ続けることを確信していたことを挙げている。それに加えて、「Counter-Strike」の開発資産として、スタジオが良質なBOT(AIプレーヤー)の技術を保有していたことが決め手になったようだ。

 そこで、BOTのAI技術を生かし、シングルプレーヤーゲームとマルチプレーヤーゲームの仕組みを両方取り入れた、新しいタイプの協力型FPSを開発することになった。そこでの目標設定はかなりはっきりしている。市場を狙い撃ちにするために「協力プレイを必須にする」こと、そして長期のセールスを期待できるよう「長期のリプレイ性を持たせる」ということだ。

協力プレイのゲームとして質を高めるためのガイドライン。「恣意的な強制を行なわない」という縛りも重要なポイントだろう
 実際の開発にあたり、Booth氏は、ゲームデザイン全体を通して協力プレイを動機づけるため、いくつかのガイドラインを設定している。その中で面白いのは、「生存者チーム全体をひとつの“プレーヤー”として扱う」という考え方だ。

 つまり、ゲーム内のすべての要素は、プレーヤーが4人揃って行動することを前提に構築される。意図的な「縛り」を設定したというわけだ。もちろん、プレーヤーの代りに「Counter-Strike」由来のBOT技術を使えるという助けがあってのことだろうが、こういった根本的な部分がブレないことで、ゲームデザインのフォーカスが定まるという代えがたいメリットが生まれるのも確かである。

 またBooth氏は、リプレイ性の実現についても「Counter-Strike」の経験が大いに役立ったという。「Counter-Strike」は非常に長く遊べるFPSとして評価されているが、その中身を見てみると、特徴的なプレイ上の「ペース」があることがわかる。それは、「静かな状況」と、「激しい戦闘」が、予測不可能な形で、バランスよく配置されているということだ。

 そこでBooth氏は、「Counter-Strike」のプレイを入念に観察した結果、忙しすぎず、暇すぎず、という適切な「ペース」こそ長く遊べる秘訣であると考え、それを意図的に再現することに思い至った。それが「Left 4 Dead」のゲーム展開を支配する「AIディレクター」のデザインに結びついている。

 いずれの特殊感染者も、明確なゲームデザイン上の意図をもって導入されている。特に「BOOMER」については、開発途中に大幅な作り直しを経験したことがセッション中に語られている。Booth氏によれば、「BOOMER」は当初、「撃つ前に考えさせる」ことだけを目的として、爆発後直接ダメージを与える仕様だった。
 だが、その仕組みがあまりに単純すぎ、悪意あるプレーヤーによる嫌がらせの良い道具になったことや、初心者が1度に全滅してしまうなど、ゲームバランス上の問題が浮上したため、仕様の再考が必要となった。そこで、当時存在した特殊感染者「SCREAMER」との統合が図られた。
 「SCREAMER」は、プレーヤーから逃げ回りながらザコゾンビを召喚する雄叫びを上げるという特殊感染者だったのだが、大量のゾンビにまぎれて逃げていくので、プレーヤーにしてみれば何が起こっているのか全くわからないという問題を抱えていた。
 そこで「BOOMER」の爆発、「SCREAMER」のゾンビ召喚という2つの機能を合わせて、現在の「BOOMER」が誕生したというわけだ。完成版のゲームで、「BOOMER」の胆汁がチームの連携を促すきっかけとしても働いていることは、プレーヤーの皆さんならご存知の通りだ

協力プレイを動機づけるために、ボイスオーバー、キャラクターアクション、舞台装置など、プレーヤーを取り巻くすべてのものがうまく構成されている



■ 「ドラマ性」と「予測不可能性」が強化する、飽きにくく、忘れがたいプレイ体験

ゲーム展開にドラマ性をもたらす出来事の一例。ゲーム中事故的に起こることが、プレーヤーに強烈な印象を残す
 Booth氏はこのセッションで、大半の時間を割いて「L4D」のリプレイ性についての解説を展開した。ポイントをまとめると、「ドラマ性」、「予測不可能性」、「適切なペース」、「プロシージャルな敵の配置」の4点が、ゲームにリプレイ性をもたらす源泉ということになる。Booth氏のプレゼンをもとに、順に解説していこう。

 まず「ドラマ性」は、プレーヤーをゲーム世界に深く引き込むための周到な「仕込み」といった要素だ。特に「L4D」で重視しているのは、「あるイベントが発生すると、関連した別のイベントが、多少の時間差で現われる」という構造である。

 この構造は、現在の「L4D」の中でふんだんに見ることができる。ゾンビの集団がドアを突き破ってなだれ込む瞬間、あるいはBOOMERの胆汁攻撃を食らい、ゾンビラッシュを呼び込む瞬間。また、「TANK」や「Witch」といった厄介なボスゾンビが現われる直前には、恐ろしげな音楽でそのことを予見することができる。

 このように、「これから何かが起こる」という感触をプレーヤーに与えることで、プレーヤーのテンションをうまく調節できるようになる。プレーヤーにしてみれば、起こりうる出来事に対応するための時間が与えられるので、落ち着いて気持ちの準備ができるわけだ。もし、すべてが唐突に起こるようであれば、プレーヤーは常に緊張していなければならなくなるので、すぐに疲れてしまうだろう。

「予測不可能性」は、ドラマ性をさらに強化する効果を持つ
 次に「予測不可能性」である。要するに「次に何が起こるかわからない」という状況を演出し、ドラマ性を高めて、記憶に残る忘れがたいゲーム体験を実現しようというわけだ。そのためには、ゲームは次のような構造をもつ必要がある。

  • 起こりうる出来事が沢山ある
  • ゲーム中、そのうちの「一部が」実際に起きる

     

     言うのは簡単だが、行なうのは難しい。Booth氏が指摘するところでは、ゲームデザイナーには大抵、「プレーヤーにすべてのゲーム要素を体験させたがる」という悪癖があるためだ。

     「何が起きて、何が起こらないのかすらわからない」という状態こそが真の「予測不可能」であることに注意したい。ゲームデザイナーが誘惑に負け、全部のゲーム要素が1度に詰め込まれたら、逆に展開の予測は簡単になってしまう。そして、予測可能なゲームは退屈である。



    ■ そして、「AIディレクター」が実際に果たしている役割とは?

    AIディレクターがプレーヤーの感情を制御する4つのモード
    感情強度の算出方法は、意外とシンプルだ
    時間軸に沿って、AIディレクターが出現させたゾンビの数と、プレーヤーの感情強度値を並べた図。ゲームのペーシングぶりがよくわかる
     そしてリプレイ性において、次なる重要なキーとなるのが「適切なペース」だ。Booth氏が、飽きにくいゲームが持つべきペースを「Counter-Strike」に学んだというのは前述のとおりだが、「L4D」では、まさにその実現のために「AI-Director(AIディレクター)」を導入している。

     AIディレクターは、ご存じのとおり、本作のゲーム展開を制御する人工知能だ。これについて、巷では「毎回異なるシチュエーションを演出してくれる」ことばかりが注目されがちだが、Booth氏の解説によれば、ゲームプレイに適切なペースコントロールをもたらしている点もまた、非常に重要なのである。

     そのAIディレクターは、4人の生存者の「Intensity(感情強度)」を基準にして敵の出現を調整する。感情強度が低ければ敵の数を増やしてペースを上げ、強度が高い水準にあれば、敵の出現をしばらく抑制して、プレーヤーに落ち着く時間を与えるというふうになっている。

     こういった処理に使われる感情強度は生存者1人にひとつの実数値だ。その計算は、生存者が感染者からダメージを受けたり、戦闘不能になると高められ、感染者側が倒されたら減算されるという、意外と単純な仕組みになっている。

     ゲームのペースを制御する基本的なアルゴリズムはこうだ。AIディレクターは、はじめに敵をハイペースで出していく「ビルドアップ」を行ない、感情強度を最高レベルに誘導する。いったん感情強度が最高に達したら、今度は敵の数を絞り、全く敵を出さない「リラックス」時間を設ける。一定時間が経過するか、生存者が一定距離を進むと、またビルドアップに戻る。

     

     このプロセスは、単純だが効果的だ。プレーヤーが上手に立ち回ると激しい攻撃が長く続くことになるし、逆に、プレーヤーが苦戦しているならば、リラックスの時間が多めに与えられるというふうに、個人差もある程度吸収つつ、しっかりとペースコントロールができるのである。

     最後に、「プロシージャルな敵の配置」だ。もちろんこれがAIディレクターの主たる仕事である。AIディレクターが出現させるゾンビには、「徘徊タイプ」、「集団タイプ」、「特殊感染者」の3種類があり、それぞれ少々異なるルールで出現するようになっている。「集団タイプ」がチームの後方から出やすいというあたりは、実際にプレイした方なら体験的にご存じのとおりだ。その他の詳細については、下記のスライド写真を参照していただきたい。

     ちなみに「TANK」や「WITCH」といったボス感染者は、マップのスタート時にあらかじめ出現タイミングが決まるようになっており、このため「リラックス中」でも出てくることがある。これは、予測不可能性をさらに深めるために、意図的に行なっていることのようだ。

     また、Booth氏によれば、マップ中に配置されるアイテム類について、AIディレクターが能動的に出現を制御するのは、回復アイテムだけなのだという。武器、投げ物の出現場所については、マップ開始時にランダムに選択されるとのことだ。筆者は実際のプレイにおいて、武器の配置に意図的な何かを感じてしまったことが少なからずあったので、これは少々意外であった。

    「L4D」では、BOTが経路探索のために利用する“Navigation Mesh”を平行利用して、マップ上の各空間のどこにゾンビを出現させるといった判定に使用している

    AIディレクターによる様々な配置物の配置ルール。ゲームの実際のふるまいを想像しながら見てみると、細かい工夫が感じられ、なかなか面白い



     このセッションでは、「L4D」のゲームデザインについて、全体像を捉えることができた。その中で特に、本作の目玉機能と言える「AIディレクター」が意外とシンプルなつくりであることがわかったのは、大きな収穫である。

     実際のところ、筆者としてはもっと複雑で凄いシステムも想像していたのだが、蓋を開けてみれば、多くのデベロッパーが実装にチャレンジできそうな内容なのだ。今回、そんな「秘密兵器」ともいえるアイディアをValveが太っ腹にも丁寧に解説したというのは、それだけゲームのトータルな完成度に自信があるということだろう。

     いずれにしても、秀逸なゲームの秘密に迫れるというのは、GDCという開発者向けイベントの醍醐味であり、その意味で非常に満足できるセッションだった。



  • (2009年 3月 27日)

    [Reported by 佐藤カフジ ]